復讐遊戯 1
指定された場所からバスに乗り込む。何度か乗り継ぎをする。
そして揺られること一時間。
彼女――とある乙女ゲームの主役に転生した少女――アクアは、とある田舎のバス停に降り立った。
アクア、というのは前世で彼女がヒロインの名前として登録したものである。
そのまま、手紙に同封されていた、このご時世にしては時代錯誤な紙の地図に従ってアクアは歩を進めた。
地図に従った結果、気付くとアクアは田畑の広がる風景から一転、木々の茂る森の中にいた。
コンクリートで整備された、獣道とは違う人工の道はまだ続く。
ガラガラとスーツケースを転がしながら、多少不安を胸に抱きつつも彼女は歩いて行く。
やがて、その屋敷が姿を現した。
まるで、化け物の住むお城のようだ。
それがアクアが持った印象であった。
吸血鬼が隠れ住むような洋館。
しかし、この世界で吸血鬼は市民権を得ていた。それこそコンビニでバイトをするくらい普通に生活をしている。
あくまで例えだ。
前世の知識がある、それゆえの例えである。
この日の空は快晴だった。
それこそ憎らしいほどの、彼女の未来が希望で満ち溢れている、と言わんばかりの快晴であった。
アクアは洋館の扉に触れた。
***
私は、舞台として選び用意した建て物に仕掛けた監視カメラの映像を見つめる。
まるで、サスペンス系のドラマの黒幕になった気分だ。
映像――仕掛けたカメラは一つ二つではない。何百という数を用意した。
小さな複数の画面が私の前にある。
その一つを見つめる。
恐る恐ると言った体で、あの女がこの屋敷に足を踏み入れてきた所だ。
屋敷内の灯りは点けてある。
私は手元のマイクを見る。
しかし、まだ使わない。
まだ役者は揃っていないのだ。
マイクの横に置いた、私の携帯が着信を告げる。
弟――実際には甥だが――だった。
私は電話に出る。
声変りは迎えているものの、まだまだ子供のような、少年の様な話し方で弟は私に報告してくる。
ほかの男達四人も、こちらに向っているらしい。
妹に性的な乱暴をした者達だ。
私は、幾つか言葉を交わす。
『ルシ姉さん、本当に良いの?
そこにいたら、怪異に巻き込まれるんじゃ』
「自分の墓穴の準備だよ。大丈夫。リスクを背負わないと」
弟の心配そうな声に、私は努めて明るく返す。
どうせ、このままでは家の為の道具にされるしかない運命だ。
才能もなにもない自分には、こうして最期を選ぶくらいしかできない。
『……僕は、悲しいよ。姉さんも、ルシ姉さんもいなくなるなんて嫌だ』
「…………」
『ねぇ、考え直しなよ』
「ごめんね、でも、どうしてもアイツらの事を見たいの」
『なにも起きないかもしれないのに?』
「そんなことはないよ」
『怪異が確実に起こるなんてわからないじゃないか』
「うん。それはそうだね。
でも、怪異が起こらない時の為の保険として、バトロワだったけ?その脚本も用意したんだよ」
そう、最初は呪術儀式だけのつもりだった。
しかし、あのネットで掲示板で意見を募集し、決めた時、まるでその保険だとでも言いたげにその意見は飛び込んできた。
ただの偶然だったが、しかし無視をすることはなかった。
まるで、そうなる事が決められていたかのように、復讐の方法が決定した時、私は震えた。
恐怖にじゃない。
嬉しくて震えたのだ。
『でも、ルシ姉さんのいる隠し部屋にアイツらがきたらどうするの?
アイツらと心中する気?』
「できるなら、願い下げだけどね。
でも、たぶん大丈夫。そんなことにはならないよ」
『なんでそんなことが言えるのさ』
「ここに来られるくらいの知能、いや考え方とかが出来るなら。リリーを酷い目になんて合わせなかったでしょ?
自分のやることが、やっている事がどう言う事なのか判断できる【ふつう】の人間だったなら、リリーはイジメになんて合わなかった。
今だって生きていて、大学に通うか、ひょっとしたら結婚して子供を産んでいたかもしれない。
笑って、幸せに生きていたかもしれない。
でもね、そうじゃない」
わかるよね? と私が呟くように言うと、弟は小さく、うんと返してくる。
素直で良い子だ。
『わかるよ。ルシ姉さんが言いたい事は。
でも、それでも言わせて。僕はルシ姉さんには幸せになってほしいんだよ?』
「ありがとう」
『大好きな二人には幸せになってほしかった。でも姉さんはもういない。
だけど、ルシ姉さんはこうして生きてる。だから――』
「うん、ありがとう」
なんて、陳腐なセリフなんだろう。
でも、優しい弟らしい。
だから、彼はここに呼ばなかった。
最初は、弟もここで成り行きを見守るつもりだったが、それを私が拒否したのだ。
「あのさ、全部終わって私が無事帰れたら、リリーの墓参りと旅行にでも行こうか」
こう言うのを、フラグと言うらしい。
でも、何かしらの希望を弟には与えた方が良いだろう。
「どこに行くか、考えておいて」
『わかった』
そして、通話を切って私は大きく息を吐き出した。
その時、なにか温かい空気が私の手にふれた。
目には見えない、それ。
ひょっとしたら、妹なのかもしれない。
私には幽霊が視えない。
世の中にはそういうものが視える人がいる。
お金を出せば、ひょっとしたら幽霊となった妹と会えるかもしれないという考えもあった。
でも、そんな事をしたら、私はきっと復讐できなくなってしまう。
私は復讐をしたいのだ。
正義の鉄槌だ、とか大げさなことじゃない。
ただ、仕返しがしたいのだ。
私から妹を奪った連中に、仕返しがしたいのだ。
泣いて命乞いをする、みっともなく失禁する、そんな様がみたいのだ。
「私ってSだったんだな」
我ながら、ちょっとどうかなとも思う。
そんな呟きを洩らした時だった。
耳元で、子供の声がした。
――ぼくのえものだから、ぜんぶとっちゃいやだよ――
男の子のような声だった。
声変わりする弟の声に似ていた気もする。
妹ではない。
それは直感した。
もしも、私に幽霊が視えていたらと思わなくもなかった。
しかし、無いモノを欲しがっても意味が無い。
この声の主は、もしかするとこれからこの屋敷で行われる儀式の匂いでも嗅ぎつけてやってきた存在なのかもしれない。
自分の見ている世界が、この世の全てではないのだ。
意志の疎通ができるとも思えなかったが、私は声に返した。
「大丈夫。全部は盗らないよ。基本、私は舞台を整えて、ここで見ている黒幕役なんだから」
笑い声が聞こえた気がした。




