第69話「タヌキ考察!」
「バビロっち、怪我は大丈夫?」
「当たり前だろ、那由他様に治して貰ってんだぞ。分子崩壊してても元通りだっつーの」
「まーねー、ただほら、万が一ってこともあるしさ?」
「那由他分の一もねーよ」
消し飛んだ半身を元気に動かしながら、バビロンがおどけて見せた。
たくましい尻尾を振り乱す姿は、まさに求愛のソレ。
……が、ムーにとってのそれは、見ていて愉快な盆踊り以上の意味はない。
「にしても、バケモン揃いだな。あの人間ども」
「ホントにねー、カミナっちが霞んで見えるもん」
「そうは言うが、お前が連れて来た奴も大外だぞ。世絶の神の因子こそねぇが、有用な因子ばかりが数百も固まってるなんざ、時代が時代なら」
「世界を取れるでしょ。もっとも、『この大陸』って条件付きだけど」
ユニクルフィンの周囲に続々と集まっていく人間を眺めながら、バビロンが感嘆のため息を吐いた。
時代が時代なら……それは、数多の超越者が蠢く世でも生態系の最上位に君臨できるという意味だ。
カミナが持つ神の因子は、いわゆる天才として語られる人間の性能を向上させるものが殆どだ。
身体能力向上に始まり、記憶力や理解力、直感を含めた第六感、人が人よりも優れる為に必要なあらゆるステイタスが神の因子により優良と定められている。
そして、それらを束ねて有効に使う頭脳すらも持ち合わせた事により、彼女は『世界最高の発揮効率』を有することになったのだ。
「僕の助手としてこの上なく最適なカミナっちだけど、戦闘面じゃ劣るかなー」
「強い事は強いんだが、隣にいる奴がなぁ」
バビロンが向けた視線の先、そこに居るのは金髪立てロール少女と、茶髪で気さくなお姉さんだ。
和気あいあいと会話をしている姿を眺めているだけで、バビロンは背筋の毛が逆立つような感覚を覚えている。
「あの子、今代の神の器らしいよ?」
「へぇー。なるほど、確かに世絶の神の因子が二つに、その他の神の因子が数百。こっちもすげぇ事になってんな」
「昨日の夜、戦ったらしくてさー。その映像、エデンちゃんねるにアップされてるよ」
「ほー。どれどれ……、ふはっ!」
悪喰イーターを持つ者の行動は、意図的に遮断しない限り、那由他が持つ悪喰=イーター内へと保存される。
それにアクセスして動画を見たバビロンは……、尻尾を直立させながら目を丸くした。
「魔法十典範の同時発動を人間がコントロールするか。エデンさん、内心で焦ってるだろ、これ」
「どうかなー。戦闘狂だし、ワンチャンときめいてたり?」
バビロンとムー、二匹の意見は両方とも正解だ。
対して期待してなかったおもちゃに噛み付かれ、そこに確かな危機を感じた。
それは数千年以上も感じていない……、気持ちの昂ぶり。
「だが、俺はその横に居る金髪の方が気になるぞ」
「運命掌握・レジェリクエ。なんか、この大陸の覇者だって話だよ」
「カミナっち?を押さえるのも納得だ。確定確率確立に支配声域の組み合わせって、滅茶苦茶ヤバい」
「確率は収束するなんて言葉がある様に、事象には必ず正負が存在する。それを支配声域で従えた配下を使い、望んだ結果が出るまでトライ&エラーを繰り返せる訳だ。まさに運命を掌握しているよね」
「神の器じゃないのは何でなんだろうな?」
「相性の問題じゃない?神が求めるのは世界終焉、蟲量大数と那由他様を倒しうる個の力だから」
長き時を生きたバビロンは、幾つもの時代で神の器と出会っている。
時には敵として、時には友として、時には神として言葉を交わしたその人物、そのいずれもバビロンにとって畏敬を抱く存在だった。
だが、それらと出会い生き残っているバビロンは、その畏敬に慣れている。
それはもはや未知では無く、恐れよりも敬いの方が強くなっているのだ。
「レジェリクエか。ランク2に覚醒したら、俺よりも強いかもな」
「どうしてそう思うん?」
「千海山を握する業腕を使う俺だからこそ、運命操作の厄介さを知っている。お前ですら食われかねないぞ?」
「バビロっちってさー、すぐ僕の事を子供扱いするよねー?」
「そりゃお前、ソドムの隠し子だからだろ(笑)」
「その脳天にドリルで穴を開けて、常識を溶接してやろうか(笑)」
何千回と繰り返した冗談に殺意を返しつつ、ムーは強かに検分する。
レジェリクエと自分、その戦闘力を比べているのだ。
「いや、僕の方が有利だね。よっぽど下手を打たなきゃ負けないよ」
「勝負は時の運って言うぜ?」
「運要素を無くすのが、メカニックの仕事だっつーの」
神の因子は人間のみに与えられた恩恵であり、未覚醒、覚醒状態、超覚醒に分けられ、その性能はまるで違う領域となる。
極論、未覚醒の神の因子を10個を束ねた所で、覚醒状態の神の因子には劣るのだ。
それを踏まえ、レジェリクエの確定確率確立と支配声域が覚醒状態となったと仮定しても自分が勝つと、ムーは試算した。
なぜなら、彼女は世界で唯一、人間以外でありながら世絶の神の因子を持つ存在だからだ。
「それを言うなら、あっちの白天竜の血を引いてる子はどうなのさ」
「そっか、白い髪だもんな」
「一見して目立たないけど、魔力変換効率かなり高いからね、ワルトナって。それがシェキナを持ってる」
「あーシェキナかー。超超遠距離射撃とかされそう」
「僕と魔法の撃ち合い勝負が出来るんじゃん?」
「『魔導皆既』を持つお前だぞ?食われかねないってのは冗談だったんだが?」
タヌキ帝王第三席次、ムー。
その出生は秘密とされている。
……が、実際は暗黙の了解として、大体のタヌキ帝王がその事情を知っている。
ムーは魔導枢機帝王国ソドムゴモラ・魔導王・ホロボサターリャの生まれ変わりだ。
死してなお共に有りたいと願ったソドムの懇願により、那由他がタヌキとして転生させたのだ。
だが、彼女の中にホロボサターリャの人格は存在しない。
ホウブンゼンに撃墜され絶命した彼女は、その魂を燃やしてソドムに別れを告げた。
その体に残っていた僅かな残滓は、魔力を感知し操作する世絶の神の因子『魔導感知』のみだ。
「僕の魔導皆既は文字通り、世界に満ちた魔力を完全に覆い隠し支配下に置く。本気の僕の前では、魔法は一切使用できない」
「知ってる。俺とソドムとゴモラで機嫌の悪いお前を宥めようとして、何回、酷い目に遭ったと思う?」
「何千年前の話をしてるのかなー?」
「そうだなぁ。ざっと2000年くらい前かなーははっ、」
遠く遠く、遥か遠く数千年前の出来事。
痴話喧嘩の末に尻尾を巻いて逃げだしたソドムが救援要請を出し……、世界は終焉へと向かった。
そんな記憶を悪喰=イーターに封印していたバビロンは、そっと目を逸らした。
「シェキナって想像と創造の弓だっけ?」
「そうそう。その真価は思考と共に変化し続ける矢にある。リサイクルができる訳ね」
「魔法は当たっても外れても消失するが、シェキナの矢は意図的に消さない限り、現存し続けているんだったか?古の時代から延々と世界にばら撒かれてきた訳だ」
「それに気づけたら、僕とやりあえるんじゃない?」
ドヤァというムーの顔を見て、バビロンはまたこのパターンか。と溜め息を吐いた。
そして、分かっていつつも、ムーのノリに付きやってやる。
バビロンは空気の読めるタヌキ帝王なのだ。
「……お前の帝王枢機って、動力源なんだっけ?」
「シェキナ=ヴァニティだけど?」
「やりあえるだろうが、負けるつもりはサラサラねぇって顔に書いてあんぞ」
やけに持ち上げてくると思ったら、自分の評価を上げる為のマッチポンプかよ。
そういう小ズルイ発想で勝ち誇ろうとするから、ソドムが逃げ出すんだよ。
つーか、千年経っても、まだ番になれてねぇんだろ?
このヘタレタヌキ共め。
そんな心の声を奥歯で噛みながら、バビロンは清らかな身体の悪友を鼻で笑った。
「で、あの青い髪の女だが……、あれは人間の皇なのか?」
「違うね」
「そうだよな、違っ、えっ……違う?」
「違うよん。那由他様によると、儂ですら始めて見る歪な存在だそうで」
「那由他様ですら……?エデンさんがちょっかいを掛けてそうだな?」
「そうなんだよー、で、叱られた」
「あのタヌキ、しょっちゅう叱られてんな」
涙目でプルプル震えるエデンを思い出してニヤリとした後、バビロンはリリンサをじっくり観察し始めた。
そうして抱いたのは、確かな違和感だ。
身体能力は普通の人間と大差ないな。
少なくとも超越者のそれでは無く、人間の冒険者を僅かに抜きん出た程度でしか無い。
だが、あの魔力の圧縮率はなんだ?
小さな体に詰め込まれている魔力量は、それこそ、階級持ちのミリオンに匹敵してやがる。
「世絶の神の因子抜きでアレか。そりゃ、平然と魔王の脊椎尾を動かせる訳だぜ」
「一応、人間用に調整はしてるけど……、どう考えても皇種並みの魔力総量なんだよね」
「でも違うんだろ?」
「違うね。魔導皆既を持つ僕が見間違う訳ないじゃん」
なんだあの人間、すっげぇ不思議。
それが、ムーとバビロンが辿りついた答えだ。
「そんでもって、もっとヤバいのが居る訳だが。……ユニクルフィン、なんだアイツは?」
「どういう意味かな?」
「どうもこうもねぇ。心臓を潰し魔力を強制接収してなお死なない、エデンが使うグラムよりも尖った覚醒体、一撃で装備品ごと俺の半身を吹き飛ばす……、那由他様が全力で止めに入る生物なんざ、人間って呼ばないだろ」




