三日目-1 宗教上の理由です
2日目
客は0だ。悲しいなあ。
というわけではく、今日は色々と実験することにしたためだ。
そのためお金を取った相手がいない。
活動としては商業組合に登録したことが挙げられる。
なぜか冒険者組合にも登録することになったのだが、まあヴァーハナを持っているせいなので仕方ない。
俺自身に戦闘能力なんてないからね。
だからシャールさん、そんな自慢げに岩巨人を倒したことを武勇伝のように語らないでください。
アレを倒したのはバッガー288です。俺じゃあありません。いや謙遜でもないです。お願い、マジで。
さて、朝が来て俺はめでたくお城にやってきていた。
もう凄い。
俺を睨む神官の目が凄い。愛娘を口説くチャラ男に向ける視線そのもの。
隣に毅然とシャールが立っていなかったら、意味もなく謝っていたかも知れない。
どうしてこんなことになったのか。
話せば長い。
なので三行にしてみた。
巫女の少女が聖皇女様。
武装神官に完全包囲。
お城に連行←イマココ。
まあね、覚悟してたよね。
だって神を降ろせる巫女って、どう考えてもトップクラスの巫女だ。
そんな大切な巫女が帰ってこないってなったら、良からぬことが起こったのではないかって警戒する。
誰だってする、俺だってする。
ただ一つの計算外は、まさかその巫女さんがこの国のトップだったこと。
シャールが擁護してくれなかったら、とっくに首が飛んでいたことだろう。
やましいことは一つもしていないので問題ないはずだ。
しかしそれでも不安でドキドキする。
ヴァーハナは転倒しようが岩巨人にぶつかろうが無傷だったが、俺自身は普通の人間に過ぎない。
死刑、って言われたら為す術なく死ぬだろう。
その場合、あの女神様のせいなのだから、転生させてくれたりするんだろうか?
もしそうなら次はもっと安心安全な能力をおねだりしよう。
なんて考えていると、唐突に周囲の神官たちが跪いた。
どうしたのだろうと周囲を見回すと、奥から女官が歩いてきていた。
その後ろを、あの少女が歩いていた。
巫女である美少女のあの子だ。
彼女は赤い絨毯の上をしずしずと歩いていくと、金の彫刻と刺繍が施された玉座に静かに腰を下ろした。
「みなさん、ご心配をお掛けしました」
「はは、全くです。謀略を疑われる者の身にもなっていただきたいですな」
少女の言葉を受けて発言する男性が一人。
でっぷりとした体型にやや薄くなった頭部、立派なカイゼル髭とRPGの大臣で出ていそうな見た目だ。
口調はともかく内容は嫌味とも取れるものだったが。
「ふふ、ごめんなさいロイ議長。そう何度もあることではないので、許して貰えますか?」
「はっは、冗談ですから許すもなにも、ええ、全ては聖皇女ヒミナ様の御心のままに」
パッと見だと仲が良さそうに見えるのだけれど、これも俗にいう「腹芸」というやつなのだろうか。
後からシャールに教えて貰ったところ、彼は選挙で選出される議会の議長であり、言ってみれば知事にあたる人間らしい。
魔王軍との最前線サンテラの街のトップだけあって優秀だが、そのため聖皇女に対しての不満を持っている……と思われている。
今回の聖皇女様の「無断外泊事件」も、彼による陰謀だと思う人間が少なからずいたそうだ。
「では本題に入りましょう。この度の件、不幸な偶然だと結論が出ました。よってトウヤさんは無罪放免とします」
ヒミナの宣言に一瞬だけどよめきが起こったが、異議を唱える人間はいなかった。
結論が出た、という言い方をした辺り、すでに事情聴取的なものとその裏付けの確認などは行われた後なのだろう。
シャールも心なしかホッとしているように見える。
「その上で、トウヤさんを国賓として歓待したいと思います」
「国賓……ですか? しかしヒミナ様、我が国は……」
ちらりとロイ議長が俺を見る。
なんだ?
いや、俺も国賓なんて大層なもので迎えられることにはびっくりだけどさ。
「構いませんロイ議長」
「では……我が国は現在、予断を許さない状況です。魔王軍からの侵攻はもちろんのこと、真正聖王国も漁夫の利を狙っております。いざという時の蓄えを鑑みますと、そのような待遇はとても」
「確かに、私達には今余裕がありませんね」
ロイ議長の言葉に頷いて、ヒミナはなぜか頬を染めて、コホンと咳払いをすると。
「では、私の婿候補として聖皇教会に迎えると言うのは──」
「なにを突然!?」
「やはり精神操作されているのでは!」
「ではアレはやはり魔王の手先か!?」
「待て、ヒミナ様は精神鑑定を受けてらっしゃる」
「しかしこんなことそれ以外に考えられぬ──」
火薬庫に火を放ったが如く、口々に意見を述べる神官たち。
いや、さっきまであなた達めっちゃ静かだったじゃん。
そりゃトップが「この人と婚約します」なんて言い始めたら驚くだろうけど。
……って、え?
俺?
俺が、あの超絶美少女と?
いや、いやいやいや、犯罪だろ。
年齢なんて一回り違うだろ。
むしろなんでそんな話になるんだ。
「静粛にッ!」
カァン!
乾いた音が響き渡る。
俺の隣に立つシャールが、剣の鞘で強く床を打ち付けたことによるものだ。
「神官の皆様が混乱するのも、理解出来る。だがヒミナ様より聖剣を賜った騎士として、証言しよう。彼はそれほど特殊な存在なのだと」
「し、しかし」
抗弁しようとした神官の一人を、シャールは手で制する。
「皆様の混乱は理解出来る、と申し上げたはず。さてトーヤ殿、貴殿の意見を聞かせて欲しい」
そこで俺に振る?
困惑しつつ周囲を見回して、シャールを見る。
彼女はなにやら俺のことを「信じているぞ」みたいな顔で見つめている。
どうやら俺に期待している言葉があるようだ。
が、さっぱり皆目見当もつかない。
岩巨人を一撃で倒したこと、サンテラの街までの移動時間が馬車を使うより数倍短かったことで妙な過大評価を受けている気がする。
うーん。
よし、一周回って何も考えないことにしよう。
「ええと、国賓っていうのも聖皇女様の婿候補っていうのも、身に余るので辞退したい……です」
美少女とお近づきになれるチャンスをふいにするのはもったいない気もする。
しかしそれ以上に面倒が多そうだった。
なにせこの国は魔王軍との最前線にある国。
戦闘に巻き込まれる可能性大だ。
俺自身はチート能力なんて持ってないので、そんなのはまっぴらごめんだった。
「そう、ですか」
ぐはっ!
あからさまにシュンとなるヒミナに心が痛む。
「ああいや聖皇女様が嫌というわけではないですよ? なんだったら二十四時間ずっと見ていたいくらいに可愛いですし。でも、その……」
うおおお、唸れ俺の脳細胞! もっともらしい言い訳を考えるんだ!
この場合に誰もが納得してそれならって思う、都合の良い言い訳!
「──し、宗教上の理由がありましてっ!」
必殺万能言い訳「宗教上の理由」でどうだ!?
いや、宗教色の強い国で、そのトップに対して「宗教上の理由」はまずかったか!?
なんか周囲の神官も一層ざわついているし!
「その宗教というのはどういったものなのでしょう」
「遠く、もの凄くここから遠い島国のものでして。己の年齢よりも倍以上年下の、家族以外の異性には妄り触れてはならない、というもので!」
いわゆるYESロリータNOタッチ教である!
割ともっともらしくなったような気がしなくもないが、どうだろうか!?
「遠い島国……そうですか。それなら仕方ないですね」
ヒミナの言葉に周囲の神官もうんうんと頷いている。
通った!
「しかしシャールからの話も聞いています。監視と案内も兼ねて一人従者を付けさせてくださいね」
監視か。
魔将軍なんていう中ボスを単独で倒しちゃったわけだし、それはしょうがないか。
一人でぶらぶら自由にさせると、なにか問題が起きそうで偉い人達の胃に穴が空いてしまうのだろう。
「分かりました」
俺が答えるとヒミナは頷いて、周囲の全員を見回す。
「それではトウヤさんのことは聖皇教会のサンテラ支部における客として扱います。ではトウヤさん、後ほど従者を向かわせますので待っていてください」
シャールがうやうやしく一礼するのを見て俺もその真似をする。
そうしてやってきた女官に連れられて、俺はその場を後にした。