第65話「超えるべき壁、タヌキ帝王・バビロン①」
「いらねぇんだろ。手加減」
……あぁ、そんなもんはいらねぇな。
本気のお前を倒して、カツテアッタ・タヌキにしてやるぜ。
サチナの結界を解除し、環境破壊対策も万全。
周囲一帯をエゼキエル軍団が取り巻き、おあつらえ向きにカミジャナイタヌキまで見ていると来た。
現在の状況は、まさに八面六臂タヌキ地獄。
これじゃもう逃げられねぇが……、そもそも、逃げるなんて後ろ向きな考えじゃ、俺が望んだ特別な結末は手に入らない。
タヌキ帝王・バビロン。
お前はレベル999999とかいう、王蟲兵と同じ超状の化物。
試金石として使ってやるよ。
「いくぞ、グラム。世界を壊しに」
ふと浮かんだこの言葉は、幼い頃の俺の戦闘儀礼
言ってしまえば唯の格好付け、だが、不思議と握る拳に力が入る。
「《破壊への恩寵》」
バビロンが使用した大規模殲滅タヌキ魔法によって、大地には巨大な魔法陣が描かれている。
現在の俺への影響が無い以上、アンチバッファの類では無さそうだが……、不確定要素はさっさと壊すに限るな。
「《魔力破壊》」
振り下ろしたグラムが狙うのは、『天吊る都こそ箱庭』の破壊だ。
視認している魔法陣の破壊値数は、もともとあった大地から変化していない。
刃の切っ先が触れれば即座に破壊できる程度の強度、そう判断した俺の攻撃が向かった先は……、バビロンだった。
「なん……!?」
「神を殺さんとする拳だぞ、よそ見なんかさせる訳がねぇ《拱手傍観・隔岸観火》」
振り下ろした筈の刃先が、大地へ向けていた視線と意識が、バビロンへ固定された。
そして、初めからそうであったかのように、接近してきたバビロンへ振り払いを放った。
これは……、強制的な意識誘導か?
幾度かの小競り合いをしつつ探った結果、俺が選べる攻撃対象は『バビロン』のみとなり、それ以外が許されなくなっている。
「ちっ、認識阻害系か?だが、俺自身への影響じゃないな」
「お前には何もしちゃいねぇ、影響を及ぼしてるのは俺とお前の因果律……、宿命って奴だ」
バビロンが装備している赤黒い手袋は、アルカディアさんの千海山を握する業腕を元に造られた神壊兵器だ。
そのガントレットがそうであったように、文字通りの意味で神を壊す為に存在するそれは、世界の物理法則という神の理を書き変えてしまうらしい。
何らかの効果があるであろうバトルフィールドの破壊、そんな絡め手は選択肢の中から消えた。
ならば、真っ向からブッ壊して勝つしかねぇな。
「《重圧崩壊切ッ!》
「 《窮狸ノ掌底・一炊之夢》」
『重圧崩壊切』は物質が持つ境界面に沿って破壊のエネルギーを差し込み、崩壊させる。
そんな俺の刃が、バビロンの正拳突きと衝突した。
現在のグラムの覚醒体は『神界殱酷・グラム=ギニョル』。
絶対破壊と惑星重力制御を高い水準で融合させた大剣であり、副武装として同様の効果を持つガントレットが右腕に装備されている。
この剣の特徴は、破壊値数がゼロになるまで攻撃対象を引きつける効果がある事だ。
あらゆるものを壊せるグラムの攻撃が、その物質が壊れるまで続く。
文字通りの意味での絶対破壊を秘めた攻撃、だが……、
「これは……、堅いんじゃねぇなッ!!」
「噛神食指の第二の能力『懸崖撒手・ 全生全帰』。この手甲に大した強度はねぇ、だからこそ、何度でも無限に壊れ続ける。永遠にな」
グラムから返ってくる感触は、確かに物質を壊した時のそれだ。
だが、その感覚が終わらない。
まるで無限に存在する壁を壊しているかのように、ずっと現状維持が続いている。
「グラムにあつらえたような能力だな」
「絶対破壊、世界最強の攻撃力なんて武器があるなら当然だよなァ、対策するのはよォ!!」
埒が明かない。
そう思い仕切り直す為、周囲へ破壊のエネルギーを無差別に撒き散らす。
そこらじゅうで有爆が起こり、鍔迫り合いをしている俺とバビロンを爆風が包み込んだ。
その風に乗って退却を――、ッ!!
「随分と昔の話だがな。流行ったんだぜ、風を従える歩調《天吊り箱庭の散歩》」
これは単純な話だ。
爆風と同じ速度で後退する俺よりも、その爆風を踏み蹴り走るバビロンの方が速い、そんな当たり前の結果。
ギシギシギシ……と引き絞られたバビロンの右腕、それに特殊効果なんて無い。
唯の殴打。
特別な事は何もしていない、シンプルな攻撃。
「がっ……」
叩きつけられた拳と胸の間に、辛うじて左腕を差し込む事が出来た。
そうしてなお数十m吹き飛ばされ、……叩き割られた俺の大胸筋から血が噴き出す。
「……普通に殴られただけでこれか、痛ぇな」
「対応できんのか、そうかそうか。そこそこやるじゃねぇか」
シャツが湿り気を帯びて行く感覚から察するに、胸の裂傷は15cmって所か。
むしろ、左手の方が深刻だな。感覚が無い。
「お前の攻撃を生身で受けるのは無理だな、破壊のエネルギーを纏っても相殺できてねぇ」
「そんな芸当ができるのは、エデンさんか那由他様くらいだぞ」
いや、親父はそれを当たり前のようにしていたし、蟲量大数と戦った時に俺自身も何度か体験できている。
偶然だったそれを必然へと昇華する、それが、これからの未来で999999と戦う為の必須技術だ。
「とりあえず……、思い付いた事を試していくしかねぇ」
「何をするんだ?」
「こうすんだよ」
感覚を失った左腕へ、ガントレットを纏う右腕の感覚を流し込む。
エデンが扱うグラム=ギニョルは、両手のガントレット付きの双大剣。
ならば……、左手にガントレットを装備しても何の問題もない。
「へぇ、覚醒体を後からいじれるのか、器用なもんだぜ」
破壊された血管と神経節を通し、指先までグラムのエネルギーを循環させる。
いつもはある装備品を付けている感覚、それを肉体と混ぜて一つにした。
気が付けば、俺の両腕はガーネット色のガントレットと一体化していた。
失った左腕の感覚も取り戻し、戦いを仕切り直す。
「天吊る都こそ箱庭の効果対象は『空気』。それを望むがままに操作する魔法って所か」
「さぁな?」
「別に確認してる訳じゃねぇよ。ただ、パートナーと意思の疎通をするのが癖になってるだけだ」




