ラストボール
9回の裏、2-1でツーアウト満塁。
2ストライクから粘られ、3ボールも与え、フルカウント。
点差は一点。
ここを抑えれば俺たちの勝ち、フォアボールを出すか打たれれば、延長もしくはサヨナラの場面。
先程から疲れが出てきたのか、エースの脇田の様子がおかしい。
ここは少し間を置くべきか。
俺はそこまで考えると、立ち上がり審判にタイムを要求した。
「ターイム!」
審判のコールを聞くのと同時に、マウンドに駆け寄るナイン。
「脇田どうだ? まだ行けそうか?」
「あぁ、後一人だ。あいつを三振に打ち取って俺達が甲子園に行くぞ」
「脇田、そんなに気負うな。俺たちがしっかり守ってやる」
俺の隣で声を出しているのは、ファーストを守る坂井だ。
俺達が今年地方予選の決勝まで来れたのは、坂井とこの脇田の活躍のお陰と言っても過言じゃない。
「とりあえず、脇田さんはストライク投げてください。どんな球でも俺が取りますから」
そう言いながら若干ひきつった笑顔を浮かべているのは、2年の荒木だ。
彼はどうもプレッシャーに弱いのか、ここ一番ではミスが出るが、普段の守備走塁は、一級品と言って良いだろう。
「まぁ、まずは荒木がリラックスしないとな」
そう言って豪快に笑っているのは、サードの横橋だ。
彼はこのメンバーの中ではムードメーカー的存在で、何度も彼には気持ち的に助けられた。
「とりあえず、みんな。平常心で、頑張ろう」
「「おう!」」
そう言って最後に締めくくったのは、ショートで主将の保田だ。
「脇田、最後のボールど真ん中のストレートで来い。お前のスピードならそうまぐれ当たりはできない」
「あぁ、そうだな。フォアボールじゃかっこつかないもんな」
脇田はそう言うと、ニッと歯を見せて笑ってきた。
よし、少し落ち着いたみたいだ。
これならいける。
俺はそう思ってマスクを被って戻ると、相手の打者が素振りをしながら待ち構えていた。
彼は、この地区では有名なスラッガーで、プロからの声もかかっているという噂の人物だ。
しかし、何度見ても嫌なスイングだな。
まったく澱みなく、振り切る思いっきりの良さ。
それでいてしっかりとボールを捕らえ、左右に打ち分けるバットコントロール。
味方なら頼もしいだろうが、これ程嫌な敵は居ない。
「ずいぶんと長い打ち合わせだったな」
俺がベースの後ろに陣取ると、彼は珍しくボソボソと話しかけてきた。
「なに、気合が入り過ぎていたんでね。少し手加減してやれって言ったんだ」
「ふん、ずいぶんと余裕だな。だが、いつまでそれが続くかな?」
俺達が話をしていると、審判の耳にも入ってしまったのか、顔をしかめながら注意をしてきた。
「君たち、私語は慎みなさい」
その注意を受けて、彼は黙って頷いて打席へ、俺は一礼してから審判の前で腰を落としてサインを出した。
……。これで本当に良かったのだろうか?
真ん中、それは流石に打ちやすすぎないか?
いや、しかし今日の奴が打った球は、全部変化球。
ストレートにはタイミングは合っていなかった。
となると、最善はストレートだが。
俺はそんな事を考えながら彼の横顔を見ると……笑ってるだと?
この状況下で笑えるという事は、理由は2つ。
1つは純粋に楽しんでいる。
もう1つは、俺達を罠にはめた。
そうなると、これまでストレートにタイミングが合って無かったのは、ブラフ?
本命はストレートで、この状況を待っていたのか?
いや、そんな賭けをするだろうか?
賭けをする理由は、………………。
ある。
奴は確かに四番を張っているが、長距離打者じゃない。
中短距離のアベレージヒッターだ。
となると、この場面。
ストレートでは最悪の結果が?
ほんの少しだった。
ほんの少しの迷いが、今度は俺のサインに出始めてしまった。
それを感じたのか、脇田がプレートを外して、ファーストに牽制球を投げた。
『おかしいと思ったら、サインなしで牽制球をいれるぞ』
その時、俺の頭に試合前に脇田と決めていた事を思い出した。
しまった。俺が迷っているのが伝わってしまった。
俺はそう思って、恐る恐る彼の方を見ると、彼はマウンドから俺の方をジッと見ていた。
その眼には、今の俺の判断に従うという気持ちが表れていた。
そうだな、ここまで来たんだ。思いっきりやろう。
俺はそう思って、彼にサインを出した。
俺のサインに頷く彼。
セットポジションから、最後の1球が投げられた。
彼らはどうなったのか、それは読者の皆さんで最後は考えてみてください。