第130話「わんぱく触れ合いコーナー!(示威)①」
「ただいまより、わんぱく触れ合いコーナー(示威)を始めます」
「ここから先の戦いは、まさに空前絶後」
「観客席にてご覧になられる皆様の心身にも影響がある場合がございますので、十分にお気を付けくださいませ」
何度か流れた放送も、いよいよ佳境。
観客席へ避難する者、賭け札を購入する者、ジュースとポップコーン片手にワクワクしている者。
それぞれが準備を終え、俺達が戦い出すのを今か今かと待っている。
「テトラフィーアの所に送ったのは俺だが、まさか、こんな返しをされるとはな」
「全くだ。なぜ、皇である我が見せ物の様に扱われなければならぬのだ」
会場のムードはいい感じに温まっていて、中止を言い出せる雰囲気じゃない。
まぁ、今更やめたいなんて言わないけどさ。
これはまさに千載一遇のチャンスって奴だし。
「ラグナ、折角だから俺とお前、どっちが強いのかハッキリさせようぜ」
「我に勝てるつもりでいるのか?」
「おう。一度、頂上を見てるんでな。お前にだって負けやしねぇよ」
ここ最近、イマイチぱっとしない戦績だが……、負けてやるつもりはない。
確かに、ラグナは強い。
長きに渡り種族の長として君臨している皇が弱いはずが無い。
だがな、蟲量大数に比べりゃ、まだまだお前は雑魚の部類。
余裕で勝てるくらいじゃなきゃ、リリンもワルトも守れねぇ。
「ふぅむ、面白い。……が、その資格があるのかと、我は思うぞ?」
「あん?」
「そこの黒締嵐蛇やアルティ、キングフェニクスも中々やるという事だ。我の目線では、お前が一番弱いまである」
したり顔で語られたのは、皇が持つ確かな見識眼。
まぁ、言いたい事は分かる。
ここら辺の実力者ともなると、ほんの些細な要因で勝敗が簡単に逆転するからな。
「暫くは見ていてやろう。その時間を使って、せいぜい数を減らすのだな」
「はっ、皇の余裕って奴か?それが負け犬の遠吠えになるってこと、思い知らせてやるよ」
戦いの形式は5名の超越者による勝ち抜き戦……、ではない。
誰が誰を攻撃しても良い乱戦であり、場合によっては俺VS残りという、魔王のペット大行軍となる可能性すらある。
「ぐるぐるきんぐぅー!」
「お前、調子に乗るのもいい加減にしろダゾ!絶対ボコボコにしてやるんダゾーーッ!!」
で、ここで妙な動きしてる奴が一匹。
明らかにベアトリクスを煽りまくっているキングフェニクス、コイツが主導となってペット大行軍を仕掛けてきそう。
そうさせない為には、策が完了する前に各個撃破が望ましい訳だが……。
「盛り上がってるあっちは放っておいて、俺達も決着を付けちまおうぜ、花ちゃん」
「しゅろろ……」
「あぁ、俺に勝ったら喰いたいもんを喰いたいだけ食わせてやる。普段はリクエストなんて出来ないだろ?」
「しゅろ!?」
「……勝てればだがな!」
それぞれ魔王に飼われているペット共と違い、花ちゃんには戦う理由が無い。
別に俺達と戦わなくても餌は手に入っているし、なんなら、すっげぇ幸せそうな顔で肉を頬張ってた。
だが、提供される餌は生肉系、それかドラゴンに習ってパンやケーキがせいぜいのはず。
ふっ、俺は知ってるんだぜ。花ちゃん。
肉と米という最強の組み合わせの焼肉弁当、それを美味そうに喰らうタヌキを羨ましそうに見てたってのをな!!
「アカム、モモリフ、フランルージュ、今から黒締嵐蛇の倒し方を見せてやる」
「本当に一人で……。はいっ、頑張ってくださいっっ!!」
「負けたら承知しませんからねっっ!!」
「もし負けたら、罰として私達のお願いを聞いて貰いますっっ!!」
おう、そりゃ負けられないな。
無制限のお願いを聞かなくちゃならないとか、背後に立っている魔王基準で考えると恐ろし過ぎるぜ!
ふっ、っと小さく息を吐き、目の前の花ちゃんを見据える。
ゆっくりと、だが、確実に動き出している胴。
空間に造った百を超える転移ゲート、そこへ胴の大半がなだれ込んだ瞬間、戦いの口火が切られた。
「しゃ……、ぱっん」
先手を取ったのは、花ちゃん。
引き戻していた身体を跳躍させ、俺めがけて突撃を繰り出す。
「《空間破壊》」
振り抜いたグラムが捉えているのは、空気。
破壊のエネルギーを空間に伝播させ、周囲もろとも、花ちゃんの頭部破壊を狙う。
だが、こんな単調な攻撃、回避されて当たり前だ。
「しゅ」
ぬるり。っという擬音が付きそうなほど流麗に、花ちゃんは頭を急旋回。
円を描くように逸れた進路、その先にはあるのは転移ゲート。
「逃がさねぇよ《絶対破断加重》」
「こぱっ……」
いくら頭部が進んで行こうとも、胴体が伸びている魔法陣が移動している訳じゃない。
事実上の足場の固定。
これじゃ、普通の黒締嵐蛇の方が手強いまであるぜ?
「良い手ごたえだったが、斬れてねぇな?」
「しゅるるる」
剣を受けた衝撃で吹き飛んだ花ちゃんだが、上手く体を丸めて地面への激突を防いだようだ。
直ぐに転移陣を作りだして尻尾を収納し、そのまま身体を深く埋めていく。
「さっきも思ったが、お前の異常なタフさは何なんだ?」
ゴキゴキと右手に響いた感覚は、明らかに骨が砕けた音だった。
だが、そうなる前の大前提、鱗や肉が切断された場所が見当たらなかった。
瞬時に傷が回復する、そんな能力まであるのか?
「互いに手の内を隠した小技で様子見ってか?華がねぇな」
「……」
「悪いがこれは見せ物なんでな。少しずつテンション上げていくぞ!」
グラムを身体の前で水平に構え、刀身の先に獲物を見る。
衝突しあう視線、どちらともなく、動き出す。
「《速度破壊》」
世界に定められたか速度限界を破壊し、一直線に突き進む。
狙うは首筋よりやや下。
蛇の動きを司る可動軸だ。
胴体を引き戻して獲物に飛びつく蛇特有の動きには、明確な弱点がある。
それは、身体がぶれてしまわないように地面へと力を逃がす接地面。
簡単に言ってしまえば、突撃の最中でも動かない場所がある。
「《重力破壊刃》」
威力よりも速度を重視した剣閃。
それが花ちゃんの鱗に触れた瞬間――、おもいっきり空振った。
「なにっ!?」
狙いは完璧、位置取り的に避けようが無い。
だが空を斬ったグラム、その上下にあるのは転移ゲート。
コイツ、体内に転移ゲートを作って、体を分断しやがったっ!!
「小賢しいことするじゃねぇか。さっき攻撃を受けたのも……っ!」
バランスを崩した俺、その周囲には9つの転移ゲート。
その全てから蛇鱗が押し寄せ、視界全てを埋め尽くす。
数千数万に折り重なった鱗、それらはまさに剣山のようだ。
そんな物騒な体当たりを受けてやるほど、俺は優しい性格じゃねぇ!
「《超重力起動》」
刀身から飛ばした重力特異点。
それが発生させている斥力をグラムと反発させ、花ちゃんの身体を無理やり推し開く。
「《重圧崩……っ!》」
脱出した蛇鱗の坩堝を斬り伏せるべく、身体を反転。
見えている胴体だけで約8m。
全長10mの8割が見えているのなら、大した奇襲は出来やしない。
そんな俺の考えは、蠢いた100を超える魔法陣によって掻き消された。
「なん……っ」
土石流の如く、轟々と。
湧きだし続けるそれらは、わんぱく触れ合いコーナー全体の半分を埋め尽くしても止まらない。
「ふぅむ、やっと本領を出したか、蛇よ」
高みの見物を決め込んでいる狼の解説を聞いて、理解した。
コイツは頭と尻を隠さずに居ることで、逆に、胴体の殆どを隠してやがったってことを。
「頭と尻尾の先端10mのみを露出させ、転移陣でくっ付けてやがったのか」
「しゅろろろ……」
「はっ、随分とデカイ図体だな。こりゃ、ベアトリクスが小言を付けたくなるのも納得だぜ!」
百を超える転移ゲートから出現した花ちゃんの胴体、その見えている部分だけでも優に200mを超えている。
蠢く大地と空。
真っ黒に染まっていく空間。
足の踏み場すらない完全な包囲網、これが花ちゃんの本気か。
「……しゅろろ」
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「まったく、アイツは本当に迷惑な奴ダゾ。これじゃ狭くってしゃーねーんダゾーー!」
「ぐるっぐッ、きんぐぅー!!」
迸る雷光。
その中心に蹴りを撃ちこんだベアトリクスが、忌々しそうに吠えた。
「お前は馬鹿だったヴァジュラコックの代わりに小賢しい策ばかり考えやがったって、先代の皇の記憶にあるゾ」
「ぐる……」
「だが、不思議なんダゾ?その記憶じゃ絶対に前に出て来なかったのに、なんで戦ってるだゾ?」
語り継がれている『崩界鳥・アヴァートジグザー』、その姿は空を覆い隠す巨鳥だとされている。
それもそのはず、なぜなら、身体が小さいアヴァートジグザーが戦場で戦わせるのは磁力で作った分身だからだ。
まだ名前を得る前、一匹の鳶色鳥でしか無かったアヴァートジグザーは、鷹揚に翼を広げ天空を支配する皇の姿に憧れを抱いた。
たまたま見かけたそれは、元より持っていた空への渇望を塗りつぶして上書きし、彼の生涯の目標となったのだ。
いつの日か、この翼で空を。
工夫を凝らし、空を駆けられるようになり、擬似的な翼すらも手に入れた。
だが、自身の翼のみを使って空を飛び、かつて抱いた憧れを同族に抱かせる、そんな目標は成し得ていない。
「見つけてもすぐに逃げるから、捕まえられなくてウザい。それが、オイラ達が抱いているお前の感想なんダゾ」
「きんぐぅ」
「でも、がっかりダゾ。それは作戦だからで、やる時はやる奴だと思っていたのに」
「きん……」
「お前、ヴァジュラコックを見捨てたな、ダゾ」
熊と鳥の縄張り争い、それは、それぞれの生き残りをかけた熾烈な戦いだった。
越冬を前にした時期、冷夏だったが故に食料が少なく、熊族は飢えていた。
連続で行われた皇の交代により統率が乱れ、ここ数年、一部の熊が暴走。
そして、山を下りて人に出会い、その結果、今まで暮らしていた生存圏にまで人間が攻め入る事態になってしまったからだ。
段々と森の奥地へ追われた熊は、やがて、高位生物が住む森に集結。
そこには人間こそ居なかったが、一対一では勝てない強い生物がひしめいている。
そんな熊が持っている数少ない果樹園地帯。
そこを縄張りにして守っているベアトリクスの前に、突如として侵入者が現れた。
「あの日、オイラとブルックマーは足止めを喰らい動けないでいた」
「……。」
「ヴァジュラコックが遠くの空に見えた時はヒヤッとしたゾ。でも、あいつは落とされた」
「……。」
「ユルドルードは優しい奴で、一度は警告をくれる。あの時だってされた筈ダゾ」
「……。」
「なんでヴァジュラコックを止めなかった?いや、もしかしてお前……、オイラやユルドルードとわざと戦わせたのか、ダゾ?」
訝しげに語るベアトリクス、その問い掛けに、アヴァートジグザーは答えなかった。
ただ、彼の黒い瞳は揺れている。




