初日-1 夜勤シフト延長のお知らせ
思いつくがままに書きなぐったものですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
0日目
初日といえば初日だが、営業してないといえばしていないので、0日目とした。
なので特に書くことがない。ありすぎて逆にない。
ああでもまあ、後から誰かが読むことを想定して、ちょっとだけ書いておこう。
これは俺が、風見瞳夜が異世界で生きていく記念の……記念? まあいいか。記念の記録である。
これを読む俺ではない貴方がどちらの世界の人間であったとしても、眉に唾をつけて読んで欲しい。
以上。
その日は、母さんの誕生日だった。
俺は時間をチェックする。
もうすぐ勤務時間が終わる。
「さすがに……疲れたな」
眠気覚ましにガムを一つ口に放り込み、信号が青になるのを確認してアクセルを踏み込む。
しがないタクシー運転手になって、そろそろ一ヶ月になる。
きっかけは母さんの入院だ。
三十にもなって定職につかずフラフラしていた俺だが、さすがにこれはまずいと思ったのだ。
母さんという防波堤がなくなったことで父さんからの猛攻が始まり、しかも日中は家に誰もいないため食事がない。それどころかどうせ家にいるなら家事でもしていろと言われる始末。
検査入院だったはずの母さんは、なにか良くないものが見つかったのか手術が決まってしまい、一度帰宅したがその後から準備のために再度入院している。
入院と手術は、どちらも安くはない。
母さんと家計が心配な父さんは、ストレスの捌け口を俺に定めた。
とまあそんなわけで、割と成り行きと保身のために働き始めたところはある。
家にいたら父さんに色々言われるからね。
だがそんな俺とて人の子だ。温かい血だって通っている。
手術を前にした今日は、母さんの見舞いに行って、ケーキでもプレゼントしようと思っている。
有名な店のケーキをホールで予約してある。
驚くことなかれ、フィギュアが一体買えちゃうお値段のやつだ。
ええ、ええ、白い目で見られるかも知れませんが、俺にとっちゃ大奮発なのです、はい。
だってほら、フィギュアは一回買ったらずっと愛でられるじゃん? でもケーキは食べたら終わりじゃん?
ま、似たようなことを以前に言ったら父さんに殴られそうになったので、口には出しませんけどな。
ともあれ、そんなわけで普段は日勤なのだが今日は夜勤にして貰った。
夜型だから平気だろうと思ってたんだけど、一晩中寝ちゃいけないってなるとまた話は別だった。
こうなると仮眠とったら起きれるか不安になってくる。
完徹か。完徹で見舞いに行くべきか。
うん、完徹で行くか。
ケーキなんて予約までしちゃって寝過ごしたらアホみたいだし、それにフラグ立てるわけじゃあないけど万が一ってこともある。
「漫画とかだと完全にフラグな流れだけどな」
ははは、と笑いつつもちょっと気にする。
交差点に差し掛かり信号は黄色。周囲にスピードを出している車もなし。早朝で車自体少ないが安全運転で行こう。
停車。信号は赤に。しばらく待って、青に。うん、問題なし。
俺はアクセルを踏み込んで。
ゴォッ!
「──は」
唖然とした。
左の道路からトラックが突っ込んできていた。
ネットにある画像を使った大喜利サイトの一つで見た「あ! 野生の居眠りトラックが飛び出してきた!」というのがフラッシュバックする。
いや、それどころじゃない。ブレーキ、は間に合わない。急加速、も無理だ。ハンドル操作なんて論外だ。
──あ、駄目だわこれ、死んだわ。
覚悟を決める時間も、恐怖を感じる暇もなく、ただただ俺は直感的に確信して目を閉じる。
悪あがきかも知れないが一応ブレーキだけ踏み込んで、衝撃に備える。
一。
ニ。
三。
四、五と数えて俺は頭の上に?マークを浮かべる。
衝撃が来ない。
助かった? それとも気づかないうちに死んでる?
恐る恐る目を開けてみる。
「な……ん、だと……?」
目の前に見えるのは、美しい天使たちのいる天上の国でも、エロい悪魔のお姉さんがいる地獄でもなく、見知らぬ天井ということもなく、草原だった。
草原である。確か世界史の授業かなにかで見たモンゴルの緑に染まった草原地帯、アレが一番近い景色だ。
当然、日本にそんな場所はない。
つまり、考えられるのは。
「あのトラック……噂の異世界トラックだったのか……!」
なるほど、それなら納得。
するかーい。
いやまあ? トラックに撥ねられて、あるいは撥ねられそうになって異世界転移ってのはありますよ?
でもそれって生身でしょ?
ある? タクシー乗ってて異世界トラックで転移とか、あります?
「……ありそう、だな」
うん、改めて考えてみると、ありそうだった。
オーケー、余裕。状況はだいたい把握した。
ここ、異世界。俺、転移か転生。ウィズ、車。イェア。
次に問題点を上げていこう。
一、ここはどこなのか。
ニ、俺はどれくらいの強さなのか。
三、衣食住をどうするか。
「まずは一つ目、うっかりカーナビが使えたりしないかな」
いつの間にか電源がオフになっていたカーナビを起動してみる。
すると真っ黒の画面に文字が浮かび上がった。
「……『機能制限中に付き情報を更新出来ません。記録データからの呼び出しを実行しますか Y/N』……? こんなテキストボックス出たっけか?」
とりあえずYを押して見る。
するとパッと表示されたのは、さっきまで俺が走っていた道とその周辺のマップだった。
うん、役に立たない。
「あれ、でもなんか能力値って項目が増えてるな」
押して見ると、画面が切り替わり。
HP:37 MP:112 LP:4 力:10 反応:9 速さ:16 精神:8 幸運:17
往年のRPGよろしく表示されたステータス。
これ、俺の、だよね、たぶん。
MP高っ!? いや、この世界の平均が分かりませんけども! 逆にMP以外がクソザコナメクジの可能性もありますけどね!
それでもこれは重要な情報だった。
うん、俺TUEEEEEE系ではないな、このステータス。
どう贔屓目に見ても「一般的なプロの傭兵」レベルだろう。MP以外。
つまり俺TUEEEEEE系によく見る「第一ドラゴンとの遭遇」は死に直結する可能性が高い。
単独でフラフラするのは危険だ。
衣食住のこともある、まずは民家を探すべきだ。
俺は大きく深呼吸して、それからバックミラーとサイドミラーを確認。
見える範囲にモンスターや人間がいないことを確認して、サイドブレーキを解除、アクセルを踏み込む。
「ガソリンがなくなる前に見つかると良いんだけどな」
ガサガサと草を分け入って車が走り始める。
見える範囲では左手に丘、その向こうに山、右手には森、正面はひたすらに草原が広がりその奥に山がそびえていた。
後方も森で、そちらはなんだか妙に暗く見える。ゲームだったらダンジョン系になってる森っぽい。
これらから右手の森側に進んでいくことにした。
正面の草原は、見晴らしが良いために街なんかがないことがすぐに分かる。
左の丘を超えるというのも考えたけど、越えた先になにも無ければ山のせいで引き返すことになる。
だったらまずはさらにその先があるかも知れない森側を優先するべきだ。
俺が乗っているのは一般的なクラウン車両だ。
当然舗装された道の走行が想定されていて、オフロード車ではない。
だから地面の凹凸には対応しにくいし、大きめの石でもあれば底を引っ掛ける可能性だって──
ガッ!
「え」
声を上げた時には手遅れだった。
どうも大きめの石に乗り上げたらしい衝撃の後、ふわりと車体がジャンプするように浮いて。
落下。
草のせいで高低差を見誤ったらしく、見えないジャンプ台を飛んでしまったらしい。
もちろん自然生成されたジャンプ台、車がまっすぐに飛ぶわけもなく。
視界がゆっくりと斜めに傾いていく。まるで映画のカーチェイスで、主人公の車が襲われた時のように。
ハンドルは効くわけもなく、おそらく側面から地面に落下するだろう。
そこから慣性で転がって、どうなるか。
はい死んだ。死んだよこれ俺。
俺は本日二度目になる死の確信を抱いた。
ガァン! ガン! ガガガ! ガン!
地面と金属が激しくぶつかりあう音と衝撃があって、車は停車する。
「……い、生きてるぅ〜……」
緊張してこわばった体が一気に脱力する。
ああもう、死んだと思った、マジで死んだと思った。
カーナビでステータスを確認してみると、奇跡的にHPは減っていなかった。
妙に高めな幸運のおかげだろうか。
軽くアクセルを踏んでみると、動く。
車体の方も故障は免れたらしい。
本当なら外に出て車の状態を確認するべきなのだろうけど。
やだ。小生怖い。モンスターが出るかも知れないし、そうでなくても猛獣がいるかも知れない。
「あ〜、もう、オフロード車だったら良かったのに。四駆とかの」
例えばジムニーとか。
なんかオフロードにて最強とかネットで書かれてた気がする。興味本位で覗いたら渡河している動画とかあったよな。
こんな完全なオフロードを想定しているかは知らないけど、クラウンよりは安心出来る。
まあ、ないものねだりだな。
俺は今の回転で足元に転がっていたお茶のペットボトルを拾い上げ、少し口に含んで一息いれる。
うん、安全運転で行こう。
気を取り直してミラーによる周囲確認を行うと。
「……ん?」
なんか、違う。
ミラーに映る車体が、俺の車じゃない。
これは、まさか。
「ジムニーに、なってる?」
待て、待て待て。
俺は目頭をぐっぐっともみほぐして、改めて確認する。
うん、見える範囲だとクラウンではなくジムニーになっている。
あれ、さっきまでクラウンだったよな?
ということは、ということは、例えば。
「いったん落ち着きたいから、キャンピングカーになってくれたら嬉しいなー……なん……て……」
ふわっと。
まるで魔法のように車が変わる。
後部座席部分には椅子とテーブル、それに調理場や冷蔵庫の類すら用意された居住空間になっていた。
ミラーで外側を見る。
変わっている。
クラウンでもジムニーでもなく、キャンピングカーになっている。
シートベルトを外して、後部に移動してみる。
残念ながらシンクの蛇口から水は出ず、冷蔵庫も空っぽではあったが、寝泊まりするだけのスペースが出来ていた。
運転席に戻ってステータスを再度確認する。
MPの消費はない。
「マジか」
MP以外は微妙なステータスだと思っていたら、こんなところに異世界特典がついていた。いや異世界特典ってなんだよとは思うけども。
しかしこれはかなり助かる。衣食住の住は問題なくなったのだ。
あとは差し迫ったところで食料、それと安全な場所だ。
「よし、ちょっとやる気出てきた」
不安しかなかったが、好きな車両に変えられるなら色々とやれそうだ。
ガソリンがなくなってもこの車には色々な利用方法がありそうだし、なにがどこまで出来るのかというのもちょっとワクワクしてくる要素だ。
ともあれそれもある程度の安全と安定が確保されてから。
俺は車をジムニーに戻すと、アクセルを踏み込み発進する。
クラウンよりも比較的安定した頼もしさで、ジムニーは草原を走ってくれた。




