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第9話「イイモン古道具店」

 まさか、鳶色鳥が町から逃げ出しているなんて思ってもいなかった。

 何かの間違いじゃないのかと、声をかけてきてくれた子供に詳しく事情を聴いてみる。


 鳶色鳥は、やはり公園をねぐらにしていたらしい。

 子供たちが持ってくるパン屑など喜んで食べていたようで、その子供達によって様々な呼び名がつけられている。

 ちなみに、『ゲロ太』『ゲロポン太』『酔いどれ鳥』『お父さん』などと呼ばれていたっぽい。

 お父さんと呼ぶとは、子供は本当に非情だぜ!



 「にしても、どうすっかな……」

 


 町にいない以上、ここを捜索しても意味がない。

 リリンに任務を続けるか相談した方が良さそうだ。


 ゲロ鳥の一件は手詰まりになっちゃったし、次にするのはプレゼント選びだ。

 さっそくファーベルさんに教えてもらったイイモン古道具店を探すとしよう。


 ……お、アレがそうじゃないか?

 古びた店の横に大きな看板が立て掛けられ、『イイモン古道具店はこちら!』と書かれている。

 間違いないだろう。



「こんにちわー」



 さっそく軋む扉を押し、店の中に入る。

 店内には他の客の姿はなく、店の奥に貫録のあるオジサンが一人座っているだけだ。



「いらっしゃい」

「すみません。少し見てもいいですか」


「……あぁ。左側が魔道具品じゃ。ゆっくり見ていくと良い」



 オジサンは寡黙な態度でそれだけ言うと、それから言葉を発する事はなかった。

 ただ……、じっと俺の方を見てくる。

 なんかちょっと不気味なんだけど?

 あのオジサン生きてるよね?

 こちらを見つめてくる目に、一切の生気が感じられないんだが?


 もしかしたら、店選びを失敗したかもしれない。

 一応見るだけ見て、他の店を探そう。

 俺はひっそりと結論を出し、左側の棚に近づく。


 左の棚は乱雑に商品が置かれ、整理されていなかった。

 だが不思議な事に奥の方の商品にすら、ホコリが一つも付いていない。

 まるで今さっき置かれたかのように、隅々まで清掃が行き届いているみたいだ。



「へぇー、どれどれ……」



 ちょっと好感度を上げつつ、手短な所にあったコップを手に取る。

 複雑な模様が描かれていて高級そうな感じ。

 ちょっと欲しいかも。


 だけど、ファーベルさんに聞いていた話みたいな残念系の能力があるのかもしれない。

 確認しておくか。



「すみません。このコップってどんな効果なんだ?」

「それは、サラマンドラの火杯じゃな。入れたもんを必ず100度にする」


「100度?」

「そうだ。冷たかろうが、熱かろうが、入れたもんの温度は必ず100度ちょうどになる」



 えっ、結構すごくねぇか?

 必ず100度にするってことは、水は当然、沸騰する。

 いちいち火を起こさなくて良いというのは、冒険に役立つ気がするぞ。

 いきなり掘り出し物を見つけてしまったかもしれない。


 安かったら買ってお……。



『サラマンドラの火杯 100,000,000エドロ』



 ……?

 一、十、百……。1億エドロォォォォ?!?



「こんなコップが1億ぅぅぅぅ!!」

「便利だから、1億。それくらいが妥当だろう」



 ぐるげぇッ!!全然安くねぇ!!

 手持ち16万じゃ全然足りないじゃねぇか!!



「何処が妥当なんだよ!1億だぞ1億ッ!!」

「気に入らぬのなら、他の商品を見れば良かろう」



 いや、まぁ、そうだよな。

 こんな1億もする商品がポンポン置いてあってたまるか。

 だが、一言だけ言って置くぞ。

 1億もするコップを乱雑に並べて置くんじゃねぇよ。

 


「んー、このペン綺麗だな」



 そぉーっと慎重にコップを棚に戻しつつ、目を引いたペンを手に取った。

 これまた精密な模様が施されている。

 あれ?名札が付いてないな。



「このペンっていくらだ?」

「む、機械仕掛けの秘録筆カルテ・エクス・マキナか。そうだな……10億エドロでよいぞ」


「……は?」

「永き時を動き続ける魔導陣を描く為の道具。それぐらいの価値はあろう」



 高ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 ふざけんな、10億エドロとか売る気ないだろ!?

 第一、そんな大金出してペンを買うなんて正気の沙汰じゃねぇだろうがッ!!


 こんな明らかなボッタくり店は、さっさと出るに限るな。

 そして、それはそれは丁寧な手つきで慎重にペンを棚に戻し……、手垢とか付いてないよな?よし、大丈夫だ。



「……見せて頂いて、ありがとうございました」



 とりあえずの挨拶をして、足早に入口向かう。

 こんなボッタくり店に用はない。

 ここはもう一度ウリカウ総合商館に戻るか、いっそのこと不安定機構に行って、良い店がないか尋ねても良いかもしれない。


 足早に出口に向かい、扉まであと一歩。

 そんな所で、オジサンから声が掛った。



「待て、何か買わんと出られんよ」

「……はぁ?」


「入場料と閲覧料は無料だが、帰宅料は無料じゃないのでな」

「……。」



 おい、なんだそのやべぇルール。

 悪質もいいとこじゃねぇか、ふざけやがって!!


 だが俺の位置は出口まであと一歩。

 かたやオジサンは店の奥に座っている。

 これなら強行突破も簡単だろう。

 俺にはリリン直伝のバッファ魔法も有るしな。


 出来るだけ気付かれないようにゆっくりとドアノブに手を伸ばし、そこからは先はスピード勝負。

 ……いくぞ!!


 ガッッッッッ!!



「ちくしょうッ!鍵が掛ってやがる!!」

「ほほほ、逃がす訳無かろう」


「くッ!!」

「大人しく商品を選ぶのだな」



 なんてこった、こんな悪徳商法に引っかかるなんて……。

 幸先がいいなんて思っていた自分を殴りたい。


 ドアをぶち破ると俺も同じ犯罪者になってしまうので、しぶしぶ商品棚に目を向ける。

 もはや、どんな商品でもいい。

 出来るだけ安い物を探すぜ。



最後の夢枕(デス・トピア)   200,000,000エドロ』

切れないナイフ(アン・カットレス) 460,000,000エドロ』

火の下で提灯(サン・フレア)  770,000,000エドロ』

透明定規(スケイルトン)   1,500,000,000エドロ』



「高すぎるだろッ!!買えるかこんなもん!!!!」



 意味が分からない、暴利すぎにも程がある!!

 だが、一応、商品を確認しておく。

 無いとは思うが、相応の価値があると俺がいちゃもん付けてる事になるし。


『ぱっと見、ただの枕』

お値段、2億エドロ。


『刃こぼれと言うか、刃がないナイフ』

お値段、4億6千万エドロ。


『普通にボロい提灯』

お値段、7億7千万エドロ。


『透明な定規。目盛が無い』

お値段脅威の、15億エドロ。



「……。なぁ、こんなもん買えって言われても無理だろ?何に使うのかも分からんし」

「どれも使えるものばかりなのだがな。まぁ、安いのも混じっておる」


「はぁ?どこにそんなん……」



 そんなもんねぇだろ。そう思いつつ指差された棚に目を向けた。

 そうして目に止まったのは、真紅の光を称える美しいブローチ。


 ここにきて、当初の目的だったブローチが出てくんのか。

 だがどうせ、1億とかするんだろ?

 分かってるって。



絢爛詠歌の導き(エンプレス・オリジン) 10万エドロ』

「安ぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅッ!!」



 なんでだよッ!!

 よく分からんガラクタが5億とかするのに、この綺麗なブローチが何で10万なんだよッ!?



「おい、おかしいだろ!何でこれが10万!?」

「うむ。それはな、ただの綺麗なブローチだからだ。魔道具としての効果も、ただ堅いだけというもので、他の品に比べると見劣りする」


「……。俺は、このブローチに凄い価値があるように見えるんだが?」

「欲しいなら買えばよい。買わぬのならここから出さぬがな」



 ……なんか、騙されている気がするぞ?

 だってどう見てもこのブローチは安くない。


 中心にでかでかと存在感をアピールしている宝石は真紅の輝き。

 しかも、日常的に見ることのない色の赤なのだ。

 一見、ただ赤いだけに見えるが、目を凝らして見ると何色もの赤が混じっている。

 にもかかわらず宝石は透き通り、ブローチの底に刻まれた紋章がくっきりと見えて、物凄く豪華で荘厳な風格だ。

 値段を伏せて見せられたら、国宝って言われても絶対に信じると思う。



「……これ、本当に10万エドロなのか?」

「そうだとも。それとも手持ちが足りんのか?」


「足りるけどさ……。なんか怪しい。後で爆発とかするんじゃねーの?」

「爆発なんぞせんわ。むしろ……」


「……むしろ?」

「…………。」



 おい、今、何言いかけた?このクソオヤジ。

 こんな危なっかしいもん買えるか!!


 俺は投げやりにこのブローチを棚に戻しかけた。

 だが、何となく名残惜しく感じてしまう。

 本当に買わなくていのかと、迷ってしまったのだ。



「……本当に爆発しないのか?」

「安心せい。そのブローチが体に害を与えるようなことは絶対に無い。これは神に誓ってもよいぞ」


「神に誓って……か」



 正直、アレな神話を知っている俺からすると、神に誓われても胡散臭さが増すばかり。

 だが、一般的に神に誓うというのは最上位の信用の言葉だと、本で読んだ事がある。


 これ、買おうかな……。



「本当に害はないんだな?」

「体に害は及ぼさん。ほれ、買うのか?買わんのか?」


「…………。買う」

「ほほほ、それでよい」



 まぁ、騙されている気がするが、結局、損したとしても10万エドロ程度だ。

 鳶色鳥を捕まえる事が出来たら40万エドロが手に入る訳で、帳消しにできる。


 それに、何となく、このブローチはリリンに似合いそうな気がする。

 大きさ的にあまり大きくないし、服のワンポイントとして丁度良さそうだしな。



「じゃあ、会計してくれ」

「ふむ、では続いてこちらの商品もどうだ?」


「いらん。」

「見る前に言うでない。ほれ、この指輪じゃ」



 ……。いらんって言ってるのに押し売りが始まったんだが?

 なんとなく読めたが、コイツ、俺から身ぐるみ全部剥がそうとしてるだろ。


 ちっ。めっちゃ丁寧な箱が出てきやがった。

 早く会計をしろと言える雰囲気じゃなくなっていく。



「この指輪はの、神が欲しがったといわれる一対のペア指輪じゃ。すごいんじゃぞ?」

「だがしかーし、俺の手持ちは16万エドロ。どんなもん出されても買えんもんは買えん」


「それっぽっちしかないのか。まぁ、よいわ。ブローチとセットで16万で良い」

「は?意味が分からんだろ?神が欲したっていうなら、そこのガラク……。商品よりも高いはずだ」


「それがな。この指輪の中の魔導規律陣は何が書かれているのかさっぱり読めんでな。効果が確かめようがないから売るに売れんのだ」

「そんな地雷案件、欲しがるとでも?」



 よく分からんもんを売り付けようとすんな。

 魔王だってもうちょっとマシなもんを用意するぞ。

 

 だけど、ブローチに負けず劣らず、というか、ブローチよりも輝いてるなぁ……。

 見ている分には非常に心をくすぐられる。

 危険を感じつつも、つい手にとってしまうような魅力があるのだ。



「いらんか?」

「…………。13万エドロなら、買っても良い」


「……15万じゃ」

「14万」


「14万5千」

「……。税抜きにしてくれ」


「ちっ。しかたがないのう。それでいいわ」



 よっし、値切り成功!

 実質4万5千エドロ、随分と得した気分だぜ!!


 なんだかんだ、この輝きが放つ魅力には逆らえなかった。

 ほら、プレゼントを2つ用意した方が喜んで貰えるかもしれないしな?

 胡散臭かろうと、自分の価値観を信じることにする。



「まいどあり」

「はっ、毎度はねぇと思うぜ」



 そして直ぐに会計を済ませ、この怪しげな店を後にする。

 もう手持ちもないので何も買えないし、たとえ有ったとしても買う気もない。

 だが、何となく掘り出し物を買えた気がしてテンションが上がってくる。


 そう思いつつも、決して安心はできない。

 高いものを見せつけておいて、そこそこの値段の粗悪品を売り付ける詐欺もあるらしいからな。


 願わくばリリンに喜んでもらえるよう祈りつつ、帰路に着く。

 途中、町の入口の近くを通った時、ふと、鳶色鳥の事が気になった。

 外に逃げ出してしまった以上、捕獲は絶望的だろうが、もしかしたらという可能性もある。


 どうするかは、プレゼントを渡した後でゆっくり考えよう。



 **********



「ぐるぐるげっげー!!」

「……何この子?鳥を捕まえてきてなんて、私言ってないよ?」



 深く茂る森の中、木々に混じる三人の人影。

 中心に立つのは純黒の髪を揺らしながら、地味さを極めた鳥を抱く少女。

 その眼前には、図体のでかい粗暴な男がひれ伏している。



「その鳥は、たまたま見かけたので捕まえてきたと部下が。結構珍しいってんで有名だそうです」

「ふーん、そうなんだ。……美味しいの?」


「……え?」

「え?」


「いやだから、美味しいのかなって」

「……。貴族が飼う観賞用なので、美味しくはないかと」


「美味しくないんだ。……じゃいらない。キャッチ!アンド!リリース!!」



 そして少女は、鳶色鳥を空に向かって放り投げた。

 鳶色鳥は空中でジタバタもがいた後、地面に降り立ち、猛スピードで茂みの中に消えていく。



「あ、もったいない……」

「え?」



 つい口に出した粗暴な男と、意味が分からず首をかしげる少女。

 そして、少女に横に立つ修道服を着た女が、足りていなかった補足説明をする。



「シスターファントム。鳶色鳥は所得の高い貴族がこぞって欲しがります。闇市場に流せばそれなりの値段で取引ができたでしょう」

「どのくらいの値段なの?」


「シスターファントムのお小遣い、1年分くらいでしょうか」

「…………。うわーん!先に言ってよぉ!!!」



 そして少女も茂みの中に消えた。

 だが、一度走り出した鳶色鳥にバッファの魔法無しで追い付けるはずもなく。

 30分後、戻ってた少女の目尻には涙をぬぐった跡が有った。

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