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二日目-1 ダイナミックひき逃げ

 1日目


 この世界に来てからの初のお客は女騎士だった。

 女騎士である。「くっ! 殺せ!」と言いそうな女騎士である。

 なんか聖剣とか持ってるらしい。すごいと思った(小学生並の感想)

 しかしながら料金は貰わなかったので、厳密には客ではないかも知れない。

 なにせ彼女のおかげで街にまでたどり着いたのだ。運賃代わりとしては十分だろう。

 あと超美人だった。彼女がフィギュア化したらせひとも購入したい。

 スマホで写メを取ったので、もし元の世界に戻ったらオーダーメイドでお願いしたい。




 この世界にやってきて二日目。

 俺は平原を走っていた。

 森は相変わらず右手にあるし、左には大きな川も見えてきた。

 が、やはり人の集落のようなものは見えない。

 モンゴルのような草原から、サバンナのような平原に変わって良かったことは、地面がしっかりと見えることくらいだ。

 昨日はあの後も二回ほど転がった。ジムニーとは言え限界はあるのだ。ガチで自然のままのオフロードに、舗装された道でしか運転したことがない俺では限界がある。

 幸い怪我もなく、車も故障しなかった。

 夜通し運転するのは危ないと思ったので、キャンピングカーに変えて眠り、起きてからまたひたすらに運転しているわけだが。


「本当にこの世界、人住んでいるのか?」


 そう思うくらいに、まったく人の気配がしない。

 むしろ森に入ればエルフとかワンチャンじゃないかとか、そんなことを考えてしまうくらいだ。

 もっとも森はジムニーですら入るのが躊躇われるほど木と草が生い茂っているので、それは最後の手段にしておく。


 俺は空腹をどうにか誤魔化しながら平原を走っていく。

 昨日はおやつに買っておいたチョコレートと、ペットボトルに残っていたお茶だけで過ごした。

 今日はもう無理だ。

 なんだったら、野生の動物を見かけたら撥ね飛ばそうと思っているくらいだ。

 キャンピングカーに変われば包丁はあった。生肉は怖いがいざとなればしょうがないだろう。

 出来たら誰かと会えるのが良いんだけどな。


 変化があったのは、太陽が真上あたりにまで移動した頃だった。

 遠くで土煙が上がっているのが見えた。


「んん?」


 目を凝らしつつ近づいていくと、やがて人形(ひとがた)が見えてきた。

 ようやく人間を見つけた!

 と喜ぶとでも思っていたのか?

 いやね、まだまだ距離があるのにはっきりと人形(ひとがた)だと分かるのは、フラグでしかないよなって。

 うん、巨人だった。

 それも岩の巨人。ゴーレムなのかも知れない。

 モンスターか、それに類する生き物だろう。

 俺は車を止めてどうするか考える。

 近寄ってもろくなことはなさそうだ。

 けどすぐに別のことに気づいた。


「あれ、なにかと戦っている?」


 巨人は両手を振り回し、時に地団駄のように足で踏みつけをしている。

 その周囲で時折キラッ、キラッと陽光を反射させる光が見えた。

 ここからでは豆粒のようななにかが、ノミのように巨人の周囲を飛び回っていることしか分からない。

 けど、モンスターと戦っているのだとしたら。


「人……か?」


 再度どうするべきか悩む。

 念願の人間(推定)だけど、戦闘中と言うのはよろしくない。

 こっちは武器なんてキャンピングカーにあった包丁くらいしかないわけで。

 しかし戦っていると知っていてスルーするのも、なんか違う気がする。

 それにちょっと思うところもあった。

 よし、大事の前の小事だ。

 ドキドキと鼓動することで抗議してくる心臓を押さえつけ、初めて車の外に出る。

 そして車の周りをぐるりと一周してソレを確認すると、そそくさと運転席に戻る。


「やっぱりだ」


 勝算が出てきて、俺はぐっと拳を握る。

 見てきたところ、車に傷はなかった。

 昨日三回ほど派手に横転したというのに、だ。

 自分が望む車両に変化するあたり、この車が普通ではないことはもはや疑いようがない。

 それを前提にして振り返ると、三回も横転してHPが一切減っていないというのは、奇跡というより必然である可能性の方が高い。

 つまり、この車の中は安全である、という必然性だ。

 少なくともこの車両は時速60kmで走行中に横転しても、傷一つつかない性能であることは疑いようがない。


「それじゃま、やってみますか」


 アクセルを踏み込む。

 目標は巨人だ。

 一直線に加速していき、ギアも最高速へ。時速180km以上の速度で突貫する。

 平原に砂煙を上げて爆走するこちらに気づいたのか、巨人がこちらを見た気がした。

 しかしでかい。

 ちょっとしたビルくらいありそうな高さだ。全長30mくらいあるんじゃないだろうか。

 このままジムニーで体当たりしても、質量的に負けるのはこちらだろう。


 当然、このままなわけがない。


 もちろん策がある。

 問題は戦っているだろう人物のことだが。


「あ」


 巨人の視線に気づいたのか、巨人の足元に居た人物がこちらを振り向いた。

 全身鎧で性別は分からない。しかしあれが金属鎧なら、相当な重量になるはずだ。着ている人間は元の世界では考えられない筋力をしているに違いない。

 もっともそうでもなければ巨人などとは戦えないのだろうが。

 しかし丁度良いポジションだ。

 あそこなら多分巻き込まない。


「っておい、おい! 上!」


 こっちに気をとられている間に、巨人が足を振り上げている。

 だが全身鎧の騎士はまだそれに気づいていない。

 くそっ! 本当はもっと安全にやるつもりだったけど、一か八かだ!


「頼む、変わってくれ……バッガー288!」


 ふわっと車内が薄く光ったかと思った次の瞬間。


「!?」


 意思があるのか、巨人が驚いたように身を強張らせた。

 次の瞬間、凄まじい衝突音と共に巨人は粉々に砕け散る。

 当然の結果と言える。

 俺の車は今、世界最大とされる車両バッガー288になっているのだから。

 高さ95m、幅215m、重さに至ってはもはや意味不明の4万5千500t! 本来なら時速300mで移動する超巨大車両だ!

 それが直前までのジムニーによる時速180kmの速度で突っ込めば、異世界の岩巨人だってただでは済まない!

 問題は。


「のぉわぁあああああああああっ!?」


 そんな超巨大車両をそんな高速で体当たりさせて、制御できるはずがなかった。

 当然のように転倒するバッガー288。そのまま大地を削るように滑り続けて。


「もっ! もどっ! ジムニーに戻ってっ!」


 車体がバッガー288からジムニーに戻り、どういう処理になったのか激しくスピンをした後にようやく停止する。


「うっ……へぁ……」


 気分は絶叫マシンに安全装置なしで乗ったような、サイコーにイカれたものだった。

 バッガー288の転倒からの滑走、ジムニーのスピンで三半規管が悲鳴を上げている。

 冷たい水でも飲んで気分を変えたいところだが、そんなものここにはなかった。

 しばらくぐったりしていると、ガチャリと金属音が聞こえる。

 視線を向けると、全身鎧の騎士が恐る恐ると言った感じで近寄ってきている。

 って待って、なんで剣構えてるの? あれ? 俺ひょっとして敵認定されてる?

 慌てて体を起こすと、声が届くように少しだけ窓を開ける。


「待った! 敵じゃない! どっちかっていうと助けようと思ってやったんだ! 何か気に障ったなら謝る!」


 戦う意思がないことを示すように両手を上げて言ってみる。


「……」


 ガチャリ。

 鎧が反応するように音を立てる。

 半信半疑で迷っている?

 ならもう一押。


「あなたを殺すつもりなら、あの巨人と一緒に殺せてた! 違うか!?」


 これだけ警戒するっていうことは、そういうことだろう。

 あの巨人がどうとでもなるものなら、それを倒したくらいでここまで警戒しないはずだ。

 あの騎士にとってもバッガー288による突進は脅威だったのだ。

 ならこれで間違ってない対応……のはず。


「それでも剣を下ろしてくれないなら、仕方ない。逃げさせてもらうよ」


 いつでも発進出来るように足はアクセルにかけておく。

 するとさらに数秒ほど間があって、騎士はようやく剣を下ろした。


「敵意はないのだな?」


 野太い男の声がくるかと思ったら、綺麗な女性の声で驚いてしまう。


「……なんだ」

「いや、思ったよりも綺麗な声だったから、驚いた」

「なっ……!」


 騎士は右手をプルプルと震わせたかと思うと、ゆっくりと首を振ってから両手で兜を脱いで小脇に抱える。

 ゆるくウェーブがかかった金髪のセミロングに、切れ長な瞳が印象的な美人だ。


「それは私が聖騎士シャール・ヌアルークと知っての発言か」

「いや、すみません、知りませんでした」


 シャールと名乗った騎士は俺を睨みつけている。

 なんだろう、何か気にいらないのだろうか。

 あれか、よくあるパターンで「女なのに騎士」とか陰口叩かれてるとかか?

 まあどちらにせよフォローはしておくべきか。


「あなたの声が美しく魅力的なことと、あなたが聖騎士であることは無関係では?」

「……」


 シャールと名乗った騎士は呆けたように目を丸くすると、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 照れているのか。ツンデレ女騎士とかテンプレだな。

 俺はテンプレはテンプレで好きなのでウェルカムだぜ!


「何を笑っている」

「いや、こちらの話。ええとそれでシャールさ──様とお呼びするべき?」

「好きにしろ。あれだけのものを見せられて、上辺だけの敬意を示されても困る」


 ずいぶん実力主義な考え方のようだ。身分に固執されるよりよっぽど好感が持てるけどね。


「ええとじゃあシャールさん。実は私、道に迷ってまして」

「……は?」


 信じられない、と言った表情で俺を凝視するシャール。

 うわぁ、ある意味変顔に近い表情なのにそれでも美人とか、モテるんだろうなぁこの人。

 なんて妙な感心をしていると、シャールが怪しい者を見る目で「それで?」と促してくる。


「出来たら最寄りの街まで道案内して頂けると嬉しいな、と。もちろん、ご一緒にこれに乗っていただいて」


 これ、と人差し指で後部座席を指し示す。

 シャールはしばらく仏頂面で俺を凝視していたが、やがて諦めたように頷いて近寄ってきて。


「……これはどのようにして乗るのだ?」


 あっ、はい。

 俺は車をいったんクラウンに戻して、後部座席のドアを開く。

 その瞬間シャールはビクッと体を竦ませて、また怪しいものでも見るような目で俺を凝視する。

 理由はどうあれ美人に見つめられるのは恥ずかしい。


「乗って、いただけません?」

「……ああ」


 身をかがめて乗り込むシャールを確認して、後部ドアを閉じてロック、表示を賃走に変えようとして身についたクセに苦笑してしまう。

 そのせいでまたシャールに怪訝そうな顔で見られる。


「では、少々揺れますがご容赦ください」


 車体をジムニーに変えてゆっくりとアクセルを踏み込む。

 こうしてこの世界にきて初の営業が始まった。

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