第7話「恩返し」
リリンの話では、この街の中で何度も目撃されているという事は何処かに住処がある可能性が高いらしい。
という事はだ。
住処さえ見つけてしまえば、確実に遭遇出来るわけで。
それならば、本日の辱めは必要なかったって事になるよな。
まったく。今日消費した分の俺のプライドを返して欲しい。ぐるぐるげっげー。
とまぁ、一応腹を立てている風にしつつも、実はそこまで怒って無かったりする。
正直、2時間くらいたった所で鳴き真似をする意味に疑問を持ち始めていた。
それなりに続けていたけれど、後半はテキトーだったしな。
それよりも。
俺はこの状況ならば、ひそかに立てていた計画を実行に移すことが出来ると気が付いたのだ。
それからはもう、鳴き真似なんてそっちのけで頭をフル回転させ計画を練っていく。
まずは準備段階。
ホテルのチェクインをスムーズに済ませた俺達は、今日買った物をさっそく部屋で広げてサイズ合わせやタグ外しなどの内職に励む。
その隙を見計らって俺はリリンに話を切り出した。
「なぁ、リリン。明日は俺一人で鳶色鳥を探すからさ、部屋でゆっくりしていていいぞ」
「……どうして?」
「だって『ホーライ伝説』買ってただろ?楽しみにしていた本ってさ、独りで静かに読みたいよな?」
「う、ユニクはよく分かってる。確かに私は読書を邪魔されるのは好きではない。それがホーライ伝説の新刊ともなれば、場合によっては、殺意がわく」
「殺意がわくッ!?………まぁ、リリンはずっと任務をしていたって話だし、ゆっくり休んでないんじゃないか?」
「そう言えば……最近は読書もすることなく働き詰めだった気がする」
「ほら、だったら好きな本が出た時くらいゆっくり休めよ。地味な聞き込みは俺がやっとくからさ」
「……甘えても良いの?」
なんかリリンが可愛い事を言い出した!!
その、「甘えても良いの?」という言葉は可愛らしい顔立ちからすれば普通に言いそうだが、実際聞いてみると違和感が半端ない。
俺から言いだしたこととはいえ、なんだかむず痒くなってくるな。
だが、ここは計画を進めさせてもらう為にも肯定の返事をする。
「もちろんいいぜ!世話になってるのは俺の方だしな!」
「ならばこうしてはいられない。速くお風呂に入ってホーライ伝説20巻のおさらいをしなければ!!」
リリンはおもむろに立ち上がり、異次元ポケットからお着替えセットを取りだした。
それを小脇に抱え、先にお風呂入ってくるねと湯室の方に歩きだす。
だが、突然動きを止め俺の方に振り返った。
「……ありがと。ユニク」
リリンはそれだけ言うと、そそくさと湯室の中に姿を消す。
一瞬だけ見えた頬は赤く染まっているように見えた。本が楽しみで頬を染めるなんて意外と女子力が高いと思う。
さて、第一段階は無事成功っと。
ここで俺は思考を再び巡らす。
俺がひそかに立てていた計画。それは、リリンにささやかながらもプレゼントを贈り、恩返しをするってことだ。
その為に俺は明日、町中を回ってリリンに贈れるプレゼントを探そうと思っているのだ。
正直、今日リリンに買って貰ったような高価なプレゼントは用意できない。
俺の手持ちは、村に居た頃に作った薪を売っていたという、村長から渡されたお金が16万エドロという具合。
本当は俺一人で稼いだお金でリリンにプレゼントをするのが良いと思っているが、リリンと一緒にいる以上それも中々難しいだろう。
だったら、思い立った時に形にするのが一番だと思う。
それで足りなかったのなら、何度だってすればいいんだからな。
俺の想いは固まり、現実的な計画を煮詰めていく。
リリンが風呂から上がり、俺が風呂に入る番になっても、計画は練り続けるばかりだ。
**********
「……どう?ユニク。似合ってる?」
風呂から上がった俺を出迎えてくれたのは一匹のタヌキ。もとい、タヌキの格好をしたリリンだった。
まぁ、部屋にリリン以外がいた方が驚くけども。
さて、目の前のタヌキリリンが俺に感想を求めてきている。
前身毛むくじゃらのパジャマを身にまとい、ご丁寧に憎ったらしい顔がプリントされたフードまでキッチリ被っていて。
まぁ、可愛らしい顔立ちのリリンと、凶暴極まるタヌキとじゃ似合う訳がない。
結果は火を見るよりも明らか。似合う訳がないのだ。
……。
…………。
………………。
「似合いすぎだろッッ!!」
「そ、そう?」
「まったく違和感がねぇよ!もうホントこれこそがリリン!て感じだよ!!」
「えっ?そんなに似合っているの?」
あぁ、本当に違和感がない。
タヌキパジャマを着たリリンこそが本来のリリンだと言われても納得出来ちゃうレベルだ。
だがしかし、待って欲しい。
どうしてこんなにも似合うのだろうか。
可愛らしい顔立ちのリリンと凶暴なタヌキ。共通点なんてないはずだ。
俺はひそかに自分の心の中で検証を開始した。
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①・通常時の外見
リリンは可愛く、タヌキは怖い。そう結論付けようとして俺はふと思い留まった。
そう言えば子連れのタヌキが見せた表情は、結構可愛かった気がする。
必死にみーみー鳴く子タヌキはもちろんのこと、親タヌキでさえ、和解?してからはほんの少しだけ可愛げがあった。
もしかすると、通常時のタヌキは結構可愛いものなのかもしれない。
一応パジャマの種類に選ばれる位だしな。
②・戦闘時の外見
これは言わずもがな。ひとたび戦闘になったら最早、絶望を振りまく存在へとタヌキは昇華する。
戦闘時のタヌキは怖い。
これはもう比べるまでもないと思った所で俺のトラウマ、恐怖症候群が急激に呼び起こされた。
そう、何を隠そう、リリンの戦闘時も凄まじく恐ろしいのだ。
それこそ、タヌキを簡単に蹂躙してしまう。
戦闘力ではタヌキはリリンの足元にも及ぶことはなく、一方的な殺戮が繰り広げられることだろう。
③・内面的共通点
ここで内面にも目を向けてみよう。
俺は過去に3度、タヌキと対峙している。
そのいずれも、タヌキ相手に翻弄されるばかりだった。
特に酷かったのは2度目の遭遇時だろうか。あきらかに俺に向かって挑発行為を仕掛けてきている。
おのれタヌキの野郎!今度会ったらタダじゃ済まさん!!
それに引き換えリリンはそういう行為は……するな。
うん。ていうか、頻繁に目にしているな。
おっさんこと、ハンズさんをボコッた時とか非常に辛辣な言葉を投げかけていたよな。
あ、あれ……?
考えれば考えるほど、リリンとタヌキの共通点が見えてくる。
も、もしかして、リリンとタヌキは同じ系統の生物なのだろうか。
種族の違いはあれど、生物としての本質がソックリな気がしてならないんだが。
チラリとリリンの方を見てみる。
部屋にあった大きな鏡に姿を映し、くるくると回りながら全身を確認している。
そして、聞き取れないくらいの小さな声で「う"ぎぃー」と鳴いた。
やべぇ、もうタヌキにしか見えない。
俺は呼び起こしてはいけない、禁断の魔獣の封印を解いてしまったというのか……。
「ユニク、ほら、こっちに来て。早く明日に備えて寝よう」
タヌキリリンがベットに座り、手招きをしている。
……おう。
本来ならばこの動作で、俺は内心的に気持ちの昂ぶりを感じているはずなのだ。
だが今日は、まったく何も込み上げてこない。
いくらリリンが可愛くとも、その身を包んでいるのはタヌキの毛皮と言っても良い。
これはある意味成功かもしれない。
これで我慢に失敗し、報復の魔法を受けるといった恐怖から解放されたのだ。
……タヌキと添い寝するという恐怖が新たに誕生したけれども。
俺は当たり障りのない返事をすると、慣れた手つきでベットに潜り込んだ。
なるべくその姿を目にしないように直ぐ様、眼を閉じる。
「…………。」
なんか視線を感じるが、気のせい気のせい。
この部屋には最強の魔導師リリンがいる。早々危険なんて起こらないはずだ。
無理やりに納得し、俺は睡魔に身を任せた。
あ、疲れていたせいもあって、結構、はやく、ねむれ……ぐるぐるげっげー……。
***********
「おはよう、リリン」
「おは、よう……。ん、ユニクは朝、目覚めがいいよね……うらやま……しい」
未だ目覚め切っていないリリン。
そう、この仕草が最も危険な瞬間なのだ。この朝の一瞬しか見ることのできないリリンの隙のある姿。
ただでさえ、年相応よりも幼く見えるのに、言葉切れながらに必死に目をこする姿に何度、我慢の限界を迎えそうになった事か。
だが、今日は全く何も感じない。
いくらリリンの仕草が可愛くとも、頭の上の憎たらしいタヌキの顔が俺を睨みつけてきている。
プラスかマイナスかで言えば、キッチリ中央値。つまり何も感じない”無”だ。
「今日は、町のどこら辺を……探す、の?」
「あぁ、一応最後に目撃情報のあったウリカウ商会らへんからスタートだな。そこから目撃情報の多い方角に向かって進んでみるよ」
「そう。じゃ、気をつけてね。はい。おはようの《第九守護天使》」
そういってリリンは、第九守護天使を掛けてくれた。
これはもう、毎朝の日課になりつつある。
俺はもう第九守護天使を会得しているのだが、リリンが掛けた方が効果時間が長く、耐久値も高い。不思議なもんだ。
そして俺は、昨日購入して貰った鎧を身に纏う。
初めて着るはずの鎧がなぜかとてもしっくりきて、冒険者になった実感を高めてくれた。
「それじゃリリン、行ってくるぜ!」
「うん。健闘を祈ってる」
やっと覚醒してきたリリンから返事をもらい、俺は部屋の扉に手をかけた。
表向きは鳶色鳥を探すため、本当の目的はリリンに贈るプレゼントを探すための冒険が今始まる。
そして、俺一人きりで行う、初めての冒険の扉が、今、開かれた。