第4話「リリンの寝巻」
俺の装備品選びも一段落し、インナーコーナーの片隅で俺は、憎っくき"奴"と唐突に出会ってしまった。
ウマミ・パンツ
ウマミタヌキの毛をふんだんに使用した保温性抜群のパンツ。
素肌に優しくさらさらとはき心地の良いこのパンツで、あなたの人生をほんのちょっとだけ豊かにします!
おのれタヌキ!こんな所にも出没しやがるのか……。
というか、このタヌキパンツ、中々の売れ筋商品らしい。
なんと夏から冬に向かう半年間の主力商品なんだとか。
男性用と書かれているし女性用も有るのかもしれない。
普通の人はこのパンツで温かい生活をするのだろうが、俺の場合は縮こまってしまうと思う。アレとか魂とか色々な部分が。
「ユニク。タヌキパンツ買うの?」
「これだけは絶対買わねえよ!」
「ふーん?温かいのに」
え?ちょっと待てリリン! 温かいのにって、はいた事あるのかよ!!
俺は御目にかかる事はないと思うが、良いムードになった時に見えたら嫌すぎる!
一瞬で戦闘不能に陥る事、間違いなしだ!!
「えーとだいたいインナーもそろって来たね。後は必要なのは……あ、これかわいい。買っとこ」
そう言ってリリンはインナーシャツを二枚カゴに入れた。
一枚は俺のだが、もう一枚はリリンのだ。
どうやらリリンは自分の分も俺のと同じ奴を買い揃える気でいるらしい。
もしかして俺に気を使っているのかと聞いてみたら、「一緒でいい。別のを選ぶのは面倒」と言っていた。
「ユニク、このシャツ、白と黒どっちがいい?」
「ん、こっちだな。俺は黒い方が好みだ」
「黒が好み……覚えておく」
とまあ、こんな感じで楽しく買い物を続けてきた訳だが、そろそろ潮時だな。
買い物カゴも、もう5つ目だ。
「リリン、そろそろ次に行こう」
「ん、ちょっと待って、最後に寝巻が欲しい」
寝巻?そんなもんシャツで十分だと思ったが、どうやらリリン用の寝巻らしい。
そして是非、俺に選んで欲しいとリリンは言ってきた。
正直、俺の価値観で選んで良いもんかと思ったが、ここはその提案に乗っかりたいと思う。
実は、リリンの風呂上がりの恰好はちょっと肌面積が多めなのだ。
だいたい短めのホットパンツに、緩めのキャミソールが多く、ちょっと眼のやり場が困る時が有る。
いやまぁ眼福なのだが、俺はリリンに誠実であると心に誓っているわけで、ここは是非、肌面積を減らして貰おうと思う。
これはお互いの健全の為である。
……決して、手を出そうにも返り討ちにされそうだから仕方なくではない。断じてだ。
「ここが寝巻コーナー?ずいぶん広くない?」
「えぇ広く取っております、ユニクルフィン様。我々は正直、冒険者の装備品事業に参入してまだ日が浅いのですが、こういた雑貨類は昔から取り扱っておりますので得意なんですよ」
「へぇ、少し見させてもらうか」
「どうぞ、ごゆっくりと」
なるほど、一口に寝巻って言ってもいろいろあるんだな。
どれどれ、『ナイトランジェリー』に『ネグリジェ』、他には……『スウェット』や『浴衣』なんてのもあるのか。
うん。どれもこれも一定数、肌が見えていたり透けていたりするな。
リリンほどの可愛らしさで、こんなもん着られた日には、我慢できずに、俺の未来は報復の雷撃に包まれてしまう!!
他にいいもんはないだろうか……?
ん、これはどうだろう。……いいんじゃないか?
俺が見つけ出したのは、隅の一角にあった動物を象ったフワフワのパジャマ。
通称、なりきり・アニマルシリーズ! ……子供服である!!
「リリン、これなんかどうだ?」
「ん?可愛いけど……これ、子供用」
「いや、リリン。服に年齢制限なんかないぞ。こういったフワフワした奴の方が、可愛い顔立ちのリリンには似合いそうだ」
「……そう、かな?」
「そう、だ」
「じゃこれにする」
よしっ!成功だ!!
これで視線を泳がせなくて済む!!
後はリリンの気が変わらないうちに、さっさと決めて貰おう。
動物によって機能が異なるらしいので最後はリリンの選択に任せた。
そして俺は事を急ぐあまり、この『なりきり・アニマルシリーズ!』に隠れていた”ある事”を見落としてしまっていた。
この五種類の動物の中には、絶望の代名詞たる”奴”が潜んでいたのである。
そう、本日二度目の遭遇。ウマミタヌキだ。
「んーどれがいいかな?あ、動物で機能が違う」
あ、あれはウマミタヌキ!!なぜ奴がここに!?
タヌキは、………タヌキだけはやめてくれ!!
俺は心の中で祈りを捧げた。
「ウリカウ。一番温かいのはどれ?」
「それはもちろん、このタヌキ型でございます」
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!
やめてぇぇぇぇ!!
「寝巻は温かいのが一番。じゃこれにする」
「お買い上げありがとうございます!!」
きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
……オワタァ……。
これはもう嫌とは言えない。リリンは嬉しそうにタヌキパジャマを抱き「これにした」と俺に報告をしてきているのだ。
今更どの面下げてタヌキはダメと言えようか。
はぁ、俺、これから毎日タヌキと添い寝すんの?
確かに俺の息子はピクリとも反応しないだろう。
だが、タヌキと一緒のベットで寝るとか正気の沙汰ではないし、絶対に安眠できない。
チラリとリリンが持つタヌキパジャマに視線を落とす。
パジャマにはフードが付いていてタヌキの顔がプリントされていた。
非常に憎たらしい表情で描かれており、正確にタヌキらしさを表現している。
ちくしょう!どうしてこうなった!!
**********
「装備選びも済んだし、次はどこに行く?」
「ん。ちょっと本屋さんに行きたい。最近全然行ってないから面白そうな新刊が出ているかも」
「ふむ、本屋さんか。いいなそれ」
俺は昔から読書は好きな方だ。まぁ、他にやる事もなかったてのも有るが、一週間に1~2冊は読んでたんだよな。
じじぃのホウライ文庫も種類こそあったが変わり映えがなかった。
だが、町の本屋というなら話は別だ。
きっと面白そうな本がたくさんあるに違いない。
なんだがすごく楽しみになって来たな!
「よし!じゃあ本屋に行こう!!どっちの方角だ?」
「確か……この先の緑の建物がそうだったはず」
あれか!2階建てで結構でかい。これは期待できそうだ。
そしてはやる気持ちを抑えながら、リリンと書店のドアをくぐった。
「いらっしゃいませー」
カウンターに座っていた店員を素通りし、一目散に本棚へ向かう。
すげぇ!!ここが噂に聞く、本の森ってやつか!
「リリン!本屋さんってすごいな!いろんな種類の本がいっぱいある」
「そっか。ユニクは本屋さんも初めてなんだね。じゃあ自由に見て回るといい」
「あぁ、そうさせてもらうぜ!端っこから順に攻めるか」
「ふふ、いってらっしゃい」
うおー!色とりどりな本ばかりで新鮮だ。
ざっと見てみた感じ、店員オススメコーナーとか月別ランキングとかが、流行を知れていい感じ。
ん、どれどれ。これなんか面白そうだな。
あらすじは?っと
***
『走り出せ、メロンヌ!』
自堕落をモットーとする王国守護団長のメロンヌは緩やかな日々の中で平和を満喫していた。
近年不穏な噂を小耳にはさみつつも結果として起こる事はなく、毎日に程良い飽きを感じてきた頃、一通の手紙がメロンヌに届く。
『お兄様、私はこの度結婚する事になりました。一週間後に式を挙げますので村まで帰郷なさってください』
突然の知らせに驚いたメロンヌだったが、可愛い妹のためだ。なんとしても帰郷したい。
友である内閣大臣セリヌリアスの後押しも有り、なんとか帰郷にこぎつけたメロンヌは妹から歓迎されるばかりか、野次られる事となってしまう。
「は?お兄様。誰が結婚するってんですか?」
何かがおかしい。そう気づき王都へと急ぎ戻るメロンヌだったが、その途中、信じられない話を聞いてしまう。
「おい、今の話は本当か!王都が陥落したってのは本当なのか!!」
***
うん、これ面白そう。
帯には『陰謀渦巻く戦線譚。ここに開幕!!』と煽り文も期待できそうなことが書いてあるし。続刊も結構出てるらしい
……買いだな。
俺はこの本を手に取ると会計に向かった。
会計前には最近発売されたばかりの新刊がズラリと並んでいる。
ん、一応覗いとくか。軽い気持ちで覗いた俺を、とある本が満を持して出迎えた。
『英雄ホーライ伝説第21巻・朗笑する老爺と、英雄たちの旅立ち』
あ、あれ!?ホーライ伝説、新刊出てるじゃん!!
リリンが持ってたのは20巻までの筈。よし!教えてやるか!!
さっそくリリンに持っていってあげた所、一瞬飛びあがり俺に抱きついてきた。
「でかしたユニク!!私はこの新刊が出るのをどれほど待ち焦がれたことか。あぁ、楽しみすぎてどうしよう!!」
はは、リリンに抱きつかれる日が来るなんてな。ホーライ伝説にはそれほどの魅力が詰まっているのだろう。
リリンはこの町に来てから一番の笑顔を見せると、ホーライ伝説を抱きながら会計に並びにいった。
相当に楽しみなようで体がリズムを刻んでいる。こんな姿、クマを屠る時にしか見せた事がない。
俺も手に取った本を買う為に会計に並びながら、次はどこに行こうかと考えていた。
あ、せっかくだし、この町の不安定機構にも行ってみたい。
そして、面白そうな依頼があったら受けてみてもいいかもしれないな。