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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第10章「真実の無尽灰塵」

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第202話「心無き亡国の統括者④」

「キミ達は、幸せを知っているかい?」



 唐突に投げかけられた言葉が、水面に伝う波紋のように広がって行く。


 それは通常、受け取り手によって答えが異なる問いかけだ。

 だが、奇しくも、絶望の代名詞たる冥王竜を前にした状況が答えを統一させた。

 昨日までの自分が如何に幸せだったのを噛みしめ、王宮前に集った群衆がどよめく。



「おっと、いきなり質問をするなんて不躾だったね。指導聖母なんてしていると、つい人を驚かしてしまいたくなるんだ」


「ぼくの名前はメルテッサ・トゥミルクロウ・ブルファム。現王ルイの第六姫。姉ほど社交界に顔を出していないから、知らない人の方が多いだろう。よしなに」



 メルテッサは気さくな声色で語りながら、王族である事の証明として最上位の儀礼を見せた。

 成人女性よりも低い身長も、美しい所作で相殺するには些細な欠点。

 まるで艶やかな陶磁器のように頬笑んだ彼女を見た群衆は、冥王竜とは別の意味で息を飲む。



「レジェリクエ女王陛下よりご紹介を賜ったように、ぼくは指導聖母(マザー)を名乗っている。不安定機構の最上位幹部だと認識してくれればそれで良い」


「どうしてブルファムの姫が重要な職に付いているのか。冥王竜を落としたとは何なのか。キミ達が聞きたいことは山ほどあるだろう」


「それに答えろというのなら、ぼくは『幸せの為』だと胸を張る。……仮にも聖母だからね、人を救う為に様々な困難に打ち勝って来たとでも言っておこうか」



 メルテッサは嘘をついていない。

 ただ、その『人』というのは、メルテッサ本人の事を差す。

 だからこそ、この言葉は嘘偽りない本音。

 これは指導聖母・悪性が得意とする……、意味が違って聞こえる『悪性改変話術』だ。



「女性であるぼくが不安定機構を支配し、冥王竜を落とす程の力を持っている。なぜ、そんな力を持つに至ったのか」


「端的に言ってしまうなら、これは願いの帰結」


「男女差別の無い平等な社会を願い、現王ルイは20年もの間、悩み続けたんだ」



 今度の言葉にも嘘は含まれていない。

 もっとも、ルイはメルテッサを指導聖母に推薦しておらず、冥王竜を落とした機神の存在など、ついさっき知ったばかりだ。

 繋がっているようで、全く繋がっていない文章。

 都合が良い様に悪性改変された言葉に掛れば、魔王に感情を揺さぶられた群衆を騙すなど児戯に等しい。



「おや?顔色が優れないね?」


「敬虔な貴族であるキミ達に取って、男尊女卑の貴族社会は心地が良かった。そうだろう?」


「人は自分よりも不遇な存在を知ると安心する。アイツよりも俺は優れている。だから幸せなんだと。そう思い込んで誤魔化したがる」


「ハッキリ言うよ。そんな物は幸せなんかじゃない」



 王に無様だと言われ、魔王に恫喝され、聖母に現実を突きつけられる。

 そうした群衆の中に渦巻くのは、ただただ純粋な――、不安。



「もう一度、聞こう。キミ達は幸せを知っているかい?」



 そしてその不安を抱いているのは、王城前に集った群衆だけではない。

 天穹空母や冒険者が付けているミサンガを通し、メルテッサの言葉は世界中へ行き渡っている。



「どうだろうか?自分は幸せを知っていると思えたかな?」


「幸せだと思えた人は半分にも満たないだろう。ぼくは指導聖母だからね、縋りついてくる信徒を数え切れないほど見てきたとも」


「自分は不幸なんです。そう言って涙を流す人は、確かに、心の底からそう思っているのかもしれない」


「だがね、それこそが諸悪の根源なんだと、ぼくは思う」



 淡々と語られる言葉はブルファム王国の男尊女卑批判であり、この王城に来ている者達からすれば耳当たりのいい話ではない。

 そして、虐げられてきた弱者にとっても、この言葉は厳しいものだ。

 メルテッサが言葉を発する度に、『自分は不幸だ』とする事で支えていた心に亀裂が走って行く。



「毎日、同じものを食べ、好きでもない男に抱かれ、泥のように眠る。……あぁ、不幸だ。と思える心こそ、幸せの証明だ」


「空気を吸う事は疑問に思わない。食事に不満があるのなら、比較対象があるはずだ」


「嫌悪を抱いているのなら、恋慕を抱く事もあるはずだ」


「泥のように眠れるのなら、それに準する努力があったはずだ」


「絶望とは喪失の享受。始めから持っていない人は、不幸を感じる事すらできない」



 僅かにも揺らぐ事のないメルテッサの言葉が、世界に響いた。

 それを聞いた人々は、次第に強張っていた表情を緩めていく。

 自分の人生の中にも幸せがあったと気付き、僅かに視線を上げた。



「噛みしめたまえよ。今日の食事を。それは他の誰かが失った、最上級の幸せだ」


「抱きしめたまえよ。目の前の人を。異性、恋人、親、兄弟、そして……友人。僅かにでも暖かいと感じたのなら、きっとそれは恋だ」


「引き締めたまえよ。寝起きの顔を。夢を実現させたいのなら、苦労するのは当たり前だ」



 メルテッサは知らなかった。

 人間が本能的に抱く三大欲求すらままならず、付随する価値観までも失いかけた。


 それでも、紅茶とケーキで幸せを感じたから。

 初めてできた友人に抱かれながら、暖かい涙を流す事が出来たから。

 この世界で誰よりも深く、『幸せ』を理解している。



「自らを不幸だと決めつけてはならない。幸せとは、日常の中から自分で選ぶものなんだ」


「幸せも不幸も、自分の感情だ。他人には決められない。この大陸有数の力を持つぼくでもね」



 メルテッサの言葉が終わって暫くしても、誰ひとり言葉を話そうとしない。

 真っ直ぐに向けられた想いが、見て見ぬふりをしていた事実を克明に示したからだ。


 俯き震える数千万の瞳。

 それに映る景色は、昨日よりも格段に明るい。


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