第23話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 ⑨」
「神殺し……、それも覚醒体が来ちゃったっすか……?」
60万の竜軍を『統べろ』と押しつけられた冥王竜は、危惧するべき事態を聞き及んでいた。
それは……、白き希望たる師匠と黒き絶光たる伯父が本気で対処するという、抗いがたき絶対脅威。
世界終焉を願い、幾度となく降臨した『唯一神』。
彼女は「飽きた」、もしくは「今なら蟲と竜とタヌキに勝てそう」という理由で世界終焉を望むも――、1度としてその願いは達成されていない。
『世界最強、十の神殺し』
全知全能である唯一神を消滅させるべく建造されたこの兵器は、それこそ、尋常ならざる性能を持つ。
神の肉体を破壊するだけでは不十分、精神を破壊してもまだ足りない。
物理法則、魔法法則、時間法則、次元法則……、この世界に存在するあらゆる法則を使って再生を試みる神を殺し切るには、当然、それらの法則を破壊する力が必要と成るのだ。
そして、アサイシスが手に持つ細身の剣――、神敗途絶・エクスカリバーもその一つ。
「大人しく頭を差し出せば、スパッとやってやるっすよ?」
「うむ、では頼む……。となる訳がなかろう、人間」
「そりゃそうっすよね。で、抗うって事で良いんすか?」
「それは違う。抗うのは貴様ら人間の方なのだ」
不敵に笑う冥王竜、
その瞳の中には思惑があると、アサイシスは判断した。
こりゃ……、エクスカリバーに対抗する何かがあるっすね。
ただそれは、コイツ自身の意思じゃ使えない。
こんだけ馬鹿みたいに情報を垂れ流せば、一定数は話に乗ってくる。
そいつらは敵の言葉を聞くほど心に余裕がある……、つまり、自分が優位に立っていると思っているっす。
その時点で神殺しへの理解が浅い雑魚、もしくは、単体の神殺しでは対処不能な化物のどちらかっすね。
そして、ウチが剣を構えていてもやる気なコイツは前者。
神殺しと対峙した場合の最も正しい対処法は逃げることだって、お師匠が言ってたっす。
「そうっすか。まぁ確かに、人間とドラゴンなら、抗うのはウチらってのが常識だとは思うっす」
「だろう?だがしかーし、我の心は寛大なのだ。今なら無条件で見逃してやっても良いのだぞ?」
「御遠慮するっす。ウチは強い相手ほど燃えるタイプなんっす」
「いやいや、人間ごときが抗った所でたかが知れておるぞ。止めておけ」
「いやっすー」
いちいち会話を返してくるのは律儀な性格だから……じゃないっすね。
どっちかが行動を起こしているならいざ知らず、両方が何もしないのは時間稼ぎがしたいから。
それが竜軍にとっての勝機、逆に言えば、コイツらがどれだけ死のうとも、勝機には一切関係がない。
なら、さっきの即死魔法はコイツらが使ったんじゃない。
……。
お師匠が一人で向かった理由は、ウチじゃ足手纏いになるからっすか?
「まったく、やるせねーっすね」
アサイシスがわざわざ神殺しを見せびらかした理由、それは、先程のような即死攻撃を警戒しているからだ。
相手は二匹。
彼女が片方と戦っている時に即死魔法を使われれば対応できず、残りの仲間が全滅する。
だからこそ、情報をばらまく事で即死魔法を誘発、アサイシスがそれに対応することで相手の策を封じるという狙いがあったのだ。
だが、その目論みは外れた。
それは彼女にとっては幸運であり、ブルファム軍にとっては絶望以外の何者でもない。
アサイシス、並びにブルファム軍の生き残り1万の精鋭は、『激甚の雷霆ホーライ』を心の底から信頼し勝利を確信している。
だが、ホウライが向かった先以外に伏兵がいるの可能性が拭えない以上、油断も慢心もあり得ないのだ。
「お前らの余裕っぷりが、随分と気になるっす」
「ほう?それはなぜだと思う?」
「神殺しが何なのかが理解できていない愚者か、それとも、ウチが見誤る程の実力を隠す賢者か。それは……試してみれば分かる事っす」
神殺しの覚醒とは、『唯一神の殺害』の準備を整えたという事だ。
世の理を全て理解している唯一神への反逆、ならばこそ、理を理解できなければ話にならない。
常人では認識不可能な変化すらも感じ取れる状態となっているアサイシスは、目算で冥王竜と地星竜の位置関係を測定し終えた。
そして、彼女を主演とする舞台の幕が上がる。
「冥土の土産に見惚れていいっすよ」
0.1mmの距離に肉薄した、アサイシスが囁く。
鱗に切っ先を差し込み、円を描き、刃に血を追従させて。
それはさながらウォーターショー。
血飛沫が舞う。
竜の喚声と共に。
「ぎっ斬ら……、それがどうしたァッ!!」
全長15mもの巨体。
アサイシスの10倍近い身体から繰り出される挙動の全ては、か弱い人間にとっては一撃必殺。
鋭い爪に捕らえられれば、意識を塗り潰すほどの激痛が待っている。
殴打も蹴りも、骨と内臓を破壊するには十分すぎる。
牙の隙間から発する爆炎に至っては言うまでも無い、消し炭だ。
それら全てが……、当たらない。当てられない。
弟子であるアサイシスがホウライと同等以上の性能を発揮する身体能力、『速度』。
小柄な女性であるアサイシスは『軽い』という利点を持ち、そしてそれは、彼女の優位性を数十倍に引き上げるものだ。
彼女が生を受けた歌劇団は歌うだけではなく、激しい運動を用いることで視覚でも観客を楽しませる。
現在のサーカスショーの原型であり、その訓練を幼い頃から受けてきたアサイシスは常人ならざるバランス感覚を有している。
「動きが、人間のソレじゃな……、地星竜ちゃんッ!!」
「協力して行くわよ。貴方だけじゃ負けそうだもの」
飛び、跳ね、滑空し、振り子のように、多彩に自在に、剣が煌めく。
鱗に刻まれた傷は既に20を超えた。
それは、師匠の無茶ぶり以外では決して発生しなかった異常事態だ。
冥王竜は決して弱者ではない。
『黒土竜』という種族は特殊な攻撃手段を持たない代わりに、屈強な肉体が備わっている。
そして冥王竜は、魔法を扱う才能にも恵まれた。
血流を操作し鱗の模様を変化させることで、全身を魔法発生媒体とする事が出来るのだ。
「《我が拳に纏え、核熱の炎》」
ボボボッと蒸気を吐き出しながら、冥王竜が拳を握る。
青白く光る竜腕は、武装破壊に特化させたが故の現象。
例え攻撃を受けたのだとしても、即座に相手の武器を破壊する。
そんな攻勢を備えた鱗へ、アサイシスは迷わず向かい――。
「すっす」
僅かな遅延すらも発生させずに、左腕を斬り落とした。
「うぎぁあああ!?」
「《竜の治療!》」
ドラゴンという種族が神に欲した願いは『命』。
そうして得た尋常ならざる生命力があるからこそ、この程度の傷は致命傷になりえない。
地星竜が行ったような即座の治療が有ればなおさらだ。
だが、今回に限ってはそうはならない。
「腕が、治らないッ!?」
「回復阻害なの!?ちぃ、時間を稼ぐから、自分でなんとかなさい!!」
生命力が高く回復手段も豊富なドラゴンを狩る場合、それを取り除くのが手っ取り早い。
回復力を発揮させないアンチバッファこそ、ドラゴンの弱点の一つだ。
だが、星魔法が得意な冥王竜はその弱点を克服している。
自分を含めた周囲の時間の流れを速めることで、自然治癒力を高められるからだ。
「《星の加速!》」
「無駄っすよ」
「え?」
「神敗途絶。完全上位互換の再生力を持つ神を絶する剣っすよ、これ」
竜の生命力+回復魔法+時間魔法。
致命傷ですら即座に回復するはずの組み合わせを行使してなお、冥王竜の左腕は治らない。
『神敗途絶・エクスカリバー』
その刀身に込められた能力は『勝利』と『不敗』。
与えた『不利』を『敗北』へ確定させる、『絶対勝利』の剣だ。
「回復を許さない魔剣……、それが、天王竜さまが気を付けろって言っていた剣」
「ははっ希望に警戒されるって、ウチは魔王か何かっすか?」
人型に近い姿の冥王竜と違い、地星竜は細長い蛇のような姿だ。
鱗の代わりに深緑の葉が芽吹く身体は冥王竜と同じく、優れた魔法の才能が開花している。
巨万の魔法がアサイシスに向かい降り注ぐ。
だが、その程度では神殺しは超えられない。
二匹の竜が扱っているのは世界に設定された魔法の理。
だからこそ、その理を破壊する神殺しには勝てないのだ。
「これはダメね。私達じゃ勝てないわ」
「逃げるっすか?」
「まさか。死こそドラゴンの誉れよ」
サクリ。と刃が心臓を貫いた。
両腕を斬り落された後にアサイシスを見失った地星竜は、観念したように動きを止めて。
「地星竜ちゃん!?」
「先に逝ってるわ。あんたもすぐに来なさいよ」
神敗途絶・エクスカリバー
第一の能力『絶対勝利』
それは、使用者を絶対に勝利させる能力……、ではない。
『勝利』という事象を『絶対化』させるのだ
世界に設定された数々の回復手段……、『一発逆転』の封印。
エクスカリバーによって負った傷は回復できない。
自然による治癒、時間逆行による復元、その理を途絶させる――、それが神敗途絶・エクスカリバーの能力。
「あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」
怒り立つ冥王竜の咆哮には、悲しみが含まれていない。
有るのは仲がいい友達を守れなかった不甲斐なさ、それと……。
「すっす」
「がぼっ……」
師匠と伯父の言葉。
『死こそが竜の誉れ。転命こそが竜の希望』
破られた冥王竜の心臓が動きを止める。
恐怖はない。
なぜなら……、
死後の世界に逃げたこの瞬間、冥王竜達の勝利が確定したのだから。
ホープ&伯父上 「お前ら、ちょっと死んでこい」
冥王竜&地星竜 「!?!?」




