第74話「クマー!②」
「グッママグママ!グママママ~~~!!」
セフィナ奪還を宣言したリリンに追従しながら、森を駆け抜けること15km。
不安定機構が定めた危険区域に突入して約20秒、俺達は絶句した。
……。
…………。
………………どうしてこうなったのか、振り返ってみよう。
**********
「ダルダロシア大冥林?」
俺達が向かっているクマの生息地には、大それた名前が付いているらしい。
背丈の高い深緑が延々と続く果て無き大森林、そこにセフィナがいるようだ。
三頭熊や真頭熊は人類にとっては絶対的な脅威であり、たった一匹でも目撃されれば、冒険者支部が一丸となって立ち向かう。
ランク6を超える冒険者が在籍してれば良いが、そうでない場合は、人的被害を覚悟した決死の討伐作戦となるのだ。
そんな訳で、クマの生息地は危険区域として管理されているんだが……、その中でも、この『ダルダロシア大冥林』はクマの本拠地とされているヤバい場所。
危険ランク8という、最早、人間がどうのこうの言うレベルに無い魔境であり、入る為にはランク7の魔導師が5人以上存在する、10人以下の集団のみという厳しい条件が課せられている。
そんな理由から、俺と出会う前のリリンですら入った事が無い超危険区域ならしい。
「あー、戦力的には僕らの方が上なのは間違いない、つーか、そこの食い意地はってるニセ聖母がいる時点でお釣りがくるんだが……、今から向かう森にはね、皇種が何匹も生息しているんだ」
英雄として覚醒している俺達の全力疾走なら、15kmの距離もさほど時間が掛らない。
身体能力がそこまで高くないリリンやワルトもそれぞれのペットに乗っているし、唯一、乗るペットがいないサーティーズさんはエリュシュオン工房のカタログを大事そうに抱えて帰った。
それでも、いくつかの言葉を交わす時間はある。
そうして始めた情報共有の中心に居るのはワルトだ。
「皇種には二種類いる。定めた住処でのんびりと暮し、僕ら不安定機構がそこを不可侵とすることで相互不干渉としている、穏健派な皇種」
「ん、それはアマタノみたいな感じのやつ?」
「そうだねぇ、人間側が不可侵を貫けていないけど、あっちから仕掛けてくる事はないって意味じゃ同じだね」
「なるほど、こっちから手を出さなければ襲って来ない。比較的いい皇種!」
「一方、決まった住処を持たず、人間の生存権に出没する皇種がいる。コイツらは人間を他の生物と同列に扱う、つまり獲物として見ており、歴史上で多くの英雄に討伐されてきた危険な存在な訳だ」
……なるほどな?
住所不定だったラグナワンコとか、職業詐称なセイボニマギレコンデイタ・タヌキとか、温泉郷の不祥事ビッチキツネがこれに当たる訳だな?
特に後者の二匹は人間を食い物として見ている。色んな意味で。
「今から向かう森には穏健派な皇種が何匹か住んでいるはずだが、僕らが目指すのはクマの生存区域。奥までは出向かないが……、無駄に規模のでかいレーザー攻撃とか周囲に被害が出かねないので、絶対にしないように」
「……。相手はクマ。手加減するとこっちがやられると思う!」
「まず、喧嘩を吹っかけに行くという認識を改めなー、この脳味噌胃袋」
ワルトの警告の通り、皇種相手に喧嘩を売るのは絶対に避けるべき事態だ。
皇種と敵対は種族同士の争いという意味を持つと、親父から散々警告されている。
だからこそ、親父は相手の皇種が人間に敵意を向けた場合にしか攻撃しないし、殺す前の最終勧告を欠かさない。
それは『俺が生きている内は人間に手を出すな』という、およそ50年間の不可侵条約。
正確にいえば、『人間に手を出せば、俺がお前を殺しに行く』という脅しだが……、この最終勧告を受け入れた皇種は俺が知るだけでも10匹を超えている。
「それには俺も同意だ。相手が静かに暮らしているのに、こっちから手を出すのは間違ってるしな」
だが、最終勧告を無視する皇種もいる。
歴代のクマの皇がそれに当たり、親父だけで2回も葬っていると聞いた。
仕方が無い事情――、例えば他の皇種に生存圏を追われ、人里に出てこざるを得なくなったとかなら酌量の余地もあるが、どうやら、熊の皇種は自発的に約束を破る常習犯だという。
そんな訳で、親父は何度も面倒事を起こすクマが嫌いなんだが……、非常にあざとい事に、ベアトリクスは幼女の姿で現れやがった。
そんでもって、可愛らしい顔と仕草で『友達になりに来たゾ!』と無邪気に笑い、無情にも俺とじゃれ始めた訳で。
暫くは様子を見ていた親父だが、本当に遊びに来ているだけなベアトリクスを放置し、現在に至る。
「セフィナがどんな状態なのかは不明だが、たぶん、普通にお宝を探しているんじゃないかな?リリン同様、地理に疎い所があるからねぇ」
「そんな事はない。私は一度通った道は忘れない!」
「正確には、『その街道に何の食べ物屋があったか忘れない』だろうが。僕が何度、迷子になったキミを探したと思う?ねぇ?」
「迷子では無い。ちょっと寄り道していただけ!」
「目的地や帰り道が分からなくなるのは寄り道って言わないんだよ、このお馬鹿!!」
相当苦労していたんだな、ワルト。
なにせ、ちょっと目を離すと何を仕出かすか分からない魔王×2だ。
俺の気持ちがワルトだけに向く訳じゃないが、その努力は絶対に労ってやるぜ。
「っと、ダルダロシア大冥林の結界が近づいてきたね」
「ん、特別な侵入手続きとか必要?」
「あぁ、僕が先頭で入れば問題ない。指導聖母の仕事ってこういうのがメインだったりするし」
超高位危険生物の侵入を阻む結界は、魔王シリーズに搭載されている恐怖装置と似たような仕組みらしい。
中で暮らしている生物の身体能力は、まさに超越者のソレであり、どんな防御魔法でも時間を掛ければ突破される。
それこそ、原初守護聖界ですら、皇種の攻撃を十発も受け止められない。
だからこそ、自発的に外に出る意思を持たせない為に、結界に触れると命の危機を抱く恐怖を感じるようになっている訳だ。
そして、それらの結界の状態を調べる為に、指導聖母は自由に出入りできるペンダントを所持している。
結界は薄い膜の様なものではなく、川の様な幅のある空間、その内部を移動する事で危険生物から身を守りつつ、異常が無いかを調べるのが指導聖母の仕事なようだ。
「僕の周囲5mにいる人間への影響は無効化される。だから、離れると怖い思いするからね」
「それじゃサチナは?あとホロビノとラグナガルム、アールもどうするの?」
「そういえばそうだねぇ、サチナ、どうやって結界を抜けていたんだい?」
「いつもは魔王シリーズを装備して相殺するです」
森の周辺警備も仕事なサチナは、ダルダロシア大冥林に入った事があるらしい。
その時は魔王シリーズを装備することで、恐怖への耐性を得ていたようだ。
だが、魔王シリーズは併合され、決戦仕様なリリンが装備してしまっている。
さて、どうしたもんかと考えていると……、タヌキ共がキラキラしたネックレスを付け始めた。
「……悪喰、なにそれ?」
「指導聖母用のペンダントは対象外じゃから、専用のを作ったじゃの」
「お前なら耐えられるだろ、気合いとかで」
「儂だって恐怖はする。唯一神と蟲量大数が徒党を組んで儂の飯を奪いに来るなど、身の毛もよだつ恐怖じゃの」
おい、やっぱり飯かよ。
と思い掛けだが……、蟲量大数はこの世界の生態系の頂点、絶対捕食者だ。
そんな存在と唯一神が徒党を組んで飯を奪いに来るのは、確かに恐怖でしか無い。
「ほれ、サチナもこれを付けるじゃの」
「でも、タヌキに何かを貰うのは良くないと、母様に言われているです……」
「ふむ。案ずる必要はないじゃの」
ネックレスを握ったカミジャナイタヌキの拳が、空間を貫いた。
そして、あわわわわ!?という、遺伝を感じさせる悲鳴と共に引き抜かれる。
その手に握られているのは、ネックレスと融合した簪だ。
「母様のなのです?」
「儂からのプレゼントは気に入らぬじゃろうが、自分のなら文句はつけぬじゃの」
「なんとなくそうじゃないかと思っていたですが……、タヌキの皇さまは、母様よりも強えーなのです?」
「うむ、あの程度の箱入り娘が、儂に仇なせるはずも無し」
……総じて酷い。
起こった事象の全てが酷すぎる。
これが何度も神を食っているタヌキの実力か。
「これでよし、皆の者、突撃するじゃのー!」
「ヴィギルアー!」
「お前が号令を掛けんな、悪喰ぃ!」
ワルトの見せ場を奪ったアホタヌキ共が、猛烈な勢いで結界に突入していく。
おぉ、何という戦慄の光景だろうか。
タヌキには、危険生物避けの結界が効かない。
**********
「グッママグママ!グママママ~~~!!」
……経緯を振り返って見た訳だが、俺は一応、それなりの心構えをしていた。
タヌキがふざけまくっていようとも、ここから先は超危険区域。
ただ侵入しただけで、幼女の姿をした凶暴なクマとそれに触発された魔王様が襲い掛かってくる可能性があるからだ。
「ベアトリクスは……いないな。うん」
「その代わりクマが大量にいる。というか、踊ってる?」
どうやら、ベアトリクスは俺を探していたらしい。
というか、よりにもよってリリンに「ユニクルフィンに養って貰うんだゾ!」宣言を出すという、未曾有の大災害を引き起こしてやがった。
後で詳しい事情を聴く。と平均的に冷ややかな目の大魔王様を、俺は生涯、忘れない。
そんな訳で、ベアトリクスに抱きつかれようものなら、大四次元魔王大戦が勃発する。
だからこそ、絶対に回避してやる!と意気込んでいた訳だが……、
なぜか、俺の目の前で、クマ25匹が円陣を組んで踊っている。
「ヴィッルルヴィギル!ヴィギロアラ~~~!」
そして、その内側でタヌキ30匹も円陣を組んで踊っている。
「るんっららるらら!るららららら~~~!!」
さらに、二重円で構築された、茶色い混沌の中心で、カツテナイ機神が踊っている。
……。
…………。
………………俺達の想像の斜め上を軽々と越えて行ったな、このアホの子・妹。
「あっ、おねーちゃん!」
「セフィナ。なにしてるの?」
平均的に真顔のリリンが、ツッコミを入れた。
最近はボケ倒しているリリンだが、セフィナを相手にするとツッコミ役になるらしい。
「クマさんが夏祭りをするんだって!」
へー。
クマって夏祭りするのか。
「ヴィギルア!!ヴィギプルーンッ!!」
そして、なぜかアールが興奮し始めた。
お前はこの奇祭に心当たりがあるのか?アホタヌキ。
「ユニク、セフィナはああ言ってるけど、アレは盆踊りでは無いっぽい」
「そうなのか?」
「見て、クマが涎を垂らしている。そして、タヌキ将軍達も涎を垂らしている」
「……。」
「どう見ても互いを捕食対象として見ている。グルグル回っているのも、牽制し合っているから」
「……つまり?」
「セフィナが勘違いしているだけで、普通に修羅場。」
夏祭りではなく、謝肉祭だった。
勝った方のみが祭りを楽しめます。
「待ってろ。とりあえず、クマを蹴散らしてくる」
ウチのリリンが大魔王尻尾レーザーを出す前に、さっと走って行って……、げしっ!
これを30回ほど繰り返し、クマを森の奥へと追い払った。
すまんな、クマ。
なにせ、こっちにはカツテナイ・タヌキがいっぱいいる。
これがお前らにとっても最善手だ。
「セフィナ。とりあえず、アップルルーンから降りて来て」
「はーい!」
朗らかな声と共にアップルルーンを空間に収納したセフィナが、上から降ってきた。
それをリリンが尻尾を広げて迎え入れて……、あれ?影が二人?
「ヴィギプルーン!」
「うぎぷるっ、おねっ!!」
タヌキの群れに着地したのは、セフィナと同年代に見える小柄な少女。
その顔立ちは、あれ、アルカディアさんに似ていないか……?
「ヴぃぎ、ぷる、ヴぃぎぷるーん……、ヴぃヴぃぃぃ……」
「ヴィギルア!ヴィギルルアン!!」
タヌキの群れへ猛ダッシュを決めたアールが、女の子へ飛び付いた。
そのまま押し倒し、泣きじゃくるその子を全力であやしている。
そして、その傍らをウロウロしているタヌキに見覚えがあるんだが?
薄らと描かれている×マーク……、お前、ドングリじゃねぇか!!
「だとすると……、あの子がアルカディアさんが探していたプラムか?」
「そうっぽい。アールもそうだって言ってる」
言いたい事は山ほどあるが……、とりあえず、妹二人ゲットだぜ!!




