第193話「亡国姫の運命掌握①」
「くすくす、それじゃぁ、先行は譲ってあげるわ」
優雅に紅茶を嗜みながら、レジェリクエが余裕を提示した。
話し合いを提案したのは余の方。ここは一歩引いてあげるべきね。
互いが人の上に立つ事を生業とする職業。
だが、心理戦に置いて、既に女王であるレジェリクエの方が僅かに秀でていると、両者ともに認めている。
「といっても、話題ねぇ……。聞きたい事がいっぱいあって困ってしまうね」
「悠久に語らえたら素敵だけれどぉ、いずれお迎えが来てしまうわ。ここは素直に、最初に思い浮かべた質問をすると良いと思うのぉ」
「素直に、か」
レジェリクエの方が心理戦に長けている理由、それは当然、交渉に有利な世絶の神の因子『支配声域』を持っているからだ。
例え、憎き仇であったとしても、レジェリクエの言葉に身構える事は許されない。
神が真の意味での信託を下していた時代に多用していた、その言葉の意味の100%を相手に伝える能力に抵抗できるのは、神に抗える実力者だけだ。
「そうだね。じゃあ遠慮なく……。キミはどうして女王になったんだい?」
真っ直ぐにレジェリクエを見るメルテッサの瞳には、好奇心が宿っている。
彼女はレジェリクエの出身が自分と似通っていると知っているからだ。
レジェリクエの出自は、女王が執筆した自伝小説として販売されている。
巻末には『この小説はフィクションです。実際の人物、団体、国、女王、大臣とは一切関係ございません』と注釈が書かれているものの、それが逆に信憑性を謳っている。
指導聖母であり、読書が趣味なメルテッサが読んでいないはずが無く、その内容に共感を抱いていたのだ。
「キミが書いた自伝には目を通させて貰った。大変に面白い内容だったが、何処までが本当なのかと思ってね」
「全部よぉ」
「いやいや、まさかゲロ鳥の小屋で生まれた訳ないでしょ」
「もしそうなら、王妃をゲロ鳥小屋にブチ込んだ奴がいる事になっちゃうわね。流石に違うわ」
「じゃあ、どれが真実なんだい?」
「全部ぅ」
「いやだから……」
「くすくす、巻末に書いてあったでしょぉ。全部がフィクションだって」
「全部が嘘だと?」
実際の人物名を使用した、物語小説の体裁を取った伝記本。
それを使った予言めいたやり口は、メルテッサを指導聖母へと育てた師匠である指導聖母・悪典が得意とした戦術だ。
なるほど、悪典が負ける訳だ。と納得したメルテッサは、意識を指導聖母の物へと切り替えていく。
「余が出版している自伝本は、余の同胞たちが存分に悪ノリしながら描いた空想物語。なお、ゲロ鳥の小屋で生まれたって設定はリリンが出しものよ」
「あえて言おう。アホの子であると」
「ねぇねぇ知ってるぅ?アホの子の親って大聖母ノウィンなんだってぇ」
「……。突然変異かな?」
「鷹は鶏を産まないわぁ。実際、余がゲロ鳥の小屋で生まれたって設定がインパクトあったらしくてねぇ」
先程までの取り繕っていた頬笑みと違う、本当の笑み。
リリンサが起こした数々の奇跡により、心無き魔人達の統括者の功績が倍以上に膨れ上がるのは珍しくない。
「あの本がフィクションなのは分かった。正直、残念だというのがぼくの感想だ」
「あら、どうしてかしら?」
「身寄りのない孤児であったレジェリクエが、紆余曲折の末に女王の座に登りつめる。少なからず共感を抱いていたんだよ」
「そういうことぉ。貴方は孤児院出身だものね」
「調べてあるんだね?と驚く所なんだろうが、認識錯誤の仮面の細工のせいでぼくらの素顔はバレバレ。まったく、悪辣には文句を言っても言いきれない」
指導聖母が付けている認識阻害の仮面は、ワルトナが指導聖母に入籍した際に用意したものだ。
少なからず悪事を働く指導聖母の素性は命に直結している為、性能の良い認識阻害の魔道具は必須。
そして、大聖母に献上されたものを配布した形である以上、必要以上の疑いを抱く事はない。
「くすくす……、そう落ち込まないで欲しいわ。余が下町で育ったのは間違いないんだしぃ」
「あの噂の方が真実だったと?」
「その噂が『レジェリクエの実家は高級遊郭』って奴なら、事実よぉ」
「へぇ、ますます気になるじゃないか。どうして遊女の娘が国王を目指そうと思ったんだい?」
メルテッサは指導聖母であり、非常に高い知能を持つ。
レジェリクエの素性に関しても、伝記本が真実であるとしていただけで、他の情報を見聞きしていない訳ではない。
第一候補が否定された今、第二候補を軸に推論が出来あがるのは当たり前の事だ。
「前々王・ヴィターダークが下町の遊郭に通っていたなんて、醜聞が過ぎる。誰にも認知されていなかっただろう?」
「そうね。余の育ての親の妄言だって大半の人がそう思っていたわ」
「それなのにキミは女王を目指した。黒幕は前王・チュインガムかな?」
メルテッサの知識では、チュインガムはレジェリクエに粛清され死んだ事になっている。
自伝本では国外追放になっていたが、国の中枢を知る存在を国外に与えるなどありえない。
「敵対したという意味では、チュインガムは黒幕ね。……余と共に王位簒奪を目論んだ主は別にいる。その人はユルドルードに次ぐ英雄『ローレライ』」
「英雄だと?ユルドルードやユニクルフィン以外にも存在しているんだね」
「いるわ。ちなみに、初代英雄ホーライも実在しているわよ。あの妖怪じじぃには余も出会った事があるもの」
「えっ!?くわしく、詳しく聞かせて貰っても良いかい!?」
メルテッサが趣味として嗜む読書、その中で最も熱愛しているシリーズが英雄ホーライ伝説だ。
こちらは『フィクションである』という記載が無い為、多くの読書家達の間で真実かどうかが議論される事も多い。
そして、その議論を主導するのが、表向きは司書として書店を営んでいるメルテッサの数少ない楽しみ。
指導聖母、ブルファム第六姫、あらゆる伝手を使って文献を手に入れ、日々、考察に明け暮れている。
「――そんな訳で、余は見知らぬ老爺と出会ったわ。その正体がホーライだったというのは、最近知ったんだけどね」
「いいなぁ。ぼくも会ってみたかったな」
「余も改めて会いたいわ。だって、ロゥ姉様の話が聞けるものぉ!」
「うん、英雄・ローレライさん……だっけ?その人って、要するにキミの育ての親って事で良いのかな?」
「『女王レジェリクエ』の育ての親よ。余の帝王学はロゥ姉様の教えを軸にしているんだから」
自分の出自を語らい終えたレジェリクエは、ピンク色に頬を染めている。
一方、ホーライ伝説の内容が史実を元にして書かれたものであると知ったメルテッサも頬を染め、楽しげな笑みを溢した。
「それにしても、英雄ローレライは随分と凄い存在なようだ。ちなみに、ぼくとどっちが強いと思う?」
「ロゥ姉様も世絶の神の因子を二つ持ってるわ。しかも、戦闘に特化している」
「うわ、マジかー。というか、どうあがいてもブルファム王国がレジェンダリアに勝つ目が見えない」
「ユルドルードに逃げられた時点で致命的、ブルファム王国を嫌うアプリコットが大聖母ノウィンを妻にした時点で完全にアウト。20年近く前の話だから、しょうがないとは思うけど」
「せめてそれを事前に知ってたらなぁ……。色んな事を総括して、神には不信感しか湧かない」
ワルトナにも言えることだが、指導聖母が神に向ける感情は良くない事が多い。
軽蔑するか、傾倒するかの二択である場合が多く、そのどちらも大きく人生が歪んだ後に抱く感情だ。
ポツリと呟いたメルテッサも、神が情報をもっと話していれば……と、僅かに唇を噛む。
「余の出自に関する質問はこのくらいにしましょう。じゃあ次の話題は……」
レジェリクエの出自を話し、メルテッサに共感を植え付ける。
そんな目論みは成功し、レジェリクエはひっそりと頬笑む。




