第138話「わんぱく触れ合いコーナー!(示威)⑦」
……カチリ。
風で靡いた俺の服が擦れた音、それが開戦の合図だった。
「ウオォォォォォォオンッ!!」
戦いの初手に放たれたラグナガルムの遠吠え、これは回避不能の全体物理攻撃。
巨大な喉から発せられたこの音は、物質が崩壊する固有振動数を複数内蔵している超音波だ。
破壊値数を見て確認すると……、狙われた物質は『金属化合物』『タンパク質』『血液』の三種。
これらの物質がラグナの遠吠えに触れた瞬間、分子の結合が緩んで崩壊し、下位の物質へ置き変わる。
つまり、人間が遠吠えを防御無しで受けた場合、『布』や『プラスチック』などの衣服素材、人体を構成する肉と血液以外の物質、それと分解された粉末状の粒子へと分けられる。
だが、音を介した攻撃は簡単に対処できる。
「《空間破壊》」
空気の伝播は一瞬で、複数回行われるものではない。
ならば、音が俺を過ぎ去る瞬間、身体の周囲を真空状態にしてしまえば攻撃が伝わってくる事はない。
グラムで空を斬って防御し、大地を踏みしめて走り出す。
音なんかよりも、ずっと速く。
瞬きですら、致命的な隙になる程に。
「《速度破壊》」
ついさっきまで立っていた場所を遥か後方へ置き去り、そして、目の前に聳え立つ黒銀の毛皮へ刃を向ける。
一般の冒険者では転移魔法と見間違ってしまう亜光速移動。
超越者でもこの領域に辿りつけるものは一握り、だが、皇種にとっては出来て当たり前の、児戯だ。
「《重圧崩壊切》」
だからこそ俺は、速度限界に加え、惑星が持つ重力すらも破壊する。
二重の楔から解き放たれたグラムは光とほぼ同等の速度で進む、故に、視認してからの回避は不可能だ。
「まぁまぁ速い。だが、我に触れるにしては研鑽が足りぬ」
……三回。
そう、三回だ。
相手は皇種、例え視認できなくとも、直感で回避する可能性がある。
だから俺は、三回のフェイントを入れ、四度目の刃でラグナガルムの首筋を狙った。
だが、四度目の剣閃が斬ったのも、空気だった。
「回避、しやがったかッ!!」
「当たり前だろう。その剣で斬られれば、我は死ぬのだから」
言葉だけで考えるならば、俺が有利だ。
一撃でもダメージを与えれば、グラムの絶対破壊が確実に命を狩り取るという確証を得たからな。
だが、そんなものは何の意味も無い。
余裕の上に愉悦を塗り重ねたようなラグナガルムの表情、それこそが、俺達の力量差を表す真の戦況だ。
「後攻狼々、我が満月狼は後手を好む」
「ちっ、随分と余裕がありそうだな」
「あるとも、人間。我が前に立つお前は格上の皇では無いのだ、何を焦る事がある?」
なおのこと余裕を見せびらかすように、ラグナガルムは俺から距離を取った。
これは、逃げたんじゃねぇな。
腰を落とした姿勢で剣を振り抜いた直後の俺。
後ろ脚に重心を掛け、いつでも飛びかかれる姿勢だったラグナガルム。
不利だったのは、俺の方だ。
「……舐めやがって」
ふつふつと湧き立つ怒りに、冷静さを混ぜ込んで。
温まってきた体に絶対破壊の魔力を流す。
「《質量衝打》」
肉体に宿る重量、その法則性を破壊。
軽くするだけではない。
前に進む時は軽く、大地を踏み込むときは重く。
振り子の様に変動する重量から生み出される移動エネルギーは、攻撃の速度と威力を段違いに引き上げる。
「おぉ、ユルドルードに似てきたな」
「《絶対破断加……!》」
「だが、まだまだ届かぬ。我と奴、どちらにもだ」
……攻撃が、当たらない。
何度、剣を振ろうとも、その全てが余裕を持って回避されている。
ほぼ光速、この世界の移動速度限界値に近い攻撃なのに、だ。
魔法という神が定めし理は、日常生活で起こる現象よりも性能が低くなるように設定されている。
光系統の攻撃魔法を例にすると分かり易い。
雷は光の集合体であり、移動速度は光速だ。
だから、魔法を見る=目に着弾となっていないとおかしい。
だが、ランクの低い雷魔法なら見てから回避できる。
これは、ランクが低くなればなるほど、世界に設定された光の概念よりも劣ってゆくから。
目が視認しているのは物質がそこにあるという光の概念、一方、攻撃魔法が発する光は、それよりも移動速度やエネルギー値が低くなっている。
そして……、俺が振るうグラムの速度は、光の概念に近い。
なにせ、幾つもの神の理を破壊して生み出した速度だ、攻撃魔法と同等であるはずが無い。
それなのに、ラグナガルムは余裕で回避している。
「何で、当たらない?見てからの回避はできねぇはず……」
「お前の姿など見ておらんよ。未来そのものを予知しておるのだ」
未来予知、だと……?
そんな話があるか。
それが出来るのなら、絶対に攻撃が当たらない。
事実上の無敵だぞ、馬鹿馬鹿しい。
だが、空振ったグラムがそれを肯定する。
幾度となく、意味も無く、ただ空を斬り捨て、闇雲に。
何度でも何度でも、当たるまで繰り返すしかない。
そうすれば、いつか……、
晒してしまった隙は、一瞬だった。
カリっ。
……と、俺の首の骨が軋んだ。
「かっ……!?、ガガァ!!ガフッ……、こぷっ」
喉から漏れ出る、ぬめりとした水音。
熱く煮える血液が、歯型が付いた上半身から滴り落ちる。
齧じった、ってのか……?
俺の攻撃を掻い潜った上で、一瞬の隙を見逃さずに。
「約束どおり、初撃では殺さないでやったぞ。感謝しろ」
「《身……体破壊》」
確かに意識はある。
手加減されたんだろうが、グラムの刀身でガードもしているから、どっちみち致命傷にはならなかった筈だ。
だが、噛み捨てられた勢いで大地に激突すれば、全身から血が噴き出して死ぬ。
身体に破壊のエネルギーを巡らせ、傷口を破壊。
無理やり血の流れを止め、改めて、ラグナガルムと対峙する。
「がふっ、かっ……ぺっ。未来予知、か。それがお前の権能なのか?」
皇種には権能という超状の力がある。
何がなんだかさっぱり分からんタヌキの権能は置いておくとして……、ギンの権能なんかは、時間の概念を操作するという非常に分かり易いチートだ。
そして、皇種であるラグナガルムも権能を持っている。
実際に未来を予知されているのなら、これがコイツの権能のはずだ。
「くはっはっは……、違う」
「違う、だと?」
「我が見ている未来予測は、身体能力を駆使した純然たる技術の賜物。一定以上の皇種ならば誰だってやっている」
「な、に……?」
「仮にも蟲量大数様を倒すと吠えるのならば、覚えておかなければならぬ事だ。むしろ、なぜ出来ん?」
そうだな。
あぁ、確かにそうだ。
ヴィクティムどころか、その配下の王蟲兵ですら、攻撃が当たらないのが標準だった。
ラグナガルムがやっているのは、皇種として強化された五感を使った高い精度の未来予測。
攻撃の瞬間だけ光速を超えても、無意味。
俺がここに存在するというだけで、汗や吐息が放つ匂い、骨や筋肉が出す音、剣士としての予備動作……、ラグナガルムはそういった情報から未来を読み、先手を打っている。
「そんな当たり前の礼儀を偉そうに語るな、ダゾッ!!」
「くはは!子供には耳が痛い話だったか?」
「うるせー!!もうできる、ゾッ!!」
……礼儀か。
そうだよな、この程度、出来て当たり前のマナーだったよな。
ズレていた認識を目のあたりにして、鳥肌が立つ。
忘れていた光景。
これこそが、俺がグラムを振るってきた世界だ。
「全長8mの巨体でありながら速度は俺と同等。さらに未来を予測できて、特殊能力まで隠している。……上等じゃねぇか」
戦いに乱入してきたベアトリクスは、茫然としている俺を狙わなかった。
手傷を負い、意識散漫で隙を晒しているのにも関わらずだ。
『スパーリングを付けてやるゾ!』
付けてやる。上からの物言い。
害敵として認識されていない現状を、俺は壊さなければならない。
「親父も、アプリコットさんも、あの子もいない」
「ダァァァゾォォ!!」
「おぉ、怖い怖い。尻尾が逆立ってしまいそうだ」
「昔みてぇに仲間に任せることはできない。一人だろうがなんだろうが、勝たなくちゃいけない時が今なんだ」
カチリ。と擦れた服の音。
それで意識を切り替えて、二匹の皇種の動きを見る。
……未だにどっちも、本気じゃねぇな?
いいぜ、なら最初に俺が本気になってやる。
お前らの余裕ぶったその顔を壊す為に、まずは、俺の論理感をブッ壊す。
観客がいるとか、巻き込まれたら大変とか、関係ねぇ。
そっちはそっちで何とかしろ、テトラフィーア。
癖の強いメンバーだが、上手く指揮を取ってくれ。
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「テトラちゃん、やっべぇでありますぅぅぅッッ!!」
「落ち着きなさい、アリア。それで、慌てた所で何か打つ手がありまして?」
「無いでありますよっ!!こんな即死攻撃の連発、防げているだけで奇跡でありますのでっ!!」
阿鼻叫喚に騒ぐ観客席の殆どは、派手な攻撃を見て興奮している冒険者だ。
自分では扱えない高い威力の攻撃、見知らぬ魔法、純然たる戦いの技術。
それらが織り混じっているが故の興奮、そこに、命の危険は含まれていない。
死んだとしても生き還る。
それを体験している冒険者達は、戦いに巻き込まれても死ぬとは思っていない。
だが、魔力を肌で感じ取れるナインアリアは違う。
神壊戦刃・グラム。
神の理の破壊を目的に造られたこの剣ならば、サチナが作った結界ですらも容易に破壊する。
「自分らの魔法じゃ強度が足りていないでありますっ!!ちょっとでも突破されたら、瞬殺でありますのでっ!!」
「なるほど、皇種の戦闘ともなれば、小競り合いですらこの規模になると」
「小競り合い!?これがでありますか!?!?秒で爆発でありますがッ!?」
「えぇ、ベアトリクスやラグナガルムの声には余裕がある。まだまだ手札を隠していますわね」
「じゃあお終いでありますよっ!?自分死んじゃうであります!?意気っていたから、罰が当たったでありますぅ!?」
「では、それを指示した私にはもっと大きな罰が当たりますわね。どう思いますか?」
テトラフィーアが視線を向けた先にある階段から、三人分の足跡が響く。
そこに投げかけられた言葉には、自分の声が届いているという確信が含まれている。
「にゃはは、問題ない!だって次代の英雄に最も近い剣士、澪騎士ゼットゼロ様がいるからね!!」
「やめろ。精神攻撃をしてくるんじゃない」
陽気に笑う茶髪の女性と、眉間にしわを寄せて苦笑する女性。
そして、その横には朗らかに笑う老爺が一人。
「ほっほっほ、こうも見目麗しい女性ばかりが揃っているなら、枯れた老爺ですら活きり立ってしまうわい!」
「なぁ、ローレライ。展開に付いていけない。帰って良いか?」
「だめー!」
現れた三人の人影。
その内の二人を見てしまったナインアリアは酷く戦慄した。
「こ、こっち側も、やべぇでありますぅぅ……?」
「そんな警戒しなくて良いよ。おねーさんは療養中だから対したこと出来ないし」
「ふぁっ、ま、まったく魔力を感じなかったでありますが、いつの間に自分の隣に……?」
「にしても、こんな面白そうな企画に参加できなくて残念。あーあ、おねーさんって何でこうもタイミングが悪いんだろー?」
不貞腐れたようにわんぱく触れ合いコーナーを眺めているのは……、本物の次代の英雄・ローレライ。
その手には、一枚の賭け札が握られている。
「さぁて、ユニくんは勝てるかなー?にゃははははぁー!!」
ついに始まった VS皇種戦!
身内同士の戦いとはいえ、ラグナガルムもベアトリクスも大概にヤバい戦闘力。
ですので、観客席に被害が出ないよう、特別ゲストに登場して貰いました!
このわんぱく触れ合いコーナーの当初のプロットでは、テトラフィーアとナインアリア、アルファフォートにも戦って貰おうかと思っていました。
……ドラピエクロ辺りを相手に。
強制レベル上げというテトラフィーアの優しさを、阿鼻叫喚で受け止めるアルファフォート。
流石にそれをするとこんにゃく引きこもり姫が爆誕しそうなので、没となりました!




