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二日目-3 美少女、来襲

 コンコン。


「ん……いけね、寝落ちしてたか」 


 ノックの音に気づいて目を覚ますと、部屋は真っ暗になっていた。

 窓から入ってくる僅かな明かりを頼りにランプを見つけて、火を灯す。


「どちら様です?」


 ドアは開けずに尋ねる。

 俺を訪ねてくる人間がいるとすれば、シャールかその関係者くらいだ。

 そうでない場合、トラブルの種だと思った方がいい。

 だから用心していた。

 いたのだけれども。


「……君に説明するために来た。瞳夜、少々の無礼を許せ。私も許す」

「は──?」


 ドアの向こうから聞こえてくるやたら尊大な物言いに、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 可愛らしい女の子の声だったが、口調が偉く芝居がかっているし、なんか怪しい。

 ここは開けるべきではないのではないか、俺はそう思って断りの声をあげようとして。

 がちゃり、と鍵が解除されドアが開く。


「は──?」


 スルリと滑り込むように部屋に入り込み、後ろ手にドアを閉じる少女を見て、俺はまた間の抜けた声を上げる。

 美少女だった。

 超がつく美少女だ。

 長い黒髪はツヤツヤサラサラとしていて、ぱっつんとした前髪はどこか神聖な雰囲気を漂わせている。

 頭には金で出来ているのだろう、鳥を模したような豪華な冠のようなものを載せており、白と赤と金色が混じり合う巫女装束も相まって神楽を舞う巫女のようだ。

 シャールも美人だったが、こちらはもう別格だ。神々しさすら感じる。

 特に切れ長で知性を感じさせる瞳が、幼さがまだ残る顔立ちの中でやや伏し目がちにしている様など、あどけなさと大人っぽさが同居したかのような矛盾した魅力を放っている。

 目つきはドSなのに表情がドMな感じと言えば伝わるだろうか。伝わるよね。伝われ。


「あまりはしゃぐな。騒々しい」


 少女が嘆息混じりに言う。

 え、どういうこと、俺まだなにも言ってないんですけど。


「前置きを省こう。私は女神だ。今、この巫女の体を借りて瞳夜に説明に来たのだ。女神であるから、瞳夜の言語化された思考を読み取るなど造作もないことよ」


 え、マジで? じゃあここで薄い本のこととか考えたら?


「マジもマジである。うむ、映像思考も読み取ろうと思えば読み取れるが、瞳夜は私を敵に回したいのかね?」


 滅相もございません。でも超可愛いなぁ愛でたいなぁって思うのは許可して欲しい。


「まあこの器に対する感想故、それは良かろう。さて瞳夜よ、まずは説明が遅れたことを詫びよう」

「詫び?」

「うむ。何分急なことだったのでな。私も対応に時間を取られたのだ」


 それからの女神の説明を要約すると。

 まず前提として母さんが元々は異世界の人間だったらしい。

 母さんは女神に仕える巫女の一人で、世界を救うのに大きく貢献したが、邪神によって呪いを受けてしまった。

 その世界にいる限り呪いの影響を受けるので、世界を救った褒美の一つとして比較的平和な世界への転生が認められた。

 女神はそれからも母さんのことを経過観察していたが、担当外の世界に転生したことで干渉することが難しくなっていた。

 そして経過観察の目が少し離れていた時に、邪神による呪いが活性化してしまった。

 女神は監督不行だったことを悔やみつつ、母さんの願いを聞くことにした。


 その母さんの願いが、俺の幸せだった。

 女神は戸惑ったが、願いを叶えると約束したからには叶えなければいけない。

 すぐに俺のことを探し出した。

 するとトラックに撥ねられる直前だった。

 異世界の神である女神の権限は少なく、時間停止や巻き戻しと言った奇跡を俺に使うことは出来なかった。

 咄嗟に出来ることで対応したのが、異世界転移とクラウンのヴァーハナ化だった。

 ヴァーハナと言うのは、ヒンドゥ教の神々の乗り物のことだ。なんでもクラウンを神の乗り物とすることで俺の身を守ったのだとか。

 なるほど、わからん。


「ヴァーハナに関しては便利な乗り物とでも思えば良い。瞳夜が思い描く通りの乗り物に変化するようにしてある。いくつかの権能にロックが掛かっていたのも先程解除した。その乗り物にあるべき付属物であれば、オプションとして呼び出せるようにもなっている。ただしオプションの使用はMPを消費するので注意するのだぞ」


 これからはオプションありでと思えば、キャンピングカーの冷蔵庫に中身が入った状態で車体を変更することも可能、ということらしい。


「あとは……そうだな、乗り物であればなんでも変化する。そのため、馬や牛などの動物にも変化させることが可能だが、あまりオススメはしない。生物への変化は魂と意思を宿す。一度宿した魂の意思はずっと存在し続けてしまうからな。ただの道具だったものが、生物に変わるわけだ」


 あ、すみませんそれ手遅れです。


「……馬車にもうすでに変えた後、だと? まあ馬程度であれば……いや、これも私の説明が遅れたせいか」


 ため息を吐きつつ自己嫌悪なのか落ち込む女神様。

 元気だしてください、あまり気にしてないので。


「そうか。すまんな……話の続きだが、そんなわけで瞳夜に与えられたものは少ない。ヴァーハナくらいなもので、他は普通の人間と同じだ。転移先の世界も平和とは言えんし……ふむ」


 女神は覚悟を決めるように頷く。


「瞳夜よ、なにか願いはあるか? この世界も管轄外故大きなことはできんが、瞳夜の能力に関わることやちょっとした世界への干渉ならば出来ないこともない」


 願い、願いねぇ。

 能力値をチートに。状態異常無効。自然死以外の死亡の無効化。

 パッと思いつくだけでもそれらの欲しい能力は思いつく。

 思いつく、の、だけれども。

 あー、くそ、駄目だ。あんな話を聞いてしまったら、もうそんなもの心残りになるに決まってるじゃないか。

 ため息を一つ吐いて、俺は色々と諦めた。


「じゃあ母さんにケーキと、誕生日おめでとうって言葉、贈って貰えます?」

「……まったく、これまでろくに孝行もしてこなかったくせに」


 うっ、それを言われるとなにも言えない。

 あの日のケーキだって、入院がきっかけの思いつきに過ぎなかったわけだし。

 だけどケーキの予約なんてあれが初めてだった。人生初めてだ。

 そのために慣れない夜勤にシフトを変えて貰ったりしたのに、全部無駄でしたっていうのは釈然としない。

 別に親孝行とかじゃなくて俺の細やかな矜持というものを守るためにだから、ええと、その、つまり。


「断るつもりはない。承った」


 あ、はい。


「ではそろそろ器も限界が近い。私は戻らせてもら……おっと、忘れるところだった」

「なんです?」

「うむ。ヴァーハナと共に、それを使いこなせるように運転スキルを付与していたのだが、レベルを初期値で与えた後に上げる暇がなかったのでな。それを今最大レベルにしておこう」


 おお、それはありがたい。

 この街の門のところで馬車にはしたけれど、考えてみたら俺は御者なんてやったことなかった。運転出来るか怪しい。

 その点、その運転スキルを最大レベルにして貰えれば、運転出来ないなんてこともないだろう。


「この世界での最大値は……ふむ、LV5のようだな。では瞳夜よ、私の手を取れ」


 す、と差し出された手に、俺は戸惑う。

 だって美少女の手なのだ。テレビとかで見たどんなアイドルも色あせてしまうような絶世の美少女。

 に、握っていいのか? 嫌な顔されない?


「早くしろ、ここにきてなぜか器の消耗が激しくなった、時間がない」


 焦りの色が滲んだ言葉に改めて少女の顔を見ると、サウナの中にいるかのように汗が流れていた。

 意を決して手を握る。

 柔らかい。

 俺だって人生の中で何回か女の子の手を握ったことがあるはずなのだが、こんなに柔らかかったっけ。

 美少女は触り心地も良くなるような補正が入るのだろうか。

 そんなアホ丸出しのことを考えていると、温かいものがつないだ手から流れ込んでくる。

 40度のお湯くらいの暖かさのそれは、手のひらから腕、心臓へと流れると全身へ巡っていく。


「これで良い……ぐ、すまん、器が、限界だ……ここで、休──」

「え?」


 少女の姿をした女神様はフラフラとベッドに歩いていくと、ポフッとその上に倒れ込んだ。


「あの?」


 近づくと、スースーと安らかな寝息が聞こえてくる。

 ……巫女が神を降ろして、器が限界……これらのワードを組み合わせて現状を推察してみよう。

 ははぁん、さてはMP切れじゃな?

 ゲームで言う昏睡、あるいは気絶状態と言ったところだろう。

 しかし、うつ伏せでな寝苦しそうだ。

 幸い掛け布団の上に寝ているので、端を持ち上げてころんと転がし仰向けにしてあげる。


「……うむ、美少女だな」


 寝ているだけで実に絵になる。

 しかしいつまでも眺めているわけにもいかない。

 邪魔だろう頭の冠のような飾りを外してあげて、もう一方のベッドの掛け布団を上から掛けてあげる。

 すると当然俺が使う掛け布団がなくなるわけだが。


「さっきまで寝てたし、ここからは起きてるか」


 スマホを取り出してアプリを起動し、ゲームで時間を潰しつつ俺は覚悟を決める。

 パターンならば翌朝に訪れるであろう騒ぎにどんな言い訳をするべきか、焼け石に水だろうけれど考えることにした。

 だって神をその体に降ろせるレベルの巫女だ。

 普通に考えてかなりの高位にある重要人物だろう。

 それが今どこの馬の骨とも分からない俺の隣で寝ているわけだ。

 うっかり眠ろうものなら明日の朝に気づいたら簀巻きになっているのがオチだろう。

 かと言って。


「言い訳を考えたところで、納得してくれないだろうけどな……」


 諦観を多分に含んだ呟きと合わせて、ランプの炎がゆらりと揺れた。

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