第68話「見つけた宝」
「リリン……?」
振り返った俺の視線に立つ、平均的に頬笑んでいる少女。
白亜の竜を従えている姿は、まさに美少女の佇まい。
随分と泥で汚れている尻尾を差し引いても……、うん、まだ美少女だ。
「どうしたんだ、宝探しの途中だろ?」
「あんなに大きい音と閃光がしたら、普通は気になって見に来る」
「大きい音と閃光?」
大きい音は俺がバビロンに殴られた音だとして、閃光ってなんだ?
そんな派手な攻撃じゃなかったはずだが……、衝撃で記憶が飛んでいるのか?
「それで、さっきの話なんだけど……、ユニクが成長していないというのは聞き捨てならない」
なんだ?
いつもの平均的な表情だが……、ちょっとだけ怒っている?
「いやさ、負けちまったんだ、俺。そんで、自分を振り返って見たんだが、あんまり成長していないなって思ってさ」
「そんな事はない」
「リリン?」
「成長していないなんて、そんな事がある訳が無い。ユニクは誰よりも、私よりも成長している!」
俺がリリンよりも成長している?
毎日、美味しくご飯を食べて尻尾を生やし、現在進行形ですくすく成長させている魔王さまよりも?
いや、ふざけた事を考えている場合じゃないな。
リリンの真剣な顔を見て、考えを改めた。
「私と出会った時、ユニクのレベルは100しか無かった。結果的にそれは偽りだった訳だけど、その時の戦闘力はまさに100レベルと言って良い程にか弱かった」
か弱い少女筆頭みたいな可愛らしい顔の魔王様、そんな風に思ってたのか。
まぁ、実際に弱かったしな。
危うくタヌキに喰われ掛けた。
「そんな状態で、ユニクは普通のウマミ・タヌキに戦いを挑んだ。どう考えても敗戦濃厚。無謀どころか自暴自棄」
なるほど、だから防御魔法を掛けたてくれたんだな。
敗戦濃厚なら止めて欲しかったという俺の感情は置いておく。
「そして、当然のように圧倒されていた。最初のレベル200のタヌキなら何とかなりそうだったけど、助けに入ったアールは無理。戦闘になったら10秒でKOされる」
……え?
軍勢を率いて乱入しやがったタヌキ将軍ってお前かよッ!!アホタヌキィィィッッ!!
因縁ありまくりの癖に、何食わぬ顔で枕になってんじゃねぇよ!!
「その後に出て来た手頃なタヌキには戦略で上を行かれ、子連れのタヌキにすら引き分けたりと、ユニクのタヌキ戦歴はイマイチだった」
前者はともかく、後者はしょうがないだろ。
平均的にふてぶてしい顔の魔王さまが乱入したんだぞ。
「そんな訳で、私と出会ったころのユニクは、確かにちょっと英雄っぽく無かったと言わざるを得ない!」
自覚はある、自覚はあるんだが……ハッキリ言われると込み上げてくる物がある。
……くっ、おのれ、タヌキ。
「だけど、ユニクは成長した。再会したアールとの戦いでは近接戦闘を繰り広げて追い詰め、後の森ドラ戦ではアールを助けて共闘できるまでになっている」
そういえば、始めてのドラゴン戦はコイツに美味しい所を持って行かれたんだったっけ。
くっ、おのれ、アホタヌキ。
「続いて、ドラピエクロ戦。レベル99999のドラゴンの群れ200匹を見ても怯まなかったユニクは、ソドムと対峙しても一歩も引いていない」
確かに勝気に振る舞っていたが、それはドラゴン襲来という未曽有の危機の最中だったからだ。
つーか、1000匹のタヌキ将軍が降ってくる戦慄の光景は、生涯、忘れる気がしねぇぞ、クソタヌキ!
「そして……、ユニクは最新型のエゼキエルと戦い、互角以上の戦いをした。事実として腕と尻尾を落としているし、あのまま戦ったら勝てたと思う!」
リリンが尻尾を、俺が腕を破壊し、カツテナイ機神に決定的な傷を付けた。
それはワルトを始めとした仲間との共闘だった訳だが、それでも確かに起こった事実だ。
ざまぁ見ろ、クソタヌキィ!!
「だからユニクは成長している。その速さは凄まじく、今となっては心無き魔人達の統括者の誰よりも強い。私達が7名掛かりで戦ったチェルブクリーヴだって、たった一人で倒してしまった!」
そうだ、タヌキが絡まなければ、俺の勝率は決して悪くない。
……カツテナイのはタヌキだけだ。
「そんな訳で、ユニクは成長している。たとえ、今は手が届かなかったとしても未来は違う。きっと一年後……、いや、一週間後には勝てるようになっていると思う!」
365日→7日はちょっと短くし過ぎじゃないか?
だが、真っ直ぐに見上げてくるリリンの瞳が、その言葉を信じて疑わない。
それだけの信頼を向けられて、言い訳するのも見苦しいか。
……負けは負けだ。だが、心さえ折れてなければ本当の負けじゃない。
「リリン、悪いな。何度もカッコ悪い所を見せちまって」
「別にいい。どんな姿でもユニクはユニク。私の愛は変わらない!」
……。
…………。
………………愛、だと。
なんか、面と向かって愛って言われると、ちょっと恥ずかしい。
が、その言葉がまだ僅かに揺らいでいた俺の気持ちを打ち据えて、止めた。
「で、これはどういう状況?なんでカミナがいるの?」
「まぁ、簡単に言うとタヌキ大量発生で英雄がピンチって状況なん――、おっと」
「僕のユニに何ちょっかい掛けてんだ、悪喰ッ!!」
360度、空、森、地面から湧き出した矢の雨の飽和が、那由他を包み込んだ。
その一発一発に込められているのは、ランク8を超える魔法。
それらは色とりどり……、あらゆる系統の魔法を纏っている。
だが、それら全てを軽々しく手で払い除けてなお一歩も動いていない那由他は……、妖艶に笑った。
「義母親と子の触れ合いを邪魔するとは、聖母の名に恥じる行いじゃの?悪辣」
「義母……っ。残念ながら、今の僕は牧師なんだよねぇ。指導聖母・悪辣は卒業しましたー」
えっ、義母?
えっ、なになに……、義母?
まだ婚約って話じゃなかった……?
衝撃的な言葉によって思考回路がカツテナイほど破壊され、緊急停止。
これ以上の精神的な負荷はヤバい。心が折れる。
「落ち着けってワルト。ちょっかいを掛けられていたというか、どっちかっていえば、慰められていたんだ」
「ちょっかいを掛けられているんだよ、背中に!!ちょっと後ろを向いてくれるかい?ユニ」
「背中?」
「こんなに深々と刺しやがって……。そい。」
ぐあぁぁ!何か痛ぇ!?!?
物理的な衝撃に身悶えしながら振り向くと、ワルトが薄緑色の矢を握っていた。
どっからどう見ても覚醒・神殺しの矢っぽいんだが、そんなもんが俺の背中に刺さっていたと?
「ワルト、なにそれ?」
「神栄虚空シェキナで作った矢だねぇ。腹立たしい事に、この神話級害獣は神殺しを複製しやがるからねぇ」
そんな設定を聞いた気もするが……、いつの間に俺の背中に矢なんて刺しやがった?
俺が気絶していた時は仰向け、そん時には矢なんて刺さっていなかったぞ!?
「この矢は忌避感を無くし、友好的な感情を強制的に芽生えさせる。要するに洗脳や催眠の類だ」
「えっ」
……どうやら、俺はタヌキに化かされていたたしい。
それも、覚醒神殺しを使うという、神話クラスな方法で。
これが、カツテナイタヌキを従えている、神ジャナイ?タヌキの実力か。
ケラケラと笑って『イタズラ成功じゃの!』って顔をしているのを見る限り、手に負えない感が半端じゃねぇ。
「僕のユニの気持ちを弄んだ罪は万死に値するぞ、悪喰ぃ」
「やってみるがよい。できるもんならのー!」
「次の指導聖母会談での晩餐のメニューをコッペパンと水道水にしてやる。僕の権限で」
「んなっ、ジャムはあるかの!?」
「ははっ、無いよ。だが、お前は神話クラスの害獣だからねぇ……特別に、小皿に盛り塩して出してやる」
「それでも味気なさすぎじゃのー!?」
ワルトの怒りを垣間見た那由他が、見る見るうちに萎れて行った。
そして、全く容赦のない言葉攻めで打ちのめされている。
な、何という事だ、ワルトがタヌキの皇種を圧倒してるだとぉ……。
あっ、なんて凄まじい威力の一撃なんだ……。
なにせ、ウチの腹ペコ魔王も「それは余りにも酷過ぎると思う」と巻き添えを喰らっている。
「美味い飯の出ない会議に、何の意味があるじゃの……」
「会議って話をする場なんだけど、キミの頭ん中はどーなってんだ」
「全知なる儂の辞書には載って無いの」
「そんな役に立たない辞書なんか燃やしてしまえ。ちっ、大人しくしてたら普通のフルコースにしてやるが、どうする?」
言いたい事を言ってすっきりしたのか、最終的に飯で釣って場を納めた。
なんていうか……、ワルトはワルトですっげぇ成長してるな、特に精神面が。
「で、ワルトナ、この人?は誰?」
「指導聖母に化けてやがる人畜有害。タヌキのボス・那由他」
「そうなの?なるほど、確かにかつてなさそう」
那由他の顔をじっくり見たリリンはコクリと頷き、無言で空間に手を突っ込んだ。
そして取り出す、リンゴ&バナナチップス。
どうやら、タヌキの皇種を餌付けしたいらしい。
「食べる?」
「もちろん頂くじゃの!」
あっ、成功しちゃった。
流石タヌキ、全くブレない。
「ん、那由他様って呼んだ方が良い?」
「呼び方など何でも構わん。あぁ、飯に影響する様な品の無い奴はダメじゃの」
その理屈から行くと、クソタヌキはアウトだよなぁ。
歴史書に乗っているレベルで公共用語な訳だが、これからは控えるようにするか。
「じゃ、那由他って呼ぶ事にする。私の事もリリンサで良い」
「構わんが、面白くはあるの。この皇たる那由他を前にして呼び捨てとは、随分と胆力がある」
「それが策謀とかでない限り、敬称を付けないで呼ぶ事にしている。認めている人に対しては特にそう」
「ふむ?普通は逆だと思うがの?」
「私はその言葉遣いに『その相手と対等になりたい』という願いを込める。憂いなく呼べる様になる為にと」
飯が絡まなきゃ礼儀正しいリリンが、親父やミオさん、ホーライの事を呼び捨てにするのに、そんな意味が込められていたのか。
ホント、リリンからは学ぶ事が多いぜ。
「で、儂に何か用じゃの?」
「食事に招待したい。セフィナがお世話になったお礼!」
「なに、真かの!?」
「もちろん、コッペパンなんてケチくさい事は言わない。私の温泉宿の最高級料理でおもてなしする!」
「流石はノウィンの子。どっかの牧師と違って礼儀正しいじゃの!!」
あっ、やべ。
ちょっと感傷に浸っている内にカツテナイ・タヌキイベントが勃発しそう。
どうにかして……、そうだ、ワルトと協力して妨害をすれば良いんじゃないか!?
「ワルト……、あっ、ダメそう。ピーマンを前にした時の目だ」
「ピーマン?そんなもん、タヌキに比べればダースで食えるよ」
「おっ、あんなに嫌がってたのに克服したのか。成長してるな!ワルト!!」
「ノウィン様から渡された神託書に『ピーマンを食べなさい』って書いてあった時の僕の気持ち、キミに分かるかい?」
そういって俯いたワルト、その瞳の端に雫が見えた。
……本当によく頑張ったな、ワルト。
俺と親父がピーマンを喰わせようとすると、泣きじゃくりながらラグナの口に突っ込んでいたのを覚えているぜ。
とりあえず、リリンにバレない様に頭を撫でておこう。よしよし。




