第18話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 ④」
ハッピバースデ~~らるば~~♪
ハッピバースデ~~らるば~~♪
「ほれ、蝋燭の火を吹き消さんか」
「一息に行くっすよ!全部消せたら願い事が叶うっすから」
「もう……、みなさん、わたくしは今日で18歳になるんですよ。ふーー!」
ブルファム王国、建国より14年。
ラルバとホウライの出会いから、15年の月日が流れた。
ブルファム王国の政治は強靭で安定したものと成り、全ての国民が新たなる時代の訪れを実感している。
ライセリア国王が掲げている国是は『未知の理解』。
今まで口伝でしか継承されなかった文化、知識、技術の共有こそが国力向上に繋がるという教えは、全ての民へと届けられている。
また、その情報を国税の代わりに納められる法律を制定してからは、多くの知識が王城に集まった。
……それを実演・実証する道具と共に。
「きれいに消えたっすね!それじゃ、お願いごとを言うっすよ。富、権力、女……、欲しいものなんでも良いっすよー!」
「あら、それなら全部持っていますね。どうしましょう」
「ラルバちゃんがお願いするべきなのは自重っすね」
「では、こうしましょう。アサイシスさん、一発芸をしなさい!」
「すっっ!?!?」
そして、その国政の中心たるラルバもまた、健やかで安定した生活を送っている。
寂しい子供時代を過ごしたラルバが望んだのは、『愛』だった。
家族愛、友情愛、親愛、……恋。
幼さ故にそれがどんなものなのかすら理解できていなかったが、それも、一度口に出してしまえば周りが教えてくれた。
両親は必ず朝食を共にするようになり、些細な日常を語り合えるようになった。
世話係たるメイドに冗談を言ってみれば、笑われたり、怒られたり、普通の反応を返されるようになった。
互いに警戒し合っていた友人の中から、何でも話せる親友だって出来た。
そして、教育係であるホウライとアサイシスの二人に、ラルバは特別な感情を抱いている。
同性であるアサイシスを姉のように慕い、異性であるホウライに向けているのは……、恋慕。
「はぁ……、ラルバももう18歳ですか。時が経つのは早いですね」
「そう残念そうな顔をするな、ライラ。娘が健やかに育ったというのは良いことじゃないか」
「母としてはこれ以上ない喜びですよ。ただ、娘が18になったという事は、私は……」
「貫禄が出て良いんじゃないか?国王と言えば、大体は老け――、ごふッ」
「不敬なのはあなたです!ジュゼっっ!!」
当然ながら、ライセリア王も歳を重ねている。
そして、幼い頃から『可愛い』『美人』と褒め称えられてきた彼女の最近の悩みは『老い』。
鏡を見る度に増えている気がする小皺こそ、建国以降の最大の危機なのではと思う程だ。
もっとも、夫のジュゼッペは、それすらも愛おしいと思っている。
そんな仲睦まじい両親のいちゃいちゃっぷりに口を噤みつつ、ラルバは私的なパーティー会場を見渡した。
「ホーライ様、ちょっとよろしいですか?」
「なんじゃ?改まって」
「先程は誤魔化してしまいましたが……、実は、叶えて頂きたいお願いがございまして」
「ほう、言うてみぃ」
「ここではとても……、パーティーが終わった後、私室にお伺いしても宜しいですか?」
「内緒話か。アサイシスは口が軽いからのぉ、それもよかろう」
ラルバの上目遣いでのおねだり、それをホウライは珍しいなと思った。
面倒を見始めた4歳の時にはよくあった光景も、成人してからは殆ど見ていない。
「なーんの話をしてるっすかー?」
「お母様の美容の為に、麺を伸ばす木の棒に美容効果をインストールしようかと思っておりまして」
「小皺どころか、別のものが伸びないっすか?」
「持ち手の部分に、『愛する妻へ』と書こうかと」
「殴殺事件、待ったなしっすよ!?」
適当な冗談ではぐらかしたラルバは、側近のメイドを伴って部屋から抜け出した。
行われているのは親族や側近メイドばかりが集まった、ホームパーティー。
たとえ主役が席を外そうとも、気にする者などいなかった。
**********
「ルティン、チャカ……、どうしましょう、胸のドキドキが収まりません」
自分の部屋に戻ってきたラルバは椅子に座らせられ、本番に向けたお色直しを受けている。
赤くなっている頬を隠す為の化粧を一度落し、色気を前面に押し出す扇情的なものへ替えられているのだ。
「18歳の誕生日に想いをお伝えするというのは、ラルバ様が仰ったことではありませんか」
「そうですけど……」
「いいですか、ブルファム王国の婚姻は急速に低年齢化が進んでいます。このままだと、行き遅れ扱いになりますよ」
「そ、それは困ります!」
「ですから、さっさとホウライ様に告白をして、とっととヤルことヤって既成事実を作って来てください」
「ルティン……」
化粧を施しているメイドの名を呼びながら、ラルバは静かに決心を固めていく。
ルティンの瞳を真っ直ぐ見つめ、その中から勇気を探しているのだ。
ラルバの秘めた思いは、親に対する始めての反逆だ。
それは、ライセリア王がラルバの教育係を探す際の条件を『女性、もしくは、30歳以上離れている男性』としていた以上、最初から決まっていた事だ。
「ねー、ラルバ様。今日の為にどんだけ準備したと思ってるのさ?高ーい秘薬を探す為に、ぼくがどれだけ町を駆け巡ったと思う?」
「ありがとうございます、チャカ。それでその、お薬の方は」
「もちろん用意してあるとも。練習した時と同じ奴をね」
ラルバの世絶の神の因子は二つある。
魔道具の性能を過去最高へと書き替える『物質主上』。
そしてもう一つは、生物にも適応可能な『四則平均』だ。
四則平均の性能が解明されたのは、ここ数年のこと。
ラルバ自身に強い影響を及ぼす物質主上のコントロールが可能になった8歳から研究が始まり、今では、こちらの能力の方が重要であるとさえ言われている。
「疑う訳ではないけれど……、一応、性能を確かめさせて貰いますね」
着けていた手袋を外し、ラルバは机の上に置かれた瓶に触れた。
これこそが、コントロール不能な物質主上の扱い方。
物質主上は所持した魔道具の性能を過去最高に引き上げる世絶の神の因子、そしてその発動条件は『直接的な、接触』だ。
故に、能力を上書きしたくない魔道具を使用する場合は、肌と道具を接触させなければいい。
この法則に感付いたホウライが作成した手袋により物質主上の危険性が下がり、ラルバは愛を手に入れることができたのだ。
「確かに……、この秘薬を服用した方は、わたくしが望む結果を出してくださっていますね。これを飲めば、わたくしは確実にホーライ様の御子を授かる……」
「小瓶に分けた薬を複数の不妊に悩む人に与え、妊娠したという性能を作りだす。で、ラルバ様が触れば、100%妊娠するお薬の出来上がりと。めっちゃ悪用できそうじゃん」
「悪用しませんよ!?そもそも、わたくしの手から離れたら効果は消えるのです。体内に吸収される前に性能が戻るのですから、誰がやっても効果は同じじゃないですか」
「それでも、四則平均を使えば、高い水準で固定出来るでしょ?」
道具の性能を引き上げる物質主上は非常に強力だ。
だが、それはラルバが使用した時のみという、厳しい制約があった。
『接触している道具』という条件がある以上、手放せば効果は元に戻る。
究極的に言えば、物質主上は『最強の個』になる力なのだ。
そして、四則平均は『無限なる平凡』を作り出す。
持続的な効果変動を可能とするこの能力があったからこそ、ブルファム王国は大陸の覇者となったのだ。
『四則平均』
指定した四つの同系統の物質の能力値を、現在の性能の平均値へと固定する。
この能力を適応した場合、利便性が向上することはあっても、性能の強化には繋がらない。
新品の剣を4つ用意し、その1つをホウライに振らせる。
すると、以下のような能力値が出来上がる。
剣A 100
剣B 0
剣C 0
剣D 0
この状態で、四則平均を発動すると、
剣A 25
剣B 25
剣C 25
剣D 25
となり、平凡な性能の剣が量産される事となる。
だが、物質主上を組みわせることで、段階的に魔道具の能力が向上して行く。
ラルバが再び剣Aに触れることで、性能が100に戻るからだ。
剣A 100
剣B 25
剣C 25
剣D 25
そして、4つの剣の能力が平均値では無くなった為、もう一度、四則平均の能力が適用される。
剣A 43.75
剣B 43・75
剣C 43・75
剣D 43・75
物質主上を再適用し 剣Aの能力を100にして再計算。
↓
剣A 57・81
剣B 57・81
剣C 57・81
剣D 57・81
物質主上を再適用し 剣Aの能力を100にして再計算。
↓
剣A 68・35
剣B 68・35
剣C 68・35
剣D 68・35
物質主上を再適用し 剣Aの能力を100にして再計算。
↓
剣A 76・26
剣B 76.26
剣C 76・26
剣D 76・26
物質主上を再適用し 剣Aの能力を100にして再計算。
↓
剣A 82・20
剣B 82.20
剣C 82・20
剣D 82・20
物質主上を再適用し 剣Aの能力を100にして再計算。
・
・
・
とこのように、ラルバが四則平均を止めるか剣を手放すまで、能力が自動で向上して行く。
そして、上昇した能力は彼女の手を離れても元に戻る事はない。
扱い的には、能力値を強制的に引き上げるバッファ魔法に近しい。
だが、維持する為の魔力が必要ない以上、効果は恒久。
さらに、武器・生物分け隔てなく強化できる四則平均は、ただの兵士をホウライとほぼ同等の戦闘力にする事すら可能なのだ。
「うーっ、悪用なんてしないったら、しないのですっ!!」
物質主上と四則平均を使った、まさに悪用としか言いようがない計画。
その名も、『一夜の過ちで、取り返しがつかない事になっちゃった大作戦』だ。
ブルファム姫であるラルバの婚姻は、非常に重要な政治的な意味を持つ。
大きな勢力を持つ他国……、フランベルジュ国やノーリギョーフ国、さらに強大な勢力であるセフィロトアルテ自治領との友誼を結ぶ為に手っ取り早い方法だからだ。
だからこそ、ライセリアは後に問題にならないよう、ラルバの教育係を恋愛対象から外れるように設定したのだ。
「まっ、薬を飲んでヤれたら100%だけどさ、ホントにそれで良いん?こういっちゃアレだけど、ホウライ様ってもうすぐ還暦のおじいちゃんじゃん?」
「年齢なんて関係ないですよ。魅力ある紳士的な男性。それでいいじゃないですか」
「価値観なんて人それぞれ、だが、それを良く思わない連中もいると」
「お母様は凄く頑固ですから、絶対に反対されます。でも、わたくしが能力を使う程に本気だと知れば応援してくれるんじゃないかと……、思うんですが……、」
「自信なっさそー!」
「えぇい、だからこその一夜の過ち作戦なんです!私は今日、間違ってもいいのですっ!!ルティン、お薬を」
そしてラルバは、メイドから受け取った秘薬を飲んだ。
決心が鈍らないように、私どもが見ている前で秘薬をお飲みになっては如何でしょうか?
そんなルティンの提案通りに薬を飲み欲したラルバは立ち上がり、ゆっくりと扉に向かって歩いて行く。
「……い、行ってきますね」
「ご武運を祈っております、ラルバ様」
「お気を付けてー」
「何に気を付ければいいのかとか、色々と不安はありますが……、頑張ってきます」
緊張を自覚しながら、ラルバはホウライの部屋へ向かって歩き出す。
別れ際に見えた二人のメイドの笑顔に、背中を押されながら。
**********
「来たか。それで、願いというのはなんだ?」
執務机に向かっていたホウライは振り向き、ラルバに椅子を勧めた。
幼子時代から面倒をみているとはいえ、関係は王女と老執事。
ラルバと一緒にマナーを学んできたからこそ、主人を立たせて話を聞くなどできる訳がない。
「ええと……、それはですね」
そして、この展開になる事をラルバは読んでいた。
だからこそ、狙うのは勧められた椅子では無く、ホウライのベッド。
配置は既に確認済み、「椅子よりも近いからこちらに座ります」感を出しつつ、ベッドに腰掛ける。
「……幼い頃からずっと、ホーライ様をお慕いしております」
側近メイド監修の下、何度も練習した言葉が放たれた。
真っ赤になった頬と潤んだ瞳で繰り出す上目遣いは、まさに必殺の一撃だ。
だが奇しくも……、相手は数多くの戦場を生き残ってきた激甚の雷霆・ホーライ。
その鈍さは筋金入りだった。
「そんな前置きが必要なほどのお願いか。なんじゃ?ドラゴンの巣から秘宝でも奪ってくれば良いのか?」
「えっっ、あっ、違っ……」
精一杯な告白へ返されたのは、ホウライの真顔。
まったく異性として見られていない事実に、ラルバは早くも挫けそうになる。
だが、今日という日を逃せば、もう二度とチャンスが訪れる事は無い。
協力してくれているメイドの言葉に勇気を貰い、もう一度、真っ直ぐに視線を向ける。
「違います。ドラゴンの秘宝は奪って来なくて良いです」
「じゃあ、何が欲しいんだ?儂に直接言うくらいだ、ライセリアに止められるような危険なことだろう?」
ライセリアの性格を分かっているホウライは、ほぼ正解を言い当てた。
ただ惜しくも、狙いが自分だということには気づいていない。
そして、ラルバもその鈍さをよく知っている。
「き、危険と言えば危険かもしれませんね。失敗すると痛いと聞きました」
「言ってみなさい。聞くだけはタダじゃからな」
「ほ、ホーライ様に奪って欲しいのは、わたくしです」
「……?……ぇ」
「わたくしは一人の女として、ホーライ様に恋慕しております。どうぞ、わたくしと一夜の過ちを犯して下さいませ」
こんだけストレートに言っとけば、意味が伝わるでしょう。
二人の側近メイドが考えた殺し文句は、的確に、ホウライの心臓を撃ち抜いた。
「っ……!?っっ!?!?」
「くすくす、まるでタヌキに化かされた狩人のような表情ですね」
「あぁ、タヌキは怖いぞ。度肝を抜かれるからな。じゃなくって」
「ホーライ様。わたくしは貴方の妻になりたい。この先の長い人生の終わりまで続く、貴方との繋がりが欲しいのです」
39歳も年上のホウライがラルバと生涯を共にするのは難しい。
何らかの悲劇によって、彼女が早去するしかないからだ。
「しかしだな……」
「分かっています。醜聞だって広まるでしょう。でも、私は貴方を愛しているのです。好きなんです」
「ラルバ……」
「誰がどうのではなく、私自身が貴方の事を好きなのです。だから、貴方の子を育てる母になりたいと思うのです」
「んなっ!?」
「わたくしはもう、18歳です。子供ではありません。惚れた男性に抱かれたいだけの……、女です」
苛烈なまでの責め文句、その参考元は国民が知らない夜の国王。
これは、いざとなった時の「お母様の真似をしたら、こんな事になりました」という免罪符。
だが、偽らざる本心でもある。
「ラルバよ、お前の気持ちは分かった」
「ホーライ様!?」
椅子から立ち上がったホウライが、ベッドに近づいてくる。
そして、この後どうすればいいんだっけ!?と混乱するラルバへ手を差し伸べ……、ベッドから立ち上がらせた。
「え?」
「ハッキリと言おう。断る」
「……なぜ、ですか?」
「……。」
ホウライが齎す沈黙、それがラルバは恐ろしくて。
心の中に噴き出した不安、そこから逃れる為に言葉を速めてまくしたてた。
「女として見れませんか?もしかして、わたくしが何か不興を?もしや、既にお母様に何か言われてーーッ!?」
「違う。お前を女として見ていない訳でも、嫌いなわけでもない。問題は儂の方にある」
「ホーライ様に?」
「儂はな……、ヴィクトリアに惚れているのじゃよ。手に入るはずもない、勝利にな」
悲しそうに、悔しそうに、ホウライが呟いた。
そんな表情をラルバは見た事が無くて、思わず黙ってしまう。
この機を逃せば手に入らなくなるという忠告すら、忘れてしまっていた。
「他に惚れておる者がいるのに、お前の好意に甘えるなどできるはずもない」
「そんな……」
「ラルバよ、お前は紛れも無く儂の大切な人じゃ。そんな娘の様な存在を不義理な男の所へ嫁に行かせるなど、許せるはずがないじゃろう」
「違いますっ、ホーライ様は不義理なんかじゃありませんっ」
「不義理なのだ。儂は約束を何一つ守れない、嘘付きなのだから」
こうして、ラルバの恋は終わった。
取り付く隙も無く自室へ返されたラルバ、その長い長い恋心は殺され――、代わりにその穴へ収まったのは。
悪意。
『ホーライ様は、わたくしよりも、勝利をお望みなのですね』
植え付けられていた『悪意』が囁く。
『勝利を貴方が欲するのなら、それをわたくしが手に入れればいい』
『邪魔する者は全員、敵だ。ちょうどいい、勝利に敵は必要不可欠なのだから』
「ははっ、はははは、ははは、あははははははははっ!!」
自室で待機していたメイドの胸の中で、ラルバは笑った。
無色の悪意に抱かれて、声高らかに、物語の開幕を謳う。




