第5話「初めての依頼」
「お!あれが不安定機構の建屋か。アルテロのとはずいぶん違うんだな」
「アルテロのは比較的大きかったけど、ここのは平均的。どの街に行ってもこのくらいが多いよ」
あれからホクホク顔で書店を後にし、俺の提案で不安定機構を覗いてみることとなった。
リリンの話だと、ホテルの斡旋などもしてくれるらしく、もともと予定には入っていたそうだ。
そして、大通りを道沿いに進む事10分弱。
2階建ての黒い洋館といった雰囲気のこの建物が、この町の不安定機構支部らしい。
リリンは慣れた手つきでドアを開け中に入っていく。
俺も後に続いて入ると、直ぐそこに開けた部屋。作りはアルテロ支部と同じらしく、広い部屋にいくつもの受付が見える。
その中の相談窓口と書かれていた場所へ迷いなくリリンは進み、受付の人に話しかけた。
「こんにちわ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ホテルを一室借りたい。二人で一室、ダブルの部屋で」
「かしこまりました。現在空いているのは『月明かりの虜』か『黎明の光』のどちらかですね。何か他にご希望がございますか?」
「ご飯がおいしい所が良い」
「はい。ご料理の品揃えが多いのは、『月明かりの虜』ですね。こちらが紹介状になります」
「ありがと。それと、緊急の任務などはない?私は高位だから大体の事は出来る」
「え?……あ。……失礼いたしました。鈴令の魔導師様ですね。お噂はかねがね聞いております」
リリンが冒険者カードを提示しながら緊急の任務がないかと聞いていた。
この間も三頭熊が出たばかりだし、気を利かせての事だろう。
それに引き換えこの受付の人は、不慣れな感じがぬぐえない。
リリンが名乗ったら、まったく予想していなかったみたいな反応をしている。たぶんレベルを見ていなかったのだろう。
「えぇと、緊急の任務は今はございません。基本的な狩猟任務でしたら壁に張り出してありますので、そちらをご覧ください」
「そう。壁の方見てみよう、ユニク」
「おう、どんなもんがあるのかなーと」
俺達が掲示板の方に行くと結構な人だかり。
こんなにいるの?と呟いたら、アルテロの山が入山禁止になっていたせいもあるとリリンが答えてくれた。
三頭熊が出没してからアルテロの山は規制が敷かれていた。
当然、アルテロで稼いでいた冒険者は散り散りになり、このセカンダルフォートにもやってきているようだ。
そして簡単な任務はどれも取り合いで、残っているのは結構な難易度のばかりらしい。前の男がションボリしている。
レベル18182なそこそこの冒険者なのに手に負えないとか、どんな任務だよ。
ちょっと背伸びをして、掲示板を覗いてみた。
『ウロナマズの討伐』
シンリの森にて巨大ナマズの目撃情報あり。
学術的標本の為、出来るだけ傷の少ない状態で捕獲を依頼したい。
※なお、人肉も喜んで食べると思われるので注意されたし。目標のレベルは35000前後。
達成賞金・200万エドロ~
『幻想ドラゴラ草の入手』
ドラゴンが住む地にだけ生えると言われている薬草の入手。
乾燥品ではなく、生の物のみ可。
群生地はここから100kmくらい北の山。ドラゴンはもとより、三頭熊や破滅鹿なども出るので注意されたし。
達成賞金・ひと株当たり20万エドロ~。30株まで
『鳶色鳥の捕獲』
逃げ出した鳶色鳥を探しています。
2週間も前ですが、どうやら目撃情報があるので町の中に居るらしいのです。
非常にすばしっこいのですが、どうにか捕獲してはいただけませんでしょうか?
※本当に素早いです。時速100キロは簡単に出します。
達成賞金・40万エドロ~
……なんだこれ。
ちょいちょい危険な言葉が見え隠れしている。
特に『人肉も喜んで食べる』とか、三頭熊と肩を並べて書かれている『破滅鹿』とかが特に危険を放っているな。
ちなみにリリンはランク2の熟練冒険者が15人いてやっと三頭熊と同等に戦えると言っていた気がする。
そして俺の前には、ランク2を超える冒険者は一人も居ない。
どう考えても無理ってもんだろう。
さて、この三つの中では一番危険が少なさそうなのは鳶色鳥の捕獲か。
一応町の中に居るようだし、危険な野生動物と会う事もない。
なんで皆、受けないんだろうか。
「リリン、この依頼見てどう思う?」
「ん。上二つはあまりおススメできない」
「一応理由を聞いても良いか?」
「ウロナマズは水系の魔法を得意としている。慣れていないと沼に引きずり込まれてそれで終わり。ドラゴラ草は言わずもがな。三頭熊も当然強敵だけど、このドラゴンがいるという文が気になる。もしかしたら、ランクが7を超えるような大物に出くわすかも」
あ、無理ですね。ランク7を超えるとか、もはやどんなもんか想像すらできない。
そして、リリンの声は鈴の音みたいに良く通る。
今回もリリンの説明は人だかりに居た人のほとんどに聞こえていたようだ。
大体の冒険者が声の主を探し振り返り、リリンを見つけて目を見開いた。そして、納得したように、うなだれていく。
恐らくリリンの理不尽なレベルを見て、その説明に信憑性を感じたのだろう。
「じゃ、この鳶色鳥の捕獲ってのは?こいつは危険なのか?」
「特に危険ではない。観賞用の可愛い鳥」
「ん?じゃあなんでコイツは捕まらないんだ?40万エドロなら皆、挑戦するだろ?」
「単純に動きが早い。この鳥は空を飛ばない代わりに足が非常に発達していて、すごい速さで地面を走る」
「へぇ、俺達に出来るかな?」
「楽勝だと思う。私達には飛翔脚も次元認識領域もあるから。受けてみる?」
「おう、ちょっとやってみたいな」
「うん、初めての任務にしてはちょうど良いかも。ユニク、この紙剥がしてカウンターに持っていこ」
俺が紙を剥がしていると、それを悔しそうに眺めている冒険者たち。
「あぁ、畜生。実質最後の依頼が……」とか。
「くそ、これじゃ家の娘たちに飯も食わせてやれねぇ……」とか。
「こうなったら、俺達全員でナマズに挑むしかない。死んだ奴は運が悪かったてことだ……」とか。
非常に心苦しくなってくるのでやめてほしい。
ちなみに手元の紙を良く見てみれば無数の画鋲の跡があった。
どうやらこの依頼は何度となく様々な人が受け、もれなく全員失敗したらしい。
まぁ、時速100キロで走るとか書いてあるしな。普通は追い付けない。
……ドラゴン攻めかイノシシ攻めの訓練が必要だろう。
リリンはこの依頼書を手に取ると、おもむろに掲げて周囲に見せつけた。
なんだ?意気消沈している冒険者に追い打ちをかけたいのか?
「私達はこの依頼を受ける。この鳶色鳥の目撃情報を募りたい。報酬は支払う」
「お、おお!!その鳥を最後に見かけたのは二日前だ!!大通りのウリカウ商会の裏にいたぞ!!」
「俺も一昨日だ!あろう事かこの不安定機構の庭に居やがった!」
「俺が見かけたのは5日前だが、同じ所で何度も見ている!場所は―――」
「俺も!」「私もだ!!」「はい、俺も!」
なるほど。こうやって情報を集めるのか。確かにこの鳥を探し回った人から情報を買った方が早い。
さすがリリン、手慣れてる。
「それで譲ちゃんよ!報酬くれるってのはホントなのか?」
「もちろん。今情報を提供してくれた人には、一人1500エドロ支払う」
「あ、あぁ。そうだよな。そんなもんだよな。一食、食えるだけで御の字か」
「そういう風に使ってもいいけど、アルテロへ向かう交通費に使った方がお得。アルテロ近隣の山の完全解禁は一昨日だった。依頼なんて山ほどある」
「なんだとッ!!依頼が山ほどある……だとッ!!?」
「あるよ。最近の入山規制で物資は不足しているし、避難民の帰路護衛の依頼もある。それに、もう三頭熊はいないけど、連鎖猪なら居るかもしれない」
「連鎖猪……噂で聞いたこと有るぜ。角も肉も高級品だってな」
「相応に危険だけど冒険者仲間がいっぱいいるなら大丈夫。角は100万エドロくらいで売れるよ」
「ひ、ひゃくまん……こうしちゃおれん!!俺は行くぞ!」
「俺もだ!!」
「私もだ!!」
「ふふ、頑張ってほしい。はい、約束の1500エドロ」
ここからの動きは凄まじいものがあった。
話を聞いていた冒険者たちが一糸乱れぬ動きで一列に並び、可能な限り鳶色鳥についての情報を一人づつ話していく。
リリンはそれをメモに取りながら、冒険者たちと情報の交換をしていた。
大体の冒険者が連鎖猪について聞いており、リリンはその特徴や対処法について説明をしていた。
そして、冒険者たちは感謝の涙を流しながら足早に去っていく。
なんだかんだリリンは優しいんだよな。
今回だって困っている冒険者に手を差し伸べて―――て、ずいぶん悪そうな顔しているな。
「はい、これで最後。頑張ってね」
「こちらこそ!本当にありがとうございました!!」
ちょうど良く最後の冒険者が入口から出ていったようだ。
さて、リリンに事情を聞いてみるか。
「リリン?皆にアルテロが稼ぎ時だって教えたのは、素直に助ける為か?」
「一応そうだけど、ちゃんと打算も有る」
「打算?」
「アルテロで儲けた冒険者たちはこの町に戻って来たら、きっとウリカウの店や他の店でも買い物をすると思う。そしてこの町は、実はレジェ本人が直接介入している。物流を把握するという目的で」
「たしかその人ってリリンの仲間の『運命掌握』のことだよな?どういうことだ?」
「簡単に言えばこの物流を回すことがレジェの為になるという事。レジェは物流から戦争をしている各国の状態を推測している。『勝てる』『勝てない』『あの国は降伏の準備をしている。なら追撃すればより安く国が買える。』などと画策しているはず」
「……なんか一気にスケールのでかい話になったな」
「うん。一応女王だし、黒幕っぽい事が大好きだから。『運命掌握』の肩書きも気に入っていると言っていた」
なんか、リリンを敵に回さなくてホントに良かったと思う。
唯でさえ強いってのに、一国の女王、しかも隣国から侵略国家と恐れられている国に加担しているとか、恐ろしすぎる。
今頃、ロイは何しているのかな?幸せな余生を満喫しているだろうか。
ふとそんな事が頭をよぎり、直ぐに頭から追い出した。こういうのは触れない方がいいのだ。
俺はリリンから再び、鳶色鳥の依頼書を受け取ると、受付に向けて歩き出す。
俺の人生で初めて受ける冒険者依頼。
ここは是非とも成功して、初陣を飾りたい所だな!