第11章おまけ、たぬき日記!
「長老、生きてるしーー?」
故郷の森へ帰って来たアルカディアが、タヌキの群れの長老、トウゲンキョウの巣穴を覗きこんだ。
今までは「本当に死んでたら、笑えないし」という理由で躊躇っていた言葉も、そうなるはずが無いと知った今なら気安く掛けられる。
エデンに教えた貰ったトウゲンキョウの正体は、アルカディアにとって身の毛もよだつ衝撃だった。
フッサフサだった冬毛が一気に抜け落ちてしまったような感覚に、それはそれは深い戦慄と溜め息を吐く。
生態系の頂点に立つ絶対暴君臨者、タヌキ帝王・ソドム。
それを赤子同然に扱う超絶絶対君臨者、タヌキ真帝王・エデン。
そして……、エデンの親友でありながら、大体のタヌキの祖だと言い伝えられている、インティマヤ。
……を半ば強引に番に誘い、さっさとやることやって孕ませ、『俺の女』扱いしたという、空前絶後なオスタヌキ伝説。
それが身近にいたショボくれた長老と『 = 』で結ばれてしまった衝撃は、アルカディアのタヌキ生に於いて、同率一位な出来事だ。
楽しみにしていたオレンジの木を燃やされた時と同じ絶望と焦燥、それを知ったアルカディアは色んな意味で成長している。
「ヴぃっヴぃ、帰ったか。姉妹揃って留守にしおってからに。土産の一つでもあるんじゃろうな?」
一周り図太くなったアルカディアは、温泉郷で買って来た特産品をトウゲンキョウの巣穴の前に並べた。
こうすれば絶対に出てくるし!という確信は外れることは無い。
なぜなら、才能あふれるアルカディアに食い意地を教えたのは、他ならぬトウゲンキョウだからだ。
「人間の町には美味い食い物が有るからのぅ。おぉ佃煮に漬物、久しく食って……」
「煮たり漬けたりすればいいんですね?分かりました」
「ヴ……。」
うっきうきで巣穴から顔を出したトウゲンキョウを出迎えたのは、ニッコニコに笑うインティマヤ。
その額に青筋が浮かび上がっている事からも、激怒は明らか。
そんな光景を5m離れた所から見ているアルカディアは、「長老、生きてたけど、今日死ぬし。」と思っている。
「ヴィィィィイン!?」
あまりの衝撃で身体が震え高周波を発した、トウゲンキョウ。
無言で柄の長いタヌキ取り網を召喚する、インティマヤ。
謎の光を纏いながら音速で逃げ出す、トウゲンキョウ。
それを踵落しで撃墜させる、インティマヤ。
そして、網に捕らえられたトウゲンキョウは絶望し、
インティマヤはニコォ……っと笑った。
「お久しぶりです。相変わらず、ご隠居気取りな悠々自適生活をしてらっしゃるようですね、あ、な、た?」
「ヴィオろロゥ、おぉ、インティマヤ、生きておったのだな!?この感情、なんと表現して良いものか。ささ、こんな所に居ないで奥で話を」
「まぁ、情熱的なアプローチ。子供だって見ているんですよ?」
「し、暫くぶりの逢瀬なのだ。張り切って口説いても仕方があるま」
「ところで、この群れには私の子孫じゃない子がいますねー?」
「…………。」
「でも、あなたの血は引いてるようですねー?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「痛めてるはずの腰、頑張って振ったんですねー?よく、「これ以上は腰が砕けてしまうわい」って言ってましたのにねー?」
「ヴぃお、おろろろ」
「気持ち良かったですかー?ですよねー?ぱっと見た感じ、一回や二回じゃないですもんねー?」
「ヴぃ、びあ……」
インティマヤが青筋を立てている理由。
それは、自分の血を引いてない、かつ、トウゲンキョウの血を引いている子孫がいっぱい居たから。
確固たる不貞の証拠を押さえられたトウゲンキョウの腰は砕け、力無く地面に座り込んだ。
「ドングリくんがアレでしたし、そんな事だろうと思いましたが。番が行方不明になったら次のメスですか、えぇ?」
「そうは言うが……、1000年ほどは大人しくしていたぞい」
「これからは未来永劫使わなくていいように、いっぱい撫でてあげないとですね?」
「ひぃっ」
「まったくっ、私はとても怒っているんですよっ、トウゲンキョウ!!」
ヘッドロックで骨が軋む音を聞いたアルカディアは逃げ出した。
なお、トウゲンキョウをおびき出す為の餌はしっかり回収している。
「で、なぜ生きておるのだ?何度も確認したのだぞ?」
「そんなに浮気したかったんですか?これは……、たーんたーんたぬきのき」
「そ、そういうことではない、お前が生きているという事は、那由他様が秘匿しておったということだ」
「それで有ってます。私も何が有ったのか殆ど覚えていませんし、時期に違和感すら抱かなくなるでしょう」
始原の皇種・那由他が唯一神から授かりし権能『全知』。
それは時に蟲量大数の『全能』ですら凌駕する……、那由他の牙だ。
その大部分は悪喰=イーターとして配下に貸し与えており、上位タヌキを世界の君臨者たらしめている。
だがそれには、那由他によって閲覧制限が掛けられているのだ。
「エデンはお馬鹿……、おほん、脳ミソ筋肉なので当てになりませんが、聡いムーさんやあなたは何が有ったか分かってますよね?」
「那由他様が隠しておる事をほじくり返す必要もあるまい……、お前が行方不明になった時は蟲と争っておった時だ。確か、ダンヴィンゲンの縄張りに入って」
「んー、そうでしたそうでした。珍しく蟲骸戦争に絡んできたからエデンと一緒に……。あぁ、なんとなくですが、あの子のせいでこうなった気がしますねー」
インティマヤがエデンのせいでダメージを追ったのは、一度や二度では無い。
その殆どが精神的なものではあるが……、その中のいくつかは割と深刻な怪我を負っている。
それを思い出して遠い目になったインティマヤは、暫く放っておこうと決めた。
「それにしても、人間の町が随分と豊かになっていて驚きました。美味しいものも沢山ありましたし」
「ヴぃっヴぃ。であろうな。近年は大きな戦いが無い。500年ほど前にあったきりだ」
「その割には、ヤバそうなのいっぱい居たんですけど?なんですかあれ、白銀比と不可思議竜様の娘とか」
「?ホープはそんな事を言って無かったが」
「ここ10年くらいに生まれた子でしょ、白銀比がまだ居ましたから」
「子離れしておらんのか。あぁ、確かに、悪喰=イーターに載っておるのぅ。那由他様が気が付かれたのですら、最近なのか」
インティマヤに『分からせ』られたトウゲンキョウは、ほのぼのした雰囲気でお茶を啜っている。
何だかんだ戦慄していようとも、愛した番が帰ってくるのは嬉しい。
ソドムやエルドラドを育て上げた古兵であるが故に、その神経の太さは尋常ではない。
「あぁ、そうそう。あなたの腰に噛みついた蛇っぽいのも見かけましたよ」
「なに?」
「例によって擬態してましたので真偽不明ですけど。グラムの攻撃を受けて生きてるあたり、正解で間違いなさそうです」
「グラム?では、エデンが戦ったのか」
「いえいえ。やったのは人間の英雄ですよ」
「ふむ、ユニクルフィン、か?」
「おや、知ってるんですか?」
「……。那由他様の義理の息子になるとか?」
「えっっ!?」
インティマヤは幾度となくトウゲンキョウと愛を育んできた、ベテランのボスママタヌキだ。
当然、義理の息子が出来る意味を瞬時に理解できる。
そして……、あまりの衝撃で身体が震え、インティマヤは超音波を発した。




