第196話「亡国姫の運命掌握④」
「な~~~るほどなぁ~~~~。レジェンダリアの主戦力は超伝説級の珍獣軍団なんだねぇ。……って、おい」
メルテッサに勝ち筋を聞かれたレジェリクエは、心無き魔人達の統括者がそれぞれ飼っているペットが持つ、未曾有の大戦力をたっぷりと語った。
リリンサ………、歴史に名だたるタヌキ
ワルトナ………、狼を統べる皇
ホロビノ………、竜皇の息子
カミナ…………、カツテナイ機神工房
メナファス……、余っていたサチナ
レジェリクエ…、キングゲロ鳥軍
それぞれがブルファム王国を容易に滅ぼせる大戦力。
当然、これらが複数集まれば、瞬きの間に国から砂漠へと変貌する。
そんな話を聞されたメルテッサは震えあがり……、その本質に気が付いてノリツッコミを放っている。
「ペットが強いのは十分に分かった。コイツらが参戦した瞬間、敗北が確定する事も。……で、そうさせない為には、心無き魔人達の統括者を各個撃破する必要があるよね?」
「余ならそうするわねぇ」
「リリンサの戦闘力は、チェルブクリーヴやアップルルーンを通して見た。で、コイツを基準とした時、悪辣やメナファス、カミナの戦闘力はどんなもんなんだ?」
メルテッサの質問を説き解すと、『超越者を知っているワルトナ達は、自分よりも強いのか?』となる。
ユニクルフィン以外の心無き魔人達の統括者が『向上』の目標となるのか、そして、その目標を超えられるのかが気になっているのだ。
「素直に言うけれどぉ、……余も知らなぁい」
「そんな訳ないだろ」
「本当に知らないのよ。ユニクルフィンを含め、リリン達が英雄の領域に踏み込んだのって、ここ一カ月の話。そして、それを主導していたのはワルトナ……を操っている大聖母ノウィン」
「ノウィン様が黒幕かよ」
「そうなの。余達が戦争の準備で忙しかったのは認めるけどぉ、仲間ハズレは酷いと思わなぁい?」
ぷくぅ。と頬を膨らませたレジェリクエを見やりながら、メルテッサは思考を回す。
もし仮に、ポンコツの姉が魔導機神を作っていたら。
もし仮に、可愛い妹達がユルドルードと訓練をしていたら。
もし仮に、ロイが英雄になっていたら。
そんな風に考え、口元を引きつらせる。
「……可哀そうに。というか、キミがぼくに殺されたのって、ほぼ魔王共が悪いよね。情報共有が出来ていれば違う戦略を取っただろ?」
「余は功を急ぐあまり、過分に焦ってしまったわ。そして、それは貴方も同じじゃないかしら?」
「ぼくの場合は好奇心や憧れだった。だが、それを求めて焦ったのは間違いない」
「結局、余も貴方も、焦ったが故に敗北したの。本当に残念で仕方が無いわ」
レジェリクエが溢した言葉は、心の底からの本心だ。
ロゥ姉様に再会し、その差が縮まるどころか大きく開いていると知った余は焦ってしまった。
戦争に勝つだけなら、メルテッサを倒す必要はない。
さっさと戦争終結を宣言し、ブルファム王国を実効支配してしまえばいい。
だけど、余はメルテッサを取る事を選んだ。
それは……、悔しかったから。
リリンサ、ワルトナ、カミナにメナファス。
みんな超越者の所で修行していたのに、余はテトラとゲロ鳥を育てていただけ。
もしも、余の隣にロゥ姉様がいたら、機神もタヌキも纏めてブチ転がせたのに。
本当に残念で仕方が無いわぁ。
「残念、か。確かにね」
「今だから言うけどぉ、余と貴方って似た者同士よね」
「そうかな?どこら辺がそう思う?」
「市井で育った姫。世絶の神の因子。歳だって同じだしぃ、何より……」
「何よりぃ……?」
「「ワルトナに振り回されてる」」
「……ぷっ、くすくす。お互い大変ね」
「……あは、あははは!だね、こんなに可笑しい事がぼくの人生にあったとはっ」
二人揃って笑い合い、互いの涙をぬぐっては、再び目を細めて笑う。
レジェリクエも、メルテッサも、人の上に立ち続ける人生を歩んできたと思っていた。
だから、物語の中心は自分だという自惚れを省みて、涙が零れるほど可笑しくて堪らないのだ。
「はぁーあ、アイツに会えたら文句を言いたい。この燻る感情を拳に乗せて、思いのままにグーぱんしたい」
「余も完全に同意ぃ。泣きべそを掻いて謝るまで、徹底的に苛め抜いてやるんだからぁ」
妙な所で意気投合した二人は手を取り合い、ワルトナへの復讐を誓いあった。
だが、その温度差には若干の差がある。
メルテッサは、自分達には『未来』が無いと思っている。
だからこそ、泡沫の様に消えてしまうであろう現在を、ほんの一瞬でも無駄にしないように頬笑むのだ。
「さぁ、次の質問はキミの番だよ。何が聞きたい?」
……きっとこれは、奇跡なんだ。
独りよがりで生きてきたぼくに残された、唯一にして無二の反省時間。
友達と過ごす時間。
それがどういう物かは知らないけれど、たぶん、今がそうだと思うから。
この幸せを、どうか、ずっと……。
「次の質問ねぇ。それじゃぁ……、あんなに美味しそうに食べていたのに、どうしてケーキや紅茶に手を付けないのかしら?」
メルテッサの目の前には、手つかずで残されたケーキが三種類と、飲みかけの紅茶が残されている。
レジェリクエの質問は、今までと比べれば趣が異なるものだ。
ふと疑問に思ったから、よく考えずに口にしただけ。
そんな風に捉える事が出来そうな質問であり、改めて聞く様な事ではない。
だが、それを聞いたメルテッサは、あからさまな動揺を発した。
「え、そんな事が聞きたいのかい?」
「えぇ、聞きたいわ。だって貴方は、今にも泣き出しそうな顔をする。ケーキや紅茶を見る度にね。それは何でかしら?」
レジェリクエが自分のケーキを与える度に、メルテッサは至上の幸福を味わった。
身に覚えのない精錬された甘味によって、蕩ける様な表情を溢している。
そして、現在。
メルテッサが浮かべているのは、薄暗い悲しみだ。
色を失った瞳でケーキを見つめ――、ぽつりと呟く。
「だって……、これを食べたら終わってしまうんだろう?」
「食べたらなくなるのは当然じゃない」
「違うよ。ぼくが惜しんでいるのはケーキじゃない」
「じゃあ、何が惜しいのかしら?」
「こんなにも美味しく感じられるのは、きっと、このケーキがぼくの未練だからだ。それを食べ終わってしまったら、ぼくらは……」
しぼんでいく喉と気分のせいで言葉が途切れ、沈黙が訪れる。
だが、レジェリクエは言葉を発しようとしない。
メルテッサの感情を受け止める為、静かに様子を窺っている。
「ねぇ、レジェリクエ。これからはさ、ぼくの隣に居てくれないかな」
「どうしてかしら?」
「寂しいんだ。いつ死んでもいいなんて言っていたけどさ、今は寂しくて悲しくて仕方が無い。ユニクルフィンと、いや、キミらと戦ったぼくは人生の楽しさを知ったんだ。それなのに……、どうして終わってしまうんだよ」
震える喉が発したのは、自分でもびっくりするくらいに枯れた声。
揺らぐ瞳は、未だに未練を見つめている。
「メルテッサ。泣きたいのなら、泣いた方が良いわ」
「ひっく、ズルイ。こんな幸せをみんな知っていたなんて、悪辣も、悪質も、悪徳も、悪才も、アルファフォートもじいさんも、ヴェルもシャトーも、ロイも、みんな、ズルイ、凄くズルイよ」
「貴方はね、誰よりも可哀そうな子よ。余が知る人の中で一番、ね」
ポロポロと零れ始めた大粒の涙は止まらず、メルテッサは頬を濡らし続ける。
握りしめた手は振るえ、赤くなった鼻を何度も何度もすする。
これは、『メルテッサ』に刻まれていない、真新しい性能。
想いのままに溢れ出る感情が向上の一形態であるということすら、メルテッサは始めて知ったのだ。
「一人は、ひっく、嫌だ……。こんな寂しいのは一人じゃ耐えられない」
「じゃあ、どうしたい?言ってごらん」
「ぼくの手を握ってよ。そして、キミが行く所に一緒に連れて行って。例えそれが地獄でも文句なんて言わないから」
「地獄よりも酷いかもしれないわよぉ?」
「と、友達と一緒なら、どんな所でもいい」
「メルテッサ……」
「レジェリクエ……」
重なり合った手、絡み合う視線。
何度も何度も名前を呼んで、二人は思いを確かめ合う。
始めは敵同士。嫌悪感すら抱いていた。
お互いの事を調べる度に共通点を見つけ、ちょっとだけ理解できた気がした。
剣を向け合い、死力を賭して交え、勝者と敗者に分かれた。
その後で、確かな後悔を抱いた。
駆られる高揚と焦燥、初めて血濡れた手を見つめ、後には引けないと思った。
訳も分からないまま、だけど、この手で人を殺した事実は思っていた以上に重くて。
どんな謝罪をすれば、許して貰えるのだろう。
答えが見つからないメルテッサは、それでも、誠実の限りを尽くそうと顔を上げ……。
「あ。レジェがまた泣かしてる」
何もない空間から顔を出している大魔王と目が合った。
「……もう、良い所だったのにぃ。テトラってホント空気が読めないわぁ」
「こっちの準備は終わった。外で待ってるからすぐに来て欲しい!」
そして、用件を伝え終わった大魔王はさっさと頭を引っ込めた。
残された空気は酷く淀んだ……沈黙。
「じゃあ、気を取り直してぇ。ずっと友達で居ましょうねぇ、メルテッサ」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どういう事だッッッ!?!?大魔王ォォォオオオオオッッッ!!!!」




