第3章幕間「リリンサの手記3」
7の月、25の日。ユニクと出会ってから三週間目に入っている。
ふぅ。やっと落ち着いた。
ここ最近の多忙さと言ったら、目が回るほどで日記もろくに書けていない。
正直、レジェたちと国盗り合戦を仕掛けていた時の方がマシなくらい。
あの時はゆっくり眠れただけ、すごくマシ。
眠れないは、私の横で気持ちよさそうに眠っている彼こと、ユニクが最たる原因。
……何で彼は、横に異性がいるのに何のためらいもなく寝られるんだろう?
確かに、三頭熊のせいで山を駆けまわって疲れていると思うけど、少しくらい恥じらってくれてもいいと思う。
すごく、思う。
はぁ、愚痴を書いてもしょうがない。
日記をまとめて、さっさと寝よう。
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ここ最近の起こった出来事、その中でも最も衝撃的だったのは、ユニクに胸を揉みしだかれた事。
訓練中の事故とは言え、あんなにしっかりと揉まれるとは思っていなかった。
両手。
両手で、しっかりと、同時に。
胸が小さいと野次られただけで、顔から火が出るほどに恥ずかしかったのに、この仕打ち。
恥ずかしさのあまり、一瞬だけ殺意が芽生えそうになったが、なんとか我慢した。
ずっと前にメナフやワルトナから聞いた話だと、男性というのは胸に興味が有るらしい。
それに、母性本能的に求めるとか、生理的欲求がDNAに刻まれているとか小難しい話をカミナも言っていた気がする。
恋愛経験のない私にはよく分からないけれど、ユニクが求めるなら……私は……。
……。よくよく思い出したら、不安定機構の受付に行く前、大きな胸の魔導師にユニクの視線は釘付けだった。
思わず殴ってしまったけれど、これはいけない。
ユニクの動向に細心の注意を払いつつ、速やかに豊胸になる方法をカミナに聞かなくては。
彼女なら、専門的な観点から的確なアドバイスをしてくれるに違いない。
なお、お母さんは胸がとても大きかった。ポテンシャル的には満たしてると思う。というか、信じたい。
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冒険者の資格を貰いに行ったら試験が有ると言われた。
そんなものあったっけ?と思い出してみたら、お父さんやお母さんとピクニックに行ってる。もちろん幼いセフィナと一緒に。
その時にヘビを捕まえた気がする。
というか、ヘビの巣穴に魔法を撃ち込んだ気がする。「いちもうだじーん!」とセフィナが喜んでいたのを覚えている。
そんなこんなで、試験を受けることになった訳だけれど、ユニクと一緒に試験を受ける人に問題があった。
ロイ・フィートフィルシア
シフィー・キャンドル
この二人の家名には聞き覚えがある。
どちらの家名も、そこそこの大きさの統治領を持っているはず。
特に、フィートフィルシアはレジェが欲しいと言っていたから間違いない。
フィートフィルシア領は、大した特産物の無い穏やかな農村が多いらしいけど、なにせ土地だけは広い。
有効に使う手段なんて、山ほどあるなんて言っていた。
これは、ラッキーかもしれない。出来れば仲良くなりたいと思う。
私はともかく、ユニクには後ろ盾が何もない。
レジェに後ろ盾になって貰うなど、何をさせられるか分かったもんじゃない。それこそ、「ユニクに側室100人与えて王族にしましょう」とか言い出しかねない。却下。
さて、試験を始めようとしたら、雑魚冒険者がしゃしゃり出てきてしまった。
通常、ランク2ともなれば、それなりの経験が有るはずだが、こいつは私のことを完全に舐めている。
こんなのが冒険者の平均だと思われてしまっては、ユニクの教育に良くない。
少し矯正してあげようかと思っていたら、よりにもよって、気にしている胸の事を罵倒された。
絶対に許さないと心に決め、剣の鞘でたこ殴りに……!と思って剣を召喚したら、ユニクが背後に近寄って来た。
動きには気づいていたし、かわす事も出来たけど、せっかくなので抱かれてみる。
意外とがっちりとした感触で心地よい。
最近は目に見えてたくましくなっているユニク。ドラゴン攻めが効いたのかもしれない。
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そうして、冒険者の試験は始まったけれど、初日に気になる事があった。
こっそり索敵の魔法を使って安全を確認したのだけれど、野生動物の数が少なすぎる。
見かけたのは、ウマミタヌキと、ヘビ。連鎖猪もいるけど、こんな浅い森に出没するなんて珍しい。
何か有りそう……?
一応保険にと、次の日からはホロビノに警護を任せよう。用心する事に越したことはない。
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三頭熊がいた。
あの憎き三頭熊がいたのだ。
三頭熊はそれはもう危険。同じランク5帯の生物でもぶっちぎりに危険。
戦闘力もそこそこだが、魔法を無力化する肉球が面倒な事この上ない。
私も昔、酷い目にあった。
筋肉師匠がホイホイとデコピン一発で倒すから勘違いしてしまって、それからはもう……。
しかし、連鎖猪はともかく、三頭熊は北の山々にしかいないはず。
こんな所に来るのは少々おかしい。山で何かがあった?
結局、三頭熊は結構な数がいて、ホロビノとも戦闘を行っているようだった。
ホロビノは三頭熊と戦闘の経験がないから、不覚を取ったのかもしれない。
すごく心配……怪我などしていないといいんだけど……
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三頭熊の群れに遭遇。
付近にホロビノの姿はなく、不安がよぎる。
数は23頭。レベルの最も高い個体は60,000を超えていた。
正直、この状況は好ましくなかった。
三頭熊は、獲物を絶対に逃がさない。
習性として獲物の取り合いをする事はあっても、獲物一匹に対して協力攻撃をするような動物じゃない。
ユニク達を守ろうにも、魔法防御が役に立たないし、群れの殲滅には時間がかかる。
しかも、近くに村が有るために広域殲滅魔法も使えないときている。
運に左右される状況。
ユニク達には逃げて貰う。視野は第九識天使で共有している為、逃げた先の状況は把握できるけど、ユニク達に危険が及ぶようであれば――――。
と、ここまで考えた所で、澪が来た。
なんと都合のいい事だろう。
澪がいるのならば問題ない。憂さ晴らしに直接打ち込むタイプの魔法で三頭熊を狩ってやった。
毛皮の状態がいいなら、そこそこの値段で売れるけど、どーでもいい。澪もいいって言ったし。
結局、三頭熊を狩りつくすのに5分以上もかかってしまった。
澪は90秒で出来るらしいので、もう少し近接戦闘の腕を磨いた方がいいかもしれない。
魔法が効くなら楽なのに。
それと、気になる事があった。
草むらに、私が制裁を与えた冒険者のハンズが隠れていた。
そのハンズという冒険者が、おかしい。
三頭熊を狩り終わった後、妙な事を言い出した。私やユニクに向かって強くなっておけ、と。
あんな三流装備の冒険者に知り合いはいない。
流石に疑問を感じ、杖で殴ってみようかと振りかぶったら、次の瞬間には頭を撫でられていた。
いや、ただ頭を撫でられただけではない。
的確に私の肩に一撃を入れて、杖を振りかぶる力を消し、無抵抗の頭を撫でられた。
あまりの事に身動きすら取れなかった。
間違いなく、ランク2なんかの動きじゃない。
おそらく、私と同じくレベルを偽っている高位の冒険者だろう。
なぜ、レベルを偽っているのか?
だとしたら、最初に私に制裁されたのは、なぜなのか?
疑問は上げたらきりがないけれど、三頭熊の群れを前に名乗り出なかった事は間違いようがない事実。
結局、ロクな奴じゃない。冒険者としては二流以下。
今度見かけたら、この前よりもキツイ制裁を与えようと思う。
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ロイとシフィーの旅立ちを見送った。
フィートフィルシア領に帰るというロイに、シフィーは付いていくという。
いきなりそんな事を言われて、戸惑ってしまった。
シフィーには魔法の才能がある。
完全に詠唱破棄はまだ出来ないものの、魔法の呪文を編む速さが異常に速い。
後一カ月もすれば、一人で三頭熊を狩ることも出来るようになっていただろうに、すごく残念に思う。
それに、この町の案内や一緒に買い物も出来なかった。
美味しいと評判の料理店に連れていってくれると約束していたし、これも残念。
もし、何処かでまた会えたのなら、その時は美味しいご飯を一緒に食べたいと思う。
出来る事なら、ユニクと私と、シフィーとロイで。
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「これでいいかな」
あどけない顔立ちの少女リリンサはパタリと日記を閉じると、小さめの召喚陣を起動させ、日記を収納した。
この日記は誰にも見せる気はない。
自分の人生の何もかもが燃えて無くなってしまったあの日から続く、自分を見失わないようにするための習慣。
リリンサの後見人となった”大聖母”に言われ始めた習慣であったが、几帳面な性格のリリンサは昔の仲間に散々、野次られつつも、日記だけは続けていたのだ。
「ふぅ、今夜も月が綺麗だね……」
リリンサは窓から外を見上げ、煌煌と輝く月を見上げながら、気持ちよさそうに寝ているユニクルフィンに声を掛けた。
返事を求めての事ではなく、ただ、部屋に誰かがいる。一人ぼっちではない事を自分に言い聞かせるためだけの行為。
リリンサは静かに椅子から立つと規則的な寝息を立てているユニクルフィンへ歩み寄った。
「無事に冒険者になれたね。おめでと、ユニク」
リリンサは触れるか触れないかギリギリの加減で、ユニクルフィンの頬をひと撫でするとベットによじ登った。
疲れている彼を起こしてしまわないように、出来るだけ静かにベットに潜りこむ。
こうして今日も一日が終わる。明日は何をしようか。そんな事を考えながらリリンサはシーツに手を伸ばした。
「ぐえっ」
「あ、ごめん。ユニク」
今日は失敗したらしい。




