第15話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 ①」
「『激甚の雷霆・ホーライ』の弟子・アサイシスが、馬車到着のお知らせをするっすー!」
凄惨なまどろみからの目覚めにしては軽快過ぎる声に、ホウライは眉をしかめた。
乗合馬車で寝てしまっていたかと正確な状況判断をしつつも、落ちている瞼を上げようとはしない。
夢の中で幾度となく思い返して後悔した、15歳の記憶。
あれから28年の時が経ち、ホウライは己が理想とする実力を手に入れている。
この実力が有れば奉納祭の結果は違ったものになる、という自負が確かにあるのだ。
だがそれは、まどろみとなって消える夢。
何度想像を繰り返そうとも、取り戻す事が叶わない過去の過ちだ。
「そんな訳で起きるっすよ、お師匠ー。そろそろ街に着くっすよー」
「……。」
「ウチお腹すいたっすよー。成長期真っ盛りな15歳の女の子にゃ、おにぎり一個は少な過ぎっすよー」
「……。」
本当にうるさい奴だと思いながら、ホウライは二度寝をすると決めた。
夢見が悪くて最低の気分な上に、昨晩飲んだ酒がまだ残っているからだ。
さらに、一度だけ鳴らしたホウライの鼻は、町まであと20分は掛る距離だと判断。
ならばこそ、うるさいのが取り柄の馬鹿弟子は放っておくに限ると思ったのだ。
「お師匠の奢りっすからね?昨日は酒場だったんっすから、今日はウチの好きなもの食べるっす!」
「……。」
「聞いてるっすかー?ボケても良いけど目覚めろっすー」
「……。」
「あれ、なんか変っすね?どれどれ、脈は……あ、死んでるっす」
「……。」
「あちゃー、死因は老け顔による老衰っすね。ぽくぽくちーん」
よし、殴ろう。
そう決めたホウライが音速を超えて目を開き、光速を突き破らんと貫手を放つ。
そして、待ち構えていたアサイシスが全力で麦茶を差し出した。
「まったく、子供じゃないんだから、すぐ起きて欲しいっすよ」
「ほほほ、仕方があるまい。なにせ老衰一歩手前だそうだからな」
「前々から思ってたっすけど、お師匠の老け顔って絶対お酒のせいっすよ。43には見えないっすもん」
「儂から酒を抜いたら、もっと萎れるぞ」
「それ以上にっすか!?!?」
しなびた茄子になっちゃうっすよ!?と真顔で驚くアサイシス、彼女はホウライが旅の途中で拾った冒険者だ。
拾ったとは名実ともにその通り。
崖から落ちそうになっていた新人冒険者のアサイシスを拾い上げ、そのまま懐かれてしまったのだ。
13歳だったアサイシスの大人びて見えた雰囲気は時が経っても変わらないまま……、どころか、垢ぬけて退化。
若者の間で流行っている『て』抜き言葉を覚えてからは、ますます酷くなる一方となっている。
「で、わざわざ儂を起こした理由はなんだ?」
「とんこつラーメンかにんにくステーキかで迷ってるっす」
「二日酔いだと言っておるだろうに……。そうめんは無いか?」
「ないっす」
まるで悪びれる事も無く、アサイシスはボブカットの髪を揺らして威嚇する。
か弱い女の子を酒場に連れて行った罪は重いっすよー、と絶対に譲るつもりがないのだ。
「じゃあ、ご飯は両方行くとして、今度の依頼主はブルファム公爵って事で良いんすか?」
「指導聖母・品財様からの直々の指名だからな。権力には従っておくものよ」
「ふーん?ノーブルホーク、ラウンドラクーンに続いて三つ目の大領地っすけど、敵になる奴が居なくないっすか?」
アサイシスが拾われたのは約2年前。
5つ大領地が80の中小領地を奪い合っている時の事だった。
戦争は苛烈を極めており、多くの冒険者が戦いに参加。
そして、最前線で戦うのは立場の弱い若年の冒険者ばかり。
道具よりも簡単に命を消費する彼らに思う事があったホウライは、過去に滞在したノーブルホーク領とラウンドラクーン領に肩入れし、強制的に戦争を終わらせたのだ。
「ブルファムと同じ大領地は、ノーブルホーク、ラウンドラクーン、あと、お師匠が滅ぼしたインフィードラとガイアフィッシュっすよね?」
「うむ、後者二つは完全に潰したし、前者二つは儂が関与していると知れ渡っているはず。残りは取るに足らない弱小領地で、ブルファムが儂を呼ぶ理由は無いと思うのだがな?」
ホウライは五大領地の中でもマシな思考回路をしているノーブルホーク伯爵とラウンドラクーン公爵が主導する戦いに加担し、この両領地を勝たせている。
その働きはまさに一騎当千、敵軍に『雷鳴が聞こえたら撤退せよ』という命令すら出されたほどだ。
「その時の無茶ぶりっぷりに『激甚の雷霆』なんてあだ名を付けられて、腫れもの扱いされてるっすよね。……ほろり」
「せめて畏怖と言え、畏怖と」
「そんな雷じじぃの相手してあげるウチ、マジ優しい。アサイシスちゃんマジ天使!」
「ほっほっほ。褒美に天に召させてやろう」
三回のフェイントを経て落とされた拳骨に、アサイシスが悲鳴を上げた。
変な音がした頭蓋骨を押さえつつ、涙目で唇を尖らせる。
「マジでへこんだっす!完璧な造形美の頭がへこんじゃったっすよ!?」
「ふん、空っぽだからへこむのだ」
「いくら何でも酷いっすよ!?食い意地くらいは入ってるっす!!」
「空っぽの方がマシではないか」
んべー!っと舌を出して怒るアサイシスと、眉間にしわを寄せて怒るホウライ。
そんな光景を見ていた関係ない同行客は、似た者同士だと声を押し殺して笑っている。
「確か、ブルファムはお前の故郷じゃなかったか?どうだ、10年間くらい実家に顔を出すというのは?」
「それ強制送還っすよね!?嫌っすよ、たとえ1日でも顔を出さないっす」
他人からすれば親子に見える関係の二人だが、当然、血の繋がりはない。
どちらかと言えばアサイシスが強引に付きまとっているのだが、それでも、年端もいかぬ少女を弟子にしていることにホウライは思うところがあるのだ。
「ふむ、なぜだ?ついでに儂もご両親に挨拶でもと思ったのだが?」
「酷いケンカ別れしてるっすよ。だから会いたくないって言われてるっす」
「そういうもんかのぅ」
「ほんと、二人揃って子供のまんまっすね」
やるせなさそうに肩を竦めて見せたアサイシス。
その表情はまるで、聞き分けのない子供に呆れているかのようだった。




