幕間-知らぬは本人ばかりなり
瞳夜がいなくなって静まり返った中、最初に声を発したのはロイだった。
「で、ヒミナ様。あれほどあの者と関係を持とうとするのは、いかな理由でしょうかな?」
どこか責めるような口調に鋭い視線を向ける神官がいるが、彼は気にしない。
ヒミナの方も気にした様子はなく、何かを覚悟するような嘆息を漏らすと、誰もが聞き逃さないように大声で告げた。
「彼は運転LV5の持ち主です」
ざわり。
騒然となる面々を、静かにさせたのはやはりというべきかロイ議長だった。
「そんなまさか! LV3ならまだ理解出来ますが……LV5というのは、本当なのですかな? 何かの間違いでは?」
何人かの神官たちも同意するように頷く。
しかしヒミナはゆっくりと首を横に振った。
「事実です。昨晩、私に降臨された女神様が直接お与えになられました。LV5です」
その場に居合わせた全員が息を飲む。
「なるほど。ではヒミナ様、質問を変えさせていただきます。私の知る限り、運転スキルはLV1であらゆる乗り物を乗りこなせるスキルと記憶しております。LV2で乗り物の性能を完全に熟知し引き出せるスキル、LV3で性能をさらに強化し特殊能力の付与も可能とする能力……現在は世界でも二人しかもっていないスキルです。では、LV4とLV5はどのようなスキルなのでしょう」
ロイの質問にヒミナは頷き、一度呼吸を整えてから答える。
「LV4からは神のみが持つスキルとされています。まず使用した乗り物の神格化ですね。物なら神器、生き物なら神獣とクラスアップするようになります」
「……LV4で、ですか?」
「LV4で、です」
神官たちが顔を見合わせ困惑する。
もはやそれは想像の域を越えてしまったスキルだ。驚けば良いのだろうが、どう驚いたら良いのかが分からない。
「では、LV5は……?」
その問いにヒミナは申し訳なさそうに首を左右に振る。
「乗り物の不滅化と乗り物使用によるあらゆる消耗がほとんどなくなる、という二つ以外判明していません」
「判明していない、とは?」
「そのままの意味です。私に降臨された女神様も直接見たことはないスキルなのです。女神様すら把握されていた効果がその二つだけなのです」
「は……なるほど。では彼の送迎にワイバーンを使いますか」
はっはっはと笑いながら茶化すようにロイが提案する。
ワイバーンは聖皇神国でも五頭しかいない騎乗用の飛竜である。
戦闘に耐えうるものとなればその中の二頭に限られ、繁殖も滅多に行わないため貴重な存在だ。
それが強化されれば聖皇神国として非常に心強いのだが。
「神獣となった騎獣は、運転スキル持ち以外に乗られることに抵抗を示すようになりますよ。牛のような温和な性格なら乗せてくれるかも知れませんが」
「下手に乗り物に乗せるのは自身の首を締めるだけ、ということですか」
「もっともあくまで運転スキルの効果なので、彼が運転しなければ効果は発揮されません」
「分かりました。では彼の宗教の戒律に触れない範囲の女性を用意させます」
即座に方針を転換しサンテラの街の利益になるような提案をする。
そんなロイにヒミナは密かに好感を抱くものの、案自体は却下する。
「それは駄目です」
「なぜです? それほどのスキルを持った彼を、まさか野放しに出来ないでしょう?」
「それでロイ議長のご息女が選ばれたら、周囲のみなさんはどう思うでしょう? 逆に考えてもらっても良いですよ」
「抜け駆けになる、と。これはまた厄介ですな」
並の相手ならばそれでも良かっただろう。
しかし瞳夜は、運転LV5というスキルは常識を遥かに超えてしまっている。
単純に言ってしまえば、彼を味方に付けた勢力がそのまま勝者と成り得てしまうのだ。
今の例え話の通りにロイの娘が瞳夜と結ばれることになったら、あるいはそうなるように働きかけたら。
瞳夜の力を利用して良からぬことを考えている、とそう疑われても仕方のない状況なのだ。
逆にロイ以外の議員が働きかけたら、今度はロイが自身を議長から引きずり降ろそうとしているのではないかと疑わざるを得ない。
だからこそのあの提案だったのだ。
現在既に国のトップとなっているヒミナだけが、無用な疑いを極力少なくして彼を味方に引き入れることが出来た。
しかし結局それも瞳夜側の都合で水疱に帰した今、彼に対する無闇な干渉はトラブルの種にしかならない。
ヒミナは周囲の人間を改めて見渡して言う。
「全員、理解しましたね? 彼には味方になってもらうことが望ましいですが、下手な工作は不和の原因となるだけです。現在の聖皇神国はその不和を許容出来るだけの余力がないのです。細心の注意を払うようにお願いします」