三日目-2 10tは反則らしい
「オレ……ワタシが案内に選ばれたアギです」
「同じくマリです」
「「よろしくお願いします」」
控室のような部屋で待っていると、神官が連れてきた二人の子供がそう自己紹介した。
アギと名乗ったのは男の子だ。くせ毛がピンピンと跳ねていて、やんちゃそうな顔立ちをしている。
マリと名乗ったのは女の子だろう。左側に寄せた前髪が左目を隠していて右目だけが見えている。
二人共くすんだクリーム色のフード付きローブを着ていて、マリはフードを目深に被っていた。
しかし案内と監視と聞いていたから、てっきり大人の男性がつくものとばかり思っていたが、二人はどうみても小学生高学年と言った感じだ。
「俺は風見瞳夜だ。よろしくな」
「はいっ!」
「が、頑張ります……」
うん、見た目通りアギは元気いっぱいで、マリはおとなしそうだ。
しかし監視はともかく案内は出来るのだろうか。
そんな疑問を抱いたのだが。
「えと、トウヤ様は」
「呼び捨てでいいよ」
小さな子に様付けされると、なんだが悪いことをしている気分になる。
「えっ……で、でも」
「いいじゃんか。トウヤ自身がそういうんだから、そっちのが良いんだろ」
「アギってば」
「だってそーだろ? マリが様って呼ぶと、むしろトウヤは気分悪いのかも知れねーぞ?」
「……んぅ」
マリはなにか反論したかったようだけど、結局アギが正しいという結論に至ったようだ。
「じゃあ、えっと、トウヤさんは国賓扱いをされたくない、ということで良かったですか?」
「うん」
どう考えても俺はそんな大それたものではない。
むしろヒミナと一晩過ごしてしまっただけでも恐れ多いのだ。
「では教会の客人と言うことにさせていただきます。現在ご利用の宿はそのまま使えます。また宿に関することであれば全て無料で利用出来ますが、それ以上のことは出来ませんのでご了承ください」
「宿での寝泊まりや食事は無料だけど、それ以外はなにもない、ってことか」
当然だな。
宿泊費と食費が免除なだけまだまだ分不相応の客人待遇と言える。
それはつまり教会の好意に甘えていることになり、引いては教会からなにかお願いされた時に断りにくくなるということでもある。
俺は絶対に、絶対に、ぜーったいに魔王軍との戦いなどには関わりたくない。
なので、まずは生活を自立することから始めなければ。
「トウヤ様の乗り物は街の中に入れるようにしておきますが、それ以上の援助はありません。ですので、お金を稼ぐのにまず組合に登録することを推奨されていますが、どうしますか?」
「組合?」
「商売すんなら商人組合、なにか作るなら工房組合、狩りとか傭兵するなら冒険者組合、農業するなら農業組合ってとこだぜ。まっ、魔将軍をぶっ倒せるなら冒険者組合だよな!」
「うーん? いや、商人組合かな」
「なんで!?」
ずいっ! と迫ってくるアギ。近い近い。
「俺は普通の人間なんだよ、乗り物が凄いだけでな。戦闘なんてまっぴらごめんだよ」
「えー……」
俺に会う前にどんな説明を受けたのだろう、アギはめちゃくちゃ残念そうにしている。
あー、でも年齢的にちょっと分かるな。俺もアギくらいの年頃の時は、漫画のキャラとか憧れて必殺技とか真似したしなぁ。
もっとも俺の場合「必殺技:ひき逃げ」なんだけど。
うん、マネさせちゃいけないな。冒険者組合はナシだ。
「アギ、無理を言わないの。ではトウヤさん、乗り物を北門の衛兵から受け取って、それから商人組合に行きましょう」
「うん、その方向で」
「ちぇー。まっ、いいや。トウヤの乗り物にも乗ってみたいし! 早くいこーぜ!」
「アギは元気だなぁ」
グイグイと俺の手を引くアギに急かされるまま、俺は早歩きで北門へと向かう。
マリは迷惑が掛かると思ったのかあたふたしているが、これくらい積極的に話してくれる方が俺としては楽だ。
うん、運転手になって矯正はしたものの、自分から話すのは苦手だからなぁ。
「マリもちょっとわがまま言ってもいいんだぞ」
「ふぇっ!? い、いえ、そんな……お気持ちだけで」
照れたのかフードを引っ張って顔を隠すマリ。かわいい。
そんなこんなで俺の周囲は一気に賑やかになったのだった。
北門の衛兵からヴァーハナを回収し、街の中央方面に戻ること数分。
俺たちは商人組合にやってきていた。
四階建ての立派な建物だった。
ドアから中に入るとロビーのような空間になっており、長方形のテーブルが二つ、その周りにL字の形のソファが配置されている。
その奥にはカウンターがあり、どうもそこが窓口になっているようだった。
俺はマリと一緒にカウンターまで歩いていく。
アギはまだ建物の外だ。ヴァーハナ、というかクラウンを見て「スゲースゲー」言っている。
「すみません、こちらはトウヤさん、教会から連絡があったと思いますが、商売を新たに始めたいと思っている方です」
受付らしい女性へ向けてマリが俺を紹介する。
合わせて頭を下げると、女性はにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「左様でございますか。ではこちらにお掛けになってください」
椅子に座ると受付の女性は商人組合の概要を説明してくれる。
商人組合は元々店舗経営者が安定して商売するために生まれた互助組織らしい。
例えば、ここにパン屋を開きたい人間が三人いたとしよう。
それぞれは下準備を進め、家賃や経費を差し引いても二割の利益が出ると計算した。
だがそのうち二人は偶然店舗が正面同士になってしまった。
お互いの技術は互角。客足も互角。
そうなると二割の利益が出るはずだったものがプラマイゼロ、悪いと赤字が出てしまうようになってしまった。
利益がでなければ商売は続けられない。
結局向かい合った二人のパン屋は資金が尽きて店を畳むことになる。
残ったのは離れた場所に店舗を構えた三人目だけ。
店がそこしかなくなってしまったので、パンは飛ぶように売れる。
売れるので、値段を上げられる。
三人目が善良であれば良いが、悪どかった場合消費者は苦しむことになる。
たった一人が儲け、大勢が損をする状況。
これを回避するために発足したのが、商人組合だ。
需要と供給のバランスを考え、偶然による不幸が起きないように調整するのが仕事だ。
もちろんそれ以外にも、資金の貸出や情報共有、相場の安定化など仕事は多岐に渡る。
「トウヤ様はどのような商売をお考えでしょうか」
「運送運搬の請負や、移動店舗での飲食物の販売等、ですね」
前者は元々考えていたもの、後者はここに来るまでにマリに話を聞いた結果だ。
移動手段が馬が主流であろうこの世界でタクシーをやったら便利なんじゃないか、とそう思ったのだが難しいと言われたのだ。
なんでもお金を持っている貴族は自分の馬車を持っていて、平民はよほど特別なことでもなければ移動手段にお金は使わないし、使うような距離の移動もしないのだとか。
タクシーをする場合にマリが保証出来るのは、聖皇教会総本山にヒミナが帰る時は利用してくれること、その一回のみ。
ヴァーハナに乗った感触を考慮しても、一ヶ月に一回利用客が出来るかどうか、とのことだった。
その一回にどれだけ儲けが出たとしても、それでは安定した暮らしが送れない。
だから俺は食べ物なんかも販売しようと考えたのだ。
「運搬は馬車何台を予定されていますか?」
「えっ」
「規模によっては競合相手が出るかも知れませんから。サンテラの街の最大手ですと常時十台用意しており、傘下の店舗への口利きを含めれば一回に最大三十台まで請け負えます。トウヤ様はどれほどご用意されるのでしょうか」
「ええと……台数としては一台なんですけど」
「はい、一台ですね。別に珍しいことでもないですよ。一台からでも立派な運搬業ですから」
俺が戸惑ったのを台数が少なくて恥ずかしいからだと思ったのか、そんなフォローを受付女性がしてくれる。
ありがとう、でもそうではなくてね。
「その一台で2tは運べます」
「なるほど、2トンですね……2トン?」
あ、女性の表情が固まった。
「ええと、トウヤ様……2トンと言うのは、生まれの地方の訛りかなにかでしょうか?」
「いいえ、1グラムの千倍の1キロの千倍の1トン、その二倍の2トンです」
「んん……と」
受付の女性は困ったように笑い、助けを求めるようにマリを見る。
「トウヤさんは教会認定の神器をお持ちです。可能だというなら可能なのだと思います」
「……それは教会としての見解ですか?」
「はい、総意と思って頂いて構いません。ヒミナ様のお言葉と置き換えていただいても」
「……ええと、申し訳ございません、ちょっと席を外します」
ゆっくりと女性は立ち上がり、奥へと続く扉の向こうへと消えて。
「聞いてないですよ組合長! 神器持ちの方とかどうやって判断すればいいんですか!? 馬車一台で2t運べるって言ってますよそれが教会の太鼓判付きですよ!? これ私に遠回しにクビを宣告したいって意思表示ですかだとしたらこっちにも考えがありますよ!」
そんな悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
一瞬だけ固まって、それからマリに視線を向けてみる。
「組合長が悪いです」
マリは澄ました顔で言い切った。
なら、そうなんだろう。
悪いやつだなー組合長。
そんな現実逃避にも似たことを考えていると、一人の中年男性が奥からやってきた。
中肉中背だが背筋がスッと通っており、何らかの整髪料を使っているのかビシッとしたオールバックの男性だ。
彼はコホンと咳払いを一つすると、俺の正面の席に座る。
「失礼しました。私、サンテラの商人組合組合長のコルネドと申します。ええとトウヤ様、でよろしかったでしょうか」
「はい」
「確認なのですが、トウヤ様の馬車は一台、お間違いないですか?」
「正確には馬車ではないですが、乗り物は一台です」
「なるほど、神器ということでしたね」
そんな大層なものではないと思う。
いろんな乗り物に変化可能なだけで、俺の世界基準ではどれも普通の乗り物だ……バッガー288はちょっと特殊だけど。
とは言え、ここでそこを否定しても仕方がないので、神器だと言うことにしておく。
「それで、最大で2tまで運搬可能、と」
「あ、いえ、ちょっと違います」
「違いますか! そうですかそうですよねぇ! いやぁ良かった良かった、それで最大はどれくらいなんでしょう」
何故かテンション上げて喜ぶコルネドに、俺は記憶の糸を辿りながら答える。
トラックならだいたい2tだけど、確か大型のダンプカーなら。
「最大……っていうわけではないんですけど、やろうと思えば10tは運べます」
「はい! なるほど10tですね、いやハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
コルネドは楽しそうに笑う。
笑って、笑って、笑い続けて。
「えっと、笑うところだった、のですよね?」
「マリちゃん、俺には良く分からないんだけど今のやりとりのどこかに笑うところがあったのかな?」
「組合長、トウヤさんは質問に答えているだけです」
「ぴゅるるるる」
なぜかコルネドは真顔で口笛を吹いた。
なんだろう、愉快な人だ。
「はっ、いえ、失敬。10tですか、そうですか。一台で。ははぁ、なるほど……うぅむ」
腕を組んでブツブツと呟くこと一分ほど。
「特級になりますね。街から街への大型運搬になるので、お仕事の数は極端に少なくなります」
「最大はそれくらいですけど、小さくも出来ますよ?」
「小さくも……なるほど。分かりました、ぶっちゃけましょうトウヤ様、いいですか?」
コルネドは口元を隠すように両手を組むと、真剣な表情で言った。
「相場が崩壊します」
「えっ」
「トウヤ様は神器をお使いになると聞きましたが、その運搬にどれほどの経費が発生しますか?」
「……食費くらい、です」
「なるほど。トウヤ様が本気を出すと、この街の運搬業者が全員首を吊ることになります」
「ウっソぉ」
「ホントぉ」
あはははははは、とお互い笑ってから。
「それはまずいですね」
「ご理解いただけて幸いです。腹を割りますと食料の販売は望むところなので、運搬業は民間では不可能な案件が発生した時のみにして頂けると助かります。比喩ではなく、本当に、この街の運搬業を営む者たちと、我々が助かります」
「食料の相場は良いんですか?」
「ここは最前線ですので消費層が多く食料は品薄なのです。農業組合が頑張っていますが、農家が自分たちの食べる分を優先しているため売り渋りが発生し外からの輸入に頼っている状況です。すでにインフレ方面で相場崩壊中ですので、お好きにしていただいて問題ありませんよ」
「場所とかの問題は」
「移動店舗とお聞きしました。そちらも神器なのでしょう。他の店の出入り口を塞ぐようなことがなければ、どこでも良いですよ。ただし毎日同じ場所での販売はご遠慮ください」
「分かりました」
「それでは、本来なら登録料を頂くのですが、運搬業を自重していただくのでそれを登録料代わりとさせて頂きます。こちらが特級商人の登録証になります。聖皇神国ならどこでも通用しますので、他の街に行った際には商人組合にご提示ください。あと最後にこれは個人的な部分を含みますが」
周囲を確認してからコルネドは小声で言う。
「販売する食料について、量があるなら組合としても買い取らせて頂きますよ。10tの物資を運搬可能とのことでしたので、余剰分がもしあれば、と」
「分かりました、確認してみますね」
「はい。それでは、何卒よろしくお願い致します」
お互いに頭を下げる。がコルネドの方はどこか必死な雰囲気があった。
まあ馬車が主流な世界で経費の掛からないトラックで運搬しようとしたらそうなるか。
俺はちょっと反省しつつ、マリを連れて外に出る。
アギはまだスゲースゲー言っていた。