第200話「心無き亡国の統括者②」
「これは……、歌か?」
何処かの国の騒がしい冒険者支部の受付前、もしくは、日常が繰り返される街中、はたまた……、静かな森の中。
ブルファム国内外のあらゆる場面に溶け込む熟練冒険者、その腕に巻かれたペンダント付きの革紐が声を発した。
それは、美しい声色で奏でられた、歌。
幼いながらも荘厳で、しなやかでありながらも強い意志を感じさせる。
その音色が届いた者が聞き惚れるそれは、魔王の歌声。
神の声を等しきそれを掻き消せるものなど、この大陸には存在しない。
「このミサンガは回復アイテムだったよな?なんで歌が流れてくるんだ……?」
「でもよ、なんかこの歌……、いいよな」
魔王・無尽灰塵がブチ転がした9万人の冒険者に配られたミサンガ。
回復アイテムであると言われ、事実、そのミサンガを付けてからは体の調子が良い気がする。
例えそれが、極度の緊張状態から解放された事による安らぎであろうとも、そう信じてしまえば、ミサンガの効果として成立するのだ。
「何の曲かしらねぇが、温かみがあるな。そろそろ日も暮れるってのに」
現在の時刻は、16時30分。
フィートフィルシア領での闘いから一夜が明けた、翌日の夕刻だ。
この時間帯の冒険者の多くは、依頼から帰る途中や、野営の準備、もしくは酒場や自宅で団欒をする等に分かれる。
だからこそ、ミサンガから流れてきた歌声に耳を傾ける余裕があり……、それこそが、この大陸を支配すせんとする大魔王達が行った世界戦争、その最後の策謀となる。
「今日の収穫はいまいち、昨日から散々だ。さっきまでやるせなかったが、なんか、どうでも良くなった」
このミサンガはフィートフィルシアに参集した9万人の冒険者へ配られたものだ。
彼らは、各地の冒険者支部でトップクラスの実力を持つ熟練冒険者。
卓越した技術を持つが故に、人の限界を悟りし者。
だが、たった1時間余りで冒険者を全滅させた無尽灰塵の理不尽を心に刻み、新たな矜持へと踏み込んでいる。
ミサンガを腕に巻く冒険者達は仲間に、友に、家族に伝えた。
フィートフィルシアにあったのは絶望と希望だったと。
遥か頂きに立つ魔王・無尽灰塵の戦闘力、その後で出会った聖女の優しさ。
そして、運命掌握レジェリクエが語った……、言葉。
『人民よ、選びなさい。無数に広がる未来から、自分の人生を勝ち取りなさい』
自分の人生を勝ち取るという、至極、当たり前な『希望』。
それを知った冒険者たちは、戒めと期待を隠すべくミサンガを腕に巻いている。
「俺はこの歌を知ってるぞ。ブルファム王国の国歌だ」
ミサンガへ視線を落とし、男が呟く。
その男はブルファム王国に属する寒村出身。
国に思い入れが無くとも、国歌くらいは知っている。
「ブルファムの国歌が、なんでミサンガから流れてくるんだよ?」
「そこまでは知らねぇよ」
その歌声を聞いた者、全てが聞き惚れて耳を傾けている。
戦いを職業としている彼らは、どんな時でも警戒を怠る事が無い。
だが、不思議と戦意が削がれ、意識を平和へと向けて行く。
「この歌を聞いてたらさ、なんか昔を思い出しちまったよ。始めて依頼を受けて、獲物を取りに行ったあの日。やっとの思いで蛇を倒して、そんで……、手を取り合って喜んだよな」
静かに繰り返される夜想曲が、音楽に興味が無い屈強な冒険者に感嘆を覚えさせている。
レジェリクエが歌うブルファム王国の国歌は、初代国王ディアナ・ライセリア・ブルファムが平和を想いながら綴ったものだ。
戦争も、愛の告白も、どちらも手を差し向ける。
相手に翳すは、剣か、花か。
奪い取るは、命か、心か。
命ある限り、人は奪い合う。
それに抗えぬというのなら、この手が掴むのは、温もりを宿す人でありたい。
民よ、永劫の時を人であれ。
どれだけ時代が経とうとも。
最後の一節が終わると、そこに残されたのは静寂だ。
永劫に続くかと思われたアニマ連合の紛争を沈める為、ディアナは国歌に魔法を込めていた。
それは、この歌詞を聞いた者へ、一時の安寧を与えるというもの。
取り戻した安らぎにて人生を振り返って償い、幸せな未来を描く為の布石とする。
そして、レジェリクエの支配声域が、その効果を相手の心へ直接的に伝えた。
一切の抵抗を許さないまま、その人々が行える最大級の安寧を強制させたのだ。
「……。」
静まり返った冒険者は余韻に浸り、打ち震えた心を鎮めようとする。
それらがブルファム王国を中心とした、数万にも及ぶ地域で同時に起こった。
フィートフィルシアに集まった9万人の冒険者は帰路に付いて国を渡り、こうして、魔王の声の伝達者となった。
そして、次に発せられた声によって――、世界中の人々が魔王に支配される。
「厳粛に聴取なさぁい。これより、ブルファム王国、並びに、レジェンダリア王国より、世界核戦争終結の意を発する」




