第191話「造物主VS神壊者⑪」
「この双剣は機神の命そのものだ。燃やして消える命を賭して、キミを討つッ!!」
俺の心を見透かしたかのように、メルテッサが前に出た。
燃え盛る炎の双剣、それは確かに機神の命を燃やす諸刃の剣だ。
魔力の伝達力が高い神性金属を燃やす事で気化させ、斬り伏せた物質へ浸透させる。
金属が燃えるほどの高温、おそらく摂氏数千万度は下らない。
そんな物が体内に侵入した場合、瞬間に骨の髄まで焼き尽くされ、世界に還元する事になる。
温泉郷で戦った新型エゼキエルが出した、炎の槍の上位互換。
……おもしれぇ。受けて立つ。
「《単位系破壊・熱量》」
メルテッサの攻撃をまともに喰らえば、敗北確定。
だがそれは、グラムを持つ俺にも言えることだ。
何度も武器や腕を壊されたチェルブクリーヴは、体を再生する為の材料を節約しながら戦っている。
……だが、完全に無くなることは無い。
なにせ、メルテッサは空気を魔道具と認識し、性能を復元していた。
だから、大地を魔道具として認識し、含まれる金属を使って再生はず。
たぶん、錬成のスピードが遅いせいで供給が間に合っていないだけで、時間を掛ければ材料を用意されてしまう。
「あぁあああああッッ!!」
「気合十分だな。そうじゃなくっちゃ、張り合いがねぇってもんだッ!!」
だが、チェルブクリーヴが世界から金属を錬成できても、特殊な神性金属は作れない。
そして、機体を維持するには神性金属が必要不可欠。
当然、俺が壊した武器や腕の中にも、僅かにだが神性金属は使われていたはずだ。
大振りに振られた剣の片割れ、それをグラムで迎え撃ち、最終決戦開始の鐘を鳴らす。
耳障りな金属音、それが周囲へ伝わった時には既に、二十を超える激突が過ぎ去った。
「流石は魔王様の戦闘スキル。無駄がねぇな」
「一撃でさえも、攻撃が、通らないッ……!」
「勘違いしてるぜ。攻撃してんのは俺の方だ」
魔王シリーズの凶暴化によって澪さんの剣撃が精錬され、凄まじい剣激へと昇華している。
だが、どれだけ取り繕ったとしても、その剣筋じゃ綺麗すぎる。
全て同じタイミングで最高の威力に達する以上、そこに至る前に叩き壊せば済む話だ。
剣を振った直後、
音速の壁を越えた瞬間の揺らぎ、
機械独特の油圧シリンダーの癖、
物理的な死角配置。
あらゆる要因を使い、チェルブクリーヴの動きに先手を打つ。
攻撃は最大の防御。
それが俺の戦闘スタイルだ。
「これで、剣、ゼロ。盾、三枚」
「ッ!?」
右側から迫っていた剣の片割れがグラムに触れた直後、真っ二つに砕けた。
回転しながら飛んでいく刀身は、その役目を終えたとばかりに燃え朽ち消える。
『《単位系破壊・熱量》』
俺が指定したのは、単純に熱を破壊すること……ではない。
むしろその逆、物質が蓄えられるエネルギーの上限を破壊し、本来よりも温度を高めていた。
そうすることで、剣が折れてグラムの影響下から外れた後、刀身の耐久値を大きく超えた熱が押し寄せ消滅する。
そうして、回収する間もなく『双剣』は『短剣と長剣』となり、『両刀のナイフ』となって、ただの『二本の柄』へと変わった。
「ちぃッ!」
刃と攻撃力を失った両腕の代わりに、チェルブクリーヴが蹴りを放つ。
それグラムでいなし、反動を使って上空へ飛ぶ。
クルリと一回転し、目標を見据え――ッ!!
「掛ったなッ!!」
鋭い5本の切っ先が、俺に向いている。
それは、柄を回収して創ったであろう魔王の鉤爪。
禍々しい刃には紫電が灯り、薄く輝いている。
「握り、殺すッ!!」
「《単位系破壊・電気量》」
再度、刀身に対雷破壊を纏わせ、刹那のすれ違いを終えた。
バチンっと弾けたのは、グラムの刀身。
バラバラに砕けたのは、機神の鉤爪。
「《大気の復元ッ!!》」
「……その手は悪手だぜ」
連続で攻撃手段を失ったメルテッサは体勢を立て直す為に、大気の性能を復元した。
目の前から叩きつけられたのは、尋常ではない風圧。
これは、どんな攻撃も撥ね退け吹き飛ばす――、蟲量大数の『世界最強の圧力』。
俺達と戦い始めた、いや、『戦い』になると思っていなかった蟲量大数は、仁王立ちのまま羽根を開いた。
奴が発する羽音は世界の全てを、空気も大地も、人も魔法も、次元も心も、あまねく平等に掻き混ぜ震わす。
そして、理を壊す事で外側に抜け出た俺だけが、奴に近寄る事が出来た。
「《単位系破壊・圧力》」
叩きつけられる圧力へグラムを叩きつけ、そのまま突き破る。
これは、本来ならばグラムを持っていても簡単には出来ない、暴挙。
理を破壊する前に身体が壊されてしまっては、どう頑張っても剣を振る事ができない。
だからこれは、神壊因子を持つ俺だけに許された、特別な結末。
グラムを覚醒させている時に限り、この身体に受ける影響を任意で無効化する事ができる。
「アップルカットシー……」
「《絶対破断加重》」
俺の狙いはゲロ鳥のくちばし、その先端を突き差し壊すこと。
大気を使っての防御に失敗したチェルブクリーヴは、体勢的に回避不可能。
そうなるように誘導している以上、俺の予定通りにアップルカットシールドを出すしない。
割り込んできた巨大な盾を串刺し、刀身に込めていた重力場を解放。
発生した超重力向かい盾が引き寄せられて凝縮し、ボールサイズの金属球へと変貌する。
「残り、盾2枚ッ!!」
出来あがった金属球へグラムを叩きこみ破壊し、煽りの言葉を吐く。
俺の主武器は剣であり、魔法も実践レベルで使えないが……、言葉を武器にしてはいけないというルールは無い。
「ちっ、《機神の不死鳥尾ッ!!》」
煽りが効いたのか、それもと、元々そうするつもりだったのか、メルテッサが新しい攻撃を仕掛けてきた。
機神の腰についていた羽根を射出し、扇状に展開。
開けた装甲の間に並ぶ魔法陣の羅列は、まさに鳳凰の羽根と呼ぶにふさわしい。
おっと、見取れてないで対処しないとな。
「ブチ消えろッ!!」
「《単位系破壊・魔力》」
体内に燻っていた魔力を沸き立たせ、可視化させた斬撃を放つ。
チェルブクリーヴが放つ灼熱の集中熱線 VS 俺の薄紅色の斬撃。
両者は拮抗し、焦げ付く世界は白煙が噴き出し――。
「とったッ!」
「訳がねぇッ!!」
上と右、十字を切るように白煙を切り裂き、炎の剣が出現した。
それは先ほどよりも短い、|輪を描いて回る炎の剣《ハーファクト・ラハット》。
盾を更に一枚、それと両腕の魔王の鉤爪を材料にして作ったのか。
右から来る剣をグラムで、上から来る剣をガントレットで迎え撃つ。
そのどちらの破壊値数も、既に確認済み。
十分に足りるだけの破壊力を俺の両腕に宿したのなら、あとは、神壊因子を使って壊せばいい。
「なっ、拳で壊――ッ!?!?」
「お前に造物主があるように、俺には神壊因子がある」
「それは、ぼくに劣る力じゃ……」
「造物主の能力行使そのものを壊す事は出来ねぇ。だが、能力で作った物質が必ず俺に勝てる訳じゃねぇんだろ」
俺の体に秘められた、唯一にして『最強を超える』特殊能力、神壊因子。
蟲量大数が手に入れる『最強』こそ、世界を構築する物理法則。
世界に新たに刻まれ続ける『物理法則の限界』という神の因子を破壊する力、それが俺の神壊因子だ。
「《神因子破壊ッ!!》」
体の内から外へ、心の中に燻る魂を滾らせ、チェルブクリーヴを両腕で穿つ。
その刀身とガントレット、どちらも神壊戦刃・グラムであり、絶対破壊の力が宿っている。
罅われ、砕け、噴煙を経て、世界に帰す。
神壊因子の波動を受けたチェルブクリーヴの双剣は両腕ごと消滅し、やがて、無防備を俺に晒す。
「これで、残っている盾は一枚。最後だ」
「黙れッ!!」
大地を踏みしめて走り、チェルブクリーヴの目の前でグラムを振りかぶる。
苦し紛れに翳されたアップルカットシールドにも、既に亀裂が走っている。
……この攻防で最後にしようぜ。
「覚悟は良いか?」
「まだ、終わっちゃいねぇんだよッ!!」
盾にグラムを突き刺した瞬間、その役割を終えたとばかりに崩壊した。
事実、確かに役割を終えたんだろう。
メルテッサ最後の攻撃、それを隠し通せたのだから。
「《陽極子鳴光・建御雷ッ!!》」
目の前で開くは、あぁ、愛しのキングゲロ鳥のご尊顔。
煌々と輝く光を纏い、森羅万象、あらゆるものをひれ伏せ――。
……って、こんな所で、ぐるぐるきんぐぅー!?!?
最終奥義がそれでいいのかッ!?ぐるぐるきんぐうぅぅぅーー!!
「本当に、最後の最後まで俺の期待を裏切らねぇ。だが、終わりだ」
残っていた神性金属を掻き集めて放った決死の一撃、『陽極子鳴光・建御雷』。
オリジナルよりも遥かに高い威力であろうそれも、神をも壊す刃の前では意味を成さない。
「《神聖破壊・神すら知らぬ幕引き》」
輝かしい光の中を突き進み、巨大なキングゲロ鳥へ引導を渡す。
剣を刺し込み、そのまま突き上げるように表面を走り抜け、チェルブクリーヴの胸から頭部を両断。
追従した衝撃が全身を駆け抜け、その巨体を崩壊させた。
「メルテッサッ!!」
空へ投げ出されたメルテッサを見つけ、直感に従って手を伸ばす。
彼女は既に意識を失って、いや、意識どころか……。
掴んで抱き寄せた血の気の無い顔、薄らと微笑むメルテッサは――。




