戦闘と師匠の過去
「思ってたより多いな。」
ぽつりとつぶやく俺のそばで、何人かの人が、ぐっと武器を握りなおす、俺は剣を鞘に納めたまま、柄をぐっと握りじっと前を見据えた。
空を埋め尽くすモンスターの群れ、飛行系モンスターの見本市のようだな、と思いながら俺はつっと視線を師匠に移した、師匠もまた微動だにせずじっと上を見ている。
「つうか、貴方達残る必要ありました?」
思わず周りの人たちに聞いてしまう、だってなあ、師匠居るんだよ?そこに師匠にしごかれてそこそこ強くなった俺たち、言っちゃあなんだけど、すでに過剰戦力だと思う。
「言っただろう、俺たちの村の事だ、たとえどんな状況でも俺たちが戦うのが筋だろう。」
「真面目だなあ。」
こんな状況だ、逃げ出しても誰も何も言わないだろうに。
「勇者殿のこそ、こんな瑣末にかかわらず、先を急げばよかっただろう。」
警備隊の隊長の言葉に苦笑しつつ、おどけながら。
「そうしたいのは山々なんですが、困ってる人がいたら、自分の出来る範囲で手助けしてあげましょうと教育されて育ったもんで。」
平和な国のせいぜい迷子の道案内か救急車を呼ぶ程度の手助けを想定した教育でも、それが俺の中できちんと根ざしてるので、ここで見捨てるのは後味が悪すぎる。
「立派な教育方針ではありませんか、その心根が今の私たちをここに立たしていますもの。」
「うむ、姉上に進言して貴族の幼い子供たちの教育にも組み込んでいこう。」
「いやいや、そんな立派な事じゃありませんよ、せいぜい倒れてる人を見つけたら、大人の人を呼んできましょうって程度の教育です。」
ルルさんとティナさんの御大層な意見に、思わず教育と言っても大した教えではないと、言いつのる。
「はは、それでも、それで救われる命もあるだろう、立派な事だ。」
旅ギルトのマスターが目を細めて笑う、命が軽いこの世界でその教えが浸透すれば、少しは命が大事にされると。
「さあ、おしゃべりは終わりだ、…来るぞ。」
よろず屋ギルトのマスターが、硬い声で皆に声を掛ける、瞬時に俺は剣を一振りした。
「ッチ、左半分だけか…。」
もう少しイケると思ったんだけどな。
俺の剣の一振りでは、モンスターの群れの左半分を落とすのがせいぜいだった、俺もまだまだだと実感させられた。
「…隆二がいよいよ、人間をやめだしたな。」
ティナさんがため息をつきながら、ドラゴンたちを一振りで屠っていく。
「ティナさんに言われたくありません。」
周りのおじさん達がどん引きしてるよ。
「二人ともすでに人間の域ではない事を自覚しましょう。」
サシャさんがため息交じりに言ってくる横で、彼女の罠魔法で大型のモンスターたちがメキメキと音をたてながら圧縮されていく、…って、怖いよっ!サシャさんだって十分その域だからね!
「…主なる方、父なる方、母なる方、貴方の小さき子に力を、【浄化】」
おお、ルルさんの浄化魔法初めて見た、あ、あっちで他の神官さんが青い顔して「化け物…」って呟いてる、ルルさん貴女も立派に人外の域らしいですよ?
「失礼ですわね、私は普通ですわ!」
普通の神官さんはそんなガンガン弓矢を射りながら、片手間で大規模浄化はできないらしいですよ、そこの神官さんが泣きながら叫んでますよー。
まあ、俺たちなんて師匠に比べればまだまだなのは確かだからなぁ、ついつい、俺たちなんてまだ一般人だって思ってるけど、十分人外だったわ。
そして、俺たちとはレベルが違う真の人外の域の師匠と言えば、やっぱり一振りで魔人を空から切り落としていた、すげえあの魔人師匠に切られたのにまだ生きてるよ、どんな化け物だ。
やっぱり魔人とやらは、モンスターとは違って一筋縄じゃいかない奴ららしい、と思ってたらティナさんがぼそりと。
「いや、お師匠様はかなり手を抜いていたぞ?」
と言うので、思わず首をかしげ、周りのモンスターをサクサク切りながら。
「え?そうなんですか?俺にはいつも(殲滅の一振り)のと同じに見えましたけど。」
と尋ねれば、ティナさんがあっさりと。
「いやあれは、修行(相手の力量で死ぬギリギリ髪一筋分前)の時の力加減だ。」
との事、すみません全然判らなかったです、逆にどうして判別できたのか不思議なんですけど?
「簡単だ、私と隆二どちらが多くお師匠様の指導を受けているかの違いだ、私の方が先に倒れて回復まで二人の修行を良く見ていたからな、ほんの少しの違いだが、緩やかに剣を振っておられる、まあ当然だな、全力のお師匠様の剣など私たちではまだ受けきれぬ。」
ああ、なるほどと酷く納得して、俺はつっと師匠に視線を向ければ、魔人が傷を押さえつつ、反撃しようと打ち出す魔法をあっさりと破り、ただ立っている師匠に、珍しい物を見ている気分になった。
「師匠なんであの魔人倒さないんですかね?」
師匠ならすぐにでも、それこそ最初の一撃で倒せたはずなのに。
「そんなことしたら他の村の人たちの行方が分からないじゃないですか。」
サシャさんが何を大事なことを忘れているのかと言いたげにこっちを見ているけど、そういう事じゃない。
「いや、そうじゃなくて師匠ならそれこそ手足吹っ飛ばすなり、下半身切り離すなりしてヒール(弱)かければ済む話なのに、なんであんなに攻撃させてんだろうって思って。」
獲物甚振って喜ぶタイプの人じゃないのに、なんかおかしい、気のせいか?偶々か?…違う、師匠は間違いなくわざと、ああやって魔人の魔法と受けたり破ったりしてるんだ、何のために?
「師匠!何遊んでるんですか!?真面目にやってください!」
何が不安かわからないけど不安になった俺は力いっぱい叫んだ、そこでようやく師匠がこちらを見る。
「……!師匠、何やってるんです、攫われた人たちの事聞き出さなきゃいけないのに、遊ばないでくださいよ。」
師匠の目が、信じられない程虚ろだった、何で?どうして?そんなこと俺が判るわけない、こちとらこの世界に来て一年にも満たない付き合いなんだ、だから精一杯いつも通りふるまう、今ここで押し問答してもしょうがないからな、ただし後できっちり聞かせてもらう!
俺のそんな決意を感じたのか師匠がちょっと笑って。
「すまんな、あんまりにも弱い物だから、あきれて観察していた。」
と実に適当な事を言う、いい加減な返事だ、でも師匠が正気に戻った。
「弱いだと!?陛下に仕えし、八将たる私を弱いだと!?愚弄するな!人間ごときが!!」
師匠の言葉にあきれた返事を返す前に叫んだ魔人が師匠に襲いかかる、…が、…うんサシャさんの一撃(物理)で悶絶してる時点で弱いわ。
「サシャさん魔法使いなんだから魔法使いましょうよ。」
「嫌ですよ、魔力の無駄です。」
これで十分です、って杖をフルスイングしている姿に、乾いた笑いをもらす俺は悪くない。
そうして、ティナさんに腹を踏まれジタバタしながらカエルが潰れたような声を出す魔人を見ながら、これはあれだ、「あやつは八将最弱。」「まこと八将の面汚しよ。」とか言われちゃう奴だな、なんて思っていると、ルルさんがおもむろに浄化魔法(中)を掛けた。
「ぎやあああああああああ!」
ジュウジュウ音を立てながら、ミディアムレア焼けになる魔人、そうか聖魔法は天敵なのか、勉強になるなぁ。
そんなことのんきに思いながら眺めていると、師匠が魔人の腹を刺した。
「師匠!?」
「言え、お前はどうやって巫女の結界を抜けた?」
驚く俺を無視して悲鳴を上げる魔人を見据えて、淡々と尋ねる。
「結界…?」
「魔人と人間の境界の結界ですわ、人間の中から選ばれた十人の巫女が神力によって魔人がこちらに来れないようにしているのですわ。」
その言葉に、まじまじと件の魔人を見る、こいつが居るって事は、もしかして…。
「巫女の結界をどうした。」
師匠が再度尋ねる、ぐっと剣に力を入れれば、魔人がますます悲鳴を上げる。
「言え!巫女に危害を加えたのか!?」
師匠が激昂している、初めて見る姿に俺たちですら、止めるのを躊躇した。
剣を抜いた師匠が魔人を切り刻む、なのに奴は死なない…死ねない、ひたすら悲鳴を上げ、師匠が剣を首に向かった振った瞬間奴は折れた。
「腕輪だ!腕輪に人間の魂を閉じ込めて我らに人間の魔力をかぶせたのだ!結界はそのままだ!巫女の住家が判らなかったから!!」
魔人の叫びにようやく師匠が止まる、そうして、後は興味がないとばかりに。
「後はお前たちがやっておけ。」
とだけ言ってその場を離れてしまった。
「・・・・どうします?」
俺は、ため息と共に完全に固まっている村の人たちに問いかけた、はっとした彼らがその後の尋問を引き継いだ、俺たちはもう手出しすることはなかった、それよりも師匠の方がずっと気がかりだった。
「ここは私達に任せてお師匠様をお願いしますわ。」
ルルさんの言葉に感謝して俺は師匠を追いかけた、さあ、きりきり吐いてもらいましょう!
「師匠、…本当…足…速すぎです。」
ゼイゼイ言いながら俺は師匠に文句を言ってみる、反応がない、振り向いてもくれやしねえ。
「さっきの何なんです?師匠があんのブチ切れてるの初めて見ましたよ。」
無視する師匠の隣に行き座り込む、よりによって村から離れた山の頂上なんかに佇んでる師匠に、文句の一つも言ってやろうかと口を開きかけた時。
「すまなかったな、どうしても抑えが利かなかった。」
師匠はなぜか寂しげな表情で、じっと遠くを見ながら、ようやく口を開いてくれた。
「あー、それはいいです、魔人に対しては俺は何の感情もありませんから、俺にとっては喋るモンスターぐらいの存在ですし、むしろ食えねえから要らねえし。」
「…お前にとって重要なのはそこか。」
俺の言葉に師匠がクッと笑う。
「俺にとってはそんなもんです、…師匠にとっては違うんですか?」
「…そうだな、いっそ殲滅できればとしか思わんな。」
…なんかすごく過激な答えが返ってきた。
「…それが人類の為…とかですか?」
「いいや、俺個人の悲願…いや、願望だな、奴らさえいなければ…。」
俺の巫女姫が帰って来るから。
えっと、ちょっと待って下さい師匠、それはティナさん達の大好物。
「…ラブロマンス的な物でしょうか?」
「まあ近いな、生まれた時からの許嫁だ、彼女が結界の巫女に選ばれなければ、今頃は生まれ育った村で夫婦としてごく普通に暮らしていたはずだからな。」
まさかの許嫁!え?村のえらいさんですか?
「彼女が村の神仕えの家系で、俺がその守護騎士の家系だ、神仕えと守護騎士は同性ならば親友に、異性ならば夫婦に、そうして共に歩み村と巫女を守ってきた、俺たちも当然そうなるはずだった。」
運が悪かったと師匠は言う、魔王の復活を予期したように動き出した魔人を阻むため、各地に散らばる、神仕えの家系から十人の乙女が選ばれた、師匠の許嫁さんもその一人に選ばれたのだそうだ、本来なら守護騎士である師匠も着いて行くはずだった。
「その時俺は11になったばかりの小僧だった、まだ正式に彼女の守護騎士になっていない事を理由に置いて行かれた。」
師匠は悔しげに、じっと遠くを見ている。
「…こんなに強くなったのに、師匠は守護騎士になれなかったんですか?」
「我武者羅に修行して強くなったはいいが、それを神殿側に異端とされてな、結界を守る巫女の守護騎士にはふさわしくないと守護騎士の資格をはく奪された。」
自嘲気味に言う師匠の言葉に唖然とする、バカか?いやバカだろ。
「…そいつらバカですか?」
あ、思わず口に出た。
「まあ、そうなんだろうな、それと奴らも俗物だったんだろう。」
「どういう事です。」
「国が最強の戦力を手放したくなかったと言う事だ。」
ああ、はい、わかりました、師匠一人いれば、そりゃあ周囲の国を牽制できるし、侵略だってしたい放題と…本当に最悪だなあの連中、それで、神殿の方も金かなんかに目がくらんで師匠を売ったと、サシャさん達の言葉じゃなけど、本当に滅ぶならいっそ滅んだ方が世の為だわ、と言うか師匠の邪魔した連中全員滅べ。
「何で大人しく従ったんです?」
師匠なら全部振り切って許嫁さんの所に行けたろうに。
「ここまでは来た、だがな、ここまでしか来れなかった、麓の村々がモンスターに滅ぼされかけていた、それを助け、復興を手伝ううちに、人とのかかわりを多く持ちすぎた、上の連中の言いなりになるのは業腹だったが…。」
見捨てられなかった…。
己の甘さの結果だと師匠が笑う、それから、数十年、勇者にもなれず、それでもせめて直接連中を滅ぼす機会を手に入れる為、貴族と言う立場を受け入れ、奴らに黙って使われ待っていたと言う。
勇者が現れるのを、そのパーティーに入り込む機会を。
「全く、えらく弱くて素直なのが来るものだからまた要らぬ情が湧いた。」
師匠が俺の頭を撫ぜる、息子がいたらこんな感じかと思ってしまったと笑いながら。