第6話「鳶色鳥」
「ぐるぐるげっげー」
「ユニク、もっと声を張って」
「ぐるぐるげっっげ―!」
「もうちょい、なめらかに」
「ぐるぐるげっげぇ―!!」
「うん。いい感じ」
俺は今、奇声を挙げている。
そりゃあもう、ガチの奇声だ。周りからの視線が物凄く刺さって非常に痛々しい。
何この羞恥プレイ。
いくら依頼だからとはいえ、これは痛い。痛すぎる!!
チラリとリリンに視線を送ってみる。
もちろん抗議の意味を込めて。
「……どうしたの?ちゃんとやらないと捕まえられないよ」
「………………ぐるぐるげっげぇー。」
だめだ、逃げ出す事は出来ないらしい。
ちくしょう!こんなことなら、こんな依頼受けるんじゃなかった!!
俺は必死に笑いをこらえているリリンを見下ろしながら、自分の過ちについて思い出していた。
*********
「おや、鳶色鳥の依頼をお受けになられるんですね」
「この依頼なら町の中で出来るし簡単そうだって話だからな」
「いえ、この鳥は非常に素早く、他の冒険者の方も捕まえることができませんでした。もちろん失敗しても報酬等は支払われる事はございませんがよろしいですか?」
「大丈夫だ。俺達の足なら追い付けるらしいからな」
受付の人はまるで俺には無理だというようなニュアンスで話を進めてくる。
一応リリンの話では飛行脚を扱えるのなら問題ないらしい。
まぁ、俺のレベルは8000を超えた程度で、冒険者の平均に至っていないのだから仕方がないか。
俺は適当にカッコつけた事を言いながら強引に話を進めた。
「流石はランク4の魔導師の従者ということですか。では細かい達成条件の確認をさせていただきます。依頼書の右下をご覧ください」
「どれどれ……?ここに細かい規約が書いてあるんだな」
「そうでございます。そして、この依頼は生け捕りオンリーとなっており、死なせてしまう事はもちろん論外ですが、怪我を負わせてしまっても、それに準じた金額が報奨金から差し引かれる事になります」
「分かった。ペットって話だもんな。可能な限り無傷で捕まえるよ」
「それではご健闘を期待しております」
こうして無事に依頼の受注を済ませた俺達は、さっそくその鳶色鳥の捜索を始めようとした。
だけど、よく考えてみたら俺はその鳥の事をよく知らない。
一応ペットって事だし、可愛い感じの小鳥とかなのか?
分からない事は聞くに限る。教えて、リリン先生ー!!
「リリン。鳶色鳥ってどんな鳥だ?」
「茶色い鳥で、丸っこいボール見たいな胴体に頭と足が生えてる」
「ダチョウみたいな感じ?」
「ん、そうそう。似てるかも。胴のサイズは25センチくらいだと思う。そう言えば、さっきイラストを貰ったはず……はい、これが鳶色鳥」
リリンから手渡された紙には、鳶色鳥らしき鳥のイラストが鮮明に書かれていた。
その姿は、とても観賞用とは思えない質素なもの。
茶色い体に細い脚と、何の飾り気のない頭が生えている。
普通、こういうのって綺麗な羽や尾が有ったりするもんだが、コイツは色合いに乏しい茶色一色。
俺は抱いた感想を素直にリリンに伝えた。
「……すごく地味なんだけど。こんなのを飼う奴なんているのか?」
「それが実は、貴族の中で大流行している。地味な外見から面白い鳴き声で鳴くと一部の愛鳥家から広まり、この鳥を飼う事が一種のステイタスになっているとか」
「嘘だろ?こんなのが?」
「信じられないホントの話。レジェの王宮にもいた気がするし」
へぇ、貴族なんてのは良く知らないが、モノ好きってのはいるもんだな。
それこそ、派手さで比べたらタヌキに軍配が上がるだろう地味さ。
なにが良いんだろうかと思い直したところで、リリンが言っていた一言が気になってくる。
コイツは面白い鳴き声で鳴き、それがウケテいるというのだ。
「どんな鳴き声だ?ニワトリみたいな感じか?」
「ううん。全然違う」
「じゃぁどんなのだ?」
「…………『ぐるぐるげっげー』」
「は?」
「だから、鳶色鳥は『ぐるぐるげっげー』と鳴く」
「……なんだそれッ!? 想像してたのよりずいぶん汚ぇ鳴き声なんだけどッ!?」
「そう、それが面白いと評判らしい」
ぐるぐるげっげー?そんな奇声を発する鳥とか、いよいよ要らないだろ!
普通、鳴き声とか聞いて癒されるのに、まったく癒されない。
あら?鳶色鳥が鳴いていますわ。風流ですね!とか絶対にならないし。
「さて、ユニク。鳴き声の練習……しよ?」
「は?」
「は?と言いたくなるのも分かるけど、こればっかりはしょうがない。練習あるのみ!」
「ちょっと待って!どうしてそんな奇声の練習をしなくちゃならないんだ?」
「鳶色鳥は同じ仲間の所に集まる傾向がある。なので、捕獲の際には鳴きマネをしておびき出すのが一般的」
「……俺にそれをやれと?」
「うん。ほらユニクも一緒に『ぐるぐるげっげ―!』」
「……ぐるぐるげっげ―」
「結構上手。ほらもう一度」
「ぐるぐるげっげーー」
「すごい。ユニクは天才かも知れない」
待てリリン。鳶色鳥の鳴き真似の天才ってどういう事だ?そんな才能欲しくないんだが。
というか適当な事言ってるだろ。
いつもの平均的な顔の奥に秘められた感情を俺は見逃していないぞ!
さっきから笑いをこらえているのは分かっているんだからな!!
「なぁ、ホントにこの鳴き真似を街中でやるのか?」
「それが手っ取り早い。きっとユニクならやり遂げると信じてる。鳶色鳥も直ぐに現れてくれるに……違いない。ふふ」
おい。笑い声が漏れてるぞ。
つーか、冒険者の人がこの依頼を長く続けない理由が今分かった気がする。
おそらく、この羞恥プレイに耐えかねて、精神が持たないのだ。
大の大人が「ぐるぐるげっげー」と言いながら町を練り歩く。事情を知らない人から見たら変態そのものである。
というかリリンはこの事を知ってて黙ってたな。
きっと俺の体も有る程度鍛えたし、次は精神面を鍛えようとしているのかもしれない。
俺はこの試練を無事に、というか正常な精神で乗り切る事が出来るのだろうか?
**********
「ぐるぐるげっげーぇぇぇ。」
「ユニク。今日は諦めてもう帰ろう。ホテル『月明かりの虜 』に行って癒されよう。ね?」
「げるげるげっげー」
「もはや鳴き声すら間違っている。事態は一刻を争うかもしれない」
俺は疲れ切っていた。
そりゃそうだろう。街中を奇声を発しながらずっと歩きまわるのは予想以上に体力を消費する作業だったのだ。
しかも、
「ママ―みて!あのお兄ちゃん、変な声で鳴いてるよ!悲しい事があったのかな?」
「こら、ああゆう人に近づいてはいけません!指も指しちゃいけません!」
と、このように親子で散歩していた子供に指をさされ、親には不審者認定もされている。
悲しい事なら現在進行形だよ。はは。
そして、こんな悲しい思いをしながらも、成果は一かけらもなかったのだ。
姿を見る事はおろか、今日も昨日も目撃されていないという。
一番最近の目撃情報でも一昨日が一番新しく、どこかに隠れてしまっているのかもしれないとのことだった。
「ほらユニク。ホテルについたよ」
「ぐるげるげるげ……もういいのか?もう、鳴き真似しなくてもいいのか?」
「……今日の所は。まぁ、鳴き真似しなくても聞き込みとかで、ねぐらを探し出せば良い話だし」
「それを早く言ってくれよッ!!」