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愉快な森の木

作者: 花樹 凛

古くは遠く、遠い世界の森に、一人の少年がおりました。

少年は独り森の中をさまようばかりでありました。表情に子供ゆえの恐怖は感じておらないようでありました。子供は独りになるとずいぶんと不安になってしまうはずでありましたが、この少年にはそれもないように見えます。

少年はおかしな木を見つけました。

おかしな木には顔があるようでございました。辺り見渡しても顔のある木はこれ一つ、その他に変わりはないようでございました。


「今日もいよいよやってきた、息を吸いきっていない内に吐こうとする、いわば世渡りしらずの小坊主め。ふむ、もう一時が経ったのか、聞かせるばかりの一人漫談をしているが、開けるが途端に体の隅の隅を木皮で覆われた、ただの木こりに恋やまれるだけの木。花の代わりに世に珍しき花言葉をさいてみせる、人間とは打って変わる、てんで愉快な木ということだ。なにせ奇怪がよそ見し、はじいて丸め、形容をつるす角に恵まれなかった哀れな存在がこの俺だからな。一本の木命を制覇させるためには、それこそ人間の寿命を幾重にも折り返せなければならない。太陽の浮き沈みを何万と繰り返さないことにはおきえない小事。太陽もせいがでるというもの、朝は空にかけ上り、夜は月の看病に肉を注ぎ、春宵な役を任せ。しばらくの挨拶をおえるやいなや、またすぐに日の出に赴く。まったく、どれほどやつはこれを繰返してくれた、まったく太陽ってのは本当に実在してくれているのか、毎日をかかしてくれないからな、あんな野郎は見たことない。まぁ、おかげで俺は時竜の在処を知ることができた。」


木は少年を見ると何となし気に口を開き、大層な口で少年を見ました。口を開けると、眠気眼の動物たちが中から出てきましたが、全てを吐き出すと途端に話し始めました。」


「同じことの繰返し、まったく太陽ってのはつまらん仕事をしやがる。なぜ光りやがるんだ。その光さえなければ夜は俺の伴侶となって、辛気なつま先の良松となってくれだろうに。まて、俺の洒落はそんなに聞くのに満足のいくものか、少年、お前は何を突っ立っているんだ。そうして日暮れを待つつもりか。くることは当然くるだろうが、それじゃあ時間の無駄っていうものだ。今日も食料を持ってきてくれたのだろう。ほら、早くおよこし、動物らが気づいてしまうよ。奴らは自分で動ける足やらがあるんだ。そのくせ私がもらおうとする食料をとっていきやがるんだ。ほら、今さら怖いなんてことはないだろう。あんたと私はもうお尻を引っ込めて笑う馬鹿者と奴の話のネタの仲、あいつはもうタネがなしに馬鹿者を演じられない、そうしようものなら忽ち化けの皮が剥がれ落ち、ただのならず者になっちまうからな。タネもタネで人様のべらぼうなお口がなければこの落ち葉よろしく宙に漂うことさえかなわない。水を露腹で飲むようなもの。いくら飲んでも途端に腹骨からこぼれていく、飲むだけ無駄というものだ。とにかく、あんたは俺に食べ物を与えて、俺が笑いに興じる様をご所望なんだろう?まったくお前は首を縦にも横にも振りやしない、そうじゃなければ納得いかないよ。貧乏にも見放されたような人間が悪臭が好き勝手に足を交わす、こんな腐敗を血とする森にきやしないだろう?毒蛇の皮で作った生々しい具足をもってしてもいこうとは思わない」。


「毒蛇の皮に毒はないよ、毒があるのは獲物をついぞやに殺すために体の先端、その口、その牙さ。彼らもそれが一番早く役に立てると思ったに違いないよ。だから牙が良かったんだ。使ってもらえるためには、一番生活に深く接する、広く親睦の築かれた場所に行くのがいい。僕だってきっと同じ場所を選んだ。こら、何をするんだ、そう僕ごと食べようとしないでくれ、まってくれよ。僕の手には君に渡す食物がある。そうやって僕ごと食べても、今日はいいかもしれない。けれど僕が死んだら君も成長できなくなってしまう。僕にはその方が心残りだ。」


「はっ、よく働く舌車だ、こっちは我慢を忘れて忍耐と別離しそうなんだ。とっととその食物を寄越こすんだな。このままじゃあお前に動物に代わってもらうしかない。夜になれば自然と奴らは自ら食されに来るんだ。やつらの生き死には俺の口の気分で決まる。あぁもう腹ペコだ、食べること以外に何を考えられるのか。お前は死んでもいいって?じゃあお前を出口のない穴倉へと招待してあげるよ。小さいその手も、汗が滴るその首も、果実と合わさってそれはいい味をしてくれるだろう。明日のこと?どうでもいい、人間は明日に怯えるようだがね、あいにくこっちは木、あんたらとは住む世界も流れる時間も違うんだ。そう利口に生き抜く必要もないってものだ。あくびをするだけで明日になるんだ。考えている暇なんてない。ましてや今の私は子羊を前にした空腹が映し出すよだれ狼、尖った爪に落ちようがみじんも気にもとめない。たとえ体を焼く種火に変わってしまおうが、目の前の餌を腹に納められればそれでいい。(少年餌をなげる)おお、見事。今日とて、私の腹は無事に満たされた。おお、今日は一段と日差しはこの枝々を祝福しているようだ。身を焦がす光で水を得るとは、なんとも世に悖る不精なこと、しかし心は恵みの波うつのを止める術をもっていない、煌々と心をしめておる。もっと近く、それではまだ遠すぎる。さざ、愛するそなたの顔をよく見せてくれ。ああ、愛すべき私の子、私の子であり私に束ねられた時をももたらす、私の母よ。そなたは変わらず愛しい身調子、あれ、今日は一段と微笑むばかり、さて、何か良き事件があったのか、事件といっては少々おおしい、ここでは吉事というのが適当か。ぜひぜひ、耳の付け所を見失った私ではあるが、その吉事を仔細に聞かせてくれ。声は耳を通さず直接に私に届く。いずれ教えてやろうと思っていたのだ。おっとこれは誰にも言ってはならぬぞ?惑われ好きな人間が聞けば、首尾よく己で耳を切り落としてしまうかもしれないからな。私は一向に構わぬことではあるが、そなたの身体の一部がなくなってしまうことは望んでいないからな。」


「村の名を呼んでくれたのだよ。この身軽さはその吉より生じたよう。今の僕には全てが軽業というものよりもはるかに重さを感じさせずに宙でも舞ってしまえるよ。名を呼ばれたのは久しぶりのことで。名を持ち主の私でも見失っていたものを、計らずも他の者の声紋より知り預かった。装いはボロであっても、五体は太陽も嫉妬するほどの聖人による熱で内を焼こうとしている。」


「なに、名を呼ばれたとな?それは、幸運に見放された宣告であるよ。お前はその宣告により赤子を奪われた母しかり、泣き喚いて懇願するしか道は残されていないというわけだ。だしかし、お前は反対に赤子を得た母のように溢れる喜びに溺れておる。なんと罰当たりな!無礼にも程がある!ああ、私の母は亡き子を思うあまりにとうとう気がふれたいうのか、いや、まて、お前はこの身の母であるとともに私の子でもある。であればお前の母は私。ああ、なんてことだ!己が子を慈しむはずの私を業火渦巻く奈落の辺地へとおいやろうとしていたのか!私がなにをしたのか。いや、思ってみれば私は事もなさげに言葉を発し、地に根付く怪しき存在、そのくたら身欲しさに、我を殺して猛々しい嵐を止まそうと剣を抜く者がいてもおかしくはない。はっ、さてはお前はその手先に違いない!おのれよくもぬくぬく愛を、食物を与え、我をここまで育て上げやがったな!そうと知っていれば未だ地の底で咲こうとする芽を自ら抑え込み、天を見ることなく羽化せずの奇妙のまま大地の傷薬となって果てられたものを。いや、しかし、お前のおかげで我が、太陽というまごうことなき神を知ることができたのも事実、であればそれに報いるためには、好みを差し出すほかであるか。足など元よりない虫羽が巣くう無残な木屑が及ぼせる紋々といえばそんなことしかない。ああ、もの言うこと叶わぬこの身がこれほど恨めしく、不信に思う時がきようとは、これではただの道化者、不思議を演じることしか能がない。奴らには手も足もあるではないか。であれば私は道化者にも及ばぬ不埒な咎人。奇怪な動きも迫る笑みもつくれはしない。ここには誰も来ないのだ。照らしてみせる目も、笑みを握る顔も森が邪魔して近寄せない。なんと残酷なことだ。笑みの一つでも見れば、世界は違って見えてきように。」


「僕は友を、君は披露する観客を求めている。君の推察はいつも正しい、だから僕はここが好きだ。僕の来訪は君の仕業と共にでしか起こらない。さて、降るも積もらぬ空虚な戯言はこれくらいにしよう。いつかの幸福、いつものように宜しく頼むよ。旅人が耳を貸すのは、時を忘れた恋歌だけとは限らない。うんと引かれた弦っていうのは力強くも、その実切れやすいもの。求めているのは程度のいい笑い事、面で笑って裏で泣くような情事はつんで求めていないよ。君とのそれが僕には待ち切れない。盗んで食う、慣れることはない。慣れたら僕はお終いだ、強欲を愛でる天使などいない。羽ばたく為には清く透明な体でないといけない。欲は必ず濁りを、苦痛な重さを与えてしまう。そうだそうだ!やっと笑ってくれた。その大きな口はやはり寝床には最適、勝手に閉じて、おまけに中は冷え知らずときている。そんな処で眠りにつける動物達は恵まれている。夜な夜な君を目指すのは、君を信じている確かな証拠だ、道を任せた馬車馬と、走を任せた御者。黒き吐息が姿を潜め、日色の新風が地に口づけを交わさなければ前進など夢のまた夢。これでは入り込もうと隙間を探す疑念の炎が可哀想とさえ思ってしまう。いや、まったく、いつもきみの食欲には驚かされる、いくら経っても慣れやしない。まぁ、おかげでこの性根は貧弱を古くの霧に置き忘れ、強固なものに育ってくれたけど。ところで高貴な人が持つという絨毯は、類を見ないほど色鮮やかだと聞く。到底僕には眺望のかなわぬものではあるけれど。あれは模様をつけるまでに随分と時間を有するそうじゃないか。贅沢を散りばめた絨毯も、僕に面するこの丸太も、燃やしてしまえば残るものはどちらも灰、目を閉じても行き着く場所は同じなのに、なぜ僕らは目を開け多くを見ようと四肢を尽くす?」

少年は解けない謎を奇妙な木へ投げかけましたが、答えとなるものは望めぬようでありました。

「 僕の閉じめている気高い小人は、死人を哀れむ灰のように、死神の吐く炎み霧散したりしない。この森よろしく時をも経ていくごとに強く育っていく」

少年は耐え切れずに、自らで答えるしかなかったのでありました。その言葉は耳触りとは相反し負け犬の遠吠えのようでございました。

一人と一本が長らく時間を共有できたのはこれが最後でありました。



あるとき、突然剣を腰に携えた物々しい男たちがあらわれました。

「お前が笑顔を欲するという奇妙な木か」

長らしき人が言いました。

「そうだ、木のくせ話し、木のくせ笑わせることなによりも好きなのが私だ。」

木はいつもひとりぼっちでした。少年に出会って孤独ではなくなりましたが、もっと多くの友達が欲しかったのです。

「遥かに大きくなれないのか、もしお前がこの森で一番高い木となれば皆がお前の元にやってくる。お前は思いが尽きるまでことを成せるのだ」

「大きくなれば皆が笑ってくれるのか?それが本当ならば天に届くほど高く伸びてみせる」


その日より長は成長に必要な食べ物をたくさん木に与えました。木はみるみる大きくなり、存在を知った人々が多く集まってきました。

「よーし、もっと大きくなってもっと私を知ってもらうぞ!」

木は止まることなく成長し続けました。

「もうやめるんだ、これ以上は存在の満ち欠けに及ぼしてしまう。」

少年は言いましたが、すでに話す気の顔は声の届く高さにはありませんでした。

「うむ、少年も喜んでいる、よし、もっと伸びてやろう」

木は手を振る少年を、喜んでいると思いました。

「うー、よいしょー」

ついに木は力を振り絞り、森に収まらないほどに高くなりました。話す木は満足しているようでありましたが、それはいささか自分勝手な所業でございました。

「あの木のせいで、私らの村は太陽の恩恵を受けられない、奴の葉が光を遮っているのだ。恐ろしいほどに邪魔というわけだ」

枝によじ登り、快適に座していました村人は影に連れられて憤慨するばかりでありました。


「君らが大きくなることを望んだのではなかったのか」

少年は言いましたが、村人の殺意は増すばかりでありました。

とうとう村人らは木を切ってしまいました。木はあまりに育ちすぎたのです。再び独りになった木は、空高く誰の顔も見れないまま命を絶たれてしまいました。


こうして、他者を求めた木は、それゆえに我を失ったのでありました。


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