第134話「わんぱく触れ合いコーナー!(示威)⑤」
「しゅろろ……」
ザリザリと空間を引っ掻きながら、何処からともなく花ちゃんの息遣いが響いてくる。
視界一面、黒、黒、黒。
光沢のある黒蛇鱗で埋め尽くされた空間で、ふぅ、と俺も息を吐く。
「後に控えている奴が奴なんでな。お前と戦って昔の勘を取り戻したい」
「……」
「せめて準備運動ぐらいはさせてくれよ、へび」
「しゅるしゅる……、しゅっ、」
俺が放った安い挑発、こんなもんは意味の無いハッタリだ。
なんとなく花ちゃんのやる気が低そうだったから、言ってみただけ。
ただ……、戦闘感を取り戻さないまま、2匹の皇種と戦うのは避けたいってのが本音だ。
ベアトリクスもラグナガルムも、一族を統べる皇。
それを相手にするという事は、その種族全てを同時に敵に回すに等しい。
なにせ、皇種は配下が持つ能力を発揮できるというチートな特殊能力が標準で備わっている。
そして、花ちゃんが持っている能力は、どれだけ鍛えられていたとしても個体の力。
一方、花ちゃんと同じような実力を持つ配下の力でさえも、ベアトリクスやラグナガルムは使用できる。
だからこそ……、万全の状態でブチギレているコイツ程度を倒せなくちゃ、俺に勝ちはねぇって事だッ!!
「しゅるるるるる……、《斬刃孔》」
不規則に並んでいた転移ゲート、そのいくつかが上下一対の配置となった。
そして、その間をピンと張った花ちゃんの胴が電動糸のこぎりみたいに駆動を始める。
僅かにでも触れば肉ごと巻き込まれて、ミンチ確定。
だが、そんな固定された危険物に触れる訳ないだ――!
「《虚芒棲》」
「っ!《重力破壊刃ッ!!》」
思いっきり前に叩きつけたグラムの先で、黒蛇鱗から火花が吹きだす。
腕に返ってきた連続する衝撃は凄まじい。
絶対破壊不可があるグラムだから耐えられているが、これがじいちゃんに貰った剣だったら2秒も経たずに砂塵にされるほどだ。
安全圏に居たはずが一転、俺の周囲に逆巻く黒蛇鱗の柱が並んでいる。
神殺しを持つ俺に気付かれずに転移させるのは至難の技、だとすると……、俺以外の周囲全ての空間を転移させたのか!?
「器用なことするじゃねぇか。だがな……、《魔力破壊!》」
このまま黒蛇鱗にグラムを接触させていても、与えるダメージは乏しい。
肉体と切り離されている鱗をいくら破壊しても、花ちゃん本体は無傷のままだ。
だからこそ、俺が狙うのは肉体を出入りさせている魔法陣。
物凄い勢いで転移陣の中を移動する身体、それが突然、通れなくなったら……、一体どうなるんだろうな?
「しゅろろろろろろーーッッ!?」
「ははっ!大渋滞になっちまったなぁ!!」
一個体が高速移動しているが故の弊害。
一か所でも詰まっちまったら、全体が動きを止めるしかない。
物凄い勢いで湧き出してくる花ちゃんの胴を踏みつけて足場にし、一気に別の転移陣を破壊しに行く。
「《速度破壊》」
一つ転移陣を破壊するごとに、花ちゃんの動きが鈍くなっていく。
その代わり、行き場を失った黒蛇鱗が周囲を埋め尽くしているが……、吹き飛ばしちまえば問題ない。
「《重圧崩壊切》」
手当たり次第にグラムを振るい、衝突させた黒蛇鱗に重力を付与。
その時のぶつかった衝撃と、刀身と反発する斥力、その二つの力で花ちゃんの胴を四方へと吹き飛ばす。
地上に咲いた漆黒の花火。
黒蛇鱗で出来た集中線の中心、一つの転移陣に狙いを定める。
「よう、やっと頭が隠れている転移陣を見つけたぜ」
「……。」
「大したこと出来ないまま負けるのは嫌だろ?出てこい」
真横に一閃したグラムによって両断された転移陣、それが瞼の様に開き……、中に隠れていた凶悪な顔が姿を現した。
ヘビにとっての頭は致命に至る弱点であり、それと同時に、最大の武器でもある。
あらゆる性能が頭に集約されていると言っても良い。
なにせ、頭に近ければ近い程、相手に反応するのが速くなる。
それに……、お前、なにか企んでやがるな?
「なんか随分と涼しくなってきたな、花ちゃん?」
「しゅろろろ……」
「まだ日も高いっつぅのに、地面が凍り始めてる。……へぇ、面白いアンチバッファだ」
隠した頭で何をしてるのかと思ったら……、なるほど、時間を掛けただけあって見事なもんだ。
これは勝利への布石、なんて温いもんじゃない。
このわんぱく触れ合いコーナーそのものが、俺を殺す為の処刑道具と化している。
「もともと黒締嵐蛇は空気を操るヘビだもんな。気圧操作は得意ってか?」
「しゅる……」
「少しずつ外気を足して違和感を消し、悟られないように準備を進める。で、一気にズドン。まず並大抵の生物じゃ即死だし、耐えたとしても、身体に掛る負荷は尋常じゃない」
「しゅる、しゅる、しゅるしゅるしゅるしゅしゅしゅしゅしゅ……、《液凍無》」
ぐぱり。とヘビが口を開けたように。
花ちゃんの頭上に出現した無数の転移陣、そこから圧縮されていた空気が一気に地面へ叩きつけられる。
パキパキパキと世界が凍っていくのは、急激に大気圧が高まったせい。
体感でだいたい9倍の大気圧。
そんな凄まじい負荷が掛った体は硬直し、意識は途絶え、やがて血液すらも廻らなくなる。
「そんで、自分の周りは普通の空気とか、ちゃっかりしてるぜ」
「……?」
「だが、俺まで普通に喋ってるのはおかしいよな?《空間破壊》」
もはや、グラムを振るうまでも無い。
刀身に接触している空気へ直接、破壊のエネルギーを流し込む。
「俺が持っているは神の定めし理を破壊する剣。さっきみてぇな森羅万象操作とは、すこぶる相性がいいんだぜ」
「……」
「で、それがお前の底か?」
「……かぱぁ」
「違うっぽいな。じゃ、それも見せてみろ!」
暴風で作った盾に、古い鱗で作った鎧。
複数の転移陣を駆使して手数を増やし、これらで稼いだ時間を使い、自分が有利になる即死フィールドを作る。
そしてそれは、鍛えられた肉体を十全に振るう為のもの。
ボゥッっと空が弾け、大質量が天から降り注ぐ。
これは全身が筋肉の塊である蛇の基本的な動き、膂力と重量と速度を掛け合わせた突撃。
それは単純無慈悲な――、暴力。
「一撃で地表を消し飛ばすか。こりゃ、後でサチナに怒られそう」
「《振屠雷》」
空気抵抗を破壊して飛びあがり、緊急回避。
そうして空から見下ろした先にあるのは巻き上げられた噴煙、その中で花ちゃんが高速で駆け廻っている。
その体に付随しているのは、摩擦によって発生した自然雷だ。
闇雲に動いていると見せかけて、花ちゃんは俺の位置を既に把握している。
その証拠に、膂力と転移陣を駆使して速度を上げ……、放たれた矢のように一直線に俺へ飛びかかってくる。
「今度は弓矢の真似ごとか。だが、ワルトの方が鋭いぜ!」
真正面から向かって来た花ちゃん、その鼻先に向けてグラムを振りかぶる。
あっちも良い感じだし、そろそろ纏めに入らねぇとな。
観客に飽きられでもしたら目も当てられないし。
「アカム、よく見とけ!これがお前が憧れた英雄だ!!」
浅く、浅く、斬る。
向かってくる質量、それを少しずつ千切っていくように。
踏みしめた空から一歩も動かずに、振り上げられた暴力を裁き切る。
無数に付けた切り傷が穿っているのは、蛇特有の熱源感知。
ここを潰されちゃ、死角を含めたフィールド全体を探ることができなくなる。
「どうした、花ちゃん。これで終わ――、!」
「しゅかァっ!!《不離苦空ッ!!》」
黒締嵐蛇が持つ最大最強の武器は、身体を纏う暴風でもなければ、鍛えた体でもない。
それは、牙の中に仕込んでいる硫化水素性の毒ガス。
そして、一呼吸で意識が昏倒し、二度目の呼吸で死に至るそれを眷皇種である花ちゃんが強化していないはずが無い。
だからこそ、呼吸という生命の概念を超えていないアカム達では絶対に勝てない。
「知ってんだよ、お前が毒ヘビだってのはなッ!!」
「しゅろ!?」
「《身理破壊!》」
一呼吸で意識が途絶えるというのなら、その呼吸そのものを行わなければいい。
使い方によっては身体に著しい影響が出るこの技は、数々の皇種を色んな意味でブッ壊してきた、英雄親父直伝の喧嘩方法。
「しゅこ!?」
触れれば即死、そんな毒ガスの中を突っ走り、大ぶりにグラムを振りかぶる。
視界は悪く、匂いも追えず、熱源感知も使えない。
さぁ、クライマックスだぜ!!
「そろそろ手詰まりって所か?じゃあ、次は俺の番だ」
「しゃかかっっ!!」
ワザと声に出して位置を特定させ、最後の攻防を演出する。
ふぉぉんと振られた幾つもの胴、それが俺を中心に集約しようとしている。
「《数百千卸散》」
「《空間+抵抗+体積=破壊》
空間破壊により、防御魔法を壊し、
抵抗破壊により、物質そのものが持つ強度を破壊し、
体積破壊により、隔たれられている物質の境界面すらも破壊する。
そうして導き出される破壊は、魔法・物理の両方を貫通しながら続く、連鎖崩壊。
相手がどれだけ巨大だろうが関係ねぇ。
『一個体』が消滅するまで終わらない、正真正銘の絶対破壊。
「《神聖破壊・神すら知らぬ幕引き》」
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「よう、ベアトリクス。勝ったのはお前か」
「ボッコボコにしてやったゾ!」
「……だろうな。で、調子はどうだ?」
「上々なんダゾ!」
花ちゃんを崩壊させた余波を受けたフィールドは、もう、気安く触れ合いコーナーとは呼べない代物となっている。
規則的に引かれていた線は跡方も無く消滅。
平らだった地面は、キングフェニクスの仕込み技によって捲り上げられてボロボ……。
……。
…………。
………………。
ボロボロのロボが転がってるんだが?
「なぁ、聞いていいか?何だあのロボは?」
「アヴァートジグザーが作りやがったゾ!」
だよな。それしかないよな。うん。
ゲロ鳥までタヌキ化し始めたとか、この先、俺はどうすればいいんだ。
「とりあえずぶっ壊れてるみたいだからいいや。さてと……、ラグナ」
「うむ、昔と同じくらいには動けるようになったようだな」
サクサクサクと炭土を踏みしめながら、漆黒の獣が笑う。
その振る舞いは威風堂々、余裕すらも従えているようで。
「昔と同じだと?はっ、お前は美味いもん食い過ぎて鈍ってんじゃねーのか?」
「ほう?」
「今から証明してやるよ、『昔の俺』は成長する前の過去だってな」
長き時を生きた、正真正銘の皇種、ラグナガルム。
あと、能力未知数な成長期の皇種、ベアトリクス。
だが、勝つのは俺だッ!!




