第81話「タヌキ秘密基地!①」
「うわー!すごい!!」
見果てる程の鋼鉄の床、壁、天井。
360度、全てが鋼鉄で出来ているこの建造物の名は、ラボラトリー・ムー。
人間世界の最先端技術の更に500年先、遥か未来の超技術で構成された建造施設であるここは、読書家であり浪漫が分かるリリンサを圧倒している。
「ホント、何度見ても理解が追い付かない場所だよ、まった……、ん?悪性?」
「かっこよしゅぎ……、わろた……」
「おーい?もっと賢そうな顔しろー。無理なら認識阻害の仮面を付けろー」
「帝王枢機、かっこよしゅぎ……、かっこよしゅぎいっぱい、わろた……」
「あっ、ダメだコイツ。昨日ので脳味噌がイッちゃってる」
そして、リリンサ以上の読書家であるメルテッサは、並び立つ機神の前で膝を折り、天を崇めるように両手を前で組んだ。
相貌に映る機神は独自の建造理念によって創造され、それぞれのシンボルカラーを基調にした配色となっている。
深紅と紅玉色を重ね合わせた、完熟リンゴのごとき凛々しき機体―ー、『アップルルーン=ゴモラ』
橙色を若葉色が包み込む、マスクメロンのごとき力強き機体――、『エゼキエルトライワイト=ムー』
濃紫の中に淡緑の光りが灯る、巨峰ブドウのごとき美しき機体――、『エルヴィティス=エルドラド』
これら頂上の機体が並ぶ中、たった一機だけ構想理論が違うものがある。
それこそが、メルテッサが創り出した『魔導枢機・チェルブクリーヴ=エインゼール』
ユニクルフィンとの決戦で潰えた命はカミナとムーによって復元され、現在は研究資料として保管されているのだ。
「ようこそ、ラボラトリームーへ。歓迎するよ!」
「……なんだいその手は? どうやら、歓迎されているのは僕らじゃなく、お土産のメロンのようだねぇ」
手を差し出しながら歩いてきたムーへ『欲張りメロン贈答用ギフト ~親愛と賄賂を詰め込んで~ 』を渡しながら、ワルトナが挨拶を交わす。
既にメルテッサは夢の世界に旅立ち、アホの子姉妹はどっか行った。
レジェリクエはハカセタヌキを集めて懐柔を開始し、メナファスは我関せず。
真っ当にムーの相手を出来る人材はワルトナしか残っていない。
「その子が造物主を持つメルテッサだね?」
「そうだとも。ちょっと脳味噌がイっちゃってるけど、叩けば治ると信じてる」
「無痛無干渉を患ってたんだっけ?接触不良を起しちゃってる感じ?」
「いや、感動で打ちひしがれてるだけさ。おら、いつまでもボケてんじゃないよ、悪性ッ!!」
ワルトナは静かに懐から巨大ハリセンを取り出し、思いっきり振り――、スパァーン!と気持ちいい音が迎え撃たれた。
ハリセンを受け止めたのは、真紅の十字架。
様々な魔道具の性能をインストールされたそれもまた、ムーの知る天使シリーズとは異なる形態へ進化している。
「ほー、面白い武器使ってんね?」
「お褒めに預かり光栄です、ムー様」
巨大ロボットに尋常じゃない浪漫を感じているメルテッサに取って、ムーはまさに雲の上のタヌキ。
当然、自然と言葉使いが丁寧なものとなる。
その格付けはカミナと並んで同率一位となっており、今まで不動の頂点だった大聖母ノウィンを下すほどだ。
なお、指導聖母としてそれなりに信奉していた唯一神は、現在はただの野次馬として扱われている。
「改めて自己紹介をさせていただきます。ぼくの名前はメルテッサ・トゥミルクロウ・ブルファム。ブルファム王国第六姫でありながら、指導聖母悪性の名も持っています」
「指導聖母かー。得意分野は?」
ムーがした質問を聞き、メルテッサは「なるほど」と思った。
指導聖母がそれぞれの得意分野で別れている事を知っており、そこに価値を見い出していると理解したからだ。
そして、人生が彩り始めているメルテッサは、ここで失敗する訳にはいかないと思考をフル回転し始める。
「僕は経済を管理している。ブルファム王国が発行する通貨が、世界経済の中心基軸だからね。当然、個人で使う程度のお金なら簡単に刷れるとも」
「そうなん?めっちゃ優秀じゃん」
ドヤ顔で語るメルテッサ、その横にいるワルトナは「ヤバい。これは本当にイかれてるかも?」と思っている。
メルテッサが言う『個人で使う金額』と、ムーが求める『個人で使う金額』にかなりの差があるからだ。
指導聖母とブルファム姫を両立させていたメルテッサだが、そのどちらともが中途半端と言わざるを得ない。
それには、メルテッサが本気で取り組んでいなかったという、根本的な問題もある。
だが、そもそも、複数の国を同時に処理する経済考察など、何十年と経験を積み初老の域に達して始めて成せる技。
それが20歳という若さで出来てしまうテトラフィーアやレジェリクエがおかしいのだ。
だからこそ、ムーが求めた『個人で使う範疇』の価値が、ブルファム王国の国家予算に匹敵する事を理解できていない。
「お金の話はレジェを交えてした方がいいよ。これは本気の忠告だ」
「ははっ、貧乏人の僻みが見苦しいねぇ。流石のお前も造幣局の権利は持ってないだろー?」
「これは普通に当てつけだが、僕が管理してる資産は6000億エドロを超えてるからね」
「なん……、だと……」
「それでも、レジェやテトラフィーアには遠く及ばない訳だが、見ろ。お金を持ってるレジェがタヌキに媚売ってるぞ」
「おにぎり配ってる……」
「当然、あのおにぎりにはリリンや僕も出資している。心無き魔人達の統括者からの賄賂――!」
タヌキ長者の列の中に褐色ロリを見つけたワルトナは目を細め、口を閉ざした。
居るだろうとは思っていたものの、本当に出て来られても困る。
そんな想いが籠った絶句である。
「あれ、悪食じゃん。おーい!」
仕掛けていたタヌキ爆弾にメルテッサが喰いついた。
そして、それを理解したムーも口を閉ざし、ヘラヘラと笑いながら進んでいく導火線を見守っている。
「くっくっく、どうしてお前がこんな所に居るのかなー?」
「握り飯を貰う為じゃの!」
「そうじゃなくってさ。くくっ、どうせお前もタヌキに化かされた口だろー」
「化かすのはタヌキの本懐じゃからの」
「働かないお前が、あろう事かタヌキと一緒に働いてる……、んー、でも待てよ?もしかしてカミナ先生の先輩になるのかい?」
「カミナガンデよりも古参ではあるの」
「えー、じゃあ、こんなのを敬わなくちゃならないのかー」
メルテッサからしてみれば、指導聖母・悪喰は『タダ飯喰らい』。
ティターンボアー以外に目立った手柄はなく、ノウィン以上に理解しがたい存在だ。
だからこその『こんなの』。
自分よりも先に帝王枢機を知っていたという僻みも合わせた――、様子見だ。
「あらぁ、こんなのなんて呼んではダメよぉ、メルテッサ」
「レジェリクエ?コイツとは旧知の中でね、気安い感じなんだけど」
「そぉなのぉ?悪喰さまぁ」
レジェリクエは『こんなの』と呼ばれた絶対君臨者へ、お膳立ては済んだという視線を向けた。
あえて、那由他様と呼ばず、最後の締めを差し出したのだ。
「コイツが用意する飯は美味いが、いつも同じで味気ない。この世の食を支配する儂としては、気安さなど皆無じゃのー」
「この世の食を支配するだって……?まさか、冗談だろ?」
「ふむ、少なくとも、この場の食は支配できるじゃの」
そうして、パチン。と指がなさられた数秒後、この場に存在している全タヌキが一同に平伏した。
あろうことか、貰ったばかりのおにぎりを差し出すような形で。
「ちょっとした冗談じゃ。取り上げたりはせんから、皆で仲良く食べるじゃの!」
「「「「「ヴィギルアン!!」」」」」
「……マジかよ」
目を見開いたメルテッサ、その視線の端には、一般タヌキと同じく平伏したムーの姿が映っている。
この瞬間、メルテッサは言い表しがたい感情を抱いた。
指導聖母に、タヌキが紛れ込んでいた件。
いや、ノウィン様の件を鑑みれば今更ではあるけども……、これはちょっと、想定外というか……、
「……悪辣ぅ」
「なんだい?」
「ぼくに対して、率直に思う事は?」
「爆発して欲しかったと思っているよ。切実に」
「だよねぇ。あっぶねぇ!!」




