第46話「それぞれの旅立ち」
「明日、ロイはフィートフィルシア領に帰るんだよな?」
「そう。澪の小隊長はもうすでに到着している。朝の8時に町の入口で待ち合わせ」
俺は今、ホテルの部屋で可能な限りくつろいでいる。
椅子に体を預け足を投げ出し、片手にはドリンクだ。
ここ最近の夜の日課と言ってもいい。昼間は三頭熊の索敵の為に山を歩き回り、夕方は剣術の稽古。
リリンもたいがいにハチャメチャだと思っていたが、澪さんもヤバい。
なにしろ、体の基本スペックが俺達とまるで違うのだ。
バッファを掛ける前ですら、走れば誰よりも速く、力だって俺やロイよりも強そうだ。
男尊女卑をするつもりもないが、それで女性だというのだから驚きである。
そもそもリリンは姉弟子と言っていたから、そうではないのかと思っていたんだが、実際姿を見ると、とても女性だとは思えない。
全身を隙なく包む、白銀甲冑。そのせいもあってか背丈は長身のロイよりも高く、何より鎧自体が無骨なものだった。
リリンに鎧ってあんなに無骨な物しかないのかと聞いてみた所、意外と女性用の可愛い鎧も有るとのこと。
じゃあなんで澪さんはそう言った鎧を着ないのか?
リリンに再度聞いてみたら、とても深い事情が有るらしい。
うんざりしたような平均的な表情で、リリンは語っていた。
俺は、風呂上がりのゆったりした気分で、ぼんやりと思いだす。
**********
「澪のあの格好は、師匠のせい。というか、私たちにおかしい所が有るならば、大体、師匠のせい」
リリン曰く、おかしいのは師匠のせいだという。
なるほど、じゃあリリンがトンデモなく強いのも、お金持ちなのも、可愛いのも、みんな師匠のせいか?と聞いたら殴られた。この理不尽さも師匠のせいなのだろう。
誤魔化すように話を切り出したリリンの話によると、澪さんは、師匠達からの嫌がらせに耐えかねて素肌を一切晒さない鎧を着るようになったとか。
確かリリンも、師匠達の事を変態と呼んでいたし、もしかしたら本当にヤバい人なのかもしれない。
さて、澪さんはそれはもう理不尽なまでに強かったが、意外と常識的な人で、俺やロイ、シフィーが澪騎士と敬称で呼ぶのを嫌がり澪と読んでくれと言ってきた。
これにはロイやシフィーが猛反発したが、澪さんは親しくなった者とは出来るだけ名前やあだ名などで呼ぶようにしていると言われ考え込んでいる。
そこに、リリンが一言。
「ユニク、ロイ、シフィー。そんなに畏まるほど、澪は完璧ではない。意外とポンコツ」
ブフォッ!!何を言い出すんだ!
リリンの良く通る声での不意打ち。
ちょうど休憩時間だったこともあり、お茶を口に含んでいた俺は、盛大に噴き出してしまった。
「ゲホゲホッ!いきなり何を言い出すんだリリン!!見ろ、ロイなんか、驚きのあまり、クッキーを喉に詰まらせちまってる!」
「そうは言っても、昔は、結構なポンコツ具合だった。師匠達からも、『くっ殺騎士』と呼ばれていたくらい」
リリンはここぞとばかりに、反撃に出た。
きっと、三頭熊にトラウマが有ると澪さんにばらされた仕返しだろう。
澪さんは一瞬だけ固まったが、すぐに気を持ち直し、リリンと口論を始めた。
二人とも、形だけは喧嘩しているようだったが、時折、笑っているので問題ないだろう。
まぁ、笑いながら雷撃や水撃が飛び交っているんだけれども。
澪さんはリリンとの口論が終わると、俺達の方にやってきて、突然鎧を脱いだ。
リリンに鎧を脱いで証明すればいいと言われ、確かにそうだと納得したらしい。
そして、鎧の下に隠れていたのは、眼が眩むほどの美人な素顔だった。
「どうだ?私はあまり、素顔を晒さないからな。少し気恥ずかしいんだが」
「なんというか、恥ずかしがる必要はまったくない気がしますね。なぁ、ロイ、シフィー?」
「「……。」」
「君ら、なんか言って欲しいんだが?」
「「は!!驚きのあまり、ついッ!!」」
またもや息ぴったりなロイとシフィー。
もはや、寸分の狂いもない。どこかで練習でもしているのだろうか。
「なんだ?私の顔が気に入らないのか?」
「いえ、逆ですぅ!!美人過ぎてびっくりしましたぁ!!」
「そうですッ!僕はそもそも女性だと思っていなかっただけに、尚更、驚いています!」
「はぁ、リリン。私はいつも女性扱いされないんだが、なぜだろう?」
「ん。いっそのこと本当にくっ殺騎士を名乗ってみる?」
確かに、くっ殺騎士、似合いそうではある。
あるんだが、ランクが9を超えているような異次元レベルの騎士相手にそんな侮辱が出来るのは人類の中で何人いるんだろうか?
少なくとも俺は出来ないし、やろうとも思わない。
**********
そうそう、そんな事があって、俺達は澪騎士さんの事を澪さんと呼ぶようになったんだっけ。
まぁ、呼び方が変わろうが訓練の厳しさは全く変わらなかったけども。
そうでないなら、三頭熊と戦わせられたりしない。
さて、記憶の整理もひと段落、俺はずっと机に向かっているリリンに近づき声を掛けた。
「リリン、間に合いそうか?」
「うん。ちょうど終わるところ。後はサインを入れてっと」
そして、リリンは出来あがった一冊の本の奥付の部分にサラリとサインを入れた。
―親愛なる友人として、この本を贈る。リリンサ・ユニクルフィン より―
リリンがここ最近夜更かししてまで、書き写していた一冊の本。
これは領地に帰ってしまうロイに贈るプレゼントなのだとか。
「ん、俺の名前も入れるのか?俺、何もしてないぞ?」
「これは、こだわりみたいなもの。気にしないでも大丈夫」
なんだかんだ、リリンは優しいんだよな。明日のロイの顔が楽しみだ。
ちなみに、この本の価値を知る俺は、一応、いいのか?とリリンに問いかけている。
そうしたら、「いい。というか、ある意味、罪滅ぼしみたいなもの」と訳の分からない事を言っていたが、リリンがいいというのならいいのだろう。
**********
「すまないな、ユニクにリリンちゃん。僕達の見送りに来てくれるなんて」
「見送りにくらい来るさ。俺達はもう友達だろ?」
「そう。私達はもう、友であり仲間。遠慮する事はない」
「くっ、君ら、さては僕を泣かせに来たな。くそっ絶対に泣いてなんかやらないからな!!」
ロイは、洗練された手つきで目元をぬぐった。リリンと澪さんの悪乗りによって発動した地獄のクマ攻めを体験して以降、ロイの進化が目覚ましい。
何かがフッ切れたんだろうな。常識とか。倫理観とか。
「ほら、泣くのはまだ早いぜ?リリンがプレゼントをくれるってさ」
「急に時間が無くなってしまったせいで、第九守護天使の習得が未完了のままになってしまった。だからこれで勉強して欲しい」
「えっ?まさかこれは……この本はッ!!」
ロイはリリンから手渡された本を見つめ、恐る恐る、丁寧な手つきでページを開いた。
それは、リリン直筆で書かれた一冊の魔法原典書。
第九守護天使の魔法原典書の写本だった。
「リリンちゃん……こんな高価なもの、貰う訳にはいかない。僕はリリンちゃんに何もしてあげていない」
「確かに、私はロイから何も対価になるようなものを貰ってはいない。けれども私は友人であるロイに贈るべきプレゼントとして、この本を授けたいと思う」
「っ!!し、しかし」
「今、フィートフィルシア領は戦時下に置かれつつあると聞いた。レジェンダリアが本格的に進行を開始する兆しが有ると。私はロイに死んでほしくない。だからこそ、この本を贈る」
「た、確かにこの本が有れば、フィートフィルシア領の多くの兵士の命が助かることになる。使い方では、レジェンダリアとの戦争に勝つことだって……」
「ロイ、これは私が行った未来への投資。対価が足りないと言うのであれば、約束して欲しい」
「約束……?」
「次、出会った時には、私達と友好に接して欲しい。お互いどんな立場になろうとも、友人であり続けたいと、私は願う」
「ッ!!あぁ、僕はだめだな。泣かないと決めたのにな。はは……」
ロイは空を見上げ、腕で目元を隠した。俺よりも背が高いために表情は見えないが、見るまでもないだろうな。
だがしかし、納得のいかない事が一つ。リリンの表情についてだ。
真顔。リリンはこの感動的な場面を真顔でやり過ごそうとしている。というか、少し、バツが悪そうな……?
なんなんだその表情は?と俺が困惑している間に、ロイの感情は最高潮に達したらしい。
声高らかに、誓いの言葉を叫びだした。
「この騎士ロイはッ、授けられたこの本に誓いッ、この大陸の諸悪の根源ッ、女王『レジェリクエ』を打倒しッ、レジェンダリアとの戦争に勝つッ!!」
「は……?」
レジェ…リクエ……? 今、聞いたこと有る名前が、聞いちゃいけないタイミングで聞こえたような気がするんだが……?
恐る恐る、リリンの表情を確認する。
そこにあったのは、平均的ないつものリリンの表情。だけど俺には分かる。
この表情は、ヤバい奴だ!ロイを見る目が連鎖猪を見る目にそっくり。
これは間違いなく、リリンと繋がっているあのレジェリクエだろう!
リリンの元パーティーメンバー、『運命掌握・レジェリクエ』だ!!
「……リリン?」
「……今は内緒。後で話してあげるから」
そっとリリンに耳打ちしたら、間違いようの無い肯定の答え。
……うわっ!真っ黒だ。リリンの表情が真っ黒に見えるぅ!!
幸いにして、ロイは気付いていないらしく、何度も何度もリリンにありがとうとお礼を言っていた。
その度に、胸のあたりが痛くなる。胃とか心とかその辺だ。
「ロイ、きっとこれから、トンデモナイことが起こるだろう。頑張って強く生きろよ」
「ははは、なんだユニク、それじゃまるで死亡フラグじゃないか」
そうだよ!!死亡フラグが立ちまくりなんだよッ!!
リリンが何の躊躇いもなく仲間と呼ぶ奴が相手なんだぞ?勝ち目がないってもんじゃないわ!!
「ははは、上手く行くといいな。ロイ」
「あぁ、大丈夫だ。僕も強くなったし、この本も有る」
「もう!ロイくんはいつまでお話ししているつもりですか!!」
ここで姿が見えなかったシフィーが乱入してきた。
どうやら、裏方で手伝いをしていたらしい。
「すまない。僕の荷物はどこにあるんだ?」
「もう積み込み終わっちゃいましたよ。後はもう、私達とおじいちゃんだけです」
「「え?」」
シフィーが言った不意の一言に、俺もリリンも嗚咽を漏らした。
積み込むのは”私達とおじいちゃん”だけ?
それって、もしかして
「シフィーも一緒に行くのか?」
「急におじいちゃんが、「ワシもフィルシアに行きたい」とダダをこねまして。おばあちゃんに相談したら、「冥土の土産に連れてってあげなさい」って……」
「そんな……聞いていない。知っていたらもっと魔法を教えてあげられたのに……」
「ごめんなさい、リリンちゃん。でももう、十分に頂きましたから……大丈夫ですよ」
そう言ってリリンとシフィーは熱く抱き合い、別れを惜しんでる。
リリンは普段はクールに振舞っているけど、こういう場面には弱いみたいだな。
本気で別れを惜しんでいる。ロイの時と違って。
「……私、シフィー用のプレゼントを用意していない。こんなのしか用意できないけど受け取って欲しい。《サモンウエポン=奇跡豊杖・ミラクレス》」
リリンは一本の魔導杖を召喚した。
長さがリリンの背丈と同じくらいの、植物を象った白と翠の杖。
先端部分には大きな魔石が嵌め込まれ、優しい緑の光が輝いている。
「これは、また凄いものが出てきましたね」
「うん、あまり使っていない杖でシフィーに合いそうなのはこの杖かなって」
「本当に頂いてしまってもいいのですか?」
「大切にして欲しい。この杖があるかぎり、私達は友達だから」
「もちろんです!ありがとうリリンちゃん!!」
こうして、ロイとシフィーは旅立っていった。
途中までは澪さんも一緒に行動するらしく、山を越えたあたりで別れ、三頭熊の残党がいないか探すらしい。
そして、俺達はまた二人きりに戻った。
少しさびしそうなリリンは、いつまでも馬車を見つめている。
うむ、ここは空気の読めない事でも言った方が良さそうだな。
幸い、気になっていることも有るし。
「なぁ、リリン。さっそくで悪いんだけど、レジェリクエという名前に聞き覚えがあったんだけど?なんか、嫌な予感がするんだけど?」
「……。お察しのとおり、フィートフィルシア領が争っているのは、私の親友のレジェリクエが女王として率いる、独裁掌握・レジェンダリア」
「……おう」
「というか、南西の方角担当の総指揮官は、無尽灰塵と壊滅竜。ユニク探しを優先させていたから、放置していただけ」
「おおうっ!?!?」
「レジェには、ユニクを見つけた後、「ユニクルフィン」がもし侵略を望むのなら、その時は本気でやると言ってある。どうする?ロイのとこ、侵略……する?」
なんてこった!!真っ黒どころか、ブラックホールじゃねえかっ!
まさか、ロイと直接戦う軍の総指揮官がリリンだったとは……。
ロイ、この戦争、勝てないよ。勝てる訳ないだろ?手の内ばれてるどころか、育ての親がボスなんだぞ!?
俺は、ロイの置かれている状況に心底同情しながらも、とある結論を出す。
お互いにとってこれが一番いいはずだ。
「…………ほっとこう」
「うん。私もそれがいいと思う」
そして、長かった冒険者試験騒動も幕を下ろす。
その後。
よくよく考えたらヘビを捕まえていないので、試験に合格していないと気が付いたのは、三日後だった。