第11話「プレゼント」
「ぷ、ぷれぜんと……ユニクが私に……ぷれぜんと……?」
「あぁ、リリンに出会ってから世話になってばかりだからな。大したもんじゃないけど俺の感謝の気持ちだよ」
俺はリリンの反対側に座りながら机の上に紙袋を二つ置いた。
リリンはなおのこと固まったまま、「ふ、ふたつも……?」と呟き驚いている。
さて、どっちからいくか。
まぁ、ここは順当にブローチからだな。
「あぁ、ふたつあるんだが……まずはこっちの紙袋だな。これにはブローチが入っている」
「ブローチ……?」
お、リリンの視線は紙袋に釘付けだ。まずまずの高感触なのではないだろうか。
それに、リリンの興味津津な様子は非常に珍しい。
せっかくなので、この状況を楽しませて貰おう。
俺はほんの少しだけもったいぶって説明する事にした。
「あぁ、実はファーベルさんに助言をもらってな。リリンはブローチなら付ける事があるってんで、街を探して見つけてきた」
「すごい。私の為に街中を探しまわるなんて……」
ごめん、街中は探して回っていないです。
本当は紹介された店で買ってきただけなんだけど、本人がそう思ってくれたのならそのままにしておこう。
なにせこれからリリンに見せるのは、胡散臭い品なのだ。
自ら好感度を下げるような事はしたくない。一応初めてのプレゼントだしな。
いらない。
と、ばっさり断罪されたら流石にちょっと悲しい。
俺はその事を頭の隅に残し、慎重に話を進めた。
「それともう一つ、こっちの紙袋は、指輪だな」
「ゆゆゆゆっ!!ゆび、指輪っ!!」
えッ!?何この食いつきよう!!
ブローチの時と比べて態度が違いすぎるんだけど?
その喜びようといったら、好物のフルーツ系のお菓子を見つけた時の反応を凌駕している気がする。
あ、あれ?ファーベルさんの話じゃアクセサリーは着けないって話だったのにな。
というか、紹介されたイイモン古道具店も悪徳商店だったし、意外と当てにならない?
「ゆ、ユニク。あの、その……指輪に込められた意味って、それって……?」
あ!やばい!!リリンの目が潤んできているだとッ!?
もじもじと指を擦り合わせ、上目使いで言葉切れに問いかけられてしまった。
というか、意味なんて聞かれても非常に困る。
結局この指輪はオマケで買ったものだ。
しかも魔道具としては何の効果を及ぼすかまったく分からないという、超・地雷案件。
正直買う予定がなかったものだし、提示された額で買うのは癪だったので値引き交渉までしている。
そんな指輪にリリンは食いついてしまった。
やばい、なんとかこの指輪には期待しないように持っていかないと!
一瞬のうちに思考を巡らせ、俺はリリンに答えた。
「ん?特に意味なんかないぞ?」
「え"」
「店員にさー。押し売りされたんだよ。そんで綺麗だったもんだから買ってみた。おまけ感覚だな」
「おまけ……そう。特に意味がない、と。そう。そう。」
あ、あれ、急激にテンションが下がった!?
しまった。今リリンは情緒不安定な感じだった!!
どうする?俺が用意したプレゼントは、どうも胡散臭い品。
これ以上落胆させないためにも、前置きをうっておこう。
「一応先に言っておくと、リリンが俺に買ってくれたような鎧や装備品と比べたら、大したことないからな?」
「そんなことない。ユニクからプレゼントとして貰った物なら、たとえ食べ終わったアイスのカップとかでも、私にとっては価値のあるものとなる」
そんなわけねぇだろッ!!
食い終ったアイスのゴミなんて渡されたら、俺だったら普通にキレる。
そんなもの貰ってどうする……まさか、侮辱されたと訴えるネタにするつもりか!?
「ま、まあ。とりあえず見てみてくれよ。価値はともかく、すごく綺麗なんだぜ?」
「あ、待って!傷がつかないようにテーブルに何か敷きたい!!」
そう言ってリリンはおもむろに空間をまさぐり、三枚の高級そうなハンカチを取り出した。
それを丁寧にシワの無いよう机に重ねて広げていく。
最近になって、ちょいちょい見せる女子力の高さ。
ウナギや三頭熊を爆裂させていた人物とは思えない。
「いいよ。わくわくするね……」
「じゃ、まずはブローチから……。ほいっと」
ことり。
俺は広げられたハンカチの上にブローチを置いた。
ブローチは部屋の明かりを存分に吸収し、まるで宝石自体が光を発しているかのように輝いていた。
何度みても10万エドロだとは思えない美しさ。
さて、値段を知らないリリンの反応は………?
リリンの動きが固まってしまった。
全く微動だにせず、じっとブローチから視線を外そうとしない。
うん?
俯いたまま表情が見えないし何の反応もないから、喜んでくれてるか分かりづらいな。
ここは指輪も公表して、一気に畳みかけてしまおう!!
俺は指輪の方の紙袋も開け、取り出した箱の蓋を取り外しながらリリンの前に置いた。
再びの沈黙。
やはりリリンに動きはなく、何秒かの時間が流れていく。
やがて、ゆっくりと動き出したリリンは、俺の方を見上げた。
一切の言葉を発しないまま、リリンは目を見開いて困惑の表情を浮かべている。
「ユニク……。これはどうやって手に入れたの……?前にユニクはお金がないと言っていたのに……」
「紹介してもらった店が古道具店でな。安く買う事が出来たんだよ」
俺はありのままを話した。
ちょっと言葉足らずな気がしたが、これ以外に説明のしようがない。
しかし、リリンはぷるぷると頭を横に振り、それはもう、とてもとても優しい声色で語り掛けてきた。
「ユニクがプレゼントをくれるという気持ちは本当にうれしい。だけど、これはいけない」
「ん?」
「プレゼントに見栄を張りたいという気持ちは凄くよく分かる。けど……」
「え?」
「すぐに、これを返しに行こう。返した上で迷惑料を払ってそれで……強盗は、よくな―――」
「盗んでねーよッ!!ちゃんと買って来たよッ!!」
「え?で、でもこれは簡単に買えるものじゃない」
「そうなんだけどねッ!?俺も安く買えた事に吃驚してるけど!!」
ちくしょう!!やっぱりケチがついたじゃねーか!!
悪質店で買った俺が間違いだった!
だが、もう遅い。
後は可能な限りの弁明をして、リリンに納得してもらうしかない。
俺はファーベルさんに貰ったアドバイスからの流れを一字一句丁寧にリリンに説明した。
そして、イイモン古道具店という店に辿り着いた事までを話した所で、一旦話を区切る。
ここから先は胡散臭さが倍増する為に、言葉を選ぶ必要があるからだ。
だが、その目論見は外れる事となった。
「結局、このブローチや指輪は、イイモン古道具店という店で買ったんだけどな……」
「ユニク。イイモン古道具店は私も行った事がある。なのでその店となりは知っているよ」
「え?」
「確かにイイモン古道具店は安くて良い品が多い。だけど、それは冒険者や町民レベルでの話であり、このような超ド級の高級品は取り扱っているはずもない」
「超ド級の高級品……?」
「そう。このブローチは貴金属に詳しくない私でもおおよその価値が分かってしまう程のもの。おそらく、5億エドロは余裕で超える」
「ははは……うっそだろ?」
「嘘じゃない。それをユニクはいくらで買ったの?」
「10万エドロ」
「価値が5000倍ほど足りていない。流石に無理がある」
くっ!!まったく信じて貰えない!!
どうする。何か証明する手立てがないものか……。
ん?なんだこれ?紙袋の中に何か紙切れが……こ、これは!!
「リリン!!これを見てくれッ!これは買った時に貰った領収書なんだ……って、んん!?!」
「領収書……?あ、ホントだ。じゃ、ちゃんと買ってきた?でもこれ、イイモン古道具店のと違う……?」
「取り合えず納得してくれた?」
「疑ってごめん。あまりにも凄いものが出てきたので、つい………。」
「実際、胡散臭いしなー。それに、おかしいんだよ。俺は確かにイイモン古道具店に入ったはずなんだ。でも、この領収書の店の名前が、『ライコウ古道具店』になっちまってる」
「なんだって!?!」
リリンが素っ頓狂な声を上げ、俺から領収書をひったくった。
その速さはまさに、雷光のごとし。
三頭熊も連鎖猪も真っ青な速さだ。
「リリン?」
「あ、ありえない……ユニク!!このお店をどこで!?」
「どこでって、普通に街中でだが……。どうしたんだ?そんなにあせっ――――」
「行こう!ユニク!!一刻も早く、そのお店に!!!」
え、ちょ、ちょ。どうしたんだ急に!?
今日は朝から色々なリリンの表情を見てきたが、この表情が一番リリンらしくない。
顔は完全に紅潮し、息は荒くて、酷く興奮している。
いつもの平均的な顔など、どこえやら。
嬉しさを前面に押し出して、俺の手をぐいぐい引っ張りながら入口のドアを指差しているのだ。
「ちょ、落ち着けって!一体どうしたんだよ?あの胡散臭い店になにがあるんだ?」
「ライコウ古道具店は、英雄ホーライが忍ぶ仮の姿!幾多の歴史上の人物に至宝を授けてきた、伝説の直売店!!」
「なんだってぇぇぇぇぇぇ!!!!」