第197話「亡国姫の運命掌握⑤」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どういう事だッッッ!?!?大魔王ォォォオオオオオッッッ!!!!」
緩み切った瞳を白黒させながら、メルテッサが叫びを発した。
零れる涙を厭わずにテーブルに手を叩きつけ、想いのままに立ち上がる。
そして、平均的な表情の大魔王が消えた空間を指差し、優雅に紅茶を嗜んでいるレジェリクエへ想いを叩きつける。
「くすくすくす。あの子は終わりを告げに来た御使いよぉ。天使みたいな可愛らしい顔をしていたでしょぉ?」
「寸分違わず魔王だったがッッ!?」
「あら、じゃあ向かう先は地獄かしらぁ?」
「地獄に行くにしたって、魔王が出迎えるってどういう状況ッ!?」
メルテッサが流していたのは、初めてできた友達へ向けた暖かな涙だ。
だが、今、流しているのは混乱による恐怖の涙。
混沌が渦巻く思考は支離滅裂。
そして、それを見たレジェリクエは愉悦に塗れた笑顔を溢す。
「あぁ、良い、素敵な表情ぉ。ゾクゾクしちゃうぅ」
「……もしかして。あぁ、これが地獄の沙汰って奴なのかな?」
「うぅん?」
「少なからず、ぼくはレジェリクエを殺している訳だし、間接的に人を殺めた数は計り知れない。だから、地獄の沙汰としてぼくを突き落す為に、こんな幻を見せたんだろう?」
混乱し過ぎて馬鹿になったメルテッサは、ファンタジーな答えに行きついた。
メルテッサが読んだ小説での地獄の描写で、僅かな幸福を見せた後で過酷な運命を与えるというものがある。
……そうか。
ぼくの深層意識では友達が欲しかったのか。
それがレジェリクエなのは納得するべきか、唾棄するべきか。
そんな風に考え、ぼくの幸せもここまでか。と唇を強く噛む。
それでも、ちょっとだけ気分が晴れたと思い――。
「レジェ、キミの出番は15分後だ。その間に脳味噌ファンタジーなこの馬鹿を説得して出て来てねぇ」
「えー、絶妙に短くなぁい?余韻を楽しむ時間が無いんだけどぉ」
「後で苛めて遊べばいいんじゃない?テトラフィーアの憂さ晴らしも必要そうだし」
平均的な大魔王の代わりに空間から頭を出したのは、真っ白い髪の大魔王。
レジェリクエとは系統が違う含み笑い、それを見たメルテッサは無性に腹が立った。
「……ねぇ。この人は誰かな?キミの話じゃ御使いだって話だけど」
「御使いというか、大聖母の敬虔な使い走りぃ。恋する幼虫・ラブラーヴァー」
「使いパシリじゃねーよッ!!つーかお前ら、僕の名前で遊ぶんじゃねぇ ッ!!」
大聖母の敬虔な使徒、ラブラーヴァー。
たっぷりと時間を掛けて思考を整理したメルテッサは、ついに答えに辿りつく。
「お前まで出てくんなッ!!悪辣ぅぅぅぅッッ!!」
「おーおー、元気そうで何よりだねぇ、悪性。術後の経過は良好かい?」
「術後……、だって?」
「という事でレジェ。さっきも言ったが制限時間は15分だ。式典に遅刻する大魔王とか洒落にならないからねぇ」
「その時は、貴方とリリンと冥王竜で大道芸でもして、時間を稼いでてぇ」
「そんな事をするくらいなら、こんにゃく姫達にゲロ鳥の格好をさせて踊らせるよ」
しれっと公開ぐるぐるげっ刑を宣告したワルトナは頭を引っ込め、再び沈黙が訪れる。
そしてその時間を使い、未だに混沌としている知能をフル回転させたメルテッサは、いくつかの疑問を見つけた。
とりあえず、15分で片を付けなければ、妹達がぐるぐるげっ刑される。
ポンコツな姉の痴態は見たいが……、可愛らしい妹をそんな目に合わせる訳にはいかないと、メルテッサは僅かに立ち直る。
「一つ、確認しても良いかな?レジェリクエ?」
「そうよぉ。余は正真正銘、レジェリクエ。心無き魔人達の統括者・運命掌握と人は呼ぶぅ」
「ぼくら、死んだよね?」
メルテッサが発した疑問は二つ。
一つ、目の前の人物が本物の『レジェリクエ』であるかどうか。
そして、それに肯定を返したレジェリクエは、二つ目の疑問にも肯定を返す。
「えぇ、死んだわねぇ。この大陸中の医者の全員がカルテに太鼓判を押す程には死体してたわぁ」
「……言い回しが絶妙。なに、死体してたって?」
「肉体的な死なんて、超越者の領分では無意味ぃ。特にぃ、機神を作ったカミナの前じゃねぇ」
「機神を作った、だと……!?」
メルテッサは、天穹空母の設計者がカミナだという事は知っている。
だが、アップルルーンは100%、タヌキ帝王ムーが作った機体であり、ソドムのエキエルオーヴァー=ソドムを見た事は無い。
必然的に、カミナの技術力の限界は天穹空母であると思っていたのだ。
「答え合わせをするわぁ。時間が無いからサクサク行くわよぉ」
「え、ちょ、まっ……」
「致命傷を負った余達だけれど、こうして健常に会話ができるまで回復している。むしろ、貴方は生前以上の状態になっているわ」
「生前以上……?いや、待て。普通に傷を負ったキミと違い、ぼくは肉体を魔道具に変質させた状態で負った傷だ。治療できる訳が無い」
「物質主上はランク3であり、取り消せない。確かに、ユニクルフィンの神壊因子ですら解除できなかったわ」
「ぼくはもう人間では無く、チェルブクリーヴの一部だ。それが破壊されたんだから、助かり様が……あ」
「カミナが帝王枢機を一から建造できる技術者で良かったわねぇ。貴方のおもちゃも元通りよぉ」
「えっ、ホントっっ!?じゃなくって、道具とか材料とか、もろもろ問題があるだろ?」
「そこはほら、タヌキチートでぐるぐるげっげー!よぉ」
「まるで、意味が、分からないッ!!」
肝心な所をぼかされたメルテッサは、不満を含んだ目でレジェリクエを見やる。
だが、どんだけ睨まれたとしても、レジェリクエから答えを引き出せる訳がない。
なにせ、レジェリクエ自身、カミナが出した悪喰=イーターを全く理解していない。
「余達は死んで生き返った。女王自らが転生したんだものぉ、国是をもっと推進できるわぁ」
「レジェンダリアを訪れた亡命者は、新たな人生を与えられ転生する……か」
「どうかしら、メルテッサ?生まれ変わった気分は?」
突如として与えられた、新しい人生。
絶対に手に入る事が無いと諦めた未来、それが目の前にあるのだと知ったメルテッサは……、
「……最悪な気分だよ。ひっく、恥ずかしくって、今にも死にそうだ……」
自分の人生は『悪性』だったと、メルテッサは知った。
他人と自分は違う。
どうしても理解ができないが、どうやら価値観そのものが違うのだと思っていた。
生まれついての、孤独。
寂れた孤児院にすら馴染めなかったメルテッサは、母や父という存在は自分には関係ないものだと思っていた。
静かに雨が降る夜、自分の引き取り手に名乗り出た女が仮面越しに笑いかけた。
「私は指導聖母・悪典、世界を導くシナリオライター。貴方は主人公になりたくないかしら?」
悪典の導きは何よりも正しかった。
だが、その正しさは悪典を中心に考えられたシナリオ。
自分が姫であったと知らされた夜、メルテッサは本当に主人公になれるかもしれないと思った。
悪典が失われた夜、メルテッサは再び孤独に戻った。
同じように子飼いにされていた悪質、悪徳。
彼女達はメルテッサの理解者たりえない。
ただ、悪典を討った悪辣を殺す為の手駒にはなると思った。
そして、神の導きにより、メルテッサは希望と絶望を知った。
嫌悪し、忌み嫌っていた『物質主上』。
この神の因子こそが、メルテッサを世界の王へと向上させる力。
初めて体験する経験の連続、それはやはり、初めて感じる楽しさで。
メルテッサは、おもちゃで遊んだ事が無い。
どんなおもちゃを与えられても、メルテッサはその性能の最高値を引き出してしまう。
苦労すること無くできる事など、遊びにはならない。
レジェリクエも、冥王竜も、リリンサも、キングフェニクスも、魔王も、ユニクルフィンも。
戦い始めた時は自分よりも格上。
だから、戦いながら工夫し、策を巡らせ、超えたり、敗北したり。
それはメルテッサが初めて体感した、遊戯。
知らなかった、世界。
「神におもちゃを貰ったくらいで、はしゃいで騒いで。これじゃ子供みたいだ……」
「涙を流して惜しむくらいに楽しかったんでしょう?それは悪い感情じゃない。皆が持ってる幸せなの」
「これが、幸せ……」
「やっと手に入れた幸せだもの、絶対に手放してはいけないわ」
「……うん」
「よしよし、素直な子ね。ご褒美に紅茶とお菓子をあげるわぁ」
食べてしまったら全てが終わる、至福と絶望で出来たケーキと紅茶。
それが目の前に山盛りにされ、ティーカップから零れそうなくらいに並々と注がれる。
レジェリクエは女王としての嗜みやマナーなど、本が書ける程度に熟知している。
だから、こんな情緒の欠片もない給仕は意図的なもの。
絶望の代わりに混乱が含まれたケーキ、その一つを恐る恐るフォークで切り分けて口に運び……、メルテッサは笑顔になった。
「はふぅ……おいしぃ。じゃなくって!!何でこんなにあるんだよッ!?」
「それは当然、作ったからよぉ。余が直々にぃ」
「えっっ。こんな美味しいのをキミがッッ!?」
「ありがとうぉ。でも、余は大陸最高のパティシエではないと思うわぁ。アホの子姉妹は喜んでくれるけどねぇ」
くすくすと笑うレジェリクエと、一心不乱にケーキを口に運ぶメルテッサ。
どうやら、おかわり自由らしいと理解してしまった以上、欲望が止まる事は無い。
「おぃしぃぃぃ~~。はっ、ツッコミが追い付かない」
「じゃあ質問される前に答えてあげるぅ。このケーキは余が本気で作ったものよ。でも、普通のお菓子でしか無い。好みの差によっては既製品に負ける事もあるわ」
「嘘でしょ?こんなに美味しいのに?」
「変わったのは貴方の方なのよ、メルテッサ」
「……ぼくの感覚はチェルブクリーヴと同期している。だから、チェルブクリーヴの口にケーキをねじ込んでるとか言わないだろうね?」
「なにそのシュールな光景。というか、味覚が機神に付いているのぉ?」
チェルブクリーヴは機械であり、食物からエネルギーを摂取している訳ではない。
当然、味に関する機能があるはずもなく……と考えた所で、メルテッサはカツテナイ可能性に辿りついた。
タヌキは食の権化だ。
カツテナイ機神に味覚を付けていたとしても、不思議じゃない。
「……。いや、付いてないでしょ。たぶん」
「ほっとしたぁ。カツテナイ機神の動力源がアップルパイだったらどうしようかと思ったわぁ」
「うん、で、何で美味しく感じるのかな?」
「貴方は先天性の病に犯されていたわ。『無痛・無汗症』。痛みを感じる事が無く、汗も掻かないこの病気は、様々な感覚異常を引き起こすの」
「痛みを感じない……。なるほどね。チェルブクリーヴと同期した時の感覚は、魔王シリーズの副作用じゃなかった訳だ」
「そして、無痛・無汗病は味覚障害を併発する」
「味覚障害だって?」
「貴方の味覚は常人の十分の一。どんな食べ物も、それだけ薄めたら美味しくないわ」
メルテッサを治療しながら、カミナは知的好奇心を存分に満たした。
症例が少ない病気を持つ患者を、まったく気兼ねせずに調べる事ができるのは医師としての理想だ。
なお、初めは治療という名の実験に付き合っていた魔王達も、熱を帯びながらビクンビクンするメルテッサに背徳感を覚えて目を逸らしている。
「カミナによると、国王ルイの人格障害や女児ばかり生まれていたのも遺伝子異常によるものだそうよ」
「遺伝ねぇ?ぼくらの御先祖様が呪われるようなことをしたのか?」
「禁忌ではあるわねぇ。貴方が言っていた様にブルファム王国は排他的。その筆頭たる王も例に漏れず、配偶者である妃は近親者から選ぶ事も多かった」
「なるほど、ネシア正妃の親はブルファム王家から他国に嫁いだ姫だ。国王ルイとは近縁になる」
「国同士で姫の交換を繰り返し、血の濃さを維持してきたのでしょうねぇ。そして異常な遺伝子遺伝を引き起こした。カミナの説明によると優劣遺伝子のみが残るとか何とか。まぁ、それは良いでしょう」
遺伝子学によれば、近縁の血縁者同士の配偶は劣性遺伝子に隠されていた障害が発生しやすくなる。
ただし、劣性遺伝子はマイナスの効果ばかりでは無い。
ロイは同時に複数の報告を聞き分け、領主としての仕事を常人の3倍のスピードでこなしていた。
末妹であるヴェルサラスクとシャトーガンマは、二人にしか分からない声や合図で情報を高速でやり取りしていた。
このように、人間として高い性能を発揮する要因となっている。
「ぼくは病気で、味音痴だったか。……じゃあ、このケーキ以外にも美味しいものがあるのかな?」
「いっぱいあるわよぉ。毎日の食事で涙が枯れてしまわないか心配な程に」
「そうか。そうなんだ……。ぼくの抱いた虚無の正体が病気だったなんて、真実を知ってしまえばあっけない」
「改めて聞くわぁ。メルテッサ、余と友達になってくれないかしら?」
もっと美味しいものが、いっぱいある。
それは確かに甘美な響きだった。
だが、それ以上にメルテッサを震わせたのは、友達になりたいというレジェリクエの提案だ。
「……友達か。いいのかな?ぼくなんかで」
「余は料理を作るのが趣味ぃ、で、リリンサは食べるのが趣味ぃ。相性いいと思うけどぉ?」
「それはそうかもしれないけどさ。ぼくは敵だっただろう?」
「メナファスもテトラフィーアも余と争った敵だったわ。でも今は魔王友達なのぉ」
「魔王友達とか……、面白い表現だね」
「もちろん、貴方と仲良くなる事で発生する利益があるわ。でも、それは無くても良いと思ってるの。余はねぇ、遊び友達を増やす為に女王をしているの」
「友達を増やす為、だって……?」
「そうよ。余は貴方と遊びたい。ねぇ、一緒に人生を楽しまないかしら?」




