第66話「超えるべき壁・タヌキ帝王バビロン②」
「流石に無傷とはいかなかったか」
両腕と一体化したガントレットから流れ込む絶対破壊と惑星重力制御のエネルギーが、身体の中を循環し始めた。
それは、身体が警告を発する事すらできない、禁忌。
人間は、いや、全ての生物は、神が定めし理で構成されている。
姿形も、身体能力も、寿命も、すべてDNAという名の神の因子によって管理されているからだ。
「もう血が流れてねぇな?が、身体に良くなさそうな止血の方法だ」
超越者になれば神の理の一部から脱却できるが、裏を返せば、その種族から逸脱していく。
そして……、グラムの絶対破壊は、人間として存在する為に必要な最低限の神の因子すらも破壊できる。
傷口から血が流れるという、身体を防衛する為の理。
俺はそれを破壊し、無理やりに血の流れを止めた。
「これくらい皆やってるだろ?」
「まぁな。それができて、やっとスタートラインだ」
ビキビキビキと俺の身体が軋んでいるのは、新陳代謝の上限を壊し、異常な速さで筋肉を発達させているから。
上手に理を壊すことで、肉体を人間のポテンシャルを超えた状態へ引き上げる事ができる。
「あんまり長引くと弊害が出そうだな」
「それはお前が未熟だからだ」
「言ってくれるじゃねぇか、バビロンッ!!」
身体の中に流れているのは、絶対破壊だけじゃない。
惑星重力制御、この力はもっと直接的に俺を強化する。
踏み込んだ足から重力場を発生させ、身体に掛っていた重力を推進力へ返還。
大地を踏みこみ為に必要な体重を最適化させ、一直線にバビロンへ向かい、切り結ぶ。
「いい、突撃だッ!!」
胴薙ぎに一閃したグラムを迎え撃ったのは、低い重心から繰り出されたアッパーカット。
剣の軌跡が上にズレ、弧を描きながら飛んでいく。
「剣を手放し……」
「得意だろ?殴り合い」
ガチン。っとガントレットを打ち鳴らし、走った火花に重力を乗せる。
作り上げたのは、擬似的な超重力地場。
せっかくだ、ここは公平に行こうぜ。
お前以外を攻撃できないんなら、お前の攻撃対象も俺だけであるべきだ。
「重力で引っ張ってやがるのか!!」
「《質量衝打》」
ふてぶてしい顔に拳をめり込ませ、それを開始の合図とする。
繰り出すは、赤い流星のごとき絶対破壊を乗せた殴打連撃。
別に、殴るってのはタヌキの専売特許じゃねぇんだよ。
「くたばれ、クマタヌキィィッッ!!」
「クマになった覚えはねぇぇぇッ!!」
再び発生した、殴打の嵐。
だが、今度は俺が攻め込む番だ。
幾度かの拳がバビロンの腹にめり込み、確かな感触が返って来た。
「がっ……、《含哺鼓腹!》」
タヌキが腹包みを打つとは、まさにこの事だろう。
軽快な音と共に放たれた衝撃波、それに拳を突き出して破壊。
後退しようとするバビロン、それを捉えるべく全力で斥力を発生させる。
「随分と使いこなしてやがるな。腹が減るが、しゃーねー《窮狸の決手・棄糧沈船》」
「今更、何をし……!」
「《一云刀斫不入 火焚不焦 ……、天吊り風狸ッ!!》」
斥力に絡め取られたバビロンは、後ろ向きだった重心を俺に向き直し、バッファを掛けた。
ふさふさだった毛並みを荒れ狂わせる、轟風。
それを身に纏い、踏み砕いた大地と共に塵風と化す。
「たかがレベル13万程度で粋がってんじゃねぇ!!」
五連撃を裁き切った代償に、俺の右腕が上に撥ね退けられた。
一呼吸もすれば、ふたたびバビロンの連撃が始まるだろう。
……そんな時間があるならな。
俺が引き寄せたグラムの持ち手が、指に触れた。
「《絶対破断加重》」
「いつの間に!」
空気……、物質の移動に抵抗力を与え、速度という限界を定める。
空間……、物質の存在そのものを認めると同時に、その領域に押し留める。
時空……、物質の過去現在未来、それらは重なり合う事は無く、同時に消滅する事もない。
高次元に存在する、『物質』として確立される為の条件。
おそらく、バビロンの噛神食指はそれを歪めて、無限に復活する能力を手に入れている。
それら全てを根こそぎ破壊する為に、渾身の力をグラムに込めよう。
神の因子を破壊されれば、どんな魔法を使えど、二度と取り戻す事は叶わない。
「ぐ、おぉぉおおお!!」
現在のグラムの破壊力は、今までの比では無い。
なにせ、グラムの刀身とガントレット、それらに絶対破壊と惑星重力制御が宿っている。
バビロンが振り下ろされたグラムに向かい、怒濤の連撃を放った。
圧倒的なまでの質量を押し留める為に、威力を削ごうとしているんだろう。
現在の状態は拮抗、どちらとも前にも後ろにも進んでいない。
さてと……、左腕も添えようか。
「くたばれ。カツテナイッ!!タヌキィィィィィッッ!!」
「《窮狸の打破・大死一番ッッ!!》」
3倍となった重力で押し潰し、グラムの刀身が前に進む。
その瞬間、悟りを開いたバビロンが攻撃方法を改めた。
奥歯を噛みしめながら放つ、体重を乗せた渾身の右ストレート。
接触した刃と拳の境界面に、虹色の光りが灯って爆ぜる。
「かはァァァ……。あぶねぇ、やられる所だったぜ」
「仕留め損なったか。が、勝負あったな」
互いの攻撃は終了し、互いに生き残った。
だが、新たな傷を負って無い俺に対し、バビロンは右腕を下げながら肩で息をしている。
「ほんのちょっとだけだが、グラムの刀身がお前の素肌に届いた感覚があった」
「……っち、作ったばっかの噛神食指じゃ、鍛えが足りてねぇな」
「俺の勝ちだ。バビロン《特異点の刻印》」
斬った対象物に破壊の波動を流し込み、どんな小さな傷でさえも致命傷へと進化させる。
それは、『英雄見習い』だった時代の俺の奥義。
「《無物質への回帰》」
バビロンの腕に付けた破壊の刻印。
それは、刻まれた瞬間から物質の破壊値数を読みこみ、分子レベルの崩壊を引き起こす時限式の絶対破壊。
眩い光が漏れだした拳を握りしめ、バビロンが走り出した。
既に手袋の中身はボロボロ、そんな状態じゃグラムは受け止めら――。
「弾っ……かれただと!?」
「これのどこが勝ちなんだ?英雄」
打ち据えられた拳が、俺の胸骨を砕いた。
圧迫された肺から空気が抜け、呼吸がままならない。
「かは、かふ……っ!!」
「《窮狸の正拳・椀飯振舞》」
なに、なにが、起こって……。
点滅する視界は、こめかみを殴られたから。
胸が熱いのは、塞いだ傷が開いたから。
背筋が寒いのは、死に隣しているからか。
「《空……間、破壊ッ!!》」
狙いを付ければ、それは全てバビロンに向かう攻撃になる。
なら、狙いを付けずに無差別に攻撃すればいい。
「かふ、かっ、かは……、ちっ、痛ぇ」
何度か喰らった拳の衝撃で、口の中を切っちまったらしい。
溜まった錆味を吐き捨てつつ、傷口へ絶対破壊を注ぎ込む。
「バビロン……、なんだそれは?」
「これか?噛神食指・ギガントイーター、俺の悪喰=イーターを組み込んだコイツは、攻撃を喰らえば喰らうだけ成長する」
俺と撃ち合っていた時の嚙神食指の大きさは、手首までを覆う手袋程度だった。
だが、現在は二の腕までを覆うガントレットに近い姿となっている。
「まるで腕だけ機神になったみてぇだな」
「ソドムにも良く言われたぞ。パワードスーツだってなァ」
変化したのは大きさだけじゃない。
布のような質感だったそれが黒い結晶で覆われ、竜鱗の様になっている。
「《狸羅刹・紫金銅分福茶釜》」
――決めに来る。
肌でそれを理解し、その思惑に俺も賛同した。
俺とバビロンを斥力で結んで互いに引き寄せながら、空気抵抗などの加速を邪魔する神の理を破壊。
これから起こるのは、刹那秒に満たない攻防。
一刀のすれ違いで、切り伏……
「……?かっっ」
「勝利宣言つーのは、全部終わってから出すもんだぜ。ユニクルフィン」
俺はまだ動いていない。
最初の一歩を踏み出すその前――、息が吸えなかった俺はその場で立ち尽くした。
「……。」
「冥土の土産に教えてやる。俺が仕掛けた罠は二つ。その両方にお前は引っ掛かった」
まるで巨大な茶器の様な、お椀状に陥没した大地。
その底で、俺はバビロンに組み敷かれている。
「噛神食指の第三の効果『鬼心仏手・束手無策』。こいつは、俺がこの手でブッ壊した状態が正常だと世界に誤認させる。どんな手段で回復しようが、自動で破壊した状態に戻っちまう。だから、お前の傷口が再び開いた」
「そして、お前が空気操作だと当たりを付けた『天吊る都こそ箱庭』、その考えは正解だった。だが、読みが浅かったな」
「ただ空気を操作して風を纏うだけじゃねぇ。俺が仕掛けたのは空気濃度低下による、酸欠。これが中途半端な超越者には良く効くんだ」
声が遠い。
何を言ってんのか、よく分からねぇ。
だが、俺がどんな状況なのかくらいは、分かる。
破れた心臓は、二度と動くことはない。
「その程度の実力で届くほど、レベル999999は低くねぇ」
ごぽりと引き抜かれた腕が握っているのは、俺の……。
……あぁ、ほんと……、
かつて、ねぇ……。
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「う、あ……」
「あ、生き返ったわ」
うっすら目を開けると、そこにカミナさんの顔があった。
この見下ろされる体勢は間違いない。これは……。
俺が頭を乗せているのは、程よく柔らかくて、とても暖かい何か。
かすかに聞こえる脈動が、それが生物であると訴えてきている。
……ふっ、まさか、リリンでもワルトでもなく、カミナさんに膝枕童貞を捧げるとはな。
まったく、これが魔王共に知られたら一大事だぞ。
だが、折角だし、この気持ちいい毛皮を堪能し……、毛皮?
「……。おい、アホタヌキ?」
「ヴィギルア?」
「枕、ご苦労」
「ヴィ!!」
俺の枕になっていたアホタヌキが、声高らかに返事しやがった。
……。
…………。
………………空気読めよ、アホタヌキィィ!!




