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目が覚めたら森

 普通に生きるのは、みんなが思っている以上に大変なことである。

 生まれるのにもお金がかかり、死んだ後もお金がかかるこの世の中。【普通】と思い込まされている日常を過ごしていくには、生物として普通に過ごしていくことでは叶えられない。

 人は無駄を省こう、無駄をなくそうとして効率を高める努力をしているが、この世にはそういった人たちが作り出した無駄で溢れかえっている。正直、敬語・丁寧語・謙譲語を使い分ける必要はない。ビジネスマナーも必要ない。

 もっと言ってしまえば、国や社会が教育を義務付けるのであれば、それを身に着けるために必要なお金は、国や社会が負担するべきものである。会社が経費で備品を購入するのと同じように、国が国費を使って何かを建てるように、それらを作り出す人材を生み出すために必要な経費なのだから。

 人がいなければ、会社も国も衰退していき、やがて無くなる。

 国に価値があるのではない。社会に価値があるのではない。物に価値があるのではない。それらを人のために利用できる人に価値があるのだ。


 なんてことを堂々と胸を張って作文に書いて発表したやつがいた。

 正直なところ、かっこいいと思った。いい顔をしていない教師、まるで大罪人を見るかのような保護者たちの視線、そしてそいつを馬鹿にするクラスメイト。

 そんな中でも、そいつは堂々としていて一切恥じずに胸を張っている姿に、俺は心を惹かれた。


「おーい。暁、ちょっとこっちこい。」

「朝から元気だな。お前。」


 俺は、暁白夜。クラスメイトに腕を惹かれていってみた先には、一人の女子がいた。

 興奮気味なクラスメイトは、なめるようにその女子を見つめている。


「ラッキーだな。朝から宮ノ下先輩を拝めるなんて。ほんとにあの人凛々しくて美しいよな……。」

「うん、そうだね。」


 高校に入学してから、宮ノ下姫香は注目されている。

 噂によると、吹奏楽部の指揮者が体調不良で急遽代わりが必要になり、丁度居合わせたあの人が代役を請け負って、俺たち新入生を迎え入れる演奏の指揮をとったらしい。その姿に見ほれる生徒は多く、保護者もくぎ付けになっていた。退場するときの演奏も、振り返る生徒が多くて通常よりも時間がかかったらしい。

 しかし、それ程までに注目される宮ノ下先輩は、彼女が一年の時かららしく、上級生からのお呼び出しや運動部のマネージャーにと勧誘を受けたり、同性に告白されたりしたというのだ。


「なんだよ。あんまり興味なさそうだな。」

「いや、すごい噂になってる人だし、皆に注目されてるから、なんだろう……高嶺の花?って感じで、遠い存在に思えるんだよ。」

「わかる。すごくわかる。テレビの向こうのアイドルよりも、アイドルだからな。」


 よくわからないことを言っているクラスメイトを軽く無視して、彼女に再び視線を向けると、たまたまパッチリと目が合った。

 そしてこちらに笑顔を向けて駆け寄ってくる。


「おっはよー。シロ!」

「おはよう。ヒメ、今日も元気だね。」

「まぁね。いやー、ここ最近大変だったよ。部活動の勧誘って新入生だけかと思ってたんだけど、違ったんだね。」

「まぁ、ヒメは昔っから人を惹きつけるからね。しかたないっちゃしかたない。」


 少しだけ、周りの視線が気になる。

 横目で周りの反応を伺うと、戸惑いの表情を浮かべている。無理もない。しかし、その中に嫉妬の眼差しを向けている人がいるのが怖い。

 変な因縁つけられなければいいのだけれど、それはそれでいいか。

 そんなことを思っていると、後ろから先ほどのクラスメイトがよろよろとやってきた。


「お、おい。暁、お前、宮ノ下先輩とどういう関係だよ……。」

「ん、ああ、俺とヒメは幼馴染だよ。」

「そうだよ。シロが小学二年生のころからずっと一緒でね。家も隣同士だから、中学までは一緒に登校していたんだ。」


 相当ショックだったのか。よろよろと後ずさる。

 今日で入学からちょうど一か月ほどたっているのだが、クラスメイトの名前をほとんど覚えていない。しかもヒメと同じ高校だというのに、入学してから校内で話をするのは今が初めて。

 その理由はヒメが人気者であっちこっちと振り回されているからではあるのだが、正直なことをいうと俺が会いに行けば会えたと思う。しかし忙しそうにしているヒメを見て、そんな気にはなれずにいたのである。登校くらい一緒にすればいいのかもしれないが、ヒメは朝に強すぎるのだ。

 朝五時におきてジョギングをする健康っぷり。俺にはせいぜい七時半まで寝てるくらいしかできん。する気もない。


 昼休みというのもあり、生徒が自由にできる時間であるのでヒメが楽しそうに最近の近況を俺に話している姿を見に来ている生徒が多かった。

 手振り身振りで表現しながら話すヒメは少しだけ子供っぽく思えた。

 その次の瞬間、とんでもなく大きい地震が起こった。立つこともできないくらいの地震で、周りの生徒は教室から這って逃げた人もいる。しかし、そこでふと疑問に思った。

 なぜか、この教室の外にいる生徒は、何が何だかわからない顔をして平然と立っていたのだ。そして俺も。

 揺れているのは間違いないのだが、俺は平気だった。ヒメを支えながら揺れが収まるのを待っていたが、次は空間がグニャっと歪んだのだ。

 視界は暗転し、足場がなくなり浮遊感を抱き、落下していく。






 -*-*-*-






 気が付けば、見知らぬ森の中にいた。起き上がり、周りを見回すがこんな森知らない。少なくともさっきまで教室にいたはずだし、それが夢であっても起きた時に家でないのはおかしいだろう。太陽に照らされながら、一周周りを見回すが、どっちがどっちなんだかよくわからない。

 困ったな、と思っていると後ろに誰かが立っているような気配を感じた。振り返ると、誰も……いないわけでもなかった。足元に幼い子供が、じっとこっちを見つめていた。

 どうしてこんなところに子供がいるのだろうかと、疑問に思いつつも自分以外の人がいるという安心感を得られたので、細かいことは気にしないことにした。俺はしゃがんで目線を可能な限り合わせる。


「君、どうしてここにいるの?」

「それはこっちのセリフ。君はどうしてこんな所で寝ていたんだい?」


 そりゃ、当然の疑問ですわな。


「日向ぼっこしてたんだよ。太陽の光を浴びつつ、目を閉じて自然を全身で感じることで、体や脳に程よい休息を与えて活性化させるんだ。」


 これは俺の辞書に追記させた文言だ。

 正直あれこれ考えてせっせこ働くのもいいが、人は休息をとらないと十分な力を発揮できない。六割働いて四割休むくらいは最低でもしなければ効率もモチベーションも落ちる。仕方のないことだ。


「ほうほう。ヒナタボッコとはそんな効果があるのか。どれどれ。」


 子供はコロンと寝転がると、目を閉じて日向ぼっこを始めた。いいのかそれで。

 しかし、本当にここはどこなんだろうか。そもそも見たことがない植物が生えているように思えるのは気のせいだろうか。……まぁいいか。

 俺も子供の隣で寝ころがり、日向ぼっこをする。これがいい感じに暖かくて、寝入るまでそう時間はかからなかった。流石、太陽様。


 どの程度時間が経ったのかわからないが、俺と子供は向き合って座っていた。

 日は傾いていて、もう少しで日が暮れる。俺たちは完全に昼寝をしてしまったということなんだが、まぁこの際は大目に見るとして、どうして子供がこんな森の中に一人でいるのか気になって仕方なかった。


「それで、お母さんとお父さんは?こんな森の中に一人で来たわけじゃないんだろ?」

「うー。お父様もお母様もいないよ。先代勇者とかいう奴と戦って相打ちになったらしい。あまりよく知らないけど。」

「ほうほう、え、一人なの?」

「そうだよ。ここはそんな危ない場所ではないからね。」


 そうなのか。危ない場所ではないとわかったら少しだけ安心できた。俺がここにいるということは、ヒメもどこかにいるだろう。何かあったら大変だから探しにでも行きたいのだが、子供を一人置いていくのは気が引ける。

 少なくとも誰か人のいるところに連れて行ってあげないと、もしかしたら動物に襲われるかもしれないし、迷子になって行方不明にでもなられたら夢見が悪くなるからな。


 俺は心配だから家まで送ると言うと、子供は『心配性だなー、しょうがないなー』といい、俺の手を取ってある方向に進み始めた。おそらく、この先に村でもあるのだろう。村についたら、とりあえず情報収集をして、そのあとはヒメを探しに行こう。確か、空間が歪んだ時にクラスにいたのは俺たち以外に四人いたはずだから、そいつらも探すか。

 全員揃えば文殊の知恵っていうしな。……ちょっと違うか。


 子供に連れられて進むと、なんだか森の奥深くに入っているような気がする。どこからか視線も感じるようになり、少し不安を感じたのだが城が見えてきたので、内心ものすごく安心した。ちょっと変わった所にある街なのかー、そんな風に思った。

 ニコニコしながら子供は棒切れを振りながら、まっすぐその城に向かっている。いつも一人なのだろうか。そうだとするなら誰かいるのが嬉しいのかもしれないな。

 ……そんなことを思っている時期が俺にもありました。


「ねぇ、聞いていい?」

「なに?」

「ここは人の集落じゃないよね。」

「そうだね。」


 俺の目の前に広がるのは、多くの人外生物たち。それらがどこか敵意のある視線を俺に向けていた。

 そして街だと思っていたが、そこには城しかなく、まるで魔王の城のようであった。


「……ここはどこ?」

「僕の城。」

「君の?」

「僕の。」


 この子は一体何者なのだろうか。そんなことは決まっているようで決まっていない……と信じたい。

 そしてじりじりと距離を詰めてこないでいただけませんか、周りの皆さん。私は無害な雑草です。

 周りを囲んでいる集団の中から、一人女性が出てきた。鋭い目つきできつそうなお姉さんです。


「……あなたは何者ですか?どうして人間がここに?」

「あ、やっぱり、皆人間じゃなかったんですね。失礼しました、この子一人で森にいたんで、送ってかないとって思って、じゃこれで。」


 さっさとこの場から退散しようと、踵を返して逃げよう。森へ戻ろうと歩き始めたのだが、後ろからついてくる足音が聞こえて、振り返るとさっきの子供が付いてきていた。楽しそうに。

 ……困ったので、さっきの女性に視線を向けると、その人も驚いているような困っているような顔をしていた。


「あれ?君、ここがおうちなんだよね?」

「そう。泊って行って。」

「え、でも悪いよ。ほら、お姉さんも困ってるよ。」


 子供には手を焼かされるからな。つか、この人たちは人ではないということは、この子も人ではないのだろう。


「……魔王様、流石に人の子を城に入れるのは問題があります。」


 ん?魔王?


「……え。」


 俺はこの小さい子を見つめる。

 すると、その子供は胸を張ってフンスフンスと鼻息を荒くしながら誇らしげにする。にわかには信じがたいが、あのお姉さんが嘘を言っているようにも見えない。しかしだ、こんな子供が魔王様……。世の中、どうかしてるんじゃないのか?


「君、本当に魔王なの?」

「そ!魔王なの!」

「……ええ……。」


 俺は思わず、お姉さんの方を見た。言いたいことがわかったのだろうか、視線をそらされた。

 その後、魔王をなんとか説得して開放してもらおうとしたのだが、まったくの無意味で途中からお姉さんと周りの魔族さんたちも加勢してくれたが、不貞腐れて駄々をこね始め、泣き出しかねない状態になったので、仕方なく泊めてもらうことにした。

 その時に思ったんだけど、ここにいる魔族さんらは本とかで出てくる魔族よりも、どこか魔王に対しての対応が、わがまま王子に対する人間の対応に近かった。王子にあったことがないので知らないけど。

 この一件であの場にいた魔族とは、多少いい関係を築けたのは、嬉しい誤算ではあった。



「でだ、人間。魔王様がなぜかお前を気に入っているから生かしておいているが、本来なら既に殺しているのだ。そこのところ忘れるな。」

「そうですよね。」


 そりゃそうだ。よくアニメでも魔族や魔王とであったら、まず間違いなく俺みたいな村人Aは始末されているはずだ。それなのに今もこうして生かしてくれていること自体が異例で特別なのだろう。

 感謝しながら両隣いるいかついオオカミの魔族にちらっと視線を送る。とてつもなく警戒しており、今にも首をすっ飛ばされそうなのだが、どうしたものか。ちなみにさっきの魔王は風呂に入れられている。一緒に入ろうと誘われたときは、「まぁ、ここまできたらそれくらいは……。」と思ったが、すごい周りが動揺していたから、きっと人間と魔王の混浴は流石に種族的な関係上よろしくなかったようだ。

 それかあの子は女の子だったかだ。小さい子供は正直女顔の男や男勝りの女もいて見分けるのが面倒なのだ。いや、ただ魔王が女っぽい顔つきだったけど、口調が男っぽかったから男なのかなって思ったんだよね。


 しかし、この緊張感がどこまで続くのだろうか。

 魔王のいる時といない時の差が激しくて、俺じゃなきゃ笑ってたわ。

 気まずい雰囲気に何とか耐えようと、出されたお茶を口に含むと、口の中にものすごく身に覚えがあるほのかな酸味……いうなれば梅昆布茶のような……。


「あ、このお茶好き。」

『なっんぐぅ!!!?』


 何故か両隣にいるオオカミはもちろん、他の魔族がうろたえたかと思ったら一度口を押えてから何事もなかったかのように振る舞う。

 何がどうしたんだい。と聞きたかったのだが、正面に座っていたお姉さんが椅子から勢いよく立ち上がったため、口を慎んでおいた。


「……本当か?」

「え?」

「……本当に私の罰ゲームスペシャル茶が好きなのか?」

「……個人的な好みではありますが、好きですよ?このお茶。」


 殺気立っているお姉さんからの問いの正解がわからない。え、このお茶って罰ゲームスペシャル茶だったの?

 ズンズンと近づいてきたかと思えば、思いっきり手を握られた。


「でしょ!!このお茶、おいしいでしょ!誰もわかってくれなくて困ってたの。魔王様もすごい苦笑いするし、味覚がおかしくなったのかと思ってた。」

「……ま、まぁ、ここにいる魔族の方々は動物系統が多いみたいだから酸味に弱いんじゃないかな。」

「……むぅ、なるほど。そういうことだったか。」


 何か長年思い悩んでいたことを解消できたようで、すっきりとした顔つきになっている所、申し訳ないのですがいつまで手を握っているのでしょうか。思春期の男の子のお手手をお姉さんが握っていたら勘違いしてしまいますよ?

 絶対この人俺に気があるよとか思いながら、そわそわしちゃうよ。

 でだ、そんなことは俺の考え方次第でどうにでもなることなんだけど、足元でじーっと握られている手を見つめ続けている魔王様がいらっしゃるのですがいいのですか?


 しかし、それに一向に気が付かないお姉さんは、このお茶を作るのにどれだけ苦労したのかを語ってくれている。

 まぁ、大変苦労してきたんだろうなと思うよ。あと、横にいる奴ら感謝しろ。俺のナイスフォローがなければ今頃、この人に睨まれてるからな。


 そんなこんなで、どこの国か知らないけど変なところに来てしまった俺は、今のところ結構のんきにしているのであった。

 みんなもそうだといいね。

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