第199話「心無き亡国の統括者①」
「え、ちょ、まって……」
「さぁて、世界大戦最後の総仕上げ、張り切って行くわよぉ!」
にこやかな笑みの大魔王陛下が鷹揚に宣言し、空間転移陣を潜り抜けた。
繋がった手の先にいるのはメルテッサ。
着せ替え人形のように弄ばれ、最終的に指導聖母の格好に落ち着き……目を白黒させながら、成すがままに弄ばれている。
俺を含めた大魔王ご一同様が向かったのは、ブルファム王城のバルコニーだ。
広場を一望できるように城から張り出した露台であるそこには、凄まじいまでの贅沢を凝らした装飾で彩られている。
流石に大陸の覇国ともなれば、ティーテーブル一つですら目が眩むほどの美しさになるらしい。
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。気晴らしは済んだんですの?」
「くすくすくす、もちろんよぉ。心配を掛けたわねぇ、テトラフィーア」
「全くですわ。意気揚々と戦いを挑みに行って負けるとか、残される私の身にもなってくださいまし!」
「冥王竜の背に乗って天に召されそうになるとか、我ながら笑えなぁい」
「ホントですの。……御無事で何よりですわ。レジェリクエ陛下」
優雅に茶を嗜んでいたテトラフィーア大臣は大魔王陛下を一礼し、重い溜め息を吐いた。
それは不満や不信感を多分に含んだ……、安堵。
元気いっぱいな大魔王陛下の顔を見て、僅かに頬を緩ませている。
「テトラ、余を呼んだという事は準備を終えたって事でいいのかしらぁ?」
「済んでおりますわ。といっても、事前準備やワルトナさんの暗躍のおかげでやることが皆無でしたもの。こうしてロイの教育をする程度ですわ」
見惚れる様な美しい姿勢で語るテトラフィーア大臣の真正面に座る生贄……、もとい、ロイ。
ぶつぶつと呟きながら式典の式辞を覚えているその顔色は悪い。
メルテッサとの戦いが終わった後、俺達は3グループに分かれて行動を起こした。
①、世界戦争終結の式典の準備をする、テトラフィーア大臣一派。
このグループにはブルファム王が在籍し、予め送り込んでおいたレジェンダリアの間者集団と一緒に、昨晩から式典の進めていたらしい。
②、行方不明になったロイの捜索をする、ワルト率いる不安定機構一派。
この大陸最大の情報ネットワークを持つ不安定機構・冒険者支部を掌握しているワルトに掛れば、人探しなど電話1本で済んでしまう。
俺達と一緒に居ながらメルテッサが選びそうな転移場所に近い支部へ片っ端から脅迫電話をするという、心無き人海戦術で見事に探しだした。
なお、ロイが居たのはメルテッサが趣味で経営している書店だった。
ここから国を三つ超えた先にある僻地でも、冥王犬が迎えに行けば一瞬だ。
そして③、メルテッサを治療しつつ、天に召させる準備をする俺達。
……と言っても、働いたのはカミナさんと大魔王陛下だけで、俺とリリンとセフィナは何もしていない。
強いてあげるなら、メルテッサの部屋でお菓子を食いながら再会の喜びを分かち合うという、ハムスターなお仕事をしていた。
「これはこれは、ロイ殿下。この度の王位継承、真におめでとうござます」
「……メルテッサ!無事だったか!?」
「負けた上に散々に弄ばれて、たっぷり泣かされたよ。どうせお前もだろ?」
「あぁ、シフィーが魔王の手先だと知った時は、目の前がレインボーに輝いたぞ」
「……神の理を超越したのかな?可哀そうに」
「そのくらい絶望したって事だ。キミは……、良い顔になったな」
オールドディーン大臣達と会談した夜、男部屋に戻った俺達は本音で語り合った。
その中で、ロイはメルテッサのことをかなり心配し、これからの人生の手助けをしたいと言っていた。
自分がブルファム王になるっていう大変な時に、妹の心配ができる男、ロイ。
どうやら、メルテッサの泣き晴らしてすっきりした顔を見て安心したようだ。
「んで、お前の勉強は捗ってるのか?ロイ」
「ユニフか」
冥王竜に乗ったメナファスが捕獲したロイはテトラフィーア大臣に引き渡された。
領主として活躍していたロイだが、王族としての矜持や心構えは持っていない。
そんな訳で、生まれついての王族なテトラフィーア大臣とブルファム王国の格式に詳しいオールドディーン大臣に英才調教を施されていた訳だが……、割と元気そうだな?
「まぁボチボチと言ったところ……、いえっ!凄く勉強になっております、テトラフィーア様ッ!!」
「ははっ、本当、テトラフィーア大臣に頭が上がらないんんだな?」
「僕はキミの将来が楽しみで仕方が無いぞ」
……俺の将来か。
むぅぅぅうと鳴きまくってる大魔王さんに齧られる気しかしないぜ!
「で、ユニフがメルテッサに勝ったって事で良いのか?」
「おう。ちっとやり過ぎちまったけどな」
「本当に凄い奴だな、ユニフ。メルテッサとレジェリクエ陛下の戦いを見ていたが、あんな能力に勝てるとは思えなかった。流石は英雄だと言っておこう」
調教されたロイは、ちょっとだけ偉そうになっている。
これから大魔王陛下と同格の王として政治をしなくちゃならない訳だし、しょうがないと思うが……。
少しイラっときたから、後で遊びに誘ってやろう。
温泉郷でアヴァロンとタヌキ・デスマッチとか良いかもしれない。
「で、ぼくらに何をさせたいんだい?ロイの王位継承式典だって話だが」
「普通の式典の流れと同じよぉ。まずは現国王ルイの挨拶から始まり、戦争の結末を騙り、ロイが王位継承権を持つ事の説明をする。その後でレジェンダリアと同盟を結ぶわ」
「騙る、ねぇ」
「脚色と表現した方が適切かしらぁ?ロマンスティックにアクロバティックなストーリーだものぉ」
「どんな話をするつもりだッ!?」
「それは後でのお楽しみぃ。そろそろ予定時刻の16時30分になるわ。……グオ、マイクを頂けるかしら」
大魔王陛下が呟くと、近くに控えていたグオ大臣がダッシュで駆け寄ってきた。
最初はブルファム王の挨拶だって話だったが、もうマイクを準備するんだな?
俺が疑問に思っていると……、心無き魔人達の統括者全員がまったく動じていない。
リリンも平均的に頬を膨らませながら、セフィナとアップルパイを味わっている。
「カミナ、フィートフィルシア領にいた冒険者たちの分布はどうなっているかしら?」
「いい感じに他国に散らばってるわ」
冒険者たちの分布ってなんだ?
ますます訳が分からないんだが?
……が、俺の横にはワルトがいる。
教えて下さい、大牧師様っ!
「レジェはフィートフィルシアでブチ転がされた冒険者にミサンガを配っていなかったかい?」
「怪我の回復が早くなる奴か?」
「それそれ。そして、あのミサンガは一方通行の通信機になっていて、レジェの声を届ける事ができる」
「遠隔で魔法攻撃し放題じゃねぇか」
「それもそうだけど、もっと良い使い方があるよねぇ」
もっと良い使い方だと?
大魔王陛下の声には、相手に警戒心を抱かせないという特殊効果がある。
ってことは、もしかして……。
「ミサンガを通じて、大陸全土に戦争終結を通告。一気に新王ロイの名を広げるってことか」
「正解ぃ!余の支配声域は世界最強のプロバガンダを可能にする。やっと真価を発揮できるわぁ」
よく分からないが、滅茶苦茶ヤバそうな予感。
バルコニーから見下ろした先に居る数千人の官僚はおろか、この大陸全土の民が大魔王の声で打ち震えるかもしれない。




