第80話「ユニクの休日②」
「お、いたいた、サチナー!」
お祭りの準備を取り仕切っているサチナを探すこと、10分。
極鈴の湯の正面にある広場で発見した。
ここでは野外ステージを建て、音楽や大道芸、その他の見せ物を行うらしい。
もともと構想自体は有ったようだが、やると決まったのは昨日の夜遅く。
なのに、なぜか一晩でステージの骨組みが出来ている。
ふっ、流石は、大魔王陛下の伝手で呼んだ平均レベル4万越えの大工さん。
腕の一振りで釘を10本以上打ち込んでる。すげぇ。
「帝主さまなのです?」
「現場監督、ご苦労様だぜ!」
思い付いたままに遊ぶと言っても、どこに何があるか分からないと話にならない。
そんな訳で、サチナに温泉郷のパンフレットの用意をお願いしてある。
「かなりでかいステージだな。演目はもう決まってるのか?」
「カラオケコンテストをするです。サチナも出るですよ!!」
温泉郷の幼女将として名を馳せているサチナは、各国からの取材が後を絶たない人気っぷり。
その顔立ちはリリンやワルト、大魔王陛下にだって引けを取らず、可愛らしい仕草まで考慮すればブッチギリに一番の美少女だ。
だって、生えているのが可愛らしいキツネ耳にキツネ尻尾ッ!!
タヌキや魔王じゃないんだぜッ!!
「サチナが歌うカラオケコンテストか。大盛り上がり間違いなしだな!が、俺の出番はなさそうだ」
「帝主様は歌わないです?」
「歌には馴染みが無くてなぁ。しても鼻歌くらいだぞ」
「キングフェニクスと歌うって聞いたですよ?」
「それは歌とは呼ばねぇ。魂の鳴き声だ」
どこのどいつだよ、そんなことを言った大魔王陛下は?
つーか、何かの間違いで出場しようもんなら、特別審査魔王枠で表彰されそう。
絶対に出たくねぇ。
「ちなみに出場メンバーはどうやって決めるんだ?」
「飛び入り参加OKなのです!既にチラシも配って参加者を募っているのですよ!」
そういって俺から外されたサチナの視線を追うと、そこで見覚えがあるピエロがチラシを配っていた。
ふむふむ?レベルは8万。渋くてカッコイイ声なのに間延びした口調が、まさにピエロの鏡というべき男だ。
……おい、何でこんな所に居るんだよ。ピエロン。
「サーカスも呼んだのか」
「大臣が連れて来てくれたです!サチナも見たこと無いので、今夜の公演が楽しみなのです!!」
って事は、どこかに頭のおかしいドラゴンピエロ……、あっ、路地の向こうで設営されてる天幕から、水玉模様の尻尾が出てる!
やべぇ、ただでさえ混沌としている色モノペット枠が全員集合したッ!!
って、そういえば、俺はトレインド・サーカスのチケットを持ってるんだよな。
今夜なら予定も空いてるだろうし……、リリンやワルトを誘って見に行くか?
いや、デートコースにするって手もあるな?
「んー、とりあえず候補だな、っと」
「帝主様、頼まれたパンフレットなのです」
「おぉ、ありがとな!」
おっと、予期せぬピエロ展開で本来の目的を忘れる所だった。
どれどれ、観光スポットは……、っと。
サチナから手渡されたパンフレットは、折り畳まれた紙を広げて見るタイプ。
表が温泉郷の地図になっており、見どころスポットやお店の名称が書いてある。
裏にはそれぞれの詳しい説明、へー、お土産店や食事処の他にも、書店に、呉服屋、冒険者支部もあるんだな。
「すげぇな。これなら不自由なく生活できそうだ」
「お客様アンケートの結果なのです。冒険者のお客様は、この温泉卿に出来るだけ長く住む為に人生を捧げるですよ!!」
魅力的なのは分かる。
美味い食事に、気持ちのいい温泉。
それに楽しい観光名所や不自由の無い生活基盤が付き、あまつさえ、こんな可愛らしいキツネ女将が納めている。
永住できるなら、俺だってしたい。
それはそれとして、ここが魔王様の直轄地だと知っている冒険者が何割いるのかが、非常に気になる。
「さて、目に付いた観光スポットは全部行くとして……、サチナ。ベアトリクスの居場所を教えてくれ」
俺が定めた今日の最終目的は、ベアトリクスの捕獲だ。
その為の捜索に時間を費やすというのが裏目標だったのだが……、親友なサチナが居場所を知っているらしい。
「ベアトリクスなら、この『わんぱく触れ合いコーナー(死地)』に居るですよ!」
「おい後半。なんだ(死地)って」
「聖母さまがそう名付けたです。ここに入ると価値観が死ぬのです!」
わんぱく触れ合いコーナーって確か、日常生活では触れ合わない動物と戯れて遊ぶ企画だよな?
ウサギとか、ヘビとか、誠に遺憾だが、タヌキも許容範囲ではある。
で、皇種がいるってどういうことッ!?
決して触れあっちゃいけない非日常がそこにいるッ!?
「いや、明らかに何かがおかしい。そもそも、この触れ合いコーナーには何の動物がいるんだ?」
「真頭熊に三頭熊、破滅鹿や敗戦犬は大体いるです。天気が良いと連鎖猪や満月狼、あ、たまに森ドラゴンも来るですよ!」
「レベル5万以下が見当たらねぇ。そうそうたる顔ぶれじゃねーか」
なんだこの、未曾有の大災害。
ドラゴン来てんじゃねーよ。
もはや、死地という名称ですら生ぬるい地獄と化している。
「このアトラクションは、この温泉卿の治安を守るシステムを上手に使った画期的な催しなのです!」
「その結果、地獄との予期せぬ邂逅になってる気がするが……、どんな感じなんだ?」
「サチナは、温泉郷の周囲を禁猟区として定めたです。でも、そうすると野生動物は食事ができないです」
「そうだよな?」
「なので、お腹が空いた動物は、わんぱく触れ合いコーナーで戦って食事を獲得するです!」
「生き残りデスマッチだとッ!?」
「違うですよ。戦う相手は冒険者なのです」
「そうか相手は人間か。……勝ち目がねぇにも程があるぞッ!!」
一般的には、真頭熊を一匹討伐するのに、冒険者が数十人は必要になるとされている。
当然、その質によって数は増減するが……、それこそ、ナインアリアさんやセブンジードクラスでやっと一騎打ちができるレベルだ。
で、そんな危険生物が腹を空かせて待ち構えている場所に、誰が好んでいくんだよ。
死地っていうか、自暴自棄じゃねーか。
「いや、どこら辺が画期的なんだ?」
「入場した冒険者には、最初に受付でお肉を買って貰うです」
「……肉?」
「で、そのお肉を見せびらかして、動物達を誘うです」
「話が妙な事になってきたな。それで?」
「戦うです!お肉やお野菜が欲しい野生動物達は、冒険者をシバき倒して降参させれば食事が貰えるです!!」
「なるほど、命の代わりに肉を賭けて戦う訳だ。でもさ、降参する前に死んじゃわないか?」
サチナの前だから言及しないが、そんな回りくどい事をしなくても人間を食えばいい。
特に、クマは新鮮な肉にしか興味を示さないんだし、成立するとは思えない。
「お肉は霜降りの身倒牛A4なのですよ!」
「くっ、良い肉使ってやがる。じゃなくって、人間が襲われる事もあるだろ?」
「よほど動物を馬鹿にしないと無いですよ。誰だって人間なんか食べたくないです」
「……?」
「人間はマジで不味いらしいです。この世の終わりのドブ味だってベアトリクスが言ってたです」
……この世の終わりのドブ味って、どんだけ不味いんだよ、人間。
確かにベアトリクスは肉嫌いだ。
けど、肉を食わない訳じゃない。むしろ最初に手を付けるのが肉で、その後じっくり野菜を堪能する習性がある。
そういえば、昔、クマが人間を襲う理由を聞いた気もするが……、それは捕まえてから聞けばいいか。
「大体分かった。ベアトリクスもそこに肉を貰いに来るってことだよな?」
「アヴァロンが居ない日は、ベアトリクスが受付をするです」
「まさかの売る側ッ!?」
「そして、ベアトリクスに勝てた冒険者は、この温泉卿の永住権が進呈されるです!!あ、挑戦料はかかるですよ」
「皇種との戦いで金まで取んな!魔王の所業にも程があるぞ!!」
「でも、このわんぱく触れ合いコーナーが、アトラクション部門の売り上げ利益1位なのです!むしろ、温泉郷に訪れる冒険者の目的になってるのです!!」
それから聞いた詳しい解説によると、わんぱく触れ合いコーナー(死地)とは、安全に絶望を体験するアトラクションであるらしい。
その場所は、白銀比とサチナが時の権能を使って作った場所であり、闘技場に似た性質を持っている。
入場した時の肉体状態を記憶されており、例え重傷を負ったとしても時間が経てば元の状態に戻るというのだ。
だからこそ、冒険者は『このわんぱく触れ合いコーナー(死地)』に殺到する。
絶対脅威である真頭熊や森ドラゴンとの戦闘経験は、金の山を積んででも手に入れたいからだ。
「人間側は得難い経験を手に入れ、動物側は養殖された美味い肉を手に入れる、か。ホントよく考えてんなぁ」
「このアトラクションの責任者はサチナなので、利ザヤで懐がホクホクなのです!」
なるほど、表の顔役がベアトリクスで、裏の支配者がサチナなんだな。
あぁ、一緒に悪巧みをしてるから親友なのか。
……無邪気な状態でさえ面倒くさいベアトリクスが、魔王な考え方を覚えちゃってる。
「これは……、ちょっと予定変更だな」
「ん、あっちから呼ばれたです!!じゃ、帝主様も温泉郷を堪能するですよー!」
「おう、助かったぜ!忙しいのに邪魔して悪かったな」
「これくらいお安い御用なのですー!」
そう言いながら、サチナは路地裏に消えていった。
そっちの方でも何かを作っているらしく、騒がしい声が聞こえてきている。
さてと……、じゃ、俺もデートコースの下見に行くとするか。
所で、お前も温泉郷に来ているらしいな? ロイ。
俺と一緒に、わんぱく触れ合いコーナーで死地と触れ合おうぜ!!




