第194話「亡国姫の運命掌握②」
「あぁ、次はキミが話題を提示する番だ。……どんな質問でもいいよ。ぼくの知る限りの知識を、誠心誠意、お答えしよう」
レジェリクエの出生を聞いたメルテッサは、冷めやらぬ興奮を隠しもせずに言葉を発した。
まっすぐにレジェリクエの瞳を見つめ、質問されるのを嬉しそうに待っている。
メルテッサにとって、嘘偽りのない本音で語り合える相手はいない。
指導聖母・悪性の時は、他の指導聖母を牽制しつつ、利益を求めて暗躍し、
ブルファム第六姫の時は、姫という立場の窮屈な環境で、馬鹿なで可愛らしい姉と妹の面倒を見て、
その他、趣味といえる書店員の時でさえ、利権を得る布石とする事が多かった。
簡単に言ってしまえば、メルテッサには友達がいないのだ。
強いて上げればロイが近しいが、垣根なしに言葉を交わせる異性であり、友達以上の枠なのではないか?と密かに思っていた。
そんな情報をしっかり調べて知っているレジェリクエは、頬を染めているメルテッサを見て……、『あ、この子、すごぉくチョロぉい』と思っている。
「どんな質問でも良いのぉ?じゃあ遠慮なくぅ……、指導聖母の実体と、ブルファム王国との関係性。成してきた実績も知りたいわぁ」
「そんな事でいいのかい?知った所でどうしようもないだろうに」
「だって、何度聞いてもワルトナは教えてくれなかったんだものぉ。ずっと気になってたから心残りでぇ」
「そういうこと。はは、悪辣らしいね」
薄く笑っているメルテッサだが、逆の立場であったら同じように隠蔽すると思っている。
指導聖母として最も必要な才能は『秘匿性』。
背中を預ける仲間であっても、情報を話すかどうかは別問題。
むしろ、情報を与える事で指導聖母と繋がりを作ってしまうと、余計な危険を与えてしまう。
それが分かっているからこそ、メルテッサは親や姉妹に隠していたのだ。
「ブルファム王国の運営に指導聖母が関わり始めたのは、おおよそ20年前の事だ」
「……20年か、割と最近なのねぇ?」
「正確には、『過半数が関与し始めた』だけどね。今まで様々な国から出自していた指導聖母だけれど、偶然、ブルファム王国に縁のある、もしくは恩のある人物ばかり集まったらしい」
「余が調べた限り、大体の国が一度は指導聖母を輩出しているっぽいのよね。レジェンダリアも例に漏れず」
「指導聖母になるには現在の指導聖母と戦って勝てばいい。だが、何の情報も無しに勝てるほど甘くない」
「目障りな指導聖母を蹴落とし、自分の仲間を引き入れる。なるほど、力の強い指導聖母なら、贔屓する国を思いのままに出来るのね」
メルテッサが、ワルトナの狙いは心無き魔人達の統括者全員を指導聖母に引き入れる事だと邪推したように、指導聖母による利権独占は、歴史上で何度も画策されてきたことだ。
そして、その目論見が成功した事は一度たりともない。
なぜなら、派閥に属していない指導聖母『悪逆』と『悪喰』に牙を剥いて生き残れる人間など、この世界に存在しない。
「ブルファム王国に関与していた指導聖母は4人。悪性、悪才、悪質、悪徳。素性はキミの方が詳しいだろうから割愛する」
「ワルトナと他二名を除いて、全てブルファム王国に属していたわけね」
指導聖母主体での利益独占は、歴史上、成功例が存在しない。
だが、大聖母が画策した利益独占は頻繁に起こっている。
そもそも、指導聖母は大聖母の手駒だ。
その時代の大聖母の思惑によって役割が異なり、隠蔽されている史実書を紐解けば、その全員が英雄だった時代すらある。
不安定機構の役割『この世界を見ていて楽しいものにする』を達成させられるなら、どんな人物を選抜するのかは大聖母の采配次第だ。
「それぞれに得意分野があるようだけど、どんな事をしていたのかしら?」
「姫であるぼくは政治、悪才は経済。悪徳は宗教、悪質は……、冒険者を治めるはずだったが、まぁ、それもキミの方が詳しいだろう」
三人が高い成果を出していた一方、悪質は思い通りの結果を出せずにいた。
フォスディア家の長子である彼女は、自身の才能の高さも含め、高い武力を持っている。
だが、計画立案能力が低く、同じく冒険者の掌握を仕事としていたワルトナに敗北していたのだ。
「余は特に貴方と悪才の事が知りたいわ。どんな事をしていたのぉ?」
「ぼくは城の高位官僚のコンロトールを行っていた。キミ達とはまるで逆だね」
「あら、余達が下級官僚を入れ替えていたのに気が付いていたの?」
「当然。だが、別にいいやと思って放置してた」
「それはなぜかしら?」
「ブルファム王国は強い女性蔑視主義でありながら、ひどい縁故主義でもあるからさ。どれだけ優秀な人間を送り込もうとも、それが外部の人間ってだけで排除される」
「レジェンダリアでは考えられない愚かさね」
「まぁ、それは仕方が無い。ブルファム王国の前身、アニマ連合の歴史を勉強すると納得できるんだが……、教えてあげよっか?」
レジェンダリア国の女王であるレジェリクエは、当然、敵国の歴史を勉強している。
だが、それは戦争に関係してくる近代史を中心としたもの。
当然、ある程度の概要は把握しているが、細かな内容を完全には理解できていない。
「なるほどねぇ。連合とは名ばかりで、それぞれの地域が紛争を繰り返していたと」
「そうそう。誰が仲間で誰が敵なのかすら、時世によって変化する。だから、全てを一括りに連合と呼んでいたに過ぎない」
「で、全ての地域が忠誠を誓ったのは初代国王ディアナだけであり、地域同士の確執は消えていないと」
「そういうこと。例えば、ラウンドラクーン家とノーブルホーク家は大領主同士であり、何度も争っているとかね」
「仲間同士ですら信用しきれない。なら、更に外側から来た人間を排除しようとするのも当たり前よねぇ」
「官僚を入れ替えていく手腕は見事だった。だが、決定権を持つ高位官僚はぼくの意思どおりに動く。むしろ、優秀な部下が増えて嬉しい限りだったよ」
笑みをこぼし合う二人は、それぞれの思惑を理解し、利用し合っていた。
レジェリクエが描く勝利は、王宮で働く下級官僚……、直接的な労働力の全てを自分の手駒に変えてしまうこと。
その為には少なくとも下から三番目、侍従長や組長までを掌握する必要があり、高い実績を上げさせる必要がある。
そして、メルテッサはそれを分かった上で、その実績を掠め取っていた。
レジェリクエが用意する高い実績とはブルファム王国に貢献する事である以上、難しくは無い。
「くすくす、優秀な部下が増えて嬉しいぃ?心にもないでしょぉ」
「あれ、ばれてる?」
「貴方はウンザリしていたでしょう。姫や指導聖母である立場に」
「……どうしてそう思った?」
「執着がないからよ。普通は、侵略されたと知ったら焦るのよ。例え、それが国に利益があると分かっていても」
レジェリクエはブルファム王国を滅ぼす為に官僚を送り込んだのではない。
むしろその逆、ブルファム王国が滅んでしまっては困るから、侵略戦争を仕掛けたのだ。
「余が戦争を仕掛けたのは、ブルファム王国を中心とした経済が近い内に破綻すると思ったから。そしてそうなれば、この大陸全てを舞台とした、文字通りの意味での世界大戦が起こる」
「オールドディーンも似たような事を言っていたね。ブルファム王国は脅威という名の抑止力なのだと」
「『圧倒的な力を持つ国』が経済には必要不可欠。だが、年々弱体化するブルファム王国は、その覇権を狙う他国に脅かされつつある。ネシア正妃は残念だったわねぇ」
ネシア正妃とは、ブルファム王国に忠誠を誓う属国が差し出した姫だ。
表面上は永遠の忠誠心を示す為。
だが、その実態は……、ブルファム王国の国家転覆、その引き金となった。
「偶然か、はたまた、必然か。いずれにせよ、ブルファム王国が倒れれば多くの戦死者と餓死者が同時に出る。そうなると分かっていたからこそ、貴方はブルファム王国の勝利に執着していなかった」
「それだけじゃないね。単純な話でさ、ぼくにはやる気が無かった。思いつく限りの事はしていたけどね」
「くすくす、こんなに目をキラキラさせて話をしているのにぃ?」
「我ながら、死んだ後の方が生き生きしているなんて、面白い話だと思うよ」
レジェリクエは時折笑いを溢しながら、メルテッサとブルファム王国の内情を話し合った。
送り込んでいた手駒からの報告と、メルテッサがどういう風に動こうとしていたのか。
ブルファム王国の未来に必要な情報を調べ終え、ふぅ、と満足を込めた吐息をつく。
「もっと早く本気を出せばよかったのにぃ。先にテトラと組まれていたら、立場が逆転していたと思うわぁ」
「テトラフィーアを手に入れる為に三国間の戦争を煽った悪典を潰したのって、キミら魔王なんだが?嫌みかな?」
「くすくす、そーだったのぉ。これをあげるから怒らないでぇ」
「こんな茶菓子で買収されるほど、安い問題じゃないと思うけどねぇ」
ティーセットの横に添えられている、一片が5cm角のミニケーキ。
レジェリクエはその一つを小皿に取り分け、自分とメルテッサの前に置いた。
求めた情報を手に入れ終え、それを疑問視させない為に。
このケーキこそ、メルテッサにとって正真正銘の……、致命毒。
繊細な味が分からないメルテッサに取って、ケーキは美しさを楽しむ菓子だ。
目の前にある、『味を重視したレジェリクエ渾身の切り札』のような、チョコレートでコーティングされた地味な外見に何かを抱く事は無い。
「まぁ、おいしぃ!濃厚な甘さで頬っぺたが落ちそぉ」
「そういえば、セフィナはよく頬っぺたを抑えていたね。あの顔を見ているだけで、ちょっとは期待……」
「あ、頬っぺたが落ちたわ」
「……な、にゃ、なにこれ。なにこれぇ……」
メルテッサは、完全に油断していた。
確かに、脳裏には蕩ける様に美味な紅茶がよぎっていた。
だが、紅茶がもたらす至福は、一瞬で過ぎ去る。
上質な紅茶とは、主品である菓子や食事の引き立て役でなければならないからだ。
そして、このケーキこそ……、今のメルテッサの味覚に合わせて、レジェリクエ自らが作った切り札。
開いた口が塞がらないメルテッサは、プルプルと震えている。
「え、すご……。すごい?よく分からないんだけど……」
「くすくす、目尻に涙が溜まってるじゃなぁい。泣くほど美味しかったのね」
「美味しい?これが、美味しいなの?」
「もう一口食べてみたいと思わないかしら?」
「食べたい。ずっと……、永遠にでも」
「我慢しなくて良いのよ。ゆっくり味わいなさい」
ケーキに味を求めていなかったメルテッサは、フォークで半分に切ったものを口に運んでいた。
だから、皿には半分しか残っていない。
なんて事だ……。と心の底から思ったメルテッサは、残りを五等分に分けて一つを頬張った。
ゆっくりと口の中で溶けていく、幸せ。
人生で初めて感じる強い甘味、それに身悶え、ぎゅうぅと引き絞られた両目から涙が落ちる。
「もぐもぐもぐ……。はふぅ」
「くすくす、リリンよりも美味しそうに食べるなんてね」
「え、だって、凄くない?こんなに美味しい?の、初めて食べたんだけど」
「確かに美味しいわぁ。もう一つ食べよーっと」
「えっ、あ!ずるいっ!!」
テーブルに用意されているミニケーキの数は8個。
チョコレート、イチゴムース、ブルーベリーソース、ミルククレープ。
それぞれが系統の違う美味しさを有し、そのどれもがリリンサを唸らせた逸品だ。
「おいしい、美味しいよ……。こんな食べ物が向こうの世界にあったのなら、ぼくは……」
甘味を知らないメルテッサに取って、これらはまさに、命を失った事を実感させる毒。
身を震わせながらケーキを食べる姿を見たレジェリクエは、改めて「あ、この子、すごぉくチョロぉい」と思っている。




