第203話「心無き亡国の統括者⑤」
「そっか。幸せって自分で見つけていいんだ……」
その言葉を呟いたのは、貧民街に住む少女。
ブルファム王国が大陸の覇国であるとされていようとも、”薄暗い路地の向こう”は存在する。
そんな、おおっぴらに語られる事のない日陰で生まれ育った少女が聖女の声を聞いたのは、偶然にして必然。
昨日、友達が見たという空を飛ぶゲロ鳥を探していたからこそ、その声を聞く事が出来たのだ。
やがて、メルテッサの声明を聞き終えた少女は歩きだし、次第に気持ちが早っていく。
彼女達は、あらゆる選択肢を知らないからこそ、ある意味で最も幸せに従順。
家にいる兄弟や友達と幸せを探しに行く為、薄暗い路地を駆け抜けた。
「くすくすくす、素晴らしい演説だったわ。指導聖母・メルテッサ」
「お褒めに預かり光栄ですよ。聖女レジュメアス猊下」
レジェリクエは優しげな頬笑みを向け、メルテッサの声明を肯定した。
そして、その意味を理解したメルテッサは、あえてレジェリクエの事を『聖女レジュメアス猊下』と敬称を付けて呼び、互いの立場を明確にする。
これは、愚かな貴族向けに示した、レジェリクエへの恭順の意。
プライドばかりが高い貴族は、このような言葉遣いには敏感に反応する。
「それじゃぁ、今度は余のお話を聞いて貰おうかしらぁ?どう思う?ルイ陛下?」
「語ってはくれまいか。慈愛に満ちた聖女の言葉を」
「くす、はい承りましたぁ」
レジェリクエは可愛らしく笑って、バルコニーから一歩、前に出る。
魔法が存在するこの世界では、空中浮遊は珍しいものではない。
ただし、それを行っている者がレベル99999となれば話は別だ。
「……聞きなさい、人よ」
つい先ほどまでの緩い笑みを消し、声に神の因子を乗せる。
それは、傾聴の強制。
人であるという自覚がある限り、その人物にとって最適化された『聞く』が行われる。
そして、もっとも無防備な状態でレジェリクエの聞いてしまえば、その支配から逃れる術は無い。
「今回の戦争はレジェンダリア国から、つまり、余が仕掛けた戦いだった」
「なぜ、そんな事をしたのか。余が得る利益はなんなのか。それをお話しておきましょう」
「余はブルファム王国を滅ぼすつもりがない。当然、属国とする事も、奴隷とする事もない。むしろその逆、貴方たちを救う為に来た」
絶対的脅威である冥王竜を従えし魔王、レジェリクエ。
そして、それを下したはずの聖女も、自分達の国王も恭順の意を示している。
そんな中で語られたのは、心の底からの憐れみと慈愛。
レジェリクエの感情を乗せた声は、地平線の彼方にある心までも掌握する。
「余は魔王と聖女の身分を使い分けながら、友達と一緒に旅をした」
「旅の目的は、一人でも多くの人と『遊ぶ』こと」
「それは、つまらなそうな顔をしている人に声を掛けて笑顔にする、遊び。幸運にも、幼い頃に『幸せ』を知った余は、喜びを分かち合う事を『遊び』とする事が出来たの」
「救済なんて大層な呼び方は似合わないわ。ただ、余の遊びには笑顔が必要不可欠だから、周囲を巻き込んだだけ」
「対象が一人でも、国でも、それは変わらない」
「それぞれ得意分野が違う魔王達も、余の考えに賛同してくれたわ。食事、仕事、趣味、遊楽……、メルテッサが言っていた様に、幸せは人それぞれであり、そして必ず誰かと共有する事ができる。そんな事を繰り返していたら、いつの間にか大陸の半分を手に入れていた」
「余達がここに来たのは、滅びかけたこの国で次の遊びを探す為。だからこそ、笑顔を失う原因である男尊女卑を正そうとした」
レジェンダリアの男尊女卑の原因は、歴史的因習だけではない。
人間の心理に巣食う罪悪感が、行ってしまった悪事を無理やりに肯定させる。
『男尊女卑は許される』という免罪符がある限り、加害者も被害者も省みる事が無い。
「国と王は運命共同体。国を変える為には王を変える必要がある。そう思って始めた戦争は、奇しくも、メルテッサとの出会いによって根底から覆される事になった」
「冥王竜を従え攻め入る余と対峙したメルテッサは、内に秘めた想いを真っ直ぐに伝えてきたわ」
「ブルファム王国は生まれ変わろうとしている。どうか邪魔をしないで欲しい。と」
目を伏せたレジェリクエの姿は、どこか儚げで。
そして、声に意図的な罪悪感を乗せて、壮大に騙る。
「凄まじい戦いの後、余とメルテッサは二人きりで語り合ったわ。そして友達となり、互いの想いを交換した」
「そして、多くの言葉を交わした結果、両国ともが現状を打開するべく動いていると知ったの」
「国王ルイの思惑と、余が欲した幸せの共有という名の遊び、それらの終着点は同じ。男性も女性も等しく平等に幸せになれる世界」
「偶然の一致であるからこそ、余達はこの結末をこう呼ぶ事にする。レジェンダリアの勝利でも、ブルファム王国の勝利でもない。神が導き第三の選択肢……」
「『運命の勝利』である、と」




