第195話「亡国姫の運命掌握③」
「はい、あーん」
「あ~~ん」
「くすくす……。おいしぃ?」
「超おいしい。こんなの初めて」
見た目だけはロリなレジェリクエが、可愛らしい仕草で『あーん』を仕掛けた。
自分のケーキを美しい所作で切り分け、メルテッサと幸せを分かち合っている。
何も知らない人から見れば、ちょっと背伸びした妹が姉の世話を焼いているように見えるだろう。
だが、レジェリクエの実態を知る者からすれば……。
『あ。この声、完落ちしてますわー』
『レジェの作るケーキは美味しい。策謀と合わせて二度美味しい!』
『チョロ過ぎるねぇ、チョロインだねぇ』
と思うだろう。
「さてとぉ、次はメルテッサが話題を振る番よぉ。何が聞きたいのかしら?」
「もぐもぐ……、このケーキのレシピ?」
「あはぁ、それ以外でぇ」
「まぁ、キミに聞いても知ってる訳ないしね。んーじゃあ……」
くすくすと偽装の笑みを溢しながら、レジェリクエはメルテッサの出方を窺う。
第一目標の『友好』を深めた今、次に狙うべきは……、メルテッサ自身の掌握。
ランク3に覚醒した世絶の神の因子を持つ存在を、レジェリクエが逃すはずが無い。
「どうすればキミ達に勝てたのか。それが知りたいかな」
ケーキで喘いでいるメルテッサだが、高い知能は僅かにも衰えていない。
レジェリクエが指導聖母の実態を欲したから、その意趣返しとして、心無き魔人達の統括者の実力を求める。
人生で初めて向上を実感したメルテッサの好奇心は、留まる所を知らない。
「レジェンダリアとブルファム王国の戦争で勝利する……、という意味でなら、余の首を民衆に晒すのが手っ取り早いわ。余が運命の代名詞である以上、貴方は運命にすら打ち勝つ力を持った王として君臨できたでしょうから」
「それだと、キミら魔王の反感を買いそうだけど?」
「勝者が敗者から恨まれるのは必然よぉ。だから、恨まれ方をコントロールする」
「ほう?」
「余を殺したという実績を世論に見せ、殺すに至った正当性を説く。事実として、戦争を仕掛けたのはレジェンダリアな訳だし、難しくないわぁ」
レジェリクエが話している内容は、真っ当な戦争の勝ち方だ。
侵略を仕掛けたのがレジェンダリアである以上、ブルファム王国は正当防衛を行っただけだと主張する事ができる。
指導聖母としての暗躍を知らない民衆にとって、目に見える情報こそが真実となるからだ。
「なるほどね。民衆の上にしか王は君臨しえない。戦争なんてものは、多数決を有利に進める為の道具でしか無い訳だ」
「こういう答えで良いのかしら?」
「いいや。ぼくが聞きたいのは、ユニクルフィンを含む心無き魔人達の統括者への完全勝利。ぼく自身の向上だ」
メルテッサが欲しているのは、自分自身の向上の実感。
その手段として戦争が使われただけであり、王位継承は副産物に過ぎない。
「キミには勝てた。が、ユニクルフィンには負けた。それに他にも手札を隠しているだろう?」
「そうねぇ。自分で言うのって物凄く悲しいんだけれどぉ、余は心無き魔人達の統括者の中で最弱ぅ。英雄の資格を持たない面汚しなのぉ」
「いやいや、比較対象がおかしいだけで、レベル99999は普通に化物だからね?」
「実際、実力差を理解すると嫌になるわよぉ。そんなわけでぇ、単純な戦闘で余達に勝ちきるには、それこそ歴史書に名を刻む英雄になるしかないわぁ」
「うーん、君らが保持している戦力って、どんなのがあるんだい?」
「いっぱいあるけどぉ……。少なくとも、心無き魔人達の統括者と友好がある者で、今のユニクルフィンよりも強いのは3名。その他、実力が未知数なのがちらほら」
「え?マジかよ、やべーな」
メルテッサの疑問は、ユニクルフィンに匹敵する強者はいるのか?という暗喩だった。
自分が持ちうるすべてを出し切っても、ユニクルフィンに当てられた攻撃は一度きり。
それも即座に回復されており、メルテッサは『全く歯が立たなかった』という結論を出している。
だが、レジェリクエはユニクルフィンよりも強い存在がいると示し、妖艶に笑った。
くすくすくす……という笑い声は、メルテッサ、そして自分に向けた嘲笑だ。
「で、それは誰だい?」
「ゴモラよぉ」
「ペットじゃねーか。って、まぁ、機神を召喚してくる訳だし、あながち間違いでもないのか?」
レジェリクエより強い自分、より強いユニクルフィン、より強い……タヌキ。
どうなっているんだよ?と混乱しそうになるメルテッサだが、レジェリクエの言葉に嘘が無いのは感覚で分かる。
そして、心無き魔人達の統括者に常識は通用しないのだと、諦め混じりに話を促した。
「そんで、ゴモラってどのくらい強いん?」
「貴方のレベルは100000。ユニクルフィンが130000。そしてゴモラのレベルは……。『10000000000000000』なんだってぇ」
「どんなだよっ!?バケモンじゃねーかッッ!?!?」
「そう、正真正銘の化物ぉ。そして、ゴモラよりも強いソドムはレベル『垓』。文字通りの意味でのガイ獣なこの二匹は、リンサベル家の守護獣なの」
「リンサベル家……?ってことは、ノウィン様も含まれるのかい?」
「察しが良いわねぇ。という事でぇ、ユニクルフィンの上位者①『リンサベル家・タヌキ連合軍』」
「タヌキ連合……。ヤバい。何がヤバいって、その連合軍のボスがノウィン様なのが滅茶苦茶ヤバい」
神の神託によって力を授かっているメルテッサだが、ずっと昔から抱いていた価値観まで変わっている訳ではない。
そしてその価値観とは……、大聖母ノウィンが持つ抗えぬ全能感への恐怖。
心の底から『勝てない』と思っていた存在の実力を知り、僅かに身を震わせる。
「続いてのその②。美しくもカッコイイ、愛すべきポンコツドラゴンのホロビノが率いる『ドラゴン派閥』」
「矛盾しか見当たらないんだが?つーか、コイツもペットだろ」
「このホロビノ、実は希望を費やす冥王竜の師匠ぉ。当然、超超超超格上ぇ」
「……インフレについて行けない。と思ったけど、よく考えてたらぼくも冥王竜を倒してた」
「ペットの中で最弱のトカゲは置いておいて……、ドラゴンは死んだら転生するのはご存じかしら?」
「読書家なら常識だろ。ホーライ伝説にも出てくるし」
「転生前のホロビノは、かの有名な大罪の名を冠する滅亡期を収めた程の実力者。そもそも、ゴモラやソドムに対してまったく怯む事が無い。明らかに同格以上なのぉ」
「あー。うん、そんなドラゴンを連れてくんな」
メルテッサにしてみれば、希望を費やす冥王竜を荷車馬の代わりにしている事実にすら目を背けたい。
ブルファム王国民の絶望の代名詞がメカゲロ鳥を引いているなど、姿を見ただけで立ち眩みがする。
「そして③つ目。極色万変・白銀比様率いるぅ、『キツネ一家』」
「ふっ、キツネか。最後までペットじゃねーか」
「あら、白銀比様達は人間の姿をしているわよ。貴方の陣営にも居たじゃない」
「……サーティーズかい?」
「薄らとは正体を把握していたのねぇ?サーティーズは世界で6番目に強き存在であらせられる白銀比様の娘であり、時間と記憶を操れる」
「時間と記憶……?想像すら及ばないが、それが強力な事は分かる」
白銀比達は、レジェリクエの派閥では無い。
思い通りに指示を出す事はおろか、些細な願い事を言うのでさえ命がけ。
当然、レジェンダリアの戦力としてカウントするのはおかしい。
だが、レジェリクエが白銀比の名前を出した。
それは、サーティーズの姉妹を手駒に持っていないかを探る為。
これからを見据え、予期せぬ超戦力を徹底的に潰しておきたいのだ。
「白銀比様はソドムとゴモラを一蹴できる実力者だそうよ。余ですら、視線を向けられただけで震えあがっちゃうんだからぁ」
「ほんと、キミらの常識はどうなってるのかな?」
「あはぁ、そんなに褒めないでぇ」
「1文字たりとも、褒めてねぇよっっ!!」




