第43話「事態の収束」
「ねぇ、ユニク。ぷるぷる震えているのはどうして?」
「あのな、リリン。俺達の常識じゃ、あの映像について行くのは無理だ。目の前で三頭熊が爆散してんだぞ!?爆散!!木端微塵だ!グロいなんてもんじゃねぇよッ!」
「そうは言っても、こればっかりはしょうがない。頑張って慣れて欲しい」
「そうだぞ?当時10歳のリリンは映像じゃなくて三頭熊とガチの殺し合いに挑んだんだからな?」
「あ、澪!その件には触れないで欲しい。恥ずかしい」
……。リリンの事はおかしいおかしいとは思っていたが、本当におかしかった。
あんな感じの戦闘を10歳の時に経験済みとか、どうかしている。しかも、失敗した事を恥じているみたいだというのが、さらに性質が悪い。
俺達が見た凄惨な映像。
リリンが駆け出したと同時に、周囲の景色が視認できなくなった。
あまりの速さに景色が混ざりあい、形なんて判別出来やしない。やっとスピードが落ちてきたかと思えばもう目の前に、三頭熊。
5匹全てが本気でリリンを殺しに来ているのが見て取れる。全ての三頭熊がリリンの目に視線を合わせ両腕を振りかぶっているのだ。
だが、あえなく爆散。それはもう、見事なまでの爆散だった。
そして、俺達の絶望の時間が幕を開ける。
リリンの移動時に視界がぼやけるため、はっきり見えるのは三頭熊の絶命の瞬間のみ。つまり一番怖い所を切り取って見ているようなものだ。
……たまったもんじゃない。
リリンもリリンだが、三頭熊も三頭熊だ。リリンの速さに対応し、寸分たがわず急所を狙ってくる。その度に冷や汗が噴き出てきた。
……俺、何しにこの森に来たんだっけ?
あぁ、ヘビと戯れていたころが懐かしい。一昨日だけど。
「おい、嬢ちゃんよ。なかなかやるじゃねえか。23頭の三頭熊を倒すのに5分少々か。悪くない」
「そう?私の師匠たちは恐らく1分かからない。それに澪も……」
「あれだけ密集しているのなら、90秒ってところか」
「へぇ、そいつは中々上等だ。師匠とやらには会ってみたいもんだな」
おい、おっさん。何を言っているのか分かっているのだろうか?
まるでおっさんが一番強いみたいな言い草。つい先日、リリンにボコボコにされた記憶が無いのか?
あぁ、あんだけ頭を打ったからな、その時の記憶が無いのか。可哀そうに。
「さて、ユニクは立ち直ったけど……」
「あぁ、ロイとシフィーな」
ロイとシフィーは、澪騎士に平伏した状態のままで、微動だにしていない。
いや、微動だはしているな、よく見ると細かく震えている。なんか変な置物みたいだ。寺とかに飾ってありそうな。
どうするかな……。とりあえず、つついてみるか。
「おーいロイ。もう終わったぞ?とりあえず動きだせ、な?」
「すまない。もう少し待ってくれ……話は聞いているから」
はぁ、こりゃだめだ。
俺はどうにもなりなそうなロイを見捨て、リリンの兄弟子こと、澪騎士さんに向かい合った。
「アレはほっとくとして、澪騎士さん?だったよな?自己紹介が遅れて悪かった」
「いいさ。まぁリリンから有る程度は聞いていたからね。しかし、君が英雄・ユルドルードの息子か……意外だな」
「意外とは?」
「だって、レベルがなぁ。それじゃタヌキにも負けるだろう?」
「ぐ、痛いところを……!」
澪騎士さんは俺を眺めながら、非常に痛い所を突いてくる。
た、確かに、一度もタヌキに勝った事がないけどッ!初見で見抜くとは、さすがランク9の騎士と言う事か。
「澪、どうしてここに居るの?任務は?」
「その任務が、森の異変を調査して欲しいというものだったんだが、三頭熊の大移動が原因だったようだな」
「おい、騎士様よ。他にも三頭熊を見かけたのか?」
「あぁ、北の方からここに来るまでに、大体100匹は狩ったな。だが数が少なくなってきているから、事態は収束に向かっていると言っていいだろう」
澪騎士さんはどうやら三頭熊を探して狩りまわっていたらしい。
それを聞いて、何やら考え込むおっさん。
いや、おっさんのレベルじゃ、考えても無駄だろうに。
そして、澪騎士の言葉にリリンはうんと頷き、
「そっか。澪がいるなら安心だね」
そう言って微笑んでいた。
**********
「さて、状況を整理するぞ。ロイ、シフィー。もう大丈夫だよな?」
「はい、大丈夫です」
「僕もだ」
ロイに元気がないように見えるが、まあいいや。
「リリン、とりあえず当面の危険は去ったってことでいいのか?」
「うん。暫くは入山規制がかかると思うけれど、近隣の村の避難が完了すれば、後はもう大丈夫。澪の鏡銀騎士団が片付けてくれる」
「あぁ、任せておけ。鏡銀騎士団所属で三頭熊に劣る奴はいないからな。1~2週間で駆逐が済む」
なんて頼もしいんだろう。流石はランク9の騎士とも言うべきか。
しっかし、リリンは澪騎士さんの事を全肯定だな。正直、俺達を見る目と違いすぎる。
そんな風にリリンを眺めながらも、話の続きを切り出した。
「それじゃ、リリン。俺達は避難を優先させるか?」
「うん、そうだね。近隣の村々を回って避難させてしまおう。幸い、私に澪、それにホロビノも無事となれば、200や300の三頭熊が現れても問題にならない」
あ、こっちも随分と頼もしい。というか、未だ目がぎらついているように見えるのは気のせいだろうか?気のせいじゃなさそうだなぁ。
出来るだけリリンにはストレス発散して欲しいと思う。あんな暴虐レベルで八つ当たりされたら、身が持たないどころか木端微塵である。
さて、話も纏まったし、さっそく近くの村に向かうとしよう。
そう言って進路方向に視線を向けた時、沈黙を保っていたロイが動き出した。
「澪騎士様。お初にお目にかかります。ロイ・フィートフィルシアと申します」
「このタイミングで自己紹介は遅くないか、ロイ」
「仕方ないだろう。思考が固まってしまったんだから。なにせ、本物の澪騎士様だ。緊張するに決まっている」
「そそそ、そうですよ!あ、わたし、シフィー・キャンドルですお見知りおきを!」
「あぁ、よろしく。それで、リリン。この子らとは、どういった関係だ?」
「今は冒険者の新人試験中。ユニク、ロイ、シフィーの三人が試験の対象。で、私が同伴者」
「つまり、こいつら初陣ってことか……?運がないんだな」
「私もそう思う」
あぁ、確かに運がなかったのかもしれないな。
リリンのドラゴン攻めと違って誰かの悪意なんてないんだろうし。
「さて、とっとと避難をさせてしまおうか」
「おい、騎士様。じゃあこれが役に立つと思うぜ?」
事の成り行きを眺めていたおっさんは、澪騎士さんに近づき何かを手渡した。
澪騎士さんがそれをほどいて中身を確認、どうやら地図のようだ。
「これがありゃ、効率よく回れるだろ?持って行けよ」
「感謝する。が、あなたはどこに行く?」
「んなもん決まってらぁ。町に帰って、不安定機構に報告すんだよ。三頭熊が出て、澪騎士が来たってな!報・連・相は冒険者の基本だろ」
なるほど、一理ある。だけど大丈夫なんだろうか?
もしおっさんが三頭熊に出くわしたら、ひとたまりも無く、ぱくっとやられそうだが。
「いや、おっさん大丈夫なのか?」
「は、大丈夫に決まっているだろ?俺は高ランクの冒険者だからな、ヨユーってもんだ」
その自信はどっから湧いてくるんだ?
そんな事だから、理不尽系少女にのされるんだよ。
「ということで、俺は先に町に帰るぜ。野暮用も出来たしな。そうだ、最後にお前らに言っておくぞ」
おっさんは俺とリリンを見据え、訳のわからない事を言い出した。
だが、その声は俺にとっては、やけに落ち着くような、安心感を感じる声色だった。
「いいか、強くなっておけよ。それじゃあ、まだまだ足りていない。リリンちゃんはもちろん、ユニクもだ。簡単じゃねえと思うがな」
そんな訳のわからない大物感を出さなくても、もういいって。
本当にリリンにのされた事実を忘れているのか?今度はのされるだけじゃなく、ヤられるぞ?
俺が忠告をしようとした瞬間。無造作に頭を撫でつけられた。
いつの間にかおっさんが目の前に居て、なんの手加減もなく、ごしごしと撫でてくる。
それはリリンも同様で、突然の事に目を丸くしていた。
そして、おっさんは二度と振り返る事もなく、森の中に消えていく。
まったくなんなんだ、と溜息をつきたくなる。ほら、リリンも呆れ―――って、え?
俺が視線を送ると、未だおっさんの消えた方向をリリンは凝視していた。
「……ユニク、さっきまで一緒に行動していたのは、誰?」
「誰って、不安定機構にいたハンズさんだろ?ほら、リリンがぶっ飛ばした」
「違う。絶対に間違いなく、違う」
「は?」
「だって、今の私、バッファ状態の私でさえ、頭を撫でられるまで全然目で追えなかった。あの動きは並みじゃない 」
リリンの独白に、俺はただ驚くしかなかった。
**********
「いるか?ハンズさん」
「へ、へい!もちろん居ますぜ。旦那!」
その男は、古びた一軒家のドアを開くと迷わず声のした方向に進んでいく。
そこで顔を合わせたのは、瓜二つの顔を持つ冒険者だった。
「いや、なんかトンデモナイことになっててよ。三頭熊なんて出やがった」
「三頭熊ですかい?」
「ん?知んねえのか?ランク2じゃしょうがないか」
「へぇ、すんません……」
もともと室内に居た部屋着の男、ハンズは慌ててまともそうな服を着ると、その男に茶を出し椅子に勧めた。
男は椅子に座ると、着ていた鎧を丁寧に脱いでいく。
「おう、気がきくじゃねえか」
「そりゃ下論ですぜ。冒険者は縦社会。ランクの高い人には下手に出るってもんですわ」
ヘラヘラと上辺だけで笑うハンズは、内心、冷や汗をかいている。
目の前の男はハンズ自身がどうこう出来るような存在ではない。圧倒的な異質を孕む冒険者だった。
「そんで、聞いてくれよ。リリンちゃんとか珠のように可愛くなっちまっててよ、ありゃユニクには勿体ねぇな」
「は、はぁ。そのリリンちゃんとは俺をぶっ飛ばしたランク4の……?」
「ん?そうそう。まぁ強さの方はそれ程でもねえけどな。正直、姉妹で見比べると見劣りしちまう」
「そりゃ、どうなってんですかね?あんなのがホイホイ居たらたまったもんじゃありませんよ」
「まぁ、特別だからな」
「そうですかい。特別ってんなら、貴方もでしょう?よろしかったら名前ぐらい聞かせてくださいよ」
下手に出つつも、そこはランク2の冒険者。
情報を手に入れようと画策するのは、もはや本能とすらいえる。そうでなければ、冒険者など続けられないのだ。
ハンズが視線を向けた男の顔は、もう別人となっている。
精悍でなおかつ、死線を潜り抜けてきたのが誰の目に見ても明らかな、顔立ち。
整ってはいるが、野性味の溢れる顔をわずかに綻ばせ、「しょうがねぇなぁ」と男は笑った。
「俺の名前は、ユルドルード。英雄・ユルドルードだ。”人類”って括りでいいのなら、控え目に言っても最強って奴だな!」