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第4章プロローグ「神が求めた英雄譚」

「ユルドルード、来たー!」



 神は何もない空間にゆったりと座り、その傍らには湯のみ、もう傍らには煎餅の入った袋が浮遊していた。

 すうっと湯呑に手を伸ばした神は、あちちっ!とその熱さに驚きながらも手に収め、空間を見やる。



ボクは今、最高に気分が良い!マジ、気分が創世記ジェネシス!なんてったって行方不明だったユルドルードを見つけたんだからね!!」



 神は嬉しそうに笑い、何かが映し出されている空間をしきりに見つめている。

 そこには屈強な男が映し出されていた。

 英雄・ユルドルード。

 世界中に名を轟かせた、間違うことなき英雄の姿がそこにはあった。



「んふふっぅ。いつかは出てくるだろうと思っていたけど、こんなに早く出てくるとは思ってなかったよ。うんこれで、ユルドの物語も同時に楽しめる。どれどれ……おぉ!何処かの山を登ってるね」


「ん?一人じゃないな。ユルドの陰に隠れて良く見えないけど、もう一人、ちっちゃいのがいる。誰だ?……あれ?」


「……マジか。あんなのと一緒に居るとか、どういう事だ?くぅうう、物語を見ていなかったのが悔やまれる!!」



 神は悔しそうに拳を握ると、もう見逃さないと決心を込め、空間に視線を注ぐ。



「あぁ、楽しみだね。過去の主人公(ユルドルード)が再演する、人類最強の物語!!」



 **********



「のー、ユルドよ。お前さんの足なら、あのアルテロから雹塊山ひょうかいさんまで3時間もかかるまい。なのに何で、クネクネ何日も遠回りしとるのかの?」

「そうは言ったってしゃーねぇだろ?三頭熊を狩りながら、なんだから」


「あぁ、あの米粒みたいに遠くに見える奴が、クマじゃったのかの?片っぱしから爆散しとったが」

「爆散じゃねぇよ、原子の消滅だ。現象が違うから間違っているぞ。”ナユ”」


「いや、原子を消滅させれば、付随して爆散も起こるじゃの。間違ってはおらん」

「ちっ。キッチリ見えているじゃねぇか」


「くくく、それくらい出来ねば、お前さんの横に立てんの!」



 ユニクルフィン達が滞在している町、アルテロから北に向かって50kmに位置する山「雹塊山ひょうかいさん」のふもとに、二人の人影があった。


 屈強な体を持ち、鋭い眼光を輝かせている男。

 その男こそ、人類最強を自負する英雄・ユルドルードだ。

 彼はまさにどこにでもいるような冒険者の恰好をしている。

 それこそが、オシャレにこだわりの無い彼のこだわりであり、どこまで行っても自分は冒険者であると自覚しているためだ。

 たとえ彼自身の強さが、まさに人外の領域に達していようとも、それは変わる事がなかった。


 そして、彼の横で、何の苦もなく歩いているのは、ユルドルードとはまさに正反対の存在

 体のラインが細く背も低い。一見して頼りなく幼い。どのような状況であっても護られる側であると誰もが言うような、そんな容姿の少女。

 その姿は、浅黒い肌に、少し癖っ毛のある髪。さらには絶対に山を登るような格好ではない、ゆるいサイズのワンピースをすっぽりと覆いかぶさるように着ていた。


 ユルドルードとナユと呼ばれた少女は、なんだかんだと会話を楽しみながら、アルテロからここまでの距離を、歩いて移動して来ていた。

 その道中途切れることの無かった会話は、今もなお、続いている。



「の、ユルドよ。お前さんの子等こらは、見どころ有りそうじゃったの!」

「おい待て。リリンちゃんは俺の子じゃねえぞ」


「でも、そのうちにお前さんの子になるのじゃろ?」

「どうだかな。ユニクはかなりのヘタレだ。あんなに可愛かったら、俺ならもう手ぇ出してるぞ?」


「なんだ、そんなに溜まっておるのか。仕方ないの。ほれ、ぺろーん!」

「……馬鹿なことしてると、風邪引くぞ。いや、むしろ引け」


「ふっふ。生まれてこのかた、風邪なんぞ引いた事無いからの!むしろ引いてみたいわ!!」



 ナユはユルドをからかう為に全力を尽くしている。

 そして、圧倒的な力を持つユルドですら、この少女にやられっぱなしだった。

 この雹塊山へ向かう旅路も、それは変わらなく続いている。



「話を戻すが、ユニク達に見どころがあった? お前から見てか?あり得んだろ」

「このわっしだからこそだの。だってあやつら、タヌキの家族を助けておった。儂的には評価点1億タヌキポイントを進呈したいの!」


「なんだそのポイントは……」

「1000万タヌキポイントで超美系タヌキを一匹プレゼントじゃ。10匹贈り付けてやろうかの!!」


「迷惑だからやめろ。マジで」



 ころころと笑う少女にウンザリとした視線を返すユルドルード。

 それこそ、本当に嫌そうである。

 毎日の事であるが、だからこそ一層、疲れてくるのだ。


 そしてこの表情は、いつまでたっても変わる事がなかった。

 幾度となく繰り返す問答に対する答えはこれしかないとユルドルードは確信しているからだ。


 たとえそれが、


 人知を超えた(・・・・・・)領域の奇襲(・・・・・)をかけられていようとも、自身の周囲5kmの森が、一瞬で荒野に変わり果てていようとも、変わる事はなかった。



「いつの間にか、奴の領域(・・)に入っちまってたみたいだな」

「なんじゃ、ユルドは結構、抜けてるの。3歩前に踏み込んだぞ?」



 だが、この二人はまったくの無傷。


 天空から大質量の大岩が降り注いだのにもかかわらず、その身近に迫った岩の全てを切り伏せ、道の傍らに整列させていた。

 ユルドルードを中心とした10m前後の道は、まるで城壁の石垣のようになっている。

 もっとも、それ以外の全てが地表の土と混ざり合っているため、何の意味もない。



「上から来たってことは、鳥系の何かってことか」

「鳥じゃの。わっしらの上を通りすぎた後、東の方を旋回しこちらに戻ってきておる。まぁ、儂ですら、あんなに悠々と飛ぶ、あの種類の鳥を見たことがない。珍しいことは珍しいの!」


「あぁ、見えた。かなりデカイな。羽を広げた全長が500mはある。間違いようがねぇ。……皇種だ」



 英雄たる彼、ユルドルードがここに来た理由。

 それは、アルテロの町を襲った三頭熊事件が発端である。

 本来縄張りを変更する事のなく、野生動物としては上位にあたる三頭熊の大移動。

 それは知る人ぞ知る、暴威出現の象徴だった。


 皇種。 

 それは大災害の象徴であり、皇種と言う存在は、違う種族の生物にとって寿命と同意義を持つ。


 たとえどれほど強力な生物であっても、出会ってしまえば、命を落とすことなど大前提。

 あたり前に訪れること、すなわち、寿命が尽きる事と同じだとされているのだ。

 そして、たった一度の襲撃で、そのレベルと等しい数の生命が命を落とすとされている。

 それは、知識を蓄え、技を研鑽してきた人間とて同じ事だと、歴史が証明していた。


 だが、この『英雄』という、人種は違う。

 絶対の暴威を退ける可能性を秘めた者。人間として、いや、生物としての限界値を超えし者。


 英雄・ユルドルードは、ナユの指した方角に視線を移す。

 遥か先、30kmは先であろう位置に見える白い影。

 音速を簡単に超えるスピードで飛ぶその姿は、誰しもが見たこと有る、ある鳥をユルドルードに思い出させていた。



「ゴゥゲェェェェ、ゴッゴォッォォォォォォォオオォォォォォォォォオォォッォォオッォオォォォォォォォォォォォォッ!!」



「……おい、ナユ。 アレ、何の鳥に見える?」

「ふむ。白い体で、頭に立派な赤いトサカ。尾は長く、足は鋭い爪を携えておる。うまそうじゃ。じゅるり。」


「あれ、ニワトリだよなッ!? なんだあのデカさ、吃驚したわッ!!」

「まぁ、もしかすると、100万分の1くらいの確率で、鳳凰とかかもしれんがの。コケコッコ―と鳴くとは、愉快な奴じゃ」


「そんな鳳凰、いたら嫌だつー、のっ!」



 ユルドルードは言葉を切らしながら、大剣を振った。

 その大剣が触れた刹那、爆発の音と共に、天空より再び降り注いでいた岩が崩壊した。

 不思議な事に、たった一つの岩に大剣を衝突させただけで、空中に存在した全ての岩が同時に、まったくの同じ動作で崩壊したのだ。



「まぁ、でかいが、手間はさほどでもなさそうだ」

「だの。ふむ、焼くか…煮るか…。揚げもなかなか……」



 確かな鑑定眼を持つ彼らは、その超生物をしかりと見定め、言葉を交わす。

 少女に至っては、事後の心配をしている始末だ。



「おい、一応、対話を試みるんだからな?相手を不愉快にするような発言は控えよう、な?」

「なぁに。対話が失敗しても問題ないじゃろ。むしろ成功する方が問題じゃの!わっしの食欲的に」



 そんな軽いやり取りは、彼らだからこそできる所業。

 普通の人間であったなら、たったの一言も言葉を交わすことが出来ないだろう。

 なぜなら、その天空を覆う大翼の近く、神が示した神聖な数字は、通常ではあり得ない6桁目を表示している。



 ―レベル 385106―



 生物としての限界値、レベル99,999を遥かに超えるその数字こそ、皇種たる象徴。

 それは神によって示された、”強さ”の体現なのだ。



「はぁ、めんどくせ。滅茶クソ攻撃仕掛けてきてるし。おーい!そこの鳥!!俺の言葉が理解できるよなァ?」

「ゴゲェェッ!、グゲェェッ!」


「わっかりずれぇ。ナユ!」

「ユルド通訳は面倒じゃ、対話魔法を使ってやるから勝手に話せ《原初の言葉スタートスペル》」


「サンキュー。おい、鳥、単刀直入に言うぞ!人間を襲うな。あと、クマをいじめるな。以上」

「コココ、殺スッ!。クマ、同胞殺スゥ!!ダカラ殺スゥゥゥッ!」


「人間は?」

「カカカ、家畜ニスルッ!。ニンゲン、同胞産マセテ喰ラッテイルッ!。ダダダ、ダカラ家畜ニシテ、毎日産マセテ、ククク、喰ラッテヤルッ!!」


「ダメだこりゃ。話になんねぇ」

「そうじゃ、考えるまでもない。焼きじゃの!!」



 鳥の皇種と英雄ユルドルードの交渉は決裂した。

 これから先は、別の対話が始まる。


 暴力と暴虐での対話。戦闘とは呼べず、戦争でも無い。

 どちらが先に壊れるか。それだけなのだ。



「最後に名前ぐらい聞かせろや、鳥。覚えておいてやるからよ」

「ヴヴヴ、ヴァジュラコックッ!我ガ名ハ、皇種・ヴァジュラコックッ!!おうトシテ、キサマニ裁キヲ下スッ!フフフ、粉砕シテ、撒キ餌ニシテヤルッ!!」



 人知を超えた英雄と、生物の領域を超えた皇種との戦いが始まる。

 歴史として語られることの無い、ユルドルードの日常が始まるのだ。


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