第2話「おねだり」
「ユニク。何してるの?」
「んー今俺が使える魔法を纏めとこうって思ってな。手帳に書いてる」
俺達は今、規則的に揺れる馬車の中、セカンダルフォートに向けて移動を開始した。
今朝からテンション高めのリリンに手を引かれ、アルテロ~セカンダルフォート、そしてその先のレジェンダリア間を走る馬車に乗り、流れる景色を楽しみつつも、空いた時間を使って俺の状況の整理をしているわけだ。
ふむ、俺のレベルも大分上がったし、魔法もいくつか覚えた。
これなら、冒険者の平均といっても良いんじゃないか?
ユニクルフィン
レベル・8870
魔法・ボール系初期魔法、空盾、地翔足、飛行脚、第九守護天使、次元認識領域。
おう、見事にバッファと防御系ばっかりだ。
こればっかりはしょうがない。
リリン先生曰く、剣士として完成させてからじゃないと、攻撃魔法は覚えない方がいいらしい。
なんでも、状況で使い分けられるのは大きな利点だが、選択肢が有ると勘違いして、手詰まりに成ることが多いという。
まあ、俺の事を思っての事だし、文句はないけどね。
そんな事を考えている内に、俺の両頬に手が添えられた。
勿論、この手の持ち主はリリンである。
優しくギリギリと力が掛かり、俺の顔がリリンに向けられていく。
「ユニク、そういうのは後でもできる。今は買い物に集中して欲しい」
「お。悪い悪い。しっかし、景色も単調になってきたし、手持ちぶさたでさ」
「それなら、簡易版のお勉強会を開きたい。きっと色々なことを経験して、疑問が増えていると思う」
それはありがたい!
この間の三頭熊事件から気になっていたことがある。
俺はごくりと唾をのみ、いつきりだそうか迷っていた質問をぶつけた。
「なぁ、なんでリリンのレベルは上がらないんだ?俺と出会ったときからレベル48471のままだよな?」
リリンは少し目を見開いて、言葉を詰まらせた。
そう、この質問はそのまんまの意味だ。
俺と出会ってからリリンのレベルは1も上がっていない。
最初は、黒土竜やホロビノとは戦いなれているため上がらないのかと思った。
しかし、連鎖猪や三頭熊との戦いでもレベルが上がらないのはさすがにおかしい。
少しの沈黙の後、リリンは意を決したように語りだす。
「それは、私がレベルを偽っているから。ランクの高い魔法に《過去の栄光》という魔法がある」
レベルを偽っている、だと?
そんなことが可能なのか?実際できるんだから、出来るんだろうけど、レベルは神が作った世界のシステムなんじゃなかったっけ?
「ユニクが驚くのも十分に分かる。この魔法は、私が不安定機構深淵に潜り込んだときに見つけた魔法で、一般的には絶対に出回っていないはず」
「不安定機構深淵に潜り込んだ、と言うところは置いといて、一般的には出回っていない?」
「そう、この過去の栄光という魔法や、私の雷人王の掌等の多くは、不安定機構深淵に封印されていた魔法」
「ん?なんか、凄そうな場所だけど、よく入れたな」
「………入れてしまった、の方が正しいかもしれない。深淵に至る道には何度も施錠がされているし、原典書そのものにも、閲覧できないようにプロテクトが掛かってた」
「?どういうことだ?」
「実は私もよく分かっていない。不思議なことに、私が手をかざすだけで、アッサリと施錠が解ける。おそらく、何らかの条件を私は満たしているのだと思う」
「へぇ、そういうのってなんか良いな!神に愛されてるって感じか?」
「………そうかも」
「開き直るのかよ!じゃあリリンは自分のレベルを自由に変更できるんだな?」
「それは違う。この魔法は使用者の現在のレベル未満にしか、設定できないから」
「そうなのか、レベルを上げたい俺からすると、あんまり使い道無いな」
「ううん。相手に誤情報を与えるのは戦術の基本。心無き魔人達の統括者時代もすごく役に立った」
「なるほど。つーことは、リリンのレベルはもっと高いわけだ。魔法解除してみてくれよ!」
「う、………今更、ちょっと恥ずかしい」
「照れるなって!ほらほら!」
「むぅ………。わ、私のレベルは………………。やっぱりだめ!大体このくらいという表現で、勘弁して欲しい」
うおー!いいもん見た!
リリンが照れて、顔が真っ赤になってる。
そんなに恥ずかしいのだろうか。
………………………あ。
そっか。レベルが分かると、お互いの行動を比べる事ができるもんな。
例えば俺が悶えた朝のように、リリンも実はレベルが上がっていたなんて事があるかもしれない。
うしし。聞いてみよう!
「じゃあ、ボカシた言い方で良いぜ!」
「………大体、三頭熊(の最高値)よりも、ちょっと高いくらぃ」
うつ向いてしまっているために、あまり良く聞き取れなかったが、三頭熊というフレーズは聞こえた。
どうやら、リリンのレベルは、三頭熊よりもちょっと高い程度、つまり、三頭熊の平均値50000レベルを少し越えたくらいなんだろう。
さぁて、ここからが本題だな。
「じゃ、も一個だけ」
「?」
「俺と初めて一緒に寝た朝、リリンはどのくらいレベルが上がった?」
「!!?!?!!?っ!」
「ほらー。教えてくれよー。俺のレベルと比べてどのくらい差があるか検証にもなるだろ?俺のレベルは上がりにくいみたいだしさ!」
我ながら、なんとゲスい話の振り方だろうか。
レベルの検証をしたいと言えば答えてくれそうだと、打算もある。
再びリリンは黙り混んでしまった。
その顔の赤さは、かつてナユタ村で良く食べた、レラさん特製イチゴタルトを凌駕している。
「わ、わた、しのレベルはその時に………」
「その時にぃ?」
「さ、さんじゅ、32も上がった………」
ほぉ!殆ど俺と一緒じゃないか!
2ほど多いのは、恐らく個人差か、別の要員があったのだろう。
ということは、リリンは男性経験がないつーことになるわけだ。
だからなんだと言うことだが、なんとなく、リリンにも未経験な事があるというのは、親近感が湧いてくる。
俺はそんなことを考えながら、「変態!ユニクはやっぱり変態!変態!」と、のたうち回りながら繰り出されるリリンのボディーブローを受け続けるしかなかった。
※※※※※※※※※※
「でっけぇ………」
「そう、この高さ30mにも及ぶ城壁は町を囲むようにぐるりと一週している。これこそが、セカンダルフォートが不落要塞などと呼ばれる理由であり、この町は、過去数百年の間、一度も敗戦を経験していない」
「………なぁ、リリン。俺が悪かったって。だから機嫌を直してくれよ、な?」
「あんな、公衆の面前で辱しめるなんて、相応の事をしてもらわないと気がすまない」
あぁ、厄介なことになった。
リリンが発する声こそ普通と変わらないが、表情がまるで違う。
つねに右か左かの頬を膨らませているのだ。
それはそれで可愛いんだが、その頬が破裂した時、大きな災いが降り注ぐような気がする。
「わかったって!それで俺は何をすればいい?」
「………エスコートして欲しい」
「ん?」
「で、でぇとのエスコートをして欲しい」
エスコート?
それって、デートをする男が女の子に気を効かせてアレコレする奴だよな?
正直、デートというか、買い物自体が初めてな俺は不安が一杯なんだけど、実は、じじぃのホウライ文庫で少し勉強している。
棚の奥底に封印されていた『人妻のススメ、5月号』だ。
「上手く出来るか分からないけど、頑張ってみるか。まずは、これだな!」
「あ、ゆ、ユニク………」
そして俺は、リリンの手を取り、歩き出した。
先陣をきっているためにリリンの顔色は伺えないが、静かに後についてくるということは、嫌がってはいないってことだな!