復讐遊戯 7
「うう、いたい、いたいよぉぉぉおお」
「ゆびが、俺の指が」
ジークとギルの二人は、切り落とされ真っ赤に染まった手を見つめる。
さすがに両手が不自由になると、ペットボトルが持てなくなるので程ほどの所でストップをかけた。
『血を止めた方がよさそうですね。これを使ってください』
私が転送したのは、焼き鏝だった。
要は熱せられ真っ赤になった鉄である。
「ひっ、やだ、いやだぁぁぁああああ!!??」
「助けて、たすけてください!!なんでもしますから!!」
『ロックさん、指示を出します。その二人の切り落とした指の部分にそれをあてて止血をしてください』
私に慈悲などないのだ。
みっともなく泣き叫ぶ男達を画面越しに見つめる。
画面と、そして携帯が示す時間は気付けば午前二時だった。
時間が経つのは早い。
指を無くし、傷口に焼き鏝を押し付けられた二人の悲鳴をきいても、私には罪悪感はおろか復讐をしている喜びも、よく聞く虚しさもなにもない。
あるのは。
「リリー、来てくれるかな」
妹に会えるかもしれないという、楽しみだ。
言葉は交わせるだろうか?
もし来たら、最初になんて言おう?
私は、胸をときめかす。
もしも、リリーの死因が普通の事故だったなら、こうまでしなかった。
たとえば、交通事故だったら、それを起こした相手をやっぱり憎んだと思う。
たとえば、足を滑らせたとかだったら、設備不良に対して怒っていたと思う。
でも、まだその理不尽だったら、時間はかかっただろうけれど納得はできたと思う。
この世界は理不尽だ。
私は、ずっとそれを見てきた。
差別され、使える所を見いだされれば、道具として使われる。
それでも、良いと思っていた。
だけど――。
思いだすのは幼いころの記憶。
ようやくよちよち歩きからヨタヨタ歩きになった時の、妹と弟のこと。
両親でも、他の叔父叔母でもなく、何故か私の後を鳥の雛のように付いて回る二人に、初めて幼心に認められたと思ったのだ。
両親と妹と弟の親であり私の兄夫婦達、他の兄姉達は私のことに見向きもしなかった。
他の能力で劣っていたから。
女と言うこと以外、利用価値が無かったから。
服も、その殆どが姉達からのお下がりだった。
一級品ばかり、未使用の物だってたくさんあった。
でも、それは私の為に用意された物ではなく、いらなくなったから、捨てるのもめんどくさいから私が最終処分場になっていただけだ。
妹が私がもらったお下がりのドレスを欲しがった時、私はこの子が喜んでくれるなら、と快く譲った。
でも、その事を知った兄が娘のために新しいドレスを作ったのだときいた。
私が妹の為にあげたドレスは処分されてしまった。
その事を、あの子は謝って来た。
私は、謝られる事自体が初めてで、どうしていいのか分からずに、ただ『そのドレス、かわいいね』と誉めてあげた。
そしたら、さらに物凄い勢いで謝られたのだ。
私には、何か大切なモノが最初から欠けていたのだと思う。
だから、初めて持った憎しみに、私は戸惑った。
途中から、その憎しみは消えた。
溜飲が下がった、というのが正しいのだろうか。
今はただ、妹に会えるかもしれないという楽しみが私を満たしてくれている。
『他の奴ら、ボクの好きにしていいんだよね』
まるで私の思考を読んだ様に、あの幽霊の声がした。
「いいよ。私は、ここで見てるだけだから」
焼き鏝の処置が終わったのを見計らって私はマイクのスイッチを入れた。
『では皆さん、作業を再開してください』
切り落とした指を、出来るだけぎゅうぎゅうに縫いぐるみの中に詰める。
『次に、アクア様とロックさま、その裁縫道具の中にある針で自分の指を刺して血を少量で構いません、縫いぐるみの中に垂らしてください』
「不公平だろ!!」
「その二人の指も切り落とせよ!!そう指示を出せ!!」
『できましたかね?
では、次にその赤い糸で縫いぐるみを閉じてください。これは、アクア様にお任せしましょうか。
男性だと、少々不器用なことがありますので』
「聴けよ!!」
私はジークとギルの声を無視する。
縫い終わるのを待って、ある程度糸を縫いぐるみに巻き付けるよう指示を出す。
そして、全ての準備が整った。
『では、皆さま、いましばらくお待ちください。
午前三時とともに、ゲームを開始します。
あ、そうだ、その縫いぐるみに名前をつけなければ』
「まるで何かの儀式みたい」
あの女が呟いた。
『察しが良いですね。まぁ、ここまでして何も気付けないお馬鹿でもなかったというわけですね。
えぇそうです。これは儀式です。貴方方を呪う為の呪術儀式です』
「はぁ!?
無許可の儀式は犯罪だぞ!!?」
『それは術式を使っての儀式でしょう?
これは、この世界。私達の居る世界とは別の異世界の儀式なのです。
だから、この世界の法律には関係ありません。
つまり、解呪もこの世界の方法は使えません』
「うそ」
『アクア様なら、異世界の事に詳しいと聞いていたんですが、どうやらこういった事には興味がなかったようで、安心しました。
これは、自分で自分を呪うための儀式なんですよ。そして準備は終わりました。
もう後戻りはできません。
聞いた話では、その縫いぐるみが襲ってくるようです。
皆さまはその縫いぐるみから隠れ、この儀式を終わらせてください』
そこで私は詳しいルール説明とこのかくれんぼの終わらせ方を説明した。
『午前三時にスタートです。その時間になったら皆さまにナイフを与えます。
先ほど説明した、縫いぐるみに刺す用とは別の、皆さま用のナイフです。
やはり丸腰では縫いぐるみ相手といえどフェアではないと思いましたので』
***
館内放送の声が、遠く聞こえる。
まるで、何か幕でもはってあるみたいだ。
私は、ただ漂いながら、その時を待っている。
長くも短くもない時間が過ぎ、そして、その瞬間はやってきた。
体に重さを感じた。痛みは無い。
まるで、ゾンビだなと思いながら、私は動きだす。
手に入れた体を使って動きだす。
屋敷内は暗闇に包まれている。
それでも、外から差し込む月明かりで、なんとか廊下は明るかった。
手近にあった蝋燭のない燭台を手にして、私は屋敷の中をさまよう。
途中、フワフワと浮きながら移動するクマの、血だらけの縫いぐるみを見つけた。
どうやら、他の私と同じ幽霊が入ったようだ。
私も入りたかったが、すんでの所で先を越されてしまったのだ。
縫いぐるみが私に気付いたのか、こちらへ包丁を手にやってくる。
――盗らないでね?――
同時に、私を断罪したあの女の顔が浮かんだ。
そして、この幽霊がどういう存在なのかも。
――絶対、盗らないでね?――
縫いぐるみは念を押してくる。
この縫いぐるみは、私と同じ目的でアクアに復讐したいようだった。
その方法も私の中に流れこんでくる。
「無理だよ。だって私も殺したいもん」
――それじゃ、ボクの目的が果たされない――
「それは、そうだけど」
――お願い、ボクのお願いをきいて――
私は悩んだ。
悩んで、そして、提案した。
「他の全員を私が拷問しても良いなら、譲るよ」
この縫いぐるみの復讐計画はとにかく時間がかかる。
しかし、そうしないと彼の望みが果たされない事も理解していた。
だから、譲歩だ。
――うん、それで良いよ――
交渉成立だった。
一つの儀式に怪異が複数。
私は、縫いぐるみから離れる。
その私の背中に、縫いぐるみが声をかけてくる。
――どうせなら、協力しない?――




