復讐遊戯 5
画面の向こうは、なんとも言えない重苦しい空気に包まれていた。
そりゃそうだろう。
乱暴した者とされた者。
三対一の比率である。
男と女、どちらが強かなのか、正直私にはわからない。
でも、少なくとも一番の標的だったあの女は強かな部類に入る方だろう。
ペット用の皿でスープを飲んだ時、たしかに宿していた憎しみの色をおくびにも出さず、男達から乱暴された事に深く深く、そうそれはもう深く傷ついて命さえかかっていなければこんな場所に一緒に居たくないですといった態度を崩さない。
それが演技だと私だけが知っている。
男性陣は、我に返ったのかただただ気不味そうにしている。
しかし、誰も声を発そうとしない。
私はマイクの電源を入れた。
『さて、ゲーム開始の前に少々お手伝いをしていただきましょうか』
放送が入り、私の声が響くと同時に全員がビクっと体を強張らせた。
手伝い、と言っても要するにただの準備だ。
【ひとりかくれんぼ】の道具の準備。
予め用意していた裁縫道具と、米、綿を抜いていたクマのぬいぐるみを、転移魔法で彼らの元へ転移させる。
画面の向こうで、突如現れた三つの道具にその場の全員が怪訝そうな表情になる。
私はもう一度マイクのスイッチを入れて、説明を始める。
もう何度も見ていて、覚えてしまったルール。
いったい誰が作ったのかはわからない、異世界の呪術儀式、そのやり方。
まずは材料集めだ。
彼らがいまいるのは、最初の食堂ではなく別の部屋だ。
正確には、あの女が気絶している間に男達が食事を摂っていた部屋である。
私は、もう一度男女の交わりの生々しい残り香が漂うであろう食堂へ行くよう指示を出す。
全員、指示通りに動く。
食堂に着いたのを確認し、私はまた指示を出す。
『先ほど、エディ様が落ちた穴をご覧ください』
全員が怖々、穴を見る。
もう蛇はいない。片づけたのだ。
恐怖のまま死んだエディの死体が転がっているだけである。
『そこの穴に下りて、彼の肉片をとってきてください』
その指示に、顔を真っ青にしながらあの女が金切り声をあげ、絶対イヤ、と喚く。
しかし、それが演技だと私は直感した。
だが、たしかに彼女だけにやらせるには面白くない。
『体力がいるので、ここは男性にお任せしましょう。
そうですね、ロック様、やってください』
私は手元のパネルで仕掛けを操作して、穴に下りるための階段を出現させる。
同時に、転移魔法も発動させ穴の中に肉を殺ぐための刃物類も出現させた。
指名に、エディの次に小心者のロックは歯をカチカチ鳴らしているように見えた。
『どうしました?』
足もガクガク震えている。
動けないのだろう。
仕方ない。死人に、死体を損壊させるなど今まで生きてきてやったことなどないのだろうし。
『ロック様、指示を拒否されますか?』
私の問いかけに、しかしロックは答えない。
『そうですか、ならここで全員ゲー――』
ゲームオーバー(デッドエンド)ですね、と言おうとしたがギルがロックを穴に突き落とした。
「見ただろ!?
こいつは指示を拒否してない!!」
『ですね。では、指示通りエディ様の肉片の回収をお願いします』
用意した刃物は斧と鋸、鉈、包丁にサバイバルナイフ類だ。
人間の解体方法はよく知らない、以前狩りが趣味のお爺様の家の小屋で見た事のある物を揃えてみた。
私の指示に、穴に落ちたロックは打ちつけた箇所をさすりながら、上を、穴の入口を見る。
助けてくれと言わんばかりの視線を向ける。
あの女は視線を逸らす。
ジークとギルは、早くやれと叫んでいる。
「こんなのおかしい」
ロックの呟きを、仕掛けたマイクが拾う。
「正義のためにやったのに、どうして?
どうして??」
『ご自分で仰ったじゃないですか。仕返しであり、アクア様を断罪するのは誰かの正義だって。あなたがこうして苦しむのは、誰かの正義なんですよ?』
「ちがう、こんなの、違う」
震えながら、涙声で彼は呟く。
「こんな、誰かを苦しめての正義の、正しい行いが存在していいはずが」
『語るに落ちる、とはこういう事を言うんですね』
私は、音声を流した。
妹が、ロックの取り巻きの女達に虐められていた時の、面白半分でネットの一角で流された音声一分足らずの音声を流した。
『これは、ロック様の恋人と友人を自称する方々が行った【正義】の記録です』
「ちがう、こんなこと頼んでな――」
『誰かを傷つける正義は、まかり通るんですよ』
私の言葉に、彼は泣きながらもう一度穴の入口を見た。
視線の先には、友人だった男二人と確かに想いを寄せていた女が一人。
『さっきまではアクア様の番でした。
今は、ロック様の番です』
「……ジークとギルにも順番がくる?」
『そうですね』
私の言葉に、ロックは一度目を閉じる。
数秒にも満たなかった。
次に目を開けた時、彼の目に宿るのは虚ろであり、憎しみだった。
自分だけが苦しむことは許さない。
全員が平等に苦しまなければならない、という狂気一歩手前の感情が宿っている。
「そう、か」
幽鬼のようにゆらりと立ち上がると、用意されていた斧をロックは手にした。
重たいのだろう。
少しふらつきながら、彼はエディに近づく。
そして、思いっきり斧を振りあげた。




