師匠のとんでもなさを再確認した
「ぎりぎりだな。」
師匠の無情の一言に本来なら文句の一つも言ってやりたいが、現在そんな体力は俺たちには残っていない。
「・・・・おろろろろろろろろ。」
いかん久々に本気で吐いた、気持ちわりぃ、ああああ、呼吸整ってないのに!逆流する!
げえげえ、げほごほやってる俺をまるっと無視して、師匠は剣を一振りした。
「久し振りにお師匠様が魔王に見えますわ…。」
真っ青な顔で、地面なのにぐったり横たわっているサシャさんに、完全に気絶しているティナさん、俺と同じくリバース中のルルさん。
そして、師匠の剣の一振りで、跡形もなく散っていくとんでもない数のモンスター、この人俺らが遅れたらモンスター放置で、このまま此処に俺たちを置き去りにする気だったんだろうな…。
「師匠が鬼畜過ぎる…。」
「さすがに今このまま戦闘になどなったら死んでしまいます。」
ルルさんの言うとおりだ、この世界に復活の呪文なんて物はないんだぞ!?本っ当に鬼畜だな!
だいたい空間移動だってものすごい曲者だったんだ、まず術式通りにやっても発動すらしやがらねえ!
それもそのはず、あの術式は師匠専用だった、俺たちが空間移動を自分で使おうと思ったら、術式の一部を俺たち専用に書き換えなきゃいけなかった、そこに気付くまで半日かかった、そして自分用に術式を変えるのに2時間掛かった、失敗すると暴発して、髪の毛の一部だの、服の裾だの持っていかれた、危なすぎるだろ!!危うく腕持っていかれかけたわ!!
ちなみに近くで真似てた、王城の魔法使いは本気で指を全部持っていかれてた、…ものすごくグロかったとだけ言っておく、指は騒ぎを聞きつけた魔法使い長がチチンプイプイと生やしていた、ただし義手らしいが、あれ?師匠は生きてれば何とかなるとばかりに普通に元に戻してたけど…?
「だから師匠は規格外なんです。」
とはルルさんのお言葉、ルルさんも出来るじゃん、と言ったらできなければ死ぬから必死で体で覚えたとのことだ、ヒーラーなのになんか体育会系だなぁ。
すっかり王城の魔法使い達が尻込みする中、俺たちは必死で魔法の制御を文字どおり体で覚え、なんとか空間移動にこぎ着けた、…半歩分。
もう本気で唖然として、その後脱力感に座り込み、5分ほど誰も口を利けなかった。
あの時は本気で心が折れた、そりゃもうばっきりと、半日以上掛けた成果がこれなのだ、なんだそれ、って感じで、ほんと動けなくなった。
それでも俺たちは何が原因か、どう改善すればいいかを、ポツリポツリと口にしてた、あの時ほど三人がいてくれてよかったと思ったことはなかった、俺一人なら、折れてそのまま終了してた、そしてとぼとぼと歩きだし、何もできないまま、ただただ師匠の元へたどり着くことを目的に、無駄で、師匠の期待にもこたえられない、駄目だめなことをしていたと思う。
何とか復活できたのはどっぷり日が落ちて、ぐうっと腹が鳴った時だった、城の中だって言うのに、
女王妹殿下がいることを良いことに、俺たちはその場で食事を作りだし、腹いっぱい温かい食べ物をむさぼって、ようやく気付いた、そう言えば昼飯喰ってなかったなあって、駄目じゃん、腹減ってたらまともに考えれなくなるのに。
「満腹でも思考が鈍くなりますが。」
「ルルさん台無し!!」
3人がどっと笑う、俺たちはそこでようやく完全に復活できた。
そっからはとにかく、ひたすら空間移動しまくった、半歩づつ、それで、ハタと気が付いた。
少し先に何かあるって、でそこを目指して空間移動したら、王都の端っこだった。
三人で顔を見合わせて、実感して、思わず歓声を上げて抱き合った、初めて、まともに成功と言える空間移動だった。
そうしてようやくおれたちは理解したんだ、空間移動は、空間の入口と出口が必ずあって、それを見つけなきゃまともな移動はできないって、今迄出口も入口も見えない状況でやったから、俺たちはいちばん近い出口の半歩先を異動し続けたんだ、それがわかれば、後は早かった、次の出口に向かって移動すればいいのだから、ただし出口は慣れと魔力量に思い切り左右されるんだって気付いたのは、4回目の転移でティナさんが魔力切れでぶっ倒れた時だった。
あとは地獄だった、誰かが倒れる、ポーションを飲ます、移動、誰かが倒れる、ポーションを飲ます、移動、の無限ループ、最後の方は、魔力切れだか、ポーション酔いだか判別も出来ない状態で、なんとか師匠の元にたどり着いたら、…あのモンスターの群れである。
…師匠の鬼畜具合が判っていただけたろうか。
というか、俺らがリタイアして徒歩で来てたらどうするつもりだったんだ。
「その時は連れ戻して、煉獄の池に置いてきただけだ。」
あっぶねえええええええ!燃えカスにされるとこだった!何それ!?普通の状態じゃできないだろうから、極限状態に追い込んでってこと!?その前に死ぬわ!!
池とか言ってるけど、あれはとんでもなく広範囲なマグマ溜りだろ!沈みそうな浮島チックなものが点在するだけの!半歩状態の時にそんなとこ置いていかれてたら一瞬で死んでるって!なんなの?師匠、頭おかしいの!?
あっそう言えばあそこで、斬撃の訓練させられたわ、師匠が剣で飛ばしてくるマグマの塊たちを打ち払うやつ、後水上歩行の訓練も、あれが水上歩行と言えるんだったらだけどな!!あそこで何度全身を焼かれたか…。
「お師匠様が私たちを殺そうと…。」
「甘えるな。」
少しだけ顔色の戻ったサシャさんの嘆きをばっさり切り捨てる師匠、酷い!
「俺らが死んでもいいと…?」
「そんな生半可な鍛え方をした覚えはない。」
ごもっとも、でも本当に魔王の前に師匠に殺されそうだわ!!
「これで、魔王城まで3日もかからず行ける。」
…え?
「早く元の世界に帰りたいのだろう。」
え、俺の為?本当に?やだ、師匠マジで男前、…やり方はめちゃくだけどな。
気が抜けた俺たちはその場でばったりと寝落ちした。
そして腹の音と一緒に起きたら目の前にでっかいマンモスが。
「起きたか。」
そしてマンモスin師匠、じゃなくて、マンモスを担いだ師匠。
「おはようございます、師匠。」
「おはよう、起きたなら手伝え。」
「判りました。」
そうして俺と師匠はマンモスを解体していく、マンモスは俺がそう呼んでるだけで別に本当にマンモスじゃない、師匠たちはモモと言ってる、巨体に似合わぬかわいい名前だな、って思って言ったら、こっちでは冬の使者って意味だった、俺の国では甘くておいしい果物だと言ったら目が点になってた。
まあ冷凍ビーム吐くし、ひと吠えで周りを凍りづけにするもんな、そして俺的には、動物園で見る象よりも一回り以上でかいその巨体で突進してくる、それが果物と同じ名前って、冗談にしか聞こえない。
そんなわけで、マンモスとは似て異なるこのモモちゃん、肉が非常にうまい、そしてやわらかい、ただし、レアモンスターで中々遭遇しない、ので俺も実際食べるのは2回目だ、すごく楽しみだ。
ウキウキしながら師匠を手伝っていれば、三人も目を覚まし、まさかのごちそうに目を輝かせ、いそいそと、手伝いに加わり、モモちゃんは見事立派なお肉になりました、はい、いただきます!
「はあー、幸せだ。」
うまいもので腹が満たされるって、それだけで幸福感があるよね。
「モモは本当に美味ですわ、惜しむらくは、滅多にお目にかからない上、雪山の頂上近くにしかいなくて捕獲も難しい事ですわ。」
うっとりしながら薀蓄を呟くルルさん、気が緩むとルルさんは薀蓄を呟いてる、本人無意識らしい。
と、重要なことに気付く、この辺に雪山なんてない。
「師匠、このモモは…。」
どっから来たんでしょうか?
ちらっとこちらを見て師匠が一言。
「よく頑張った。」
!!!ごほうびですか!頑張ったご褒美!!マジっすか、朝から取りに行ってくれてたの!?
雪山まで一狩り行って来てくれたんですか!
「「「「師匠、愛してます!!」」」」
そして肉で陥落するチョロイン(笑)な俺たちです。
「よく噛んで食え。」
フッと笑いながら照れる様子もなく、一番年下のサシャさんのほっぺのお肉をとってあげる師匠は超クールでした、本当男前、なんで嫁さんいないんだこの人。
腹も満腹、心も満たされました、では。
いざ!魔王城へ!