第77話「夕食会(表)」
「「「いただきます!」」」
5人掛けテーブルを3人と1匹で占拠し、並んだ料理に笑顔を溢す。
ここは言わずと知れた極鈴の湯の高級レストランだ。
宝探しから帰ってきた俺達はレストランに直行し、フランベシモーベさんに夕食会を開きたいと伝えた。
いつもなら予約しなくても問題ないが、今日はナニカと人数?が多い。
具体的にはタヌキ一派が8匹ほど紛れ込んでいる訳で、他の客の迷惑になってしまうと思ったのだ。
そんな理由で責任者のフランベシモーベさんに聞いてみた結果、4つのテーブルに分かれて座っている。
「あー、美味い。運動の後の飯つーのは、それだけでお宝だよな!」
「ももふぅ!」
「ももっふぁい!」
それぞれのグループ分けは以下の通り。
俺・リリン・セフィナ・ゴモラ
那由他・ムー・バビロン・アヴァロン・エデン・インティマヤ
レラさん・メナファス・ミオさん
アルカディアさん・プラムさん・ドングリ
「もふもふ……、このパン、オレンジの味がして凄くいい!アルカディアも喜んでる!」
「果汁と皮が練り込まれてるから、さっぱりしてて美味いよな!」
行方不明だったアルカディアさんだが、普通に那由他が連れて来た。
生き分かれの妹を探していたのに消耗した雰囲気すら見せず、むしろ、ニッコニコでうっきうきなステップでやって来た。
なんか嬉しい事があったらしい?が……、とりあえず、これで一安心だ。
「三日後のお祭り、リリン達はなんの店をするんだ?」
もぐもぐももっふう!っと料理を味わい尽くして数十分、適度に腹が膨れて来た所で勝負の話題を振ってみた。
大食い競争に料理バトルが合体した今、リリンの圧倒的有利は消えたはず。
にもかかわらず、何故かリリンは平均的に自信たっぷり。
なんか秘策でもあるのか?
「まだ決めてない。これから相談するとこだし」
「そうなのか、それなのに自信満々なんだな?」
味とか関係ない。手段を選ばず多く売った者が勝つ!
なんて言葉は、料理に情熱を捧げている普段のリリンなら絶対に言わない。
だが、最近は自分のポリシーを曲げてでも俺を手に入れようとしている節があるのが妙に怖い。
できれば穏便に勝って欲しい。
そんな想いからの質問、それに対してリリンが用意した解答は……、
「どんな料理でも問題ない。おじいちゃんを呼ぶから!!」
「宮廷料理長を召喚しやがったッ!!」
自分のポリシーこそ曲げなかったが、論理感が爆裂しちゃってる。
言ってしまえば素人同士の勝負、それなのに宮廷料理長召喚は反則だろ。
「いや、流石に怒られないか?」
「なんで?」
「なんでって、これはリリンとワルトの勝負だろ?アプルクサスさんが来ると主役になるだろ?」
「だからこそ呼ぶべき。そんなのはワルトナなら絶対に分かってる。むしろ、おじいちゃんを呼んでも苦戦するかも?」
「宮廷料理長の料理だぞ?それこそ絶対に負けないだろ」
「ユニク、それは考えが甘い。このチョコレートがいっぱい入ったパンより甘いと思う!!」
リリンが言うには、ワルトは料理の売り上げに絶対の自信があるらしい。
なにせ、あっちは指導聖母の元締め。しかも、不安定機構支部の大半を掌握している。
温泉郷の客の大半が冒険者であり、必然的に投票権を持つ人間の割合も冒険者が殆ど、だからこそ、ワルトは投票結果を自由に操作できるというのだ。
うーん、悪辣ぅ。
「おじいちゃんの協力は既に取り付けた。サポートにセフィナを付ければ、料理の品質は最高峰となる!」
「ワルトの搦め手に真っ向から挑む訳だ。それなら納得だぜ!」
「大食いの方では負ける気がしない私としては、別の事が気になっている」
「俺?」
「ユニクはお店を出さないの?」
サチナが構想を練っているお祭りは、闘技場の外に広がっていた屋台の様な雑多なスタイル。
俺達以外からも出店を募り、数日間続く大規模なものにしたいらしい。
「やってみたい気もするが、チームメイトがなー」
リリンとワルトの両陣営には加われないし、他に混ぜて貰うのも気が引ける。
レラさんは既に大魔王陛下と澪さんと組んじゃってるし、ロイは普通に忙しそうだしな。
そうなると名乗りを上げそうなのは、アホタヌキとキングゲロ鳥になる訳だが……。
どっちかっていえば食材なコイツらと、何を作れと?
「明日、デートの下見の時にでも、顔見知りが居たら声を掛けてみるかな」
「ナインアリアは料理できるって聞いた」
「おっ、いいかも?ぶっちゃけ優勝を狙いにく訳じゃないし、楽しめれば十分だしな」
リンサベルチームもそうだが、レジィ陛下とレラさんの組み合わせにも勝てる気がしない。
大魔王陛下の料理はリリンが涎を垂らして求める美味だし、本気のレラさんの料理はマジで言葉を失う美味さだ。
あっ、そういえばレラさんの料理が俺の故郷の味になるのか。
絶対に食べに行かないと。
「セフィナはどんなお店が良い?」
「えっとね!」
宮廷料理長と魔王姉妹の店って考えると問題しかないが、祖父と孫って考えると大変に微笑ましい。
んー、なら俺もじいちゃんを誘ってみるか?
ドングリをポシェットに入れてるアルカディアさんよりかは戦力になるだろうし?
**********
「美味いじゃのー!」
高層ビルと化した皿の山の中から、甲高い嬌声が響く。
それは、この世界の絶対的捕食者たる那由他の声。
「うまっ、うまっ、昼間のおにぎりの時点で思ったが、料理がすげぇ進化してやがる」
「それ僕が狙ってたんだけどー?」
「飯は早い者勝ちだって教えた筈だぞ、ムー」
「じゃあ、その後の言葉も覚えてるよねー、ばーびろーん。……表に出ろ。拳で語るのがタヌキ十戒律だッ!!」
ガヤガヤと五月蠅いこの一角こそ、レストランの料理の半分を腹に収めようとしている混沌テーブル。
だが、その席に付きながら、横目でご機嫌伺いをしているタヌキが二名。
数千年ぶりに解放されたインティマヤと、無言な那由他に拉致されてきたエデンだ。
「えっと、那由他様……?」
「なんじゃの?」
「私が何か致しましたでしょうか……?」
「ふむ、腹は膨れたじゃの?」
解答になっていない返答、それを聞いたエデンは凍りついた。
『腹が膨れたか? = もう思い残すことはないか?』
そんな意味に聞こえ、見る見るうちに顔色が悪くなっていく。
「そこそこです!でも満足はしてません!!」
「そうか、じゃ、そこに座るじゃの」
「はい?もう座ってま……地面?」
那由他の視線が地面に向けられている事に気が付いたエデンは、あっ、これ、本格的に怒られるやつ……。と腹をくくった。
そして、出来るだけ静かに席を立ち、地面に正座で座る。
「誰が正座しろと言ったじゃの」
「えっ、違うんですか?」
「正座では無い。土下座じゃの」
「ひえっ。」
エデンに向けられた害意は、僅か0.01秒。
ほんの些細な、されど、永劫のようにも感じられた時間が過ぎ去った後、エデンは力無く自分の首に指を這わせて涙ぐむ。
そうして生を実感しながら、土下座で平伏した。
「ユニクルフィンとサチナにちょっかいを出すなと、儂は伝えた筈じゃがの」
「……出してないですよ?」
「まだ、が抜けておるじゃの」
「うっ」
「バビロンとトロイアを炊き付けたのは分かっておる。そして、それが成功したらどうなったのかを儂は見せた。その結果、お前の好奇心は跳ね飛ばされてしまったのー」
ケタケタと笑う那由他と、首筋に走った赤い線に指を這わせて口元を引くつかせるエデン。
それは、この場の二人にしか理解できない顛末。
那由他が悪喰=イーターで世界を飲みこんだ際に、エデンはそれに抵抗した。
瞬時に召喚したグラムで世界を切り開き、現実世界に残ったのだ。
そして、その場には、白銀比を始めとする世界の頂き達が集結していた。
エデンにとってはほぼ格下。雑多の群れと評するに等しい。
ただし、那由他と相対者から見た雑多の群れの中には、エデンも含まれている。
「儂はの、今世を気に入っておる。出てくる飯も美味いしの」
「だから番なんて……?」
「かもしれんの。家族の情など知らんが、お前の行動は不愉快ではあった。懲罰じゃ、儂が良いというまで一切の戦闘行為を禁止する」
「そんな……」
「そもそも、そんな元気も残っておらんじゃろうがの。儂と蟲量大数しか知らぬグラムの傷は、そうやすやすとは癒せはせん。それこそ、世界を作り直すほうが楽だと思うくらいにはの」
今度の笑みは嘲笑を多分に含んだもの。
まだまだ隠している情報があるという言葉、それを突きつけられたエデンは黙るしかなかった。
「うぅ……、ずるい」
自分の席に戻ってきたエデンが溢した愚痴、それに戦慄したインティマヤだったが、那由他の機嫌を伺いセーフだと判断。
プルプルと震えているエデンの背中をさすりつつ、当たり障りのない話題に切り替えた。
「アヴァロンくんは新米のタヌキ帝王ですね?」
「は、はい!!」
「私はインティマヤっていいます、この拗ねているエデンの友達で、大体割を食って貧乏くじを引きます。覚えておいてくださいね」
「あの、それは」
「バビロンくんの子孫だって聞きましたよ。だからソドムくんが鍛えたって。良かったですね」
「え?アイツはライバルで……」
温泉郷への永住を視野に入れ始めているアヴァロンの縄張りは、小さな島が数個程度。
タヌキ帝王が持つ権威としては他と比較するのがおこがましいレベルであり、なんなら、セフィロトアルテの森を管理していたアルカディアの方が上だ。
そんなアヴァロンだからこそ、ソドムに対して嫉妬と対抗心を剥き出しにしていた。
同じく大した領地を持っていない筈なのに、上位者に気に入られているのが癪に障るのだ。
「アイツって何なんですか?大した事してないのに偉そうに」
「くす、若い世代は知らないですよね。ソドムくんは別大陸の――、」
「そうそう、ソドムっちは――、」
そうして始まったソドム伝説は、アヴァロンに取っては驚愕の連続だった。
一方、バビロンに取っては懐かしい思い出。
インティマヤと一緒に熱く語るムーを眺めながら、メロンジュースに舌鼓を打つ。
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「ワルトナとレジェリクエが見えないが、奴らは悪巧みしてるって事で良いのか?」
大人びた雰囲気のテーブルに並ぶのは、美しい料理とワイングラス。
夕食会というよりもディナーと評するに相応しい此処には、三人の女性が座している。
「んー、レジィは用事があるってさ。大陸平定後で忙しいんじゃん?」
「ワルトナは大聖母に呼ばれたって言ってたな。くっく、あの顔色じゃ怒られてるんじゃねぇか?」
語りかけたのはミオ、それに答えたのがローレライとメナファス。
この三人の友好関係は重なっているものの、今までは殆ど交流は行われていない。
レジェリクエ、ホーライ、リリンサ、ユニクルフィン、ユルドルード。
更に、世界を旅した経験がある三人は、有名どころの冒険者ともそれなりに既知がある。
話題が豊富であり、年齢が近い事も幸いして、こうして垣根なく本音で語れると友なったのだ。
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「ヴぃぎるあ!ヴぃっぎる!!」
「ヴぃぎぷるん!」
「ヴィギルア~~ンギルギルゥー!」
タヌキは語る。
隣のテーブルに恐れ戦いていたのは、食事会が始まる前のこと。
最近の森の様子、人間社会、アルカディアの逸話。
尽きない話題と好奇心、それに美味しい食事まで付いているのだから止まる訳が無い。
「ヴぃぎぷるーーん!」
那由他にユニクルフィンカードを再発行して貰ったアルカディアは人間の姿をしている。
それをまじまじと眺め、特に胸囲を眺め、プラムは密かに思った。
『あそこまで大きく育てば、ドングリさんを落とせそうです』
その為にはご飯をいっぱい食べないとです!
一応の理由をでっちあげながら、5個目の桃ケーキに手を伸ばす。




